第1話 「かつらぎ」就役

 2025年の8月15日。この年、そしてこの日を多くの人々は生きている限り決して忘れる事はないだろう。


 なぜならこの日、戦争や災害で混迷を極める世界に対して懲罰を下すかの様に、異世界から侵略の魔の手が伸びたからだ。魔法文明を極めたその大国は、フィリピン沖合とアイルランド沖合に陸地を転移させ、侵略戦争を仕掛けたのだ。


 侵略者の膨大な軍事力を前に、世界は恐怖した。ミサイルを撃ち切ってもなお攻めてくる空中戦艦の大艦隊は多くの国々を蹂躙し、降下してきたゴーレムの軍勢は大地に幾つもの侵略者の国旗を打ち建てた。


 戦争は結果的には短期間で終わり、防衛には成功したものの、対峙した国の多くが大きな傷を背負い、長らく苦痛に耐える日々を余儀なくされた。結果的に侵略者と、彼らをそそのかした者達の目論見は成功に終わったのである。


(ある書籍の前書きより)


・・・


西暦2034(令和16)年10月14日 日本国東京都 内閣総理大臣官邸


 日本の政治と経済の中心地たる大都市、東京。千代田区永田町に構える内閣総理大臣官邸の玄関ホールには十数人の報道陣が詰めかけ、森野隼人もりの はやと内閣総理大臣に対して質問の雨を投げかけた。


「総理、特別地域における情勢ですが、現在ソルジア王国がPKFの追加派遣による平和維持活動の強化を求めているのはご存じでしょうか?」


「アメリカ政府と国連安全保障理事会は日本政府に対し、自衛隊の更なる派遣を求めて来ていますが、総理はこれに応じる予定ですか?」


「…最終的に自衛隊の特地PKFを追加で派遣するかどうかについては、我々政府が決定いたします。少なくとも現状は既存部隊のローテーションで規模を維持する程度に留める方針です。私はこれから、広島の方へ足を運ばなくてはなりませんので」


 森野首相は言い、補佐官達と共に報道陣から離れる。そして玄関前に停まる黒い公用車へ乗り込み、指示を発する。


「ドライバー、羽田空港の方へ頼む」


『了解しました』


 公用車の操縦システムを成す人工知能は指示を受け取り、発進。羽田空港に向かって走り始める。そして一息つき、森野は呟いた。


「やれやれ、ブン屋の連中は随分と元気だね。それに今回、有翼人の記者もいた事だし」


 軽い口調で話し、隣の席に座る秘書官はタブレット端末を操作しながら応じる。


「戦争から10年も経っていますからね。『向こう側』で生まれ、我が国を含むこちら側に移住した子供達が就職し始めていてもおかしくありませんから」


 そう語る二人の乗る車はビジネス街を抜け、羽田空港の方へと向かっていく。そのさなか、窓の外に目を見やると、日本のいつも通りの日常と共に見慣れぬ者達の姿も見えた。それを見つつ、森野はしばし回顧に更ける。


 始まりは太平洋戦争の終戦から80年の節目を迎えた2025年の8月15日のこと。『魔法帝国』を名乗る武装勢力はフィリピンとアイルランドを強襲し、これを占領。それらを橋頭保として大々的な侵略に臨んできたのである。


 世界の国々は動揺し、そして戦場となった国・地域は全て悲惨な戦火に呑まれることとなった。まずアイルランドに次いで攻め込まれたイギリスはウェールズ地方を中心に大規模な陸上戦と空中戦が繰り広げられ、多くの戦車と戦闘機が撃破された。都市部への被害も大きく、軍と民間人の双方に膨大な死者が出た。


 南シナ海を挟んでフィリピンに接する台湾やベトナム、インドネシアも同様に侵略を受けた。これに対してアメリカは動揺し、しかし時の大統領は彼らを見捨てることはなかった。侵略者は沖縄やグアムにも攻撃し、多くの死傷者を出していたからだ。


「世界の秩序を乱そうとする侵略者に対し、私達は毅然とした姿勢で立ち向かわねばならない!」


 太平洋と大西洋の双方で原子力空母を3隻ずつ投入する大胆な作戦行動により、米軍は魔法帝国の艦隊戦力を撃破。戦局を一気に逆転させると今度は、同盟国による反攻に打って出た。しかし激戦はここからだった。


 沖縄や奄美大島、そして小笠原諸島へ強襲上陸した魔法帝国軍に対し、自衛隊は陸海空すべての空間で交戦。未知の兵器に想定外の戦術で攻め寄せる魔法帝国軍との戦争は、10隻以上の自衛艦と100機近い航空機の喪失、そして1万人近くの殉職者を出す結果となった。


 魔法帝国の戦略攻撃は本土にも及び、戦後の調査では民間人だけでも500万人に何らかの被害が出たとされている。1年近い戦争の果てに魔法帝国は敗北し、地球人類は『向こう側』へと向かう手段を講和条件で手に入れた。当時の政府はその『向こう側』に経済的な植民地を築き上げることで、被災した国民を救済しようと目論んでいた。


「しかし、あれから9年も経つのか…時の流れというものは早いな。戦後に生じた問題もある程度解決できたとはいえ、面倒ごとは未だに尽きぬか…」


「ええ。戦後、『向こう側』からこんなに移民が来るとは…それに魔法帝国は随分と多くの魔物を引き入れていますし…」


 秘書官の言葉に、森野は頷く。魔法帝国は地球諸国と戦争をするにあたり、制圧兵器として多数の魔物を地球へ持ち込んでいた。それらは戦後も地球の環境下で野生化し、地球の自然環境に悪影響をもたらしている。また、戦後になって魔法帝国の支配から逃れた者達が、『次元を超えた先に理想郷がある』という噂を頼りに移住。戦災復興に勤しむ日本の社会に混乱を及ぼしていた。


「そんな混乱を経て、我が国は一つの決断を下したんだ。今はその選択の結果を見に行こうではないか」


 森野は目前の者達に向けてそう呟くのだった。


・・・


翌日 広島県呉市 海上自衛隊呉基地


 広島県の南部、瀬戸内海に面した港町の呉。旧帝国海軍時代より軍港として利用されてきたこの街は、現在も海上自衛隊の基地が置かれており、南東部の埠頭には十数隻もの艦艇が舳先を連ねていた。


 その中で造船所にほど近い地区に、1隻の巨大な軍艦の姿。森野はその巨艦に足を踏み入れていた。


「ようこそ、総理。我が「かつらぎ」へ。本艦の艦長に任ぜられました、川畑かわはた一等海佐です」


 紺色の制服で身を固めた男性の自衛官は敬礼しながら名乗り、森野も自衛隊の最高司令官という立場から敬礼で返す。そして一行は艦内を歩き始めた。


「しかし、この艦は大きいですね。確か全長は300メートルもあるんでしたっけ?」


「正確には、318メートルです。中国の「福建」とも渡り合えるぐらいには大きいですね。当初はいずも型より一回り大きいぐらいのサイズで計画されていましたが、アメリカも『向こう側』へPKОを派遣する様になりましたので、フォード級と同等のポテンシャルが求められました」


 川畑艦長は語りつつ、森野首相と共に艦内通路を歩く。その通路は長く、それだけでこの艦が如何なる規模なのか察せられた。歩き始めて10分後、一行は広大な空間に辿り着く。そこには数機の航空機が置かれ、乗組員の手で整備されていた。


「これが、本艦の艦載機ですか」


「はい。FA-18J〈ジークホーネット〉…米軍のFA-18E〈スーパーホーネット〉のライセンス生産機で、主にアビオニクスとミサイル兵装にて国産のものを使用しております。当初は〈F-35C〉のみで統一する予定でしたが、アメリカ自身が喪失した兵力の回復に忙しい状況でしたので、〈スーパーホーネット〉をライセンス生産することとなりました」


 川畑の説明に、森野は9年前より続いた混乱の日々と、目まぐるしく変化した安全保障を思い返す。


 戦後、日本は南に大きな脅威を抱えることとなった。魔法帝国の侵攻軍を撃退し、沖縄や小笠原諸島を解放したとはいえ、魔法帝国の本土戦力は健在であり、いつどこに新たな橋頭保を出現させて攻め込んでくるか分かったものではなかった。また魔物を主軸とした戦略的な攻撃は中国とロシアにまで及び、日本に対する干渉は大きく低下を余儀なくされた。


 明確な脅威が社会を脅かす中、世論は事実上の『軍拡』を求めた。GDP比で毎年3パーセント以上の防衛費が投じられ、『国家公務員徴用制度』による事実上の徴兵で隊員の人数を確保する中、海上自衛隊は戦争で失った10隻の護衛艦を補充すると同時に、新型艦の建造にも乗り出していた。


 戦争後半の主力となっていたアメリカ海軍は、飛行軍艦で構成された魔法帝国軍艦隊との交戦で空母2隻を喪っていた。現在の貧弱なアメリカ本土の造船業界に損失分を回復させられるだけの余力はなく、政府は自衛隊の戦力拡大を歓迎した。


 その結果の一つが、この「かつらぎ」だった。全長318メートル、基準排水量6万トンという海上自衛隊でも最大の自衛艦となる本艦は、航空自衛隊の1個航空団に相当する航空戦力を洋上で運用することを求められた。艦自体の固有武装も多く、64基のミサイル垂直発射装置VLSや対潜魚雷発射管まで装備しているのは護衛全てが撃破されたときに備えての自衛手段を確保するためであった。


 そして空母として最大の攻撃手段である艦載機は、日本国内の企業でライセンス生産されたものが中心となった。アメリカ本土自体は戦争の被害を受けていないが、現地の企業には数百機もの最新鋭ジェット戦闘機の喪失を補充できる程の余力はなかった。そこで在日米軍の運用する航空機の修理を請け負っていた企業を中心に、〈スーパーホーネット〉のライセンス生産計画が持ち上がり、実行に移されたのである。


「この艦は、今後我が国のPKFに参加する事となる。我が国の平和に対する新たな覚悟の形を、堂々と、そして恥ずべきことのないように見せつけて下さい」


「了解です、総理」


 この日、海上自衛隊にて初の本格的な航空母艦である航空機搭載護衛艦「かつらぎ」は就役した。奇しくもその日は、旧日本海軍の航空母艦「葛城」が就役したのと同じ日付であった。

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空母かつらぎ~日本国異世界戦争譚~ 広瀬妟子 @hm80

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