空母かつらぎ~日本国異世界戦争譚~

広瀬妟子

プロローグ 2075年

西暦2075年8月15日 日本国小笠原諸島西之島 国立宇宙基地


 西太平洋に位置する小笠原諸島は、日本列島から南に1000キロメートルの位置にある島々である。大小30ある島々は半世紀も前であれば2600人程度が住まうだけの小さな地域だったが、今では3万人以上の人々が様々な産業に従事する、日本でも有数の発展した地域となっている。


 その理由は明白だった。2013年より60年以上に渡って続いた火山活動により新たな島々が生まれ、人が居住する事の出来る島嶼が増加した事。そして現在、その島嶼を拠点として新たな産業が生み出された事にあった。


 その中でも西之島は、『日本で最も宇宙に近い島』と呼ばれていた。最初の噴火から10年以上続いた異常な地殻変動は、九州の種子島に匹敵するまでの面積を生み出し、政府は宇宙開発事業の一環として現地の開発を決定。今では2万人の住民が暮らす西之島町の中心となっていた。


 その西之島の上空を、1機のヘリコプターが飛ぶ。白く塗装された機体側面に「日本海軍」の黒字を背負うそれは、〈SH-1C〉対潜哨戒ヘリコプターで、90年近く前に海上自衛隊で採用されたSH-60J〈シーホーク〉対潜哨戒ヘリコプターの後継となる存在だった。


「もう、40年か…」


 その機内で、一人の男が窓の外を見つめながら呟く。灰色の背広をまとった初老の彼は、開発の手が入念に入れられた西之島に視線を注いでいた。すると、パイロットが無線越しに話しかけてくる。


野水のみず中将、間もなく到着します。しかし、此度の『お出迎え』のために参加させるとは…上はかなり映える展開をご所望な様ですね」


「そうだな…それと中将はよしてくれ。せめて二将と呼んでくれよ」


「ですが、今は自衛隊ではなく国防軍です。二等海将は流石に古いと思いますが…」


 パイロットの言葉に、野水と呼ばれた男は小さくため息をつく。やがて〈SH-1C〉は洋上を進む1隻の巨艦に迫る。


「見えてきました。「かつらぎ」です」


 パイロットの報告を聞き、野水は静かに見下ろす。全長318メートルの巨体、その中でも一番広い飛行甲板には、数十機もの艦載機の姿がある。これが40年も前に生み出された歴戦の空母である事は、この海に馳せ参じる全ての者が知っていた。


「野水中将閣下と、「かつらぎ」のご活躍は耳にしております。この艦がいなければ、我が国のみならず世界そのものが、恐るべき悪意の前に膝を屈していたでしょう」


「…ああ」


 パイロットの、私見を大分に含んだ言葉に、野水は苦笑を返す。そして小さく呟いた。


「…「かつらぎ」…お前も、随分と長く生き延びてしまったな。因果、というものか」


 そして彼は、直接護衛を付けることなく単艦で太平洋上を進む巨艦、航空母艦「かつらぎ」を見下ろした。

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