第14話 変な男(ヒロイン視点)

「クッ!? あー、もう! 本当についてないわね!」


 目の前で余裕そうに空を飛んでいる翼竜、ワイバーンを睨みつけながら愚痴る。

 大体なんでワイバーンがいるのよ! ワイバーンは10層ではなく30層に生息しているモンスターのはずでしょ!


 チラリとカメラマンである由美の方を見ると心配そうな表情でカメラを握りしめている。

 私の心配をしているのかどうかは分からないが、私がここで敗れることがあれば由美は助からないだろう。


「はぁぁ!!」


「ガァ」


 鉄槌に力を込めワイバーンへ向けて振り下ろすがひらりとかわされてしまった。


 私の職業〈狂戦士〉は力が売りの職業だ。

 力だけならこのワイバーンにも負けてない自信はある。だが、それも向こうが力勝負をしてくれなきゃ勝負の土俵にも立てない。


「お嬢様! コメント欄の皆さんも逃げた方がいいと言っています! ここは撤退しましょう!」


「うるさいわね! 私の辞書に逃げるなんて言葉はないわ! 私の辞書にあるのは勝利のみよ! 逃げるのなら貴女だけで逃げなさい!」


「お嬢様を置いて逃げられるわけがないでしょう!」


 と、息巻いてみたのはいいものの。

 これで敗北したら炎上待ちがないなしだろう。だが、逆を言えばこういう危機にこそ配信は盛り上がる。


 それに実際城ヶ崎家の人間として敗北は許されない。私にはこのワイバーンを倒すしかないのだ。


「……ガァァァァァ!!」


「ッ!?」


 ワイバーンが大きく息を吸い込んだと思ったら炎のブレスを放ってきた。

 私は咄嗟に鉄槌を振って風圧でブレスをかき消すが驚いた。


「まさかブレスまで放ってくるなんてね……」


 今回は偶々防ぐことが出来たが、これを連発されたら私に防ぐ手段はない。


「お、お嬢様!? 不味いですよ! 急にアクセス数が伸びて何故逃げないんだとコメント欄が炎上しています!」


 これだからダンジョン配信は面白い。

 冒険者が死にそうになると誰かが拡散して、閲覧数が一気に伸びるのだ。


「お嬢様! 笑ってる場合じゃないです!」


 そうか、私は笑っているのか。このチャンスに……


「いいかしらこの配信を見ている皆さん! 私、城ヶ崎みちるは逃げも隠れもしません! みなさんの前でこのワイバーンを討ち取って見せましょう!」


 優雅にポーズを決めて、スキル〈暴走〉を発動する。

 私の中で何かのタガが外れていくのが分かる。そしてそれと同時に力が高まって溢れていく。

 〈暴走〉は1分間のみ、身体能力を向上させるスキルだ。


「がぁぁぁ! 死になさい!」


 一気に跳躍してワイバーンとの距離を詰める。

 ワイバーンは驚いているみたいだが、遅い。私は鉄槌をワイバーンの頭に向けて薙ぎ払うように振った。


「グァ!?」


「だらぁ!!」


 怯んだ隙に体を無理やり捻って鉄槌を上から振り下ろす。


「ガァ!」


 それは見事にワイバーンの後ろ首を捉えてワイバーンは墜落する。

 そのまま私はワイバーンの背中に鉄槌を振り下ろす。


「アハハハハ!! シネ! シになさい!」


 そして連打する。鉄槌を感情のままに振り下ろす。そこに技なんてものは無い。ただの暴力だ。

 何発、何十発と連打すると体の力が抜けてきた。どうやら〈暴走〉の時間が終わったようだ。


「はぁはぁ、やったのかしら」


 動かないワイバーンを見て安堵する。そして視聴者たちの称賛の声を見る為に由美の方へゆっくり近づく。


「流石です。お嬢様……!? お嬢様! ワイバーンの鱗はどんな攻撃も通さないそうです!」


 同じく安堵の表情を浮かべていた由美がコメントを見た瞬間、表情を変えた。


「グァァァァ!!!!!!」


 まさかと思い振り返るとそこには私に襲い掛かろうとするワイバーンがいた。


「あっ……」


「メルル今だ!」


 終わったそう思った瞬間、男の声が響いた。

 それとほぼ同時に氷の礫がワイバーンを襲った。


「グァァァ!?」


 礫はワイバーンの胸の辺りに当たるとワイバーンは苦しそうに声を上げた。よく見ると少し血を流している。

 ワイバーンは何が起こったのか分からない様子だが空に逃げた。


「っ! 逃すか! 俺を魔法でぶち上げろ!」


「キュ!」


 男の声が聞こえたと思ったら何かの鳴き声も聞こえた。

 そして風が吹き上げると男がワイバーンへ向けて飛んでいった。手には原始的な槍が握られているが、それよりも男の格好に目が行った。

 サンダルとスウェットなのだ。まるで少し近くのコンビニに出かける時のような格好だ。


「えっ……」


 驚きのあまり声を漏らす。

 由美の方を見ると困惑した表情を浮かべているがきちんと男をカメラで捉えている。流石仕事のできる女だ。


「うぉぉぉぉ!!」


「グァァァァ!!」


 男はワイバーンの胸の辺りを槍で突き刺している。だが、ワイバーンは刺されたことに怒り狂い暴れ始めた。


「ちょっ、マジ!? これで死なないのかよ!! しまっ!?」


 ワイバーンの必死の抵抗に男は槍から手を外してしまった。


「危ない!」


 咄嗟に声が出た。冒険者といえどあの高さから落ちてしまえば、怪我では済まないと思ったからだ。

 だが、私の心配とは裏腹に地面に当たりそうになった瞬間、男がふわっと地面に着地した。


 何事かと思っていると、猫くらいの大きさの可愛らしいモンスターが男に近寄った。


「キュ、キュキュキュ!」


「はいはい、そうですねー。でもまさか失敗するとは思ってなかったよ……」


 男は白いモンスターに向けて捻くれた顔で話している。

 

 〈魔獣使い〉だろうか?

 だが、男はモンスターと話をしている。そんなことありえるのか? 〈魔獣使い〉はモンスターと簡単な意思の疎通ができるとは聞いたことあるけど、会話ができるなんて聞いたことがない。


「お嬢様大丈夫ですか!?」


 ワンテンポ遅れて由美が近づいてきた。


「えぇ、なんとか……」


「配信どうしましょうか」


 チラリとコメントの方を見ると、なんだアレ!? や、あんなモンスター見たことがない! まさかモンスターが魔法を使っていたのか!? あの男不潔すぎ! 服装おかしいだろ! モンスターと喋ってるのか?

 などのコメントが高速で流れている。

 視聴者数を見るといつのまにか5万人を超えていた。

 今までの配信じゃ考えられない。普段は500人くらいしか同時接続者がいなかったのに……

 このチャンス逃すわけにはいかない。


「配信はつけたまま様子を見ましょう」


「分かりました……」


「グァァァ!!」


 ワイバーンは怒り狂っている。そこら辺にブレスを吐いて回っている。アレじゃ災害だ。いや、災害の方がマシかもしれない。


「おいやべぇって! 武器もないのにあんなに暴れ回りやがって……そうだ! アンタら武器持ってないか!?」


 男は頭を抱えて叫ぶとこっちを見た。

 改めて近くで見ると浮浪者のようだ。髪の毛は脂ぎってるし、髭は手入れを全くしてないのか生えたい放題。服なんて土埃も付いてかなりボロボロだ。

 顔は別に良くもないが、悪くもないのに身なりが全てを台無しにしている。


 それにしてもこの男どこかで見たような気がする……


「……え、あ?」


 身なりに気を取られてしまい聞き逃してしまった。


「だから武器はないのかって! 俺のロンギヌスはワイバーンに刺さってるから使えないんだよ!」


「あ、あの棒切れのような槍がロンギヌス?」


 非常事態だとは思うがあの槍はロンギヌスと呼ぶには明らかにお粗末だろう。


「ぷしゅ、キュキュ!」


 白いモンスターが心底楽しそうに男へ向けて話しかけている。


「うるせぇ! メルル! お前だって納得してたじゃねぇか!」


「キュキュ、キュ!」


「俺が勝手に言ってただけって……はぁ、もうそれでいいよ。で、武器は持ってないのか!」


 これで確信が持てた。男にはこのモンスターの言葉がわかっているのだ。そんな人、ダンジョンが生まれてなんじゃ……


「グォォォォ!!!」


 遠くで叫ぶワイバーンの咆哮にハッとした。


「私が使ってる鉄槌ならあるけど……」


「そんな重そうなもん、持てるわけないだろ! 俺はお前みたいなゴリラツインテールじゃねぇの!」


「なっ!?」


 言うに事を欠いて、この私にゴリラツインテールですって!? この私が誰だか分かって……


「わ、私のショートソードならありますが、これでは空を飛ぶワイバーンには届きもしないかと」


「いや、それでいい。貸してくれ」


「どうぞ」


「うおっ、初めてちゃんとした武器持ったかも。やっぱ違うな」

 

 男は由美から受け取ったショートソードの鞘を雑に取り外すと目を輝かせた。


「メルル、セカンドプランだ。行けるな?」


「キュ! キュキュ!」


 男が白いモンスターにそう告げるとモンスターは男の右肩に飛び乗った。


「なにを!?」


 するつもりなの? そう言いかけた瞬間私の言葉は止まった。隣の由美も息を呑んでいる。

 男はゆっくりと空に浮かんでいるのだ。ジャンプして飛んでいるのではない。浮遊だ。そんなこと〈勇者〉にだってできやしない。なのにこの男はそれを軽々としているのだ。


「ははっ、こりゃいいや。マジで浮いてるじゃん。じゃあメルル操縦は頼むぞ!」


「キュ!」


 男はワイバーンへ向けて飛んでいくのだった。

 この時、コメント欄は私でも読めないほどのスピードで流れているのだった。

 

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