第8話 行方不明(妹視点)

 兄が家出をした。

 

 その事実を聞いたのは兄さんが家出をして3日後のことだった。

 

 事情を聞くとパパにいい加減働けと言われて、逃げ出してしまったらしい。その時に私が使っていたお古の剣を使って脅したのがダメだったとパパは反省していたそうだが、兄さんにはいい薬だと思った。


 ママは兄さんが私の家に来たらもう怒ってないと伝えてと言っていたが甘すぎる。だから兄さんもニートになってしまうのだ。


 昔はいい兄だった。

 いや、それは少し語弊がある。私が勝手にそう見ていたそれだけの話だ。

 

 兄さんは昔からあまり怒らず、誰かに対して偉そうにしているのを見たことがない。そして困った人がいたら助ける。私から見た兄さんはまるでヒーローのようだった。


 最初におかしいと思ったのはいつだっただろうか。初めて行ったバイトを初日で飛んだ時だろうか。

 兄さんは、俺には向いてなかった。なんて笑いながら話していたが、当時小学生の私でもなんとなくそれは間違っていると気づいていた。

 

 それが確信に変わったのは、兄さんが大学を卒業する直前の時だった。

 兄さんは笑って言ったのだ。働く意味が分からないから働かないと。またそれに付け加えて、配信者になって稼ぐとも言っていた。

 中学生ながらに兄さんが本気で配信者になる気がないのは分かっていた。これまで長い間家に居たがそんな素振りを見せたことがなかったのだ。

 兄さんは働きたくないから適当に取ってつけた言い訳を並べた。


 パパとママの気も知らないで……


 もし兄さんが優しい人なら両親のために働いていただろう。単純な話だ。兄さんには芯がない。だからこそ基本的に何かで怒ることはないし、そこまでの努力はしない。困っている人がいたら自分の面倒じゃなきゃ助けるし、人に偉そうな態度も取らない。だけど結局は自分が楽ならそれでいい。それだけを考えて生きているのだ。


 だから私はそんな兄さんを見て、ああはならないように必死に努力した。

 学校での勉強は欠かさず、冒険者としても今ではAランク。それに実力的には冒険者の最高峰であるSランクに近いとも言われている。


 私は兄さんがどれだけ困っていても助けないつもりだ。家に入れるなんてこともしないし、ご飯だってあげない。私が兄さんを嫌っているのを知ってか知らずか私の所に顔を出していない。

 好都合だ。兄さんと一緒にいるだけでイライラする。私はこんなに頑張っているのに兄さんは変わってくれない。何回か働くように説得だってした。なのに兄さんは軽口を吐くだけだ。


 兄さんなんて……


「……どうしたんだろう」


 突然スマホの着信音が鳴った。

 相手を見ると冒険者組合で、私がお世話になっている水瀬さんからだった。

 水瀬さんから直接電話が来るのは珍しい。ダンジョンでの救助依頼がある時はそれ専用の部署からかかってくるのに……

 もしかして、雑誌の撮影依頼だろうか。だとしたら嫌だな。世間では『煌めく剣技、安村めぐる』なんて言われているせいで恥ずかしくて嫌なのだ。


「……もしもし」


 嫌な予感に一度深呼吸をしてから電話を取る。


『めぐるさん! 大変なことになったんですよ!』


 電話越しで聞こえた水瀬さんはとても焦っていた。


「……どうしたんですか?」


 7日前のドラゴンの件もある。もしかしたらまたダンジョンで異常が発生したのだろうか。


『そ、それが! その! 安村さんのお兄さんが!?』


 兄さん? なんで私の兄さんの話になるんだろう。兄さんはダンジョンとは無縁の人だ。

 まさか、冒険者の資格を取るために試験を受けに来たという話だろうか。でもそれならおかしい。何故私のところに連絡が来るのだろう。


「私の兄がどうかしましたか?」


『ブローカーの手を借りてダンジョンに入っちゃったみたいなんですよ!』


「え!?」


『昨日捕まったブローカーの男が持っていた持ち物の中にお兄さんの保険証があったんです! まだメディアに情報は流れていませんが、流出するのは時間の問題かと!』


「…………」


 私は思わず頭を抱えてしまった。


 最近、というよりも少し前から社会問題になっているダンジョンブローカーに兄さんが依頼するなんて……

 

 ダンジョンができて日本はかなり豊かになった。モンスターの素材やダンジョンにある食料などは高値で取引されるようになり、ここ最近ではかつての日本が取り戻されたなんて声も聞こえる。

 

 でも国が豊かに慣ればなるほど貧富の差は酷くなっている。職を失い、何もかもなくなった人が最後の希望をかけてダンジョンに挑戦する。それを手助けするのが違法なダンジョンブローカーだ。


 だが、ダンジョンはそんな甘い物じゃない。ブローカーに連れて行かれた人の殆どがダンジョン内で行方不明、もしくは死亡している。

 当然だ。知識も武器も碌な状態じゃないのにダンジョンに潜るなんて自殺行為だ。


『めぐるさん……大丈夫ですか?』


 兄さんがブローカーを頼った。その事実を否定したいのに、仕事をしないでいいならそれくらいやってしまいそうな気がする。というかやるだろう。


「私は大丈夫です。それより、兄さんの遺体は発見されたんですか?」


『遺体は見つかっていません。ですが、ブローカーの証言によると武器は何一つ持っていなかったみたいで……』


「ッ……兄さんはいつダンジョンに入ったんですか?」


 最悪だ。


『ブローカーの証言によるとドラゴンの件があった日だそうです』


 ということは家出して初日にダンジョンに潜ったのか。


 本当になにを考えているんだ。あの馬鹿兄は……


「ふぅ……メディアに情報が漏れるまでどれくらいかかると思います?」


『長くて4日、早いと2日かもしれません』


 なら私がやることは一つだ。兄さんを見つけ出す。そしてどんな姿になっていても必ずパパとママの前に連れ帰ることだ。


「分かりました。これからダンジョンに潜ります」


『もしかして、お兄さんを捜索するつもりですか?』


「はい。兄を見つけるまでどれくらい時間がかかるか分かりません。取材の仕事は兄が見つかるまでキャンセルでお願いします」


『え!? 困ります! メディアへの説明責任なんかやそれまでに受けた仕事だってあるんですよ!』


 別に私はみんなからチヤホヤされたくてこの仕事を始めたわけじゃない。全部家族の為に始めたのだ。だから今はそれ以外の事はどうでもいい。


「すみません。準備があるので切りますね」


『あっ!? ちょ』


 水瀬さんが喋っている途中だったが電話を切る。


 変だ。さっきまで兄さんなんてどうでもいいと思っていたのにいざその事態に直面すると胸が痛い。


「……待っててね、兄さん」


 たとえどんな姿になっていても必ず見つけ出すから……

 

 

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