第12話

 今日は明日花が料理を作ったらしい。


 明日花とはもう10年以上の付き合いではあるが、そういえばこれまで俺は明日花の手料理を一度も食ったことがない。


 明日花はどんな料理を作るのだろうか?


 少しわくわくしながらもリビングへと向かうと「祐太郎、ちょ、ちょっと待ってろ」と言って明日花は慌ててキッチンへと駆けていった。


 どうやら料理を作ってキッチンを相当散らかしてしまっているようで、彼女は「はわわっ……」と情けない声を漏らしながら大急ぎでキッチンを片付けていく。


 友理奈さんと一緒にダイニングテーブルに腰を下ろしながら、待っていると明日花は顔を真っ赤にしたままテーブルに料理を並べていく。


「なにか手伝おうか?」

「いや、大丈夫だ……」


 ということなので、彼女が料理を運んでくれるのを待っていたのだが、テーブルに並ぶ料理に俺は言葉を失う。


 え? ……嘘だろ……。


 なんというか明日花の作った料理は、失礼ながら俺が彼女に抱いていた印象と大きく違っていた。


 テーブルには炊きたての白米と味噌汁はもちろんのこと、その他にも煮魚や煮物など家庭的な料理が並んでいる。


「これ、明日花が作ったのか?」

「はわわっ……」


 あ、ダメだ会話になっていない。


 どうやら俺に相変わらず料理を見られるのが恥ずかしいようで、頬を真っ赤にしたまま俺と目を合わせてくれない。


「りょ、料理はあまりやらないから……」

「いやいや、あまり料理をやらないのにこれだけできるのはヤバいでしょ……」

「明日花ちゃんは料理がとても上手なんだよ。小さい頃からパパとママがいないときは交代でご飯を作ってたから」

「なるほど……」


 俺の知らなかった事実である。


 どうやらこれで全ての料理が出そろったようで、彼女はテーブルに腰を下ろすと膝に手を置いたまま俺を見つめてきた。


「お、美味しくないかもだぞ……」


 と予防線を張る明日花に「いただきます」と手を合わせてからありがたくいただくことにする。


 どれも美味しそうだし、米が進みそうなものばかりだが……とりあえずは煮魚からだ。


 お箸で魚を軽くほぐすと、中から美味そうな汁が染み出てくる。


 あ、めちゃくちゃ美味そう……。


 そのまま煮魚を炊きたてのご飯にちょんちょんってしてから口に運んで、ちょくごに米も口に運ぶと幸せな味が口内に広がる。


 う、美味い……。


「ど、どうだ?」


 なんて心配げに首を傾げる明日花に「めちゃくちゃ美味い」と素直に感想を述べると、そこでようやく彼女はほっと胸をなで下ろした……のだが。


「明日花ちゃん、祐太郎くんに褒められて良かったね」


 と友理奈さんが言うとまた頬を赤くして「はわわっ……」とポンコツ化する。


 そんな彼女をしばらく呆然と眺めていた俺と友理奈さんだったが。


「明日花ちゃん、ちょっといいかな?」


 不意に友理奈さんはにっこりと微笑むと明日花を手招きした。


「お姉ちゃん?」


 友理奈さんは首を傾げる明日花の手を握ると「祐太郎くん、ちょっと待っててね」と笑顔のまま明日花を連れでどこかに行ってしまう。


 ん? なんだなんだ?


 そんな突然の友理奈さんの行動に俺もまた首を傾げていると。


「はわわっ!! そ、そんなこと私には言えないっ!!」

「ダメよっ!! ここは勇気を振り絞らなきゃだめっ!!」

「はわわっ……」


 と遠くから明日花の悲鳴のような声が聞こえてきた。


 そして、何事もなかったかのように二人はテーブルへと戻ってくると食事を再開する。


「ゆ、友理奈さん、なにかあったんですか?」

「ううん、なんにもないわよ」

「そ、そうっすか……」


 全然なにもなかったようには思えないけれど、とりあえず何も答えてくれなさそうなので俺もまた食事を再開する。


「そ、そういえば祐太郎……」

「どうした?」

「こ、こ、こ、今晩うちに泊まらないか?」

「は、はあっ!?」


 思わず箸を持つ手が止まる。


「ほ、ほら、昔はよくうちに泊まったじゃねえか。今日は両親もいないし、うちで久々にぱーっと深夜までやろう」

「いや、ぱーっとってそういうのは金曜日にやるものじゃないのか?」


 今日は月曜日である。


 もちろん俺はこれまで何度も明日花の家に泊まったことはある。が、それらはおもに小学生のことで、いくら幼馴染みでも中学に入ってからはお互いにある程度成長したしお泊まりまではしたことがない。


 が、


「明日花ちゃん、それいいわね。祐太郎くん、久々にうちに泊まれば?」

「え? で、でも着替えとか持ってないですし」

「パジャマだったらパパのを貸してあげるから大丈夫」

「いや、まあそうですけど……」


 と、困惑していると友理奈さんは俺の肩を組んで自分の方へと抱き寄せた。


「たまには幼馴染みらしくお泊まり会もいいんじゃない?」

「いや、でも急ですし」

「いいんじゃない?」


 なんて笑顔で言う友理奈さんだが、その目は笑っていない。そして、彼女の目からは『泊まる以外の選択肢はないってわかってるよな?』という圧を感じる。


 まあこれと言って断る理由はないけど、なんか怖いよね……。


「は、はい……泊まります」

「じゃあご飯を食べたらパパのパジャマを準備しておいてあげるからお風呂に入っておいでっ!!」


 そう言ってようやく友理奈さんは俺から体を離してぽんぽんと俺の肩を叩くと食事を再開した。


 ということで今晩は明日花の家に泊まることになりました。

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