第11話

 それから俺と吉田はコスチュームを何着か試着させてもらってから帰路に就いた。


 あー幸せだった……。


 一人住宅街を歩きながら、さっきまでの夢のような時間を思い出して頬を綻ばせずにはいられない。


 あくまで文化祭の会議&下見だったのだけど、まるでデートのようなひとときを吉田と過ごすことができて俺としてはとっても心が満たされています。


 まあ数日前にフラれたんだけどね……。


 が、吉田は突然告白した俺に、これまで通り気さくに話しかけてくれたおかげで後腐れなく……って言い方は適切じゃないかも知れないけれど、気まずい感じになることなく今後の学園生活を送ることができそうなのは本当にありがたい。


 ほんと吉田って良い子……。


 なんてありがたく思う俺だったが、同時にこうも思う。


 別にお付き合いをする関係にならなくてもいいのではと。


 まあフラれた時点でその目はなくなったし、これ以上吉田に無駄なアプローチをすることは彼女を不快にさせる可能性も大いにある。


 だったらいっそのこと良き学友としてこれからも仲良く過ごすのが俺にとってベストの選択なのではないかと、今日の放課後、吉田と同じ時間を過ごしたことで俺はそんなことを思った。


 卒業までは1年と少し。おそらく大学は学力的に吉田の志望校よりも圧倒的に偏差値の低い大学に入ることになりそうなので奇跡が起きても同じ大学に通うことはなさそうだ。


 だからせめて高校生活を送っている間だけでも良い関係でいられるよう心がけたいものだ。


 なんて考えながら自宅へと続く住宅街を歩いていた俺だったのだが。


「祐太郎くんっ!!」


 という声とともに後ろから突然誰かにハグされた。


「ひゃっ!?」


 その不意打ちに思わず身震いをして隣を見やると、俺の肩に顎を乗せる美少女の顔が見えた。


「友理奈さん……」

「祐太郎くん、久しぶりだね」

「いや、昨日あったばかりでしょ」

「そうだったっけ?」


 なんて俺をからかう友理奈さん。まあ、いつも通りと言えばいつも通りである。


「今日はアルバイトはないんですか?」

「ないよっ!! サークルも今日はお休みだから今日は早く帰ってきたの。明日花ちゃんにも早く会いたいし」

「いや、明日花ならいつでも会えるでしょ」

「そんなことないわよ。いつもは帰ると明日花ちゃんもう寝ちゃってるし、朝は逆に私が寝てるから」


 そういえば明日花って22時頃にはあくびをして23時には爆睡する超健康優良児だっった気がする。


 俺なんかゲームしたりネットサーフィンしたりで睡眠不足が深刻化してるのに。


 が、まあ確かに友理奈さんの言うとおり、同じ家で暮らしていても生活サイクルが違うと意外と話す機会が少ないのかも知れない。


 なんて考えつつもいつになったら友理奈さんに体を密着されて、ややドキドキしていると彼女は耳元で「ところで祐太郎くん」と囁く。


「な、なんすか……」

「今日は明日花ちゃんと一緒じゃないんだね」

「え? あ、あぁ……まあ今日は俺の方に用事があったので」

「もしかして女の子とデート?」

「え? い、いや……そういうわけじゃ……」


 デートという単語に思わずドキッとする。


 まあデートじゃないんだけどね。


 が、俺の反応を見た友理奈さんはなにかを察したようで「へぇ……祐太郎くんって意外とプレイボーイなんだね」とまた俺をからかってきた。


「いや、そんなんじゃないですよ……」

「祐太郎くんはこれから暇?」

「まあこれから家に帰るところですし」

「じゃあうちにおいでよ。明日花ちゃんと祐太郎くんと三人でお話しするのも久しぶりだし」


 確かに言われてみればそうである。幼い頃はよく三人で遊ぶこともあったが、特に友理奈さんが大学に入ってからめっきり減った。


「でも急にお邪魔してもいいんですか?」

「別に気にしないわよ。祐太郎くんならうちの家族も気を遣わないし、全然ウェルカムだよ~」


 ということらしい。まあ、俺としても断る理由は特にないので「じゃあお邪魔します」と答えるとそこでようやく彼女が体を離してくれたので、そのまま友理奈さんの家へと向かった。


 それから10分後、俺たちは自宅に到着した。


 友理奈さんに連れられながら家に入ると、ちょうど風呂から上がってバスタオルを頭に乗せたジャージ姿の明日花が出迎えてくれた。


 なにやらソーダ味っぽいアイスを口に咥えている。


「はわわっ……」


 どうやら俺の到来を予想していなかったようで明日花は驚いたように情けない声を漏らすと、頬を真っ赤にして俺を見つめてきた。


「急に来て悪かったな。友理奈さんに誘われて」

「く、来るなら言ってくれ。こんな油断しきった姿を見られるとは思ってなかったぞ……」

「え? わ、悪い……」


 と謝罪をするものの、これまでも明日花は家ではジャージ姿だったし、俺からしたらいつも通り以外のなにものでもないのだが……。


 なんて考えていると、友理奈さんが「明日花ちゃ~んっ!!」と明日花に抱きつく。


「お、お姉ちゃんっ!?」

「明日花ちゃん会いたかったよ~」


 まるで抱き枕のように明日花をぎゅっと抱きしめる友理奈さんだが、明日花は少し迷惑そうである。


 友理奈さんにやや鬱陶しそうに抱きしめられながら明日花は俺へと顔を向けた。


「も、もしかしてうちで夕食を食べるのか?」

「おう、友理奈さんがうちで食べなよって誘ってくれたからな」

「はわわっ……」


 いや、なんでそこでポンコツ化するんだよ……。


 と、そこで友理奈さんが「あ~そういえば」とわざとらしくそんなことを言う。


「そういえば今日はパパもママもいないんだった」

「あ、そうなんですか」

「それでね、今日は明日花ちゃんが代わりに夕食を作ってくれることになってるの」

「あぁ……なるほど……」


 そこで俺はようやく明日花がポンコツ化した理由を理解した。


 どうやら彼女は俺に料理の腕にあまり自信がないようだ。

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