第10話
とりあえず第一候補から当たってみようということで、俺と吉田は駅前近くの貸衣装屋兼写真スタジオへと向かうことにした。
写真スタジオに入ったのなんて七五三のとき以来だな。あまり記憶には残っていないがなぜか明日花と二人で撮影したそれぞれ袴と振袖を身につけたツーショット写真が未だに、俺と明日花の家のリビングに飾られている。
ここでも子どもの写真撮影を行っているようだが、ハンガーラックにはその他にも大人用の衣装がいくつも並んでいた。
吉田曰く、最近、この店ではコスプレを身につけて撮影をするというサービスも始めたらしい。
パッと見た感じ、メイド服からチャイナドレス、さらには学生服にいたるまで幅広い品揃えである。
ということで俺たちは店を切り盛りしているおじさまに声をかけて商談を開始することにした。
結果から先に話すと商談は完璧すぎるほどに完璧だった。
「北高の生徒さんのためだったらいくらでも力になるぜっ!!」
「「ありがとうございますっ!!」」
なんでも店を切り盛りしているおじさまは俺たちと同じ高校の卒業生らしい。
あらかじめ吉田からはこの店での衣装レンタル代がこれぐらいという値段を聞いていたのだが、実際に商談をしてみたらおじさまはその半分にも満たない料金を提示してきて俺たちは我が目を疑った。
さすがにどんな計算をしてもそんな金額にはならないと吉田が話したところでおじさまは卒業生だということを話してくれた。
なんでも昔不良だったおじさまは、当時の担任の先生から今では一発懲戒ものの鉄拳制裁を食らった結果、まっとうな道に戻ることができたんだって。
いつか母校に恩返しがしたいってずっと考えていたところに俺たちがやってきて、後輩たちのために一肌脱ぐ気になってくれたようだ。
本当ならば何件かレンタル衣装屋を回るつもりだったのだが、おそらく他店でこれ以上安い値段を提示されることはないだろう。
それにおじさまも本気で母校のイベントに協力したいと言ってくれたし、断る理由は全くない。
これならば予算内……どころか大幅に予算に余りが出て他のことにもお金が使えそうだ。
俺と吉田は顔を見合わせて頷きあうと「「よろしくおねがいします」」とおじさまに頭を下げて商談は成立した。
正式な契約は先生の許可を取ってからだが、先生が断る理由もないだろうし実質的には決定だ。
また改めて契約に来ることをおじさまに伝えた俺たちはそのまま店を後にするつもりだった……のだが。
「せっかくだから衣装の確認をしていけばどうだ? もし気に入らないなら他の店で契約してくれても俺としては全然かまわない。これだけ北高への愛を語った後だときみたちも断りづらいだろうしな」
「いえ、そんなことはないです。前向きに検討させていただくつもりです」
なんて吉田が返すとおじさまは「ありがたい限りだ」と笑みを浮かべた。
「まあせっかくだからどんな衣装がいいか適当に見ていってくれ。なんなら試着をしてくれてもいいぞ」
そう言っておじさまは店の奥へと引っ込んでいった。
「せっかく店主さんが言ってくださってるし、少し見ていこうか」
「まあそうだな。ある程度どの衣装を借りるか決めておくのもありだと思う」
ということで俺たちは立ち上がると無数に並ぶハンガーラックへと歩いて行く。
ハンガーラックは男性用と女性用で別れており、オーソドックスなメイド服や制服の他にもアニメの衣装のようなものもいくつも並んでいた。
え? ってかこの衣装、今期のアニメの衣装じゃん……おじさまもうこんなの入荷してんのかよ……。
正直、街の貸し衣装屋さんだって舐めていたが、これは考えを改め直さなければならない……ここのおじさまかなりの通だぞ……。
なんて感心していた俺だったのが「鎌田くん」と吉田が手招きをしてきた。
彼女の元へと歩み寄ると、彼女の手にはメイド服と真っ白いタキシードのような服が握られている。
「店主さんが試着してもいいって言ってたし、少し試着させてもらおうよ」
「ま、まあそうだけど……」
そんな彼女の言葉を聞きながらも俺は彼女の手に握られたタキシードのハンガーが気になる。
と、そこで吉田がぽっと頬を染めた。
「鎌田くん……これ、着てみない?」
そう言って彼女はタキシードを俺に差し出した。
「じ、実はね、私、幼い頃から美少女戦士に出てくるタキシードマンが好きなんだ。だからちょっとタキシードマンが見てみたいかも……」
「いや、むしろ俺が着たことによって大好きだったタキシードマンのイメージが崩壊しそうな気がするんだけど」
「そんなことないよ。鎌田くんなら似合うと思うよ」
なんておだてられたら着てみても良い気持ちになってくるから不思議である。
「じゃ、じゃあ着てみようかな……」
ということで俺は彼女から衣装を受け取ると試着室へと移動することとなった。
ちなみに吉田はメイド服を試着してみるらしい。
いや、美少女戦士じゃないのかよっ!! と少しツッコみたくなったがさすがにあの派手な衣装を身につける勇気はなかったようだ。
ということで、俺は5分ほどかけてタキシードを身につけると試着室から出た。
それからさらに二分ほど経ってから吉田の入っていた試着室のカーテンが開き、中からメイド服を身に纏った吉田が姿を現した。
ぬおっ!! ぬおおおおおおおおおおっ!!
なんだこの破壊力は……。
メイド服を身につけた吉田の破壊力は抜群だった。
そのふわっと膨らんだミニスカートも、首のリボンも、さらには頭に乗っている振り振るのカチューシャみたいなやつも、どれも吉田に似合っていてこんな女の子から『ご主人様』なんて言われたら卒倒する自信がある。
「ど、どうかな……」
なんて恥じらうように俺から顔を背ける吉田の仕草もポイントが高い。
「め、めちゃくちゃ似合ってると思うぞ……」
「ありがとう。そういう鎌田くんもタキシードマンの衣装とても似合ってると思うし、かっこいいと思うよ?」
か、かっこいいっ!?
お世辞だとわかっていても心躍らせずにはいられない。
「せ、せっかくだから写真撮ろうよ」
と、そこで彼女はスマホをポケットから取り出すと俺に体を寄せてパシャッとツーショットを撮った。
「写真、あとで送るね」
これぞ役得……。俺はこのとき文化祭の実行委員になって心から良かったと思った。
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