第9話

 月曜日がやってきた。


 昨日はにゃんにゃんランドでしこたま楽しんだ分いつもよりも登校が億劫な俺だったが、そんな億劫さが吹き飛ぶような出来事が朝っぱらから起きた。


「鎌田くん、今日の放課後……暇かな?」


 なんて吉田からデートのお誘いを受けたのである。


 いや全くもってデートではないし、なんなら前に話していた文化祭でのコスプレ喫茶の衣装の話なのはわかっているんだけど……なんかデートに誘われたみたいで嬉しいよね。


 当然ながら俺には断る理由はない。


 が、そうなるとお伺いを立てるべき相手が一人いる。


 後ろの席に座って少しうとうとしている明日花を見やった。


「おい、朝だぞ」

「え? あ、ご、ごめん……どうした?」

「今日の放課後の話だよ」

「あ、放課後なら――」

「放課後は吉田と文化祭の打ち合わせがあるから今日は一人で帰ってくれ」


 なんか彼女と言葉が重なった。


「ごめん明日花、なんか言おうとしたか?」

「え? あ、いや……なんでもない……。文化祭の件は了解だ」


 基本的に何もない日は明日花と一緒に帰ることがほとんどだ。この間も実行委員会の会議の間ずっと待たせていたみたいだし早めに伝えておいた方が良い。


 ってか俺も明日花も毎日のように一緒に遊んでいるけれど、これっとよくよく考えてみれば単に俺も明日花も互いにぼっちなんじゃないかという気がしないでもない……。


 いやいやうがった考えはやめよう……。


 明日花にもしっかりと伝えたのでこれで万事解決である。ということで今日こそは吉田と二人で打ち合わせをすることになった。


※ ※ ※


 あー長い……一日ってこんなに長かったっけ……。


 別にデートをするわけでもないし、なんなら俺は彼女にフラれてすらいるのだけれど、吉田と二人で打ち合わせというイベントに俺の心は躍る。


 吉田とどんな話をしようかな(文化祭の打ち合わせに決まってる)? 吉田と記念にプリクラを撮ったりするのかな(現実見ろよ)? なんて考えながら長い長い学校生活を終えた。


 ということで放課後「ちょっと職員室に寄ってから行くから校門で待ってて」と言われた俺はやや緊張しながら校門のそばで吉田を待っていた……のだが。


 吉田よりも先に明日花の姿を見つけた。


 たまたま敷地内から見て校門の影になる位置に立っていたせいか、彼女は俺の姿に気づかず校門を素通りする。


 だから『明日花、また明日な』って声をかけようとしたのだが、直前で止めた。


 ほぼ毎日一緒にいるのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、俺は明日花が一人で行動しているところをあまり見たことがない。


 だからなんだと言われればなんでもないし、一人で歩いている明日花におかしなこともなにもない。


 ただ黙って一人で歩いているだけ。気にかかることなんてなにもないはずなのに、なんとなく声をかけるのを躊躇ってしまった。


 当たり前だけど一人でいるときの明日花は真面目な顔をしている。いつも俺と一緒にいるときは笑顔を絶やさない明日花だけに、その当たり前が俺には妙に違和感があった。


 結局、明日花になにも声をかけず、そのまま彼女の背中が見えなくなったところで「鎌田くん、ごめんね」と背後から声が聞こえた。


 振り返るとそこにはニコニコと笑みを浮かべる吉田が立っていた。


「ごめんね。職員室で少し先生と話してて」


 そう言って彼女は右手に持った茶封筒を俺に見せてきた。


「ん? なんだそれ」

「お金だよ。先生に今日、文化祭の打ち合わせと下見をするって説明したら、そういうことならってポケットマネーから喫茶店代がもらえたよ」

「おぉ……先生太っ腹がすぎるぞ」

「明日改めてお礼を言わなきゃだね」

「そうだな」


 なんだかよくわからないがそういうことらしい。理由はなんであれお金がかからないということとても良いことだ。


 にしても下見ってなんだろう……。


 なんて考えながらも彼女と一緒に駅へ向かい、そこで打ち合わせをすることにした。


「一応私としてはこんなプランで考えているんだけど……どうかな?」

「文句のつけようがない……というか俺なんかに文句を言う資格はない……」


 文化祭のプランについて吉田から話を聞きながら俺は、いかに自分がなにもやってこなかったかを痛感させられることとなった。


 正直なところコスプレ喫茶をしようと最初に提案してくれたのも吉田だったし、吉田はすでにコスプレ喫茶の提案をした時点である程度、具体的なプランを考えていたようだ。


 俺のスピード感ではコスプレ喫茶をすることに決定してから、計画を練るみたいな感じだったのだが、それでは全然遅かったようだ。


 あぁ……自分が情けない……。


「じゃあ私の考えたプランで進める感じでいいかなぁ?」

「もちろんだよ。なんというか俺には吉田みたいに丁寧に計画を練ることはできないから、吉田の小間使いとして動けたらなって思ってる」

「そ、そこまで卑下しなくてもいいと思うよ……」


 と、やや引きつった笑みを浮かべる吉田。


 が、これで文化祭までにやらなければならないことは決まった。ほとんど吉田が決めてくれたがせめて小間使いとしてでも彼女の計画に貢献できればなって感じだ……。


「そういえば……」


 と、そこで先生が奢ってくれたコーヒーを飲みながら吉田が俺の顔を見やった。


「そういえば、鎌田くん昨日三宅さんと一緒にいなかった?」

「え? い、いたけど……」


 昨日どころかほぼ毎日一緒にいるけどな……。


「やっぱりそうだったんだ。実は昨日駅前を歩いていたら鎌田くんと三宅さんが歩いているのを見かけたから」


 そう言って彼女はなにやら柔和な笑みを浮かべた。


「学校でもいつも一緒だけど、鎌田くんと三宅さんって本当に仲が良いよね」

「ま、まあな。幼稚園のころから一緒だし家も近いからな。気がついたら今みたいになってた」

「そんなに昔から一緒なんだね。にしても昨日の三宅さんすごく可愛かったな……」


 と、昨日の明日花を思い出すように彼女は右上を眺める。


「学校では少し男の子っぽいところがあるけど、休みはあんなに可愛い格好をしているんだね」

「え? あ、そうだな……」


 本当の明日花は全然平気でジャージで出歩くタイプだし、むしろ昨日の方が友理奈さんの影響で特別なのだけれど、彼女の名誉のために黙っておくことにする。


「なんだか三宅さんすごく楽しそうに笑ってて微笑ましかったよ」

「まああいつは笑顔が取り柄みたいなところはあるしな」

「そんなことないよ。きっと鎌田くんと一緒だったからあんなに可愛い笑顔だったんだよ。私と話すときはあんな表情しないし」

「まあ幼馴染みってのはあるかもしれないな」

「それだけなぁ……」


 と、吉田は「う~ん……」と首を傾げていたが、すぐに笑顔に戻ると「じゃあそろそろ下見に行こうか」と立ち上がった。


「さっきから気になってたんだけど、下見ってなんだ?」

「ああごめん。説明していなかったよね。さっき言ったとおり衣装はレンタルにする予定だからお店に行って簡単に見積もりをとってもらおうかなって思って。それに男子目線の意見も聞いてみたいし」

「なるほど……」


 ということで俺たちは吉田がリストアップしてくれた貸し衣装屋に向かうことにした。

――――――――――――


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