第7話
噴水公園を出発した俺はすぐそばの駅から電車に乗り込む。
時間帯が良かったのか電車は比較的がらがらでロングシートの真ん中に二人並んで腰を下ろして車窓を眺めていると、ふと隣の席の明日花がポシェットのチャックを開けてもぞもぞと中をまさぐり始める。
「あ、あったっ」
そして、なにかを見つけたようで嬉しそうに俺に顔を向けると彼女はポシェットからあめ玉を二つ取り出して、そのうち一つを俺に差し出す。
「はい、祐太郎。飴」
「お、おう、ありがとな……」
あめ玉を見つけてこんなに嬉しそうな顔をする女を俺は初めて見た。
ありがたくあめ玉を一つ受け取ると、袋を剥いて口に放り込む。
うむ、林檎の味がして美味しい。
彼女もまた飴を口に放り込むと頬に小さなこぶを作って「美味いな」と言う。
「そうだな。美味しいな」
「祐太郎。にゃんにゃんランド楽しみだな」
「そうだな」
なんだこの会話……。
と、思わないでもなかったが明日花はにゃんにゃんランドが本当に楽しみのようで、そのわくわくがこちらまで伝わってくるからよしとすることにする。
その後、俺たちは電車が最寄り駅に到着するまで、明日花が事前に調べてきたにゃんにゃんランドの園内マップを眺めたり、どの種類の猫が好きかみたいな他愛の会話を交わすこととなった。
30分ほど電車に揺られたところで俺たちはにゃんにゃんランドに到着した。
「わぁ~にゃんにゃんランドっ!!」
駅から下りて少し歩いたところにあるにゃんにゃんランドの入場ゲート。大きな猫が口を大きく開いたような形のゲートを眺めながら明日花は目をキラキラさせる。
おぉ……なんか懐かしい……。
ゲートを感慨深く眺めていると「早く入るぞ祐太郎っ!!」とうずうずしたようにその場で足踏みをしていた。
ということで早速園内に入ると、懐かしい光景が眼前に広がり当時の記憶が蘇ってくる。
「そういえば幼い頃の明日花、園内に入るなり放し飼いの猫たちが一斉にお前のところに集まって来て大惨事になってなかったっけ?」
「そ、そうだ……。なんでかわからないが私は猫に好かれる体質らしい……」
彼女の匂いなのか纏う空気なのか、明日花は街を歩いていてもとにかく猫に好かれる。
二人で下校をしているときにも当たり前のように野良猫が三匹ぐらい後ろをついてくることもあるし、ペットショップを見に行ってもケージの中の猫が明日花を求めてケージの隅っこで手をこねこねしている姿をよく見る。
小学校低学年だったときに明日花の家族と一緒ににゃんにゃんランドに訪れた際も、園に入るなり放し飼いにしている猫たちが一斉に明日花のもとにやってきて身動きが取れなくなった。
なんて過去の記憶を思い出していると、園内を闊歩する猫たちが明日花の存在に気がついて一斉に明日花のもとへと駆けてきた。
そうそう……こんな感じで……っておいっ!!
「お、おい祐太郎っ!? ね、猫たちがっ!!」
気がつくと数十匹の猫が明日花の足下へと駆け寄ってきてミーミーと泣きながら彼女の足や靴に鼻をくっつけたりぺろぺろし始める。
「いや、なんでそんなに猫に好かれるんだよ……」
「わ、私にもわからない……」
なんて困惑する明日花は猫を踏まないように気を遣いながらゆっくりと歩く。
もはや歩くまたたびだな……。
困った様子の明日花だが猫自体は大好きなせいか、どことなく嬉しそうである。
「お、おいお前たち……そんなに甘えられると歩けないぞ……」
が、ぞくぞくと遠方から駆けつけてくる猫たちにさすがに困ったようで俺に助けてという視線を送ってくる。
彼女のSOSを受け取った俺は彼女のそばに群れる猫たちを抱き上げようとするのだが。
「「「「シャーっ!!」」」」
猫たちは一斉に俺を威嚇するような目を向けてきた。
こっわ……。
明日花と俺との猫たちの対応の違いに、ちょっぴり悲しい気持ちになっていると「お客様申し訳ありませんっ!!」と遠くから係員さんが駆け寄ってきて猫たちを明日花から剥がしていく。
ようやく自由を手に入れた明日花はなにやら恥ずかしそうに係員のお姉さんにペコペコと頭を下げていた。
これはなかなかに先が思いやられるな……。
なんて感じながらも自由を手に入れた明日花とともに園内を歩いていた……のだが。
ぐぅ~と明日花の腹からそんな音が聞こえて、思わず彼女の腹へと顔を向ける。
彼女は慌ててお腹を両手で押さえると頬を真っ赤にして俺から顔を背けた。
「なんだよ。腹空いたのか?」
「ちょ、ちょっとお腹が鳴っただけだ。それとは別に少しお腹は空いてきたけど」
「いや、空いてるんじゃねえかよ……。とりあえずレストランに行くか?」
彼女は俺から顔を背けたままコクコクと頷いた。
ということで近くにあったレストランに入ることにした。さすがにレストラン内はネコちゃん進入禁止だったようで、猫に大挙することはなかった……と思いきや。
「………………」
レストランの窓ガラスを見やると三毛猫から茶トラ、キジトラと様々な猫たちがガラス越しに明日花に熱視線を送っているのが見える。
とりあえず見なかったことにしてレストラン内に視線を戻すと、明日花が目を輝かせながらメニューを眺めていた。
「わぁ~どれも美味しそうだなっ!! お、おい、祐太郎これを見ろ。このオムライス、猫の顔の形をしているぞっ!!」
少しお腹が空いていると言っていた明日花だったが、実際にはお腹ぺこぺこだったようでメニューに貼られた写真に熱視線を送っていた。
「ど、どれも美味しそうで選べないぞ……」
「全部食えばいいじゃねえか」
「さ、さすがの私でもそれは無理だっ!!」
なんて頬を膨らませて俺を睨んでくる明日花。どうやら彼女は猫のオムライスか猫の形のナルトが乗ったラーメンのどちらかで悩んでいるようだ。
「なら明日花はオムライスを頼めよ。俺はラーメンを頼むからそれを二人で食べればいい」
「だ、だけどそれだと祐太郎が食べたい物が――」
「別に俺はどれでもいいさ」
そう言ってメニューを閉じると近くのウェイターさんを呼んだ。
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