第5話

 放課後がやってきた。


 幸いなことにそれからも吉田は俺にフランクに話しかけてくれて、放課後を迎えることには昨日までの関係に戻れた……と俺は思っている。


 本当に吉田は良い子……。


 本来ならば気まずい相手にこんなにも自然に話しかけてくれて内心感謝しつつも、彼女とともに文化祭の実行委員の仕事へと向かう。


 それから二時間ほど俺と吉田は生徒会室で他のメンバーと打ち合わせをした。


 今日の会議で決まったことはうちのクラスではコスプレ喫茶を出すこと、さらにはそのために必要な物資と費用について今後調べて報告することなどである。


 文化祭まであと二ヶ月。


 これから忙しくなりそうだななんて吉田と話しながら生徒会室を出た俺たちは、校舎を出て校門へと歩いて行く。


「鎌田くん、鎌田くんがもしも暇だったらこのあと喫茶店に行って打ち合わせの続きをしない? 実はすでにいくつか衣装を調達できそうな店をリストアップしていて鎌田君にも見てもらいたいんだ」

「え? も、もちろんいいけど……いいのか?」

「え? あ、うん、大丈夫だよ。昨日はなんというか鎌田くんの期待に応えられなかったけど、鎌田くんが良ければ鎌田くんとはこれからも友達でいたいし、私は気まずいまま残りの高校生活を送りたくないなって」

「…………」


 自分、今猛烈に感動してます。


 ああ良い子……この子、どこまで良い子なの?


 可愛いのは言うまでもなく優しくて人格者でもある吉田に、俺は彼女に告白したことが間違いではなかったと思い直す。


 俺には吉田を幸せにすることはできないけれど、いつかきっといい男と出会ってくれよな。


 泣きそうになりながら「じゃあ行こうか」と何度も頷いていると「あっ……」と声を漏らして足を止めた。


「どうかしたのか?」

「鎌田くん……やっぱり今日は帰ろうか」

「別にかまわないけれど……どうかしたのか?」

「…………」


 そんな質問に吉田はなにも答えない。が、彼女の視線の先に顔を向けた俺は全てを理解した。


 校門へと続く下り坂の途中に設置された花壇。そこに腰を下ろしたままた頭を垂れてすやすやと寝息を立てる幼なじみの姿を見つけたからだ。


 まさか会議が終わるまで待っていると思っていなかっただけに、やや驚きつつも彼女の方へと駆け寄る。


「おい、起きろ。こんなところで寝たら風邪引くぞ」


 なんて肩を揺すると、彼女はゆっくりと顔を上げて目を開いた。そして、俺の顔を見つけると笑みを浮かべて「終わったのか?」と尋ねてくる。


「終わった。ってか、わざわざ会議が終わるまで待ってなくても良かったのに」

「そ、それよりも吉田さんとはうまくやれたか? 気まずい感じにならなくて済んだか? 私はそれが心配だ」

「お、おい明日花……」


 どうやら彼女はまだ寝ぼけているのか、吉田の存在に気づいていないようだ。が、すぐに俺の後方へと歩いてきた吉田の存在に気がついたようで少し焦ったように目を泳がせる。


「え? あ、よ、吉田さん……」

「三宅さん、よだれ」


 と焦る明日花を見てクスクスと笑いながら吉田はポケットからハンカチを取り出して彼女の口の端に光るよだれを拭う。


「せっかく三宅さんが待ってくれたみたいだし、会議は今度にしよっか」

「え? あ、でも文化祭の準備もあるし」

「まだ期間もあるし大丈夫だよ。今度改めて話しよ? じゃあね」


 と言って吉田は俺に手を振ると校門の方へと歩いて行った。


 そんな吉田の背中を見送る俺と明日花。が、ふと明日花が慌てたように俺へと顔を向けた。


「わ、悪い……吉田さんに気を遣わせてしまったかもしれない……」


 と、申し訳なさそうな顔で俺を見上げる。


「まあしょうがないさ。吉田の言ってたとおりまだ文化祭まで二ヶ月あるし、彼女とは今度改めて話し合う」

「ごめん……」


 そう言って彼女は立ち上がると俺と一緒に校門へと歩き始めた。


 それから俺たちはトカゲクラブへと向かい、中古ソフト一本購入してから自宅のある住宅街の方へと歩いて行く。


 二人でせっかくだから接触の悪くなってきたゲームのケーブルやコントローラーなんかも閉店までにトカゲクラブで購入しようと話しながら歩いていた俺たちだったのだが、自宅に近づくにつれて明日花の口数が少なくなっていく。


「な、なあ祐太郎。今週の日曜日は暇か?」

「え? 暇だけど……どうかしたのか?」

「じ、実はだな……お姉ちゃんからにゃんにゃんランドのチケットをもらったんだ」

「おぉ……そういえば幼い頃に明日花の家族に連れてってもらったところだよな」


 明日花はこくこくと頷いた。


 俺の記憶が正しければにゃんにゃんランドは自宅から電車で少し行ったところにある猫のテーマパークである。


 園内には保護猫や、世界各国の珍しい猫がたくさんいて猫をモチーフにしたアトラクションなんかもあった記憶がある。


「けど、友理奈さんがどうしてにゃんにゃんランドのチケットを持ってるんだ?」

「え? あ、え~とそれは……バイト先でもらったって言ってた気がする……」

「なるほど……」


 よくわからないが明日花がそう言うのならそうなのだろう。


「わかった。俺は別にいいぞ」

「ほ、本当かっ!?」

「ああ、別に他に予定もないし……。ってか、にゃんにゃんランドに行かなかったとしてもまたいつもみたいに俺の家かお前の家でゲームをやってるだけだろうし、たまにはこういうのもいいんじゃないのか?」

「だよなだよなっ!! じゃ、じゃあ日曜日はにゃんにゃんランドに行こうっ!!」


 と明日花は嬉しそうな顔で「♪にゃんにゃんランド~にゃんにゃんランド~」とにゃんにゃんランドのローカルCMソングを口ずさむ。


 こいつは昔から動物が好きだし楽しみで仕方がないようだ。


 そんな明日花に少し元気をもらいながら自宅へと向かって歩いて行くのであった。

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