第4話

 なんだろう……朝、いつもの場所で待ち合わせて明日花と一緒に登校している俺なのだが……なんか今朝の明日花の様子が変です。


「はわ……はわわ……」


 なんだかよくわからないが、会ったときからポンコツ化している明日花は俺がなにを言ってもこんな反応しか示さない。


「そういえば、友理奈さんは最近元気なのか? 最近、忙しそうで明日花の家に行っても全然会わないけれど」

「はわわ……はわ……はわ……」


 あ、これダメだ……。


 どうした? 頭でも打ったのか? いや、頭を打ったにしてもこんなことにはならないしな……。


 幼なじみの突然の異変に困惑しつつも、俺は彼女のもう一つの変化にも気がついていた。


 それは。


「お前、そんなの持ってたっけ?」


 彼女の髪を指さす。


 こういうのってなんて言うんだっけ……レースゲームに出てくる急カーブみたいな名前の……あ、そうだヘアピンだ。


 彼女の側頭部の髪はなにやら宝石みたいなビーズがちりばめられたヘアピンで留められていた。


 俺が知る限り彼女は中学のときには今の髪型だった。理由はこれぐらいの長さが一番動きやすいとかなんとかだった気がするが、ヘアピンをつけているのは初めて見た。


 そんな俺の指摘に彼女は頬を真っ赤にしたまま、また「はわはわ」言い始めたが、さすがにこのままではコミュニケーションが取れないことに気づいたようで「こ、これは……」と言葉を絞り出す。


「こ、これはお姉ちゃんにもらった物だ」

「あーなるほど、確かに友理奈さんが使ってそうだ。よく似合ってて可愛いんじゃねえか?」


 まあこいつは男勝りで少々雑なところはあるが、顔は抜群に良いからな。基本的にどんな格好をしても似合う。


 なんなら単発になれば俺よりもイケメンになる気がする。


 あぁ……辛い……。


 なんて極々平均的な日本人顔として生まれた自分に嫌気がさしていると「はわわっ!?」と明日花がさらにポンコツ化した。


「おい……そんなんだとまともに会話もできないんだけど……」

「か、可愛い? 今、可愛いって言ったのか?」

「え? 言ったけど……それがどうした?」

「はわわっ……」


 いや、なんだこいつ……。


 ダメだ……これ以上会話をしても改善の余地がない気がする。よくわからんが、時間が経てば治るだろう。そう希望的な予想をした俺は彼女との会話を打ち切って黙って登校することにした。


※ ※ ※


 そして、幸いなことに俺の予想は現実のものとなった。


 学校に到着するころには明日花は徐々にではあるが、自分を取り戻していき「はい」と「いいえ」程度の簡単なコミュニケーションは取れるようになっていた……のだが。


「はわわっ……」


 教室へとやってきた途端、今度は俺と明日花の立場が入れ替わった。


「おい祐太郎。お前、ポンコツ化してねえか?」

「はわ……はわはわ……」


 お前にだけは言われたくねえ。そう返したい気持ちだったが、今の俺には明日花にまともに返事ができる余裕はなかった。


 さて、俺がポンコツ化した理由……それは……。


「はわわっ……」


 俺の隣の席に座る吉田沙月の存在に気がついたからである。


 そうだった……俺、昨日この子にフラれたんだったわ……。


 昨日、明日花と一緒にゲームに興じた結果すっかり忘れてしまっていたが、彼女の美しい横顔を目の当たりにして思い出してしまった。


 あぁ……なんで俺、告白なんてしちゃったんだろ……。


 もちろん覚悟はしていたよ。2年の秋に告白なんてフラれたら後々気まずいことになるってことぐらい。


 だけどさ、抑えられなかったの……衝動を……。


 が、いざフラれてみてこの気まずさの凄まじさを改めて知ることとなった。


 早々に俺の真後ろの自分の席に腰を下ろした明日花の隣を、某スター・○ォーズの金色のあいつみたいなぎこちない歩き方で自分の席まで歩いて行くと吉田が俺の存在に気がついた。


「あ、鎌田くんおはようっ!!」


 俺に挨拶をしてくる吉田の笑顔に俺は改めて一目惚れをした。


 吉田が必死に昨日のことを感じさせない自然な挨拶をしてくれている。これは彼女なりの俺への気遣いである。


 なんて優しい女の子なんだ……けど、俺は彼女とはもう……。


 うれしさと悲しみを堪えつつも「お、お、お、おはよう」と不自然なほどに自然を装って挨拶を返すと彼女は自然な笑みを俺に向けてきた。


 キュン……。


 と胸がときめきながらも、俺はふと気がつく。


「あ、あの……その……」

「どうしたの?」

「も、も、もしかして、ヘアピンを変えられたのですか?」

「な、なんで急に敬語なの?」

「え? あ、すみません……」


 セミロングの艶やかな髪の吉田の髪には小さな蝶があしらわれたヘアピンが留められていた。


 今まではハートのやつだったけど……変えたのか?


 なんて思ったのでそう指摘したのだが、直後俺はふと思う。


 昨日までと違って俺の好意は吉田にバレてしまっているのだ。その状態で俺がめざとくヘアピンを変えたことを指摘するのってなんか日頃からすげえ細かく観察しているみたいでキモくないか?


 それまで熱々だった顔から一気に血の気が引いていく。


「なんだか今日の鎌田くん、信号みたいに顔色がころころ変わるね」

「す、すみません……」

「クスクス……どうして鎌田くんが謝るの? けど、ヘアピンを変えたのは本当だよ。昨日の放課後に雑貨屋で買ったんだ」

「あぁ……なるほど……」


 と、とりあえず会話のキャッチボールをしてみるが、どうも俺としてはぎこちない気がする。


 ヘアピンの話が終わり、さて、次はなんの話をすればいいのかなんて頭を悩ませていると、ふと吉田は後ろの席に座る明日花を見やった。


「三宅さんも可愛いね。そのヘアピン」

「え? う、うん……お姉ちゃんにもらった」


 急にヘアピンを褒められた明日花は予想外だったのか、少し驚いたように目を見開いてそう答えた。


「そうなんだ。とても似合ってると思うよ? 鎌田くんもそう思うよね?」

「え? うん、そうだな。俺もそう思う」

「はわわっ……」


 いや、なんで俺が褒めると急にポンコツ化するんだよ……。


 情緒不安定な明日花に呆れる俺と、そんな彼女をニコニコしながらじっと見つめる吉田。


 なんだか今日は色々と調子が狂う。が、吉田がいつものままでいてくれたおかげで少しだけ救われたような気がした。


 しばらく明日花を見つめていた吉田さんは不意に俺へと顔を向けると「そういえば」と口を開く。


「今日は文化祭実行委員の会議の日だよね?」

「え? あ、そういやそうだった……」


 文化祭実行委員。これはその名の通り一ヶ月後の文化祭を準備するための委員会で、各クラスから二人ずつが立候補制で参加して、生徒会とともに文化祭の準備をする委員である。


 ちなみにうちのクラスからは吉田と俺が委員として参加することになっている。


 あ、そうだよっ!! 文化祭なんて興味ないけど吉田と一緒に参加できると思って立候補したんですよっ!!


 まあ今となっては何の意味もない……どころかむしろ吉田との気まずい時間が増えただけなんだけどな。


 いや、つくづくなんで俺ははやまったのだろうか……。


 後悔しなくもなかったが、今の俺には全てが後の祭りであることを噛みしめることしかできなかった。


――――――――――――


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