第3話

 三宅友理奈みやけゆりなには可愛い妹がいる。


 そして友理奈はそんな可愛い妹が大好きで大好きで目に入れても痛くないほどに彼女を愛している。


 ――あぁ……明日花ちゃん可愛い……。どうしてこんなにも私の妹は可愛いの?


 本来、兄妹姉妹というものは成長するうちに一度や二度は衝突して関係が険悪になるものである。


 が、友理奈はこれまで生きてきて妹のことを鬱陶しいとかうざいと思ったことは一度もない。


 ただただ可愛い。どこまでも健気でどこまでも初心な妹に対して可愛くて愛おしい以外の感情を抱くことができなかった。


 そしてその気持ちは大学生になった今でも変わらない。


 友理奈は大学に入って多忙になった。大学の授業にサークル活動、さらにはアルバイトと三足のわらじを履いた彼女はいつも家に帰ってくるとへとへとである。


 両肩にどっしりと疲れを感じながら彼女は帰宅する度に思うのだ。


 ――あぁ~早く明日花ちゃんを吸いたい。


 いつか友人から猫の体に顔を押しつけて吸うと疲れが吹き飛ぶと聞いた。残念ながら三宅家では猫は飼っていないため、試しに明日花に顔を押しつけると友理奈の疲れは吹き飛んだ。


 そう、友理奈には明日花からしか得ることのできない栄養があるのだ。


 ということ、今日も今日とて終電近くまでアルバイトで汗を流した友理奈は、家に帰るなりその足で明日花の部屋へと向かう。


 明日花はいつも日付が変わる頃には就寝しているので、あえてドアをノックせずにゆっくりとドアを開けると、案の定ベッドの上に横になる妹の姿があった。


 どうやら可愛い妹はすでに眠っているようだ。彼女を起こさないように抜き足差し足で彼女の元へと歩み寄る明日花だったのだが、そこで彼女は気がついた。


 明日花の瞳が開いていることに。彼女はお気に入りのうさぎの大きなぬいぐるみを抱きかかえながら、なにやら気難しい顔をしていた。


「明日花ちゃん?」


 そう尋ねると明日花は瞳だけを友理奈の方へと向けて「お姉ちゃんお帰り……」と返事をしたのだが、なんだか声に元気がない。


 眠いのかと思わなくもなかったが、眠いときの明日花とは少し話し方が違う。


 そうなると昼間に嫌なことでもあったのではないかと心配になってくる。


 可愛い妹なのだ。しょんぼりしている妹も可愛いがやはり笑顔の妹に勝るものはない。


 そして、友理奈には明日花が落ち込む理由を考えて思い当たることは一つしかなかった。


「もしかして祐太郎くんとなにかあったの?」


 そう尋ねると明日花はわずかに頬を赤らめたが、すぐに友理奈にその表情を見られまいと寝返りを打って友理奈に背中を向けた。


 ――なにその可愛い反応……。


「祐太郎くんにフラれたの?」


 明日花は背中を向けたまま首を横に振る。


「じゃあ祐太郎くんに彼女ができたとか?」

「はわわっ……」


 明日花は体をビクつかせた。が、すぐに「べ、別に彼女ができたわけじゃない……」と否定した。


 当たらずも遠からずといったところだろうか。


「お姉ちゃんに話してくれないの?」

「…………」

「他の人に話すと少しは楽になるかもよ」

「うぅ…………」


 明日花はしばらく姉に背中を向けたまま悩んでいたが、ゆっくりと体を起こすとベッドの上で女の子座りをしながら姉に顔を向けた。


「わ、私は自分が嫌いだ……」


 なんて呟きながらぎゅっとぬいぐるみに顔を押しつける明日花。


「どうして? 明日花ちゃんはどうしてそんなこと思っちゃうの?」

「祐太郎がクラスの女の子にフラれたんだ」

「あら、それは可哀想ね」

「私は祐太郎のことを本気で応援していたんだ。祐太郎がその子のことが本気で好きなことを知っていたし、祐太郎には幸せになってほしかったから」

「それと明日花ちゃんが自分が嫌いになるのとなにか関係があるの?」

「私は祐太郎がフラれる姿を見たときホッとしたんだ……。これでこれからも祐太郎と二人でいられるって思って……。幼なじみの不幸を喜ぶなんて私は最低だ……」


 ――あぁ……健気……。


 そんな妹の言葉に友理奈は彼女をぎゅっと抱きしめてあげたくなった。


 が、その前に彼女を勇気づけてあげないと。


「私は明日花ちゃんの気持ちは普通だと思うなぁ……」


 そんな友理奈の言葉に明日花は驚いたように目を見開いた。


「ど、どうしてだっ!? わ、私は幼なじみの不幸を喜んだんだっ!! だから……」

「ううん、普通だよ。誰だって自分の大好きな男の子が他の女の子のところにいっちゃったら嫌だもん」

「す、好きって……私と祐太郎は――」

「ずっと一緒にいたいんじゃないの?」

「それは……その……」


 と、そこで友理奈は我慢できなくなってベッドに上るとぎゅっと可愛い妹をハグした。


「明日花ちゃん、祐太郎くんの幸せのために自分が傷つく必要なんてないのよ?」

「だ、だけど祐太郎は私じゃなくて……」

「私じゃなくて別の女の子が好きなら、その気持ちを自分に向ければいいじゃない?」

「そ、それは難しいと思う。だって祐太郎が好きになった女の子は私とはちがってお淑やかで女性としての魅力もあるし……私のことなんか……」

「じゃあ明日花ちゃんもお淑やかで女性として魅力的な子になればいいんじゃない?」

「わ、私なんか……」


 と自信なさげな表情を浮かべながら明日花は「ごにょごにょ……」と言い訳を並べ立ててる。


 が、明日花は自分を過小評価しすぎだと友理奈は思う。


 明日花は可愛いのだ。もちろんそれは自分の妹だからというのもあるが、客観的に見ても明日花という女の子は女性としての魅力に溢れている。


 ただ少し不器用なだけなのだ。


「じゃあ私が明日花ちゃんをもっと可愛い女の子にしてあげようか?」


 そんな提案に明日花は少し恥ずかしそうに頬を染めた。


「お姉ちゃんは、私を可愛い女の子にできるの?」

「もう可愛いけれど、もっと可愛くできるよ?」

「そ、そうすれば祐太郎は私を可愛い女の子って思ってくれるか?」

「思うに決まってる。きっと少し明日花ちゃんが変わるだけで祐太郎くんはメロメロになるわ」

「ほ、本当っ!?」

「むしろならなかったら、祐太郎くんの見る目がないわね」


 そう言って友理奈は明日花の頬を両手で包み込むと彼女を見つめた。


「だけど、一番は明日花ちゃんの変わろうと思う気持ちだよ」

「私の気持ち?」

「うん、明日花ちゃんには祐太郎くんをメロメロにさせる覚悟はある?」


 そんな質問に明日花はしばらく黙っていたが、不意に覚悟を決めたようにコクリと頷いた。


 彼女にその気があれば友理奈としても俄然やる気が漲ってくる。


 可愛い妹の透き通った瞳を眺めながら友理奈は彼女を魅力的な女性に鍛える覚悟を決めるのであった。


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