第2話
結局、そのまま駅前の『神香』に向かった俺だったが『今日は私がごちそうするっ!!』と言って聞かない明日花のお言葉に甘えてラーメンをご馳走になった。
「あ~美味かったっ!! やっぱり神香のラーメンが一番美味い」
とラーメン屋を出て満足げにお腹を摩りながら店を出る明日花を横目に俺もまた店を後にする。
あ、ちなみに俺は小盛りを頼み、明日花は大盛りを頼んでいた。
身長は俺の方が少しだけ高いのだが、明日花の胃袋は俺よりかなり大きい。
とにかく食べるのが大好きな明日花だが、全くもって太っていないのだから彼女の食った物はいったいどこに消えているのだろうかといつも不思議に思う。
丈の短い制服スカートから伸びた健康的なふとももを露わにしながら、彼女は「なあ祐太郎」と俺の名を呼んだ。
「どうした?」
「家に帰る前に『トカゲクラブ』に寄りたい」
「別に良いけど……なにか欲しいゲームでもあるのか?」
「まあそんなところだ」
とかげクラブというのは駅前にあるゲームショップのことである。
俺たちが幼い頃から駅前に存在する小さなゲーム屋で明日花とも数え切れないくらい何度も通った馴染みの店である。
ということで俺たちは家ではなくゲーム屋へと向かうことにした……のだが。
「ああっ!?」
お目当てのトカゲクラブへとたどり着いてガラスの手動扉を開こうとしたところで明日花が驚いたようにそんな間抜けな声を漏らす。
「な、なんだよ……」
「祐太郎っ!! こ、これっ!!」
そう言って彼女は扉に貼り付けられた紙を指さした。そして紙に書かれた文字を見やった俺もまた思わず声を漏らす。
「え? ま、まじか……」
その紙には今月末でこの店が閉店することが書かれていた。
「そ、そんな……私たちの思い出が……」
と、明日花が悲しげな目で張り紙を見つめる。
そんな彼女を横目に俺はふと気がつく。そう言えば二年前に完成した駅裏の巨大モールにもゲームショップがあることを。
俺はトカゲクラブに愛着があるからいつもこの店に来ていたが、向こうの方が品揃えも多いしモールには他にも色んな店があるのだ。
そういえば最近では店が閑散としていたし、トカゲクラブではモールには太刀打ちできなかったようだ。
よくよく考えてみればこの令和の時代に、こんな小さなゲーム屋が生き残ることなど不可能に近いのだが、隣の明日花はトカゲクラブが一年後も十年後も存在し続けていると信じていたようでショックを隠しきれないようである。
彼女は悲しみのやり場がないようで、俺の腕を掴むと悲しげな瞳を俺に向けてきた。
「ゆ、祐太郎、私たちここでたくさんゲームを買ったよな? 私はゲームチューブもここで買ったぞ」
「そうだな。俺もここで色んなゲームを買った」
「今月で閉店しちゃうけれど……それまでいっぱいお店に来ようなっ!!」
なんて目を輝かせながら熱視線を送ってくる明日花。
「そうだな。感謝の気持ちも込めて来ような」
なんてトカゲクラブへの思いを噛みしめながら俺たちはドアを開いて店内に入った。
結局、明日花はトカゲクラブでゲームを一本購入し、さらには店主のおっちゃんに『これまでお世話になりました』と挨拶をしてから店を出た……のだが。
「祐太郎。これは私からお前への慰めの気持ちだ」
そう言って彼女はゲームの入った袋を俺に差し出す。
「いやいや、さすがに明日花にここまでしてもらうわけにはいかない。ってか、むしろ俺の方が感謝しなきゃいけないぐらいだし」
彼女のアドバイスはかなり参考になったのだ。むしろ俺が彼女にゲームをプレゼントしてもいいぐらいだ。
「だ、だけどもう買っちゃったぞ……」
「わかった。じゃあそのゲームを俺が買い取るよ」
「そ、そんなことさせるわけにはいかない……」
と困ったように頭を悩ませていた明日花だったが、不意に表情を明るくさせると「じゃあこうしよう」と口にした。
「このゲームは私と祐太郎の共同財産だ。私も祐太郎もレースゲームが好きだし、このゲームは一緒にプレイすることにしよう」
「じゃあそういうことにしよう」
彼女のせっかくの厚意だしそういうことにしよう。
ということで丸く収まったところで俺たちは明日花の家へと向かうのであった。
※ ※ ※
「いえーいっ!! また私の勝利だぞっ!! 本当にお前はゲームが苦手だなっ!!」
「ちっ……また負けかよ……なんか明日花の車、俺のよりも速くないか?」
「そんなことはない。私のも祐太郎のも同じだ。強いて言うならば操作する腕が違う」
なんて俺に力こぶを見せつけてくる明日花。
明日花の家へとやってきた俺たちは、さっそく共同所有することになったゲームを二人でプレイすることにした。
ゲームの面白さと明日花のハイテンションのおかげで、失恋のショックは徐々にではあるが落ち着いてきた。
本当に明日花には感謝である。
まあ、時々俺の気持ちが落ち込んでいないかチラチラと顔色を窺ってくるのが少し気になるが、そこはご愛敬である。
「じゃあ今度は祐太郎が得意なカーブの多いコースでレースしようっ!!」
なんて盛り上げてくれるので俺もやや空元気ではあるけれど、できるだけ気丈に振る舞って彼女に付き合うことにした。
隣で胡座をかきながらプレイする明日花をふと眺めながら俺は思う。
それにしても本当に綺麗な顔をしているな……こいつ。
彼女は客観的に見れば本当に美人である。現にクラスで彼女に密かに恋心を抱いている男子を何人か知ってるし、彼女が告白されている現場を偶然見かけたこともある。
まあだからどうしたと言われればどうでもないのだけれど。
俺と明日花はこれまでも幼なじみだったし、これからも幼なじみだ。
俺が彼女を異性として意識をすることがないように、彼女もまた俺を同性の友人のように扱ってくれる。
だからこそお互いに居心地がいいのだ。
恋愛感情みたいなものがお互いに介在しないからこそ、成り立つ関係。
これからもこのままの関係を続けていたい……。
そんなことを密かに考えながらプレイしていた俺だったが、ふと画面上で俺のすぐ前を走っていた明日花の車が縁石にぶつかった。
「おいおい明日花、油断してたら寝首をかかれるぞ?」
なんて彼女を煽りながら、遠慮なく彼女の車を追い抜いて一位に躍り出た俺だったが、そんな俺の煽りに明日花からの返事はない。
ん?
と、そこで明日花へと顔を向けると、彼女は画面を眺めたままぼーっとしていた。
「おい、明日花……どうかしたのか?」
心配になった俺はコントローラーを床に置いて彼女に声をかけると、そこでようやく彼女はハッとした顔でこちらを見やった。
「わ、悪い……ちょっとぼーっとしていた……」
「どうした? 眠くなってきたのか?」
「え? ま、まあ少しな……」
時計を見やると時刻はすでに午後九時を回っていた。
「そろそろ良い時間だし、俺はそろそろ帰るよ。課題も残ってるし」
「それもそうだな。じゃあ玄関まで送る」
そう言って立ち上がった彼女とともに部屋を出て一軒家の階段を降りていく。そして、玄関にたどり着く頃には彼女のテンションは元の元気モードに戻っていた。
「じゃあ帰るよ」
「祐太郎、少しは気が晴れたか?」
「おかげさまでな」
「そりゃ良かったっ!! じゃあまた明日、学校でっ!!」
そう言って彼女に見送られながら明日花の家を出た。が、その際ドアを閉める明日花の表情がわずかに曇ったような……気がした。
ん? いや、気のせいか……。
ということで明日花のおかげで失恋のショックが少し癒えた。
明日花、これからも俺の最高の幼なじみでいてくれよな。
なんて思いながら家路につくのであった。
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