第14話 ルーカス

サラお嬢様との衝撃の再会から数日の時が流れた。


エミリオとは相変わらずぎこちないけれど、仕事が出来ないもどかしい気持ちをカオリと過ごすことで気を紛らわせているみたい。


カオリもお父さんと一緒にいられるのが嬉しくてずっとまとわりついている。


そんな二人の姿を見て、自然と笑みがこぼれる。


二人の邪魔をしないように、そっと家を出た。


スカーフを頭からかぶり、口元も隠れるように覆って、誰にも気づかれないように気をつけながら。


エミリオも、カオリが好奇の眼にさらされるのを危惧してなるべく引きこもっている。


エミリオが聞いた噂よりも、さらにひどい話になっていると思う。

あの日デボラさんと言い合ったことによって…


そのことについても、話たいのだけれど、

とても話せる雰囲気ではない。


「はぁ」



食材の買い出しに行くつもりだったけれど、一人で考えたくて、自然と川辺へと足が向かう。


昔から、落ち込んだ時などは無意識に川辺に来てしまう。


腰をおろすと水の流れる音を聞きながら、水面を眺めていた。


あぁ、そういえばあの時はこんな風に眺めていたら、エミリオが来てくれたわ。



もう、無理なのかな。


サラお嬢様のことが頭をよぎる。


ここを離れた方がいいのかもしれない。


エミリオはカオリには変わらず優しく接してくれている。

あんな噂を聞かされて、父親の自信がないだなんて言っていたのに。


ただ、エミリオにとって私はいない方がいいのかもしれない。


サラお嬢様があれくらいで諦めるとも思えない。 私のせいでエミリオにも迷惑がかかる。これ以上巻き込みたくはない。


カオリを連れてどこか遠くへ行こうか


死ぬ気で働くとしても、その間カオリは一人で過ごすことになる



父の元へ行くとすぐに見つかるだろうし、


八方塞がりだわ。



もう消えてしまいたい




ドサッ



ん?物音が聞こえて、辺りを見回すと、男性がうずくまっていた。


一向に立ち上がるそぶりがない。

様子がおかしい。

どうしたのかしら


私は、うずくまった男性に恐る恐る近づいて声をかけた。


「大丈夫ですか?どこか具合でも一一」


「いや、なんでもない」


この声は。まさか


きっと似た声なだけ。


驚きのあまり動揺して後ずさる。

ダダダッと不自然に後退してしまうと、怪訝な顔で見上げられた。


男性と目が合う。


ルーカス!心の声を聞かれないように口元のスカーフを握る


大丈夫、気づかれない





「リナ?ふっ、それで変装してるつもり?」



「なんでっ」


しまった。うっかり声に出してしまった。あわてて口を噤んでももう手遅れね。


「ちょっとルーカスひどい顔色。診療所へ行かなきゃ」


「なんでもない。ちょっと休めば治る。気にしないで」


「ほっとけるわけないじゃない」


とは言え、ルーカスを背負って運ぶことも出来ないので、とりあえず一緒に並んで座ることにした。



しばらくすると先程よりは少し顔色も良くなってきた。


苦しそうなルーカスを助けたくて、


そっと背中を優しくさする


「リナ…」


「ルーカス……どこか悪いの?」


「別に」


「そっか」


ルーカスは弱音を吐いたりしないものね。

我慢強いから、余計に心配になる。

そういえばあの時もやつれた様子だった。


気づいてくれる人が傍にいてくれたらいいのだけれど。



私は背中をさする手を離すと、立ちあがった。


自然とルーカスを見下ろす形になる。

座っているルーカスを思わず抱きしめたい衝動に駆られる。


あの人にあんな事を聞いたから。



いけない この状況は良くないわ。


一緒にいるところを誰かに見られる前に立ち去ろう



「ルーカス、ちゃんと医師に診てもらって。お願いだから」


歩き出そうとした時に、スカートの裾に違和感を感じた。


ん?


ルーカスが遠慮がちに掴んでいた



「ルーカス?」



「リナ…」


こちらを見ることもないルーカス


きっと無意識につかんだのね


自分の行動に驚いているのかもしれない


私は続きの言葉を待ったけれど、


なんでもない  と言ったルーカスの言葉


が信じられなくて、



ううん、きっと私がルーカスに引き留めて欲しかったから、


私がルーカスの理解者だと妙な自信があるから


もう一度隣に腰をおろした。



ルーカスがとても辛そうだったから

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