第13話

「リナ、あれから私達がどうなったのか気になっているでしょう?


私達というよりも、ルーカスのことが。」


サラお嬢様は再び紅茶で口を潤すと、ゆったりとした動作でカップを置き、言葉を続けた。



「実はね、私達、籍を入れていないの。」



「えっ」


驚きのあまり、絶句する



「ふふふ。驚くわよね。あんなに大々的に婚約披露したのに。



まぁ、ずっと婚約状態とでも言うべきかしら。



ルーカスのお父様が引退した後ね、ルーカスではなく私が後を引き継いだの。



元々ゴーデル商会は父のものだし。

まぁ、表向きは私達は夫婦と思われているし。



とにかく働けて、政略結婚から逃れられるならこのままの状態でも不便はないから。」



この人は昔と変わらずに、わがままなお嬢様のままなのね。少しは変わっていてくれたらと。



ルーカスを少しでも大切にしてくれていたらと。


祈っていたのに…



お飾りの旦那様だなんて、ルーカスは…


どんな思いで過ごしているのか、その気持ちを思うだけで胸が痛む。


「ただね、ちょっと困ったことがあって。



商会を辞めようと思ってるの」



「そんなっ!閉鎖するのですか」


ルーカスは?商会で働いている方はどうなるの!


「ふふ。リナ、そんなに興奮しないで。何も商会を手放すつもりはないわよ。ちょっと他に…

今はこれ以上はやめておくわ。



とにかくね、ルーカスに任せるだけでもいいのだけれど、ルーカスは結婚しそうにないし。ここまで大きくした商会だから誰にでも任せていいものではないでしょ。



ルーカスの手腕は申し分ないのだけれど、跡継ぎがいないじゃない?



そんな時、思い出したの。


ほら、私、リナの子供を後継ぎにしたらいいと考えていたじゃない?


リナの消息を調べたら、女の子がいると分かって安心したわ。女の子でも私みたいに仕事に興味を示すかもしれないし、婿をとってもいいしね。


ちょうど5歳と聞いて、もしかしてルーカスの娘じゃないかと思って」


「いい加減なことを勝手にいうのはやめてください!カオリは、あの娘はルーカスの娘ではありません!」



私は怒りを抑えることが出来ずに拳を握りしめながら叫ぶ。


「そう、カオリちゃんというの。ふふ。

別に本当にルーカスの娘だと思っている訳ではないわ。そうであったら都合がいいなと思ったの。


意味分かるかしら?


ちょっとした疑惑は確信へ。そして嘘が真実になることもあるの。」



目の前のサラお嬢様は怒りで震える私の様子に怯むことなく、平然とつづける。



「正確な妊娠期間を調べる人なんていないわ。カオリちゃんはあなたに似ているようだし、ふふ、そろそろ学園へ通わせる年頃じゃない? 

高等教育を受けるにはそれなりのお金も必要よ。


どう? 


全て不自由なく暮らせるように最善を尽くすから、商会の後継ぎとして、引き取らせてくれないかしら?


今のあなた達には想像も出来ないほどの贅沢な暮らしを約束するわ。ねぇ、素敵でしょ?」



ブチッ と何かが切れる音がした。


あまりにも自分勝手な言い分に言い返すのも馬鹿らしい。



「お断りします!」


私は乱暴に立ち上がると、カオリの元へと駆け寄る。カオリを抱き抱えると急いで部屋から抜け出した。



玄関まで歩いて向かうと後ろから声がかかった。



「リナ、あなたはきっと私に泣きついてくるわ。いつでも歓迎するわ。


そろそろ邸の主が帰る頃なの。馬車を用意するからデボラに送らせるわね」



「結構です!」



私はカオリを抱き抱えたまま邸を出た。



門を出た所で、邸へと向かう馬車とすれ違う。

ずり落ちそうなカオリを抱き直すと、子供の声がして振り返った。


声は邸の玄関の辺りから聞こえる。


先程すれ違った馬車から男性が降りたつのが見えた。


その男性を出迎えるサラお嬢様と使用人達。



男性が歩き出すと、小さな女の子が姿を現した。男性の影に隠れていたようだ。先程の声はあの女の子だっのね。カオリと同じくらいだろうか。


邸の主と言っていたけれど、サラお嬢様の親戚だろうか。


まぁ、どうでもいいわ。


とにかく見知った場所まで歩いて帰らないと。


「よいっしょ」


カオリを何度も抱き直しながら、ひたすら私は歩き続けた。
























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