第6話 古代の書の謎を解け

図書館で得た古代の書を手に、アレンとリナは学園の隅にある静かな読書スペースで、再びページを開いた。古い紙の手触りと独特の匂いが、古代の魔力を纏っているかのように感じられる。


「この書には何か大切なことが隠されてる気がするよ…」


アレンはそう呟きながら、書に描かれた不規則なルーン文字をじっと見つめた。リナも隣で同じように視線を落とし、書かれている内容を丁寧に解読していた。


「『封印を守る者は、禁忌の扉を開かぬこと』…封印、禁忌の扉。これは昨日見た文章と繋がってるね」


リナは手元のメモを確認しながら言った。学園の失踪事件と、古代魔法の封印にまつわる何かが関連しているのは間違いないだろう。


「でも、この扉って何だろう?僕たちがまだ知らない、特別な場所があるのかな?」


アレンは周囲を確認し、声を低くして続けた。「リナ、もしこの扉が学園内にあるとしたら、隠し場所がありそうな所はどこだと思う?」


「うーん…」リナは少し考え込むように目を細めた。「学園の地下とか、誰も近づかないような場所かな。禁忌の扉だもん、簡単には見つからないはず」


「地下…」


アレンの胸に、不思議な緊張が走る。彼はふと、書に指を滑らせながら、無色の魔力を込めてみた。すると、文字が微かに輝き、さらに次のページに書かれていた内容が、少しずつ解き明かされていく。


「これは…」


文字は不安定に揺れながらも、次第に言葉の形を取っていった。


「『光無き場所に響く者の声を聞け。彼の声が、鍵を解き放つ』…?」


リナが声をひそめて呟いた。「光無き場所、地下にあるのかな?でも、誰かの声を聞くってどういう意味なんだろう?」


「確かに…この書物、単純な解読では謎が解けないようにされてるのかも。わざと分かりにくくして、誰も封印に近づけないようにしているのか」


アレンは無色の魔力を再び文字に注ぎ、感じ取れる何かを探った。しかし、それ以上の変化は起こらなかった。リナも困惑した表情で書物を見つめる。


「リナ、もしやだけど、君はこの本に書かれていることについて何か知らない?…例えば、封印を守る理由とか」


リナは少し驚いたようにアレンを見つめたが、すぐに笑顔を取り戻して答えた。「んー、それが分かれば私も教えてあげるんだけどね」


彼女は冗談めかして言ったが、その表情には少しだけ影が見えた。リナの視線はふと本から外れ、彼女自身がこの学園でどうしてここまで万能であるのかという、隠された過去があるのかもしれない。しかし、その話題は彼女の中で封じ込められているように感じられた。


「まあ、いずれ分かるかもしれないよ」


アレンはそう言って、話題を切り替えようとした。だが、その時――本のページが突然光を放ち、周囲の空間が一瞬だけ揺れた。


「何だ…?」


アレンとリナは驚き、目を見開いたまま立ち尽くした。本から放たれた光はやがて収まり、そこには新たな文字が現れていた。


「『月の出る夜、地下の闇に響く声に従え』…」


リナが書かれた文字を声に出して読む。アレンはその言葉に何かを感じた。月の出る夜、地下の闇。もしかすると、失踪事件や封印に関する次の手がかりは、学園の地下に眠っているのかもしれない。


「リナ、今夜、地下に行ってみよう」


リナは少しだけ躊躇したが、すぐに頷いた。「分かった。でも、あそこはただの地下じゃないから、慎重に行こうね」


その夜、アレンとリナは人目を忍んで学園の地下への入り口へと向かった。学園の地下は広大で迷路のように入り組んでおり、訓練用の場所以外にも未探索のエリアがあると言われていた。特に「禁忌の扉」が隠されているとされる場所は、噂の中でもめったに語られない禁制の地である。


二人が地下に足を踏み入れると、冷たい風が吹きつけ、静まり返った空間が広がっていた。闇に包まれた廊下はほとんど光が差し込まず、視界は数メートル先までしか見えない。


「ここ、本当に不気味だね…」


リナが囁くと、アレンは無色の魔力を使って周囲の魔力の流れを感じ取ろうとした。すると、微かにだが、彼の魔力に反応するような感覚が伝わってきた。


「この先に…何かがある気がする」


アレンはリナに合図を送り、二人は慎重に進んでいく。やがて、彼らの目の前に小さな扉が現れた。それは古びて錆びつき、年月を感じさせるもので、封印の痕跡が微かに残っている。


「この扉…もしかして」


アレンが手を伸ばそうとしたその瞬間、扉の向こう側からかすかな声が響いてきた。まるで誰かが囁くような、不気味で聞き取りづらい声だった。


「…行け…戻れ…開けるな…」


アレンとリナはその声に戸惑い、顔を見合わせた。何かが彼らに警告を発しているような感覚がしたが、それでも彼らの好奇心は抑えられなかった。


「リナ、この扉を開けるのは危険かもしれない。でも、ここに手がかりがあるかもしれない」


リナは緊張した表情で頷いた。「うん、私たちで慎重に進めば、きっと大丈夫だよ」


アレンは無色の魔力を指先に集中させ、封印を解くための魔法を試みた。無色の魔力が扉に触れると、錆びついた扉が音を立ててゆっくりと開いた。


扉の向こうには、さらに暗い空間が広がっていた。その中には、一つの小さな石碑があり、上にはルーン文字で「忘却の石」と記されていた。


「忘却の石…?」


リナがその言葉を口にした瞬間、石碑から淡い青い光が放たれ、二人の頭の中に不思議な記憶が流れ込んできた。それは、遥か昔の学園の出来事――失踪事件の始まりと、封印が設けられた経緯だった。


「これが…失われた記憶?」


アレンは不思議な感覚に包まれながら、その記憶を手がかりに解明すべきものが増えたことを感じた。この石碑は、かつて失踪した生徒たちや、封印に関する秘密を知っている人物たちが、記憶の一部を残したもののようだった。


彼らの頭に流れ込んだ映像は、かつての学園の姿だった。教室や訓練場で生徒たちが笑顔で過ごす様子が見えたが、やがて場面は一変し、不気味な暗闇が校内を覆う様子が映し出された。


「封印が解かれ、闇が放たれたとき…」


低く響く声が彼らの頭に直接響いた。その声は、かつてこの学園で封印が破られた際に何が起きたかを物語っているようだった。暗闇が校内に広がると、生徒たちは次々と影に飲み込まれ、行方が分からなくなっていった。その闇は、学園が封印を施すことによってようやく抑えられたのだ。


「そうか…これが失踪事件の始まりだったんだ」


アレンはリナに向かって囁いた。「この封印が失われれば、また闇がこの学園を覆い、生徒たちが危険にさらされることになるんだ」


リナも深刻な表情で頷いた。「そうだね、だから封印がある。でも、その扉に何かしらの方法で触れてしまうと、記憶を失い、二度と戻ってこられない」


彼女は少し迷った後、続けて言った。「アレン、私はこの学園で学んでいるだけじゃないの。実はこの封印を守る役目も少しだけ教わってきた。幼いころからこの学園の一族に伝わる秘密を学んできて、禁断の扉に関しても、何度か聞かされたことがある」


アレンは彼女の言葉に驚きながらも、彼女の背景にある深い使命感を感じ取った。リナは、学園を守る者として育てられてきたのだ。


「リナ…君がここまで強い理由が少し分かった気がするよ」


リナは小さく微笑んで答えた。「今はまだ全部は教えられないけど、アレンには話しておきたかった。君なら、私と一緒にこの学園を守れるかもしれないって思ってるから」


アレンは彼女の言葉に感謝の気持ちを抱きながら、深く頷いた。「僕も、この学園を守るために全力を尽くすよ。僕が無色の魔力を持ってここに来たのは、きっと偶然じゃない」


その時、忘却の石から微かに新しい文字が浮かび上がり、「次なる問いは、真夜中の廊下にある」と刻まれていた。


アレンとリナは忘却の石に示された「真夜中の廊下」という新たな手がかりに興味を抱きつつ、図書館へと戻っていった。静まり返った学園の空気は冷たく、月明かりが廊下に射し込む中、二人は胸の高鳴りを抑えながら足音を響かせた。


「真夜中の廊下…一体、どこのことなんだろう」


アレンが小声で呟くと、リナは真剣な表情で周囲を見回した。「この学園の中で、魔力の流れが異常な場所がいくつかあるはずよ。廊下に残る魔力の痕跡を辿っていけば、その先に扉が見つかるかもしれない」


二人は手分けして、廊下の奥深くへと進んでいった。リナが精神魔法を使って魔力の痕跡を感じ取り、アレンが無色の魔力でその反応を強化しながら、次なる手がかりを探していく。


やがて、廊下の奥にある大きな窓の前に差し掛かると、二人の魔力が一瞬だけ不自然に揺らいだ。


「ここだ…何かがある」


アレンが指差した先には、壁に溶け込むように存在する古びた扉があった。普通なら見過ごしてしまいそうな隠された扉だったが、無色の魔力を注ぎ込むと、扉が少しずつ形を現し始めた。


「これが…禁忌の扉?」


リナは緊張の面持ちで、慎重に扉を見つめた。「アレン、慎重に行こう。この扉を無闇に開けるのは危険よ」


二人はしばらく扉の前で沈黙し、何かが彼らを見守っているような静けさの中、決断を下した。


「リナ、今は手を出さない方が良さそうだね。でも、この扉が封印や失踪事件に関係しているのは間違いない」


リナも頷きながら、扉の前で囁くように誓いの言葉を口にした。「私たちで、この謎を必ず解き明かそう」


その夜、アレンとリナは学園に潜む大きな闇を背負い、再び日常に戻ることを選んだ。しかし、二人の胸には新たな決意が宿っていた。

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