第2話

真田は大会後の興奮に包まれていた。勝利の喜びは彼を満たし、これまでの不安や迷いが消えていく。自分自身のスタイルで勝ったことで、彼は将棋の楽しさを再確認した。しかし、その夜、彼のスマートフォンが静かに震え、過去の誘惑が彼を再び呼び寄せることになる。


彼はベッドに横たわり、天井を見つめながら思考を巡らせていた。対局中に感じた高揚感はまだ冷めやらず、次の対局に向けて自分を磨きたいと思う反面、ソフト指しの快感が脳裏にちらつく。AIソフトに頼っていた頃の楽さ、そしてそれによって得られる勝利の味は、甘美な記憶として残っていた。


「もう一度だけ、試してみようかな……」心のどこかでそんな声が聞こえた。彼はついに、ソフトを起動することに決めた。指先で画面をタップし、ソフトを立ち上げる。その瞬間、かつての刺激が全身を駆け巡る。自分が将棋を指しているという感覚が、再び胸の奥から湧き上がってきた。


対局に挑む相手は、ネット上で見つけた名の知れないプレイヤーだった。彼は、勝ちたいという気持ちよりも、再びソフト指しの興奮を味わうことに夢中になっていた。対局が始まり、彼はAIの助けを受けながら、一手一手を指していく。


「この感覚、やっぱりいいな。」真田は思わず口に出した。局面が進むにつれ、AIが導く正確な手が次々と現れる。自分が何も考えずに手を指すだけで、どんどん局面が有利になっていく。頭の中がすっきりし、将棋の流れに身を任せる快感に酔いしれていた。


数手後、対局が進む中で、真田は心のどこかで引っかかりを感じ始める。「これが本当に自分の将棋なのか?」AIの指示に頼りきった結果は、果たして自分の成長につながるのだろうか。勝つことに集中するあまり、自分の将棋がどこに行ってしまったのか、わからなくなっていた。


次の一手を考える際、真田は少し考え込んだ。AIが提示する手は、確かに優れたものだが、それを指す自分に何の意味があるのか。彼は自問自答し、迷いが生じた。


「勝つことだけが全てじゃない。楽しむことが大事だ。」その言葉が、ふと心の中に浮かんだ。彼は再び自分自身を取り戻すことを決意した。勝負はもちろん重要だが、自分が将棋を楽しむ姿勢を忘れてはいけない。


対局が進む中、真田はAIに頼らず、自分の頭で考えることにした。直感を信じて指し手を選び、局面を切り開く。心の中で新たな火花が散り始め、自分の将棋を取り戻す感覚を味わった。もう一度、彼は自分自身の手で指しているという実感を感じた。


相手も徐々に反撃を強めてきたが、真田は迷うことなく指し手を続けた。数手後、彼の目の前には、自らの意思で築き上げた局面が広がっていた。そこには、AIに頼ることなく、自分が選び取った手によって生まれた形があった。


「これが俺の将棋だ!」真田は心の中で叫んだ。その瞬間、彼は勝利の快感と同時に、自分が求めていたものが見つかったような気がした。勝ち負けを超えた楽しさ、将棋そのものの魅力に再び触れることができたのだ。


対局が終わり、勝利のメッセージが画面に表示されると、真田は小さく微笑んだ。確かにAIの力は素晴らしいが、彼にとって本当に大切なのは、自分の思考で指した手が勝利をもたらすことだった。彼は改めて、自分の道を歩む決意を固めた。


その夜、真田は静かな部屋で、明日からの将棋の勉強を考えながら眠りについた。再び自分の将棋を見つけたことで、彼の心には新たな目標が芽生えていた。どんな道を選んでも、自分自身の手で切り開いていくという、その覚悟を胸に抱いて翌日、真田は将棋部の部室に足を運んだ。仲間たちが集まり、対局の準備を整えている。いつもなら、彼はソフトを使っての研究を進めるところだが、今日は少し違った気持ちで向かっていた。自分の将棋を取り戻したことで、仲間との対局を心から楽しむ準備ができていたのだ。


「おはよう、真田!」部員たちが声をかける。彼は明るく応じながら、机に座る。今日の目標は、仲間たちと楽しく将棋を指すこと。それだけで彼の心は満たされていた。


まず、先輩の田中が彼に対局を挑んできた。田中は冷静で堅実なプレースタイルを持つ棋士だ。対局が始まると、真田は自分の感覚に集中し、直感を大切にしながら手を指していく。今まで感じたことのない爽快感が彼を包み込む。


局面が進むにつれて、田中は真田の新しい指し手に戸惑いを見せた。「最近、ずいぶん指し方が変わったな。何か新しいことを試してるのか?」


「そうですね、ちょっと自分のスタイルを見つけようと思って。」真田は笑顔で答える。その瞬間、彼の心の中で芽生えた自信が強くなっていくのを感じた。


対局が続く中、真田は自分のペースで指すことの楽しさを味わった。AIに頼らず、仲間との対話を通じて直感を働かせることが、彼に新たな発見をもたらしていた。数手進んだところで、彼は見事な局面を作り上げ、田中にプレッシャーをかけることができた。


「やるじゃないか、真田。これが君の将棋か!」田中が笑いながら言うと、真田の顔にも自然と笑みが広がった。自分が本当に楽しんでいることが伝わったのだ。


対局が終わった後、真田は他の部員たちとも対局を重ねた。どの局面も自分の思い描いた通りに進み、勝利を収めることができた。もちろん、時には負けることもあったが、それもまた彼にとって新しい経験だった。将棋を指す喜びを再確認し、彼は確かな手ごたえを感じていた。


数日後、部室での練習の合間に、真田はふとAIソフトのことを思い出した。ソフト指しの快感は確かに魅力的だったが、今は自分の手で将棋を指すことが何よりも大切だと感じている。あの夜の対局で見つけた自分自身の将棋が、彼を新たな高みへ導いてくれることを確信していた。


ある日、彼は自宅で一人、将棋盤を前にじっくりと考える時間を持った。今まで培った知識と経験を活かして、新しい定跡を考案する作業に没頭した。手を動かしながら、自分が描く局面を一つ一つ具現化していく。


「これ、いいかもしれない!」真田は声をあげた。自分の手で築いた新しい形に興奮を覚えた。これが、自分の将棋であることを心から楽しむ瞬間だった。


そして、彼は思った。これからも仲間たちとの対局を重ねていくことで、自分のスタイルをさらに磨いていこう。AIの力に頼るのではなく、自分の思考を信じて進む道が、彼にとって本物の将棋の楽しみだと感じていた。


月日が経ち、真田の自信はますます深まっていく。リアル大会に向けて準備を進める中で、彼は自分の将棋を大切にしながら、新しい挑戦を楽しみにしていた。自分自身の成長を実感することで、将棋の世界がますます広がっていくことを感じていた。


ある日、仲間と一緒に過ごした夕方、真田は自分の将棋に対する情熱を再確認した。彼は自らの目標を語り、将棋の道を歩むことがいかに大切かを仲間に伝えた。その瞬間、彼は自分の進むべき道が見えた気がした。


将棋を指す喜び、仲間との絆、そして自分自身の成長。すべてが彼を新しい冒険へと導いていく。真田圭一は、自分の将棋を大切にしながら、未来に向かって羽ばたく準備を整えていた。彼の心には、新たな決意が宿っていた。

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