第8話: 「文化祭、交錯する才能と恋心」

 秋の深まりとともに、桜花学園は文化祭の準備で賑わいを見せていた。1年A組は、「文学と科学の融合」をテーマにした展示を企画することになった。


 千紗と遥斗は、実行委員として中心的な役割を担うことになった。二人の才能を活かせる絶好の機会だった。


「春原さん、この数式を使って詩を表現するのはどうかな?」


 遥斗が黒板に複雑な数式を書きながら提案した。千紗は目を輝かせた。


「素敵ね! 私、その数式をイメージした詩を書いてみるわ」


 二人は熱心に意見を交わし、アイデアを膨らませていく。その姿を見ていたクラスメイトたちは、二人の息の合った様子に感心していた。


 準備が本格化するにつれ、千紗と遥斗は放課後も一緒に過ごす時間が増えていった。図書館で資料を調べたり、空き教室でポスターを作ったり。そんな中で、二人の距離はますます縮まっていった。


 ある日の夕方、二人は校庭のベンチで休憩していた。夕陽に照らされた千紗の横顔を、遥斗はそっと見つめていた。


「春原さん……」


「はい?」


 千紗が顔を向けると、遥斗と目が合った。一瞬の沈黙。遥斗は何かを言おうとして、また口を閉じた。


「あの……文化祭、楽しみだね」


「ええ、そうね」


 千紗は少し残念そうな表情を浮かべた。彼女は、遥斗が別のことを言おうとしていたのではないかと感じていた。


 文化祭当日。1年A組の教室は、詩と数式が融合した不思議な空間に生まれ変わっていた。壁には千紗の詩と遥斗の数式が美しく配置され、来場者たちの目を引いていた。


「すごい! こんな形で詩と数学が融合するなんて」


 来場者の感嘆の声に、千紗と遥斗は誇らしげな表情を浮かべた。二人の努力が実を結んだ瞬間だった。


 しかし、その喜びの中にも、二人の心には微かな不安が潜んでいた。文化祭の準備を通じて急速に縮まった距離。でも、これからはどうなるのだろう?


 午後になり、クラスの出し物の担当時間を終えた千紗は、少し休憩しようと中庭に向かった。そこで彼女は、遥斗と葛城蒼太が話している姿を目にした。


「鷹宮、お前、春原のこと好きなんじゃないのか?」


 蒼太の言葉に、千紗は思わず立ち止まった。心臓が大きく跳ね上がる。


「え? それは……」


 遥斗の声が聞こえる。千紗は息を殺して聞き耳を立てた。


「俺には分かるぜ。お前、あいつと一緒にいる時だけ表情が全然違うもん」


「そう、かな……」


 遥斗の声には、戸惑いと共に何か温かいものが混じっていた。千紗の胸が高鳴る。


「でも、俺には春原さんの気持ちが分からないんだ。それに、今はお互いの夢を追いかけることが大切だと思うし……」


 その言葉に、千紗は複雑な感情に包まれた。嬉しさと切なさが入り混じる。


「バカだな、お前。でも、そこがお前らしいよ」


 蒼太の笑い声が聞こえた。千紗は静かにその場を離れた。


 夕方、フィナーレを迎えた文化祭。千紗と遥斗は校舎の屋上に立っていた。夕焼けに染まる空を見上げながら、二人は無言で佇んでいる。


「春原さん……」


「はい?」


 千紗が振り向くと、遥斗と目が合った。夕陽に照らされた彼の瞳に、千紗は今まで見たことのない感情を見た気がした。


「ありがとう。君と一緒に準備できて、本当に楽しかった」


 遥斗の言葉に、千紗は頬を赤らめた。


「私こそ……鷹宮くんと一緒で良かった」


 二人は再び空を見上げた。その瞬間、大きな花火が打ち上がった。鮮やかな光が夜空を彩る。


「きれい……」


 千紗の目が輝いた。遥斗は、その横顔をそっと見つめていた。


「うん、きれいだね」


 遥斗の言葉に、千紗は顔を向けた。二人の視線が交わる。そこには、まだ言葉にできない想いが溢れていた。


 花火の光に照らされた二人の姿は、まるで一枚の絵のようだった。互いへの想いを胸に秘めながら、二人は新たな季節へと歩み出そうとしていた。


 その夜、千紗は日記にこう綴った。


『今日の文化祭は、私の人生で最高の日になった。鷹宮くんとの共同作業、そして……。あの屋上での時間。私の中で、何かが大きく動いた。この気持ちに、もう逃げられない。でも、まだ言葉にはできない。鷹宮くんは、どう思っているのかな……』


 窓の外では、文化祭の余韻を残す花火の音が聞こえていた。その音と共に、千紗の心には新しい希望が芽生えていた。

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