第5話: 「夏の予感、高鳴る鼓動」

 梅雨が明け、夏休み直前の7月中旬。桜花学園は期末試験シーズンを迎えていた。図書館は勉強に励む生徒たちで溢れかえっていた。


 そんな中、千紗と遥斗はいつもの場所で向かい合って座っていた。プロジェクトは先週無事に提出を終え、今は各々の挑戦に向けて励んでいた。


「鷹宮くん、数学の問題集、随分進んだわね」


 千紗が遥斗の机を覗き込むように言った。遥斗は少し照れたように頷いた。


「ああ、でも春原さんこそ大変そうだね。文学コンテストの原稿、順調?」


「うーん、なかなか納得できる作品にならなくて……」


 千紗は俯いてため息をついた。遥斗は真剣な眼差しで彼女を見つめた。


「春原さん、最近、君の詩に出てくる『星』や『炎』のイメージ、すごくいいと思う」


「え? 覚えててくれたの?」


「あの夜の言葉、忘れられないよ」


 遥斗の言葉に、千紗は顔が熱くなるのを感じた。


「ありがとう。鷹宮くんがそう言ってくれると、なんだか自信が湧いてくるわ」


 二人は互いに微笑み合った。その時、図書館の扉が勢いよく開き、千紗の親友である藤堂美咲が飛び込んできた。


「千紗ちゃーん! 大変!」


 美咲は息を切らせながら千紗の元へ駆け寄った。


「どうしたの、美咲?」


「ねえねえ、夏期講習の申込書、出した? 今日が締め切りなんだって!」


「えっ!? 忘れてた!」


 千紗は慌てて鞄から書類を探し始めた。遥斗は困惑した様子の二人を見ていた。


「あの、良ければ僕が職員室に提出してくるよ。どうせ僕も出さないといけないから」


「え? 本当に? ありがとう、鷹宮くん!」


 千紗は感謝の笑顔を向けた。遥斗は少し赤面しながら、二人の書類を受け取って立ち上がった。


「じゃあ、行ってくるね」


 遥斗が去った後、美咲は千紗にニヤリと笑いかけた。


「へぇ、鷹宮くんと仲良くなったじゃん」


「べ、別に普通よ。プロジェクトでパートナーだっただけ」


 千紗は慌てて否定したが、頬は紅潮していた。


「ふーん? でも千紗ちゃん、最近表情が柔らかくなったよ。何かいいことあったの?」


 美咲の言葉に、千紗は驚いて目を見開いた。自分でも気づかなかった変化を、友人に指摘されたのだ。


「そう……かな」


「そうだよ! ねえ、もしかして……」


 美咲が意味ありげな表情で千紗を見つめる中、遥斗が戻ってきた。


「ただいま。ちゃんと提出してきたよ」


「ありがとう、鷹宮くん」


 千紗と遥斗が顔を見合わせると、美咲は意味深な笑みを浮かべた。


「じゃあ、私はこれで! 二人ともファイト!」


 美咲は去り際にウインクを送った。千紗は複雑な表情で友人を見送った。


 その夜、寮に戻った千紗は、窓辺に座って星空を見上げていた。夏の星座が輝き始めている。


『鷹宮くんと過ごす時間が、こんなにも大切になっていたなんて』


 彼女は自分の心の変化に、少しずつ気づき始めていた。同時に、夏休みが近づくにつれて、何か大きな変化が訪れそうな予感がしていた。


 千紗は日記を取り出し、ペンを走らせた。


『夏が近づいてくる。季節の変わり目のように、私の中で何かが変わりつつある。鷹宮くんへの気持ち、それに自分の才能への気づき。この夏、きっと大切な何かが起こる。そんな予感がする。でも、怖くない。むしろ、早く明日になってほしい。鷹宮くんに会えるから』


 千紗は日記を閉じ、深呼吸をした。窓の外では、流れ星が一瞬の輝きを放って消えていった。

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