第4話: 「開花する才能、芽生える想い」

 梅雨が明け、夏の日差しが強くなり始めた7月のある日。千紗と遥斗のプロジェクトは佳境を迎えていた。


 図書館で作業を進める中、千紗は遥斗の姿をじっと見つめていた。彼の真剣な横顔に、千紗は自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じる。


「春原さん?」


 遥斗の声で我に返った千紗は、慌てて視線を逸らした。


「あ、ごめんなさい。ちょっとボーっとしてて」


「大丈夫? 無理しないでね」


 その優しい言葉に、千紗の胸が熱くなる。


「ありがとう。平気よ。それより、プロジェクトの方は?」


「ああ、ほぼ完成したよ。春原さんが書いてくれたレポートも素晴らしかった」


 遥斗の褒め言葉に、千紗は嬉しさと照れを感じた。


「鷹宮くんこそ、すごいわ。あんなに複雑なプログラムを作れるなんて」


 互いを認め合う二人の間に、温かな空気が流れる。


 そんな時、図書館の掲示板に目を留めた遥斗が、突然立ち上がった。


「春原さん、見てよ。全国高校生文学コンテストの案内だ」


 千紗も立ち上がり、掲示板を覗き込む。


「へえ、面白そう。でも私には無理かな」


「何言ってるんだ。春原さんなら絶対にいい作品が書けるよ」


 遥斗の真剣な眼差しに、千紗は動揺した。


「そんな……私なんかじゃ」


「違うよ。君の才能を俺は知ってる。このプロジェクトを一緒にやってきて、そう確信したんだ」


 遥斗の言葉が、千紗の心に深く響く。


「でも……」


「俺も、数学オリンピックに挑戦しようと思うんだ」


 遥斗の言葉に、千紗は驚いて目を見開いた。


「数学オリンピック? すごい!」


「まあ、まだ予選だけどね。でも、君が文学コンテストに出るなら、俺も頑張らないと」


 遥斗の真摯な眼差しに、千紗は胸が高鳴るのを感じた。


「わかったわ。挑戦してみる」


 千紗の決意に、遥斗は満足そうに頷いた。


 それからの日々、二人はプロジェクトの仕上げと並行して、それぞれの挑戦に向けて準備を始めた。図書館での作業が終わると、千紗は詩作に没頭し、遥斗は難解な数学の問題と格闘した。


 ある夜、寮の屋上で二人は偶然出会った。満月の下、静かな風が二人の間を吹き抜けていく。


「鷹宮くん、こんな所で何してるの?」


「ちょっと、頭を冷やしにね。春原さんは?」


「私も……ちょっと行き詰まっちゃって」


 二人は並んで空を見上げた。


「春原さん、俺ね、数学の問題を解いてるとさ、世界の真理に触れた気がするんだ」


 遥斗の目が輝いていた。千紗は彼の横顔を見つめながら聞いていた。


「でも同時に、自分の小ささも感じる。宇宙の広大さに比べれば、俺なんて本当に取るに足らない存在で……」


「違うわ」


 千紗は強い口調で遥斗の言葉を遮った。


「鷹宮くんは、とても大切な存在よ。少なくとも私にとっては」


 言葉が口をついて出た瞬間、千紗は自分の感情の深さに気づき、慌てて付け加えた。


「あ、その、プロジェクトのパートナーとして、ってことよ」


 遥斗は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに優しい笑顔になった。


「ありがとう。春原さんも、俺にとってかけがえのない存在だよ」


 その言葉に、千紗の胸が熱くなった。


「ねえ、春原さん。君の書いてる詩、少し聞かせてくれないかな」


「え? でも、まだ途中だし……」


「大丈夫、完成じゃなくていいんだ。君の言葉を聞きたいんだ」


 戸惑いながらも、千紗は小さな声で詩の一節を朗読し始めた。


『星々は私たちを見つめている 

その瞳に映る小さな存在

それでも輝こうとする 

この胸の中の かすかな炎を』


 読み終えると、静寂が訪れた。遥斗はじっと千紗を見つめていた。


「綺麗だ……春原さんの言葉には、人の心を揺さぶる力がある」


 その言葉に、千紗は目頭が熱くなるのを感じた。自分の中に眠っていた何かが、確かに目覚め始めている。それは詩人としての才能かもしれないし、もしかしたら……。


「鷹宮くんこそ、私に自信をくれる人よ」


 二人は互いに微笑み合った。満月の光が二人を優しく包み込む。


 その夜、千紗は興奮冷めやらぬまま日記を書いた。


『今日、初めて誰かに自分の詩を聞いてもらった。しかも、それは鷹宮くん。彼の言葉が、私の中の何かを解き放ってくれた気がする。これが「誰か」になっていく感覚なのかもしれない。でも同時に、鷹宮くんへの気持ちも大きくなっていく。この思い、一体どう名付ければいいの?』


 千紗は、自分の才能の芽吹きと、芽生えつつある想いに、少しずつ気づき始めていた。

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