第2話: 「文学少女と数学少年、図書館の密会」

 入学から2週間が過ぎ、千紗は少しずつ学園生活に慣れてきていた。しかし、まだ親しい友人はできず、休み時間は一人で過ごすことが多かった。


 放課後、千紗は図書館に向かった。静かな空間で読書をすることが、彼女にとっての安らぎだった。


 図書館に入ると、千紗は文学コーナーに足を向けた。お気に入りの詩集を探していると、隣の棚から伸びてきた手と自分の手が重なった。


「あ……」


 千紗が顔を上げると、そこには鷹宮遥斗がいた。彼も驚いた表情を浮かべている。


「ごめんなさい」


「いえ……」


 二人は同時に謝り、そして沈黙が訪れた。千紗は動揺を隠すように本棚に目を戻した。


「その本……堀辰雄の詩集?」


 遥斗が静かな声で尋ねた。千紗は驚いて彼を見た。


「はい。好きなんです、堀辰雄さん」


「僕も」


 遥斗の表情が少し和らいだ。千紗は胸の高鳴りを感じながら、勇気を出して話を続けた。


「好きな作品はありますか?」


「『菜穂子』かな。君は?」


「私は『風立ちぬ』が好きです」


 二人は本を手に取りながら、静かに会話を続けた。他の生徒たちがいる中で、まるで二人だけの世界に入り込んだかのようだった。


 やがて、外が薄暗くなってきたことに気づいた千紗は慌てて腕時計を見た。


「あ、もうこんな時間……寮に戻らないと」


「そうだね。一緒に帰ろうか」


 遥斗の言葉に、千紗は小さく頷いた。


 図書館を出て寮に向かう道すがら、二人は文学の話を続けた。普段は無口な遥斗が、文学の話になると饒舌になる。千紗はその意外な一面に、心惹かれていくのを感じていた。


「春原さんは、将来何になりたいの?」


 突然の質問に、千紗は足を止めた。


「私は……まだわからないんです。でも、何か大切なものを見つけたいんです」


 千紗は空を見上げながら答えた。遥斗も空を見上げ、静かに言った。


「僕もだ。何者かに……なりたいんだ」


 その言葉に、千紗は強く共感した。二人は同じ思いを抱えているのだと気づいた瞬間だった。


 寮の前で別れる際、遥斗が言った。


「また、図書館で会えるかな」


「はい。きっと」


 千紗は微笑んで答えた。


 その夜、千紗は日記にこう綴った。


『今日、鷹宮くんと話をした。彼も私と同じ、自分探しの途中なんだ。少し、心強く感じた。これから、一緒に何かを見つけていけたらいいな』


 隣の部屋では、遥斗が珍しく詩集を開いていた。そこには、春原千紗という名前が、かすかに心に刻まれ始めていた。

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