No.19 助けてともう一つ

 王都の冬に降り注ぐ雪――否。

  

「ギぃぃぃぃぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 降下するソレは雪ではない。

 上空から降るのは風を切る音と断末魔であった。


「あぁ?」

「ドッチオーネ?」


 大地に激突した物体に、地上にいる魔人四体の視線が集まった――鋭い刃物のようだった両翼が切り裂かれ、唯の人型になった女魔人を。


「ぶひ?」

「あーらら。ぶっさいくな死に顔ぉ♪」

「ヒャッハハハ鈍臭いヤツだぜ」

「斬り傷……? むぅ」


 煙を立てて溶けはじめた同族にそれぞれの最後を述べる魔人達。そう、これが魔人族という存在。


「やれやれ……つくづくお前達というのは、そういう存在だよな」


「っ…? アンタもしかして」

「知ったような口をきく割には大した気を感じない。経験を積んだ冒険者と言った所か。つまらぬ」


 人やヒトと共に生きる生命から誕生した筈なのに、人とは異なる存在として生まれ変わった――それが魔人族。鉄壁の結界で体表面を覆い、生まれながら人類より上位の因子核を持つが為に何かを成し遂げようという本能が欠落し、ただただ欲望の赴くままに余暇を持て余す。しかし逆にソレは自分自身の殻に閉じこもり、周りを視る事を忘れた生物とも言える。


「いるよね~♪ イキがって派手な武器ぶん回して目立とうとするヤツ」

「あっひゃっひゃそーそー真っ先に死んじまうヤツなぁ」


 仲間という概念はある。

 強い者に従うという本能もある。

 ただ人族と決定的に違う所は心にではなく、体表面に結界を持つという事。己の身体を強力な結界で覆う存在。故に心を偽らない傷付かない心配しない。欲望と渇望のみを追い求めて生きるのが魔人族。一番があって二番と三番が無い。


 一番とその他しかないという思考。


「まぁそれはそれとして…だ」


  突如として落下した死体と共に現れた無表情な剣士は、老執事にぶっきらぼうに手を振った。


「そこの橋を渡って城内にいてくれないか…アンタに見られてると怖い」


「やはり変わった御方だ。今回は私の方が接近に気付きませんでしたよ」


「それは光栄だ」


「そしてこの場をお任せ出来ると?」


 無表情の為伝わりにくい筈なのだが、どうやらこの執事は、男が何をもって自分を遠ざけようとしているかを理解したようだ。長年に渡って背中を預けてきた戦友が如く。


「姫さんが心配する…だろ」


「おやおや。お嬢様のエスコートを代わって下さるとは」


「アンタなぁ」


「宜しいので?」


(やれやれこのジーさんは)


 細い眼を更に細めて執事を睨む。

 心を見透かしたような老兵に胸中でため息を付くが「宜しいので?」この一言には冗談の他に、狙った獲物に横槍を入れた相手への牽制の意味でもあるのだから。


「すまないがな」


 微妙にバツが悪そうな無表情男ユウィン=リバーエンドの少し崩れた表情を確認したクロードは、何やら薄い笑いをつくった後――背を向ける。


「……それではお言葉に甘えてこの老兵、少し休ませて頂くと致します」


「あぁ。ありがとう」


 周囲に張り巡らせていた自分のオーラを解き、クロードは城に続くメインブリッジ方面へ歩みを進めた。

 

「執事逃げるか!」

「じーさん程じゃないが」


 ――ズィドン!


 魔人ロキとユウィンの間合い中央地面に亀裂が入る。


「俺も少しは武装気を使う」

「むぅ、斬撃を飛ばすか」


 それでも龍鬼ロキはクロードの背を追おうとするが、ユウィンがラグナロクを向けて牽制したため踏み込みを中断している。


「うふふ。久しぶりじゃないのさぁ」


 場に拮抗した空気が流れる中、頭にウサ耳を生やした妖艶な女が、余裕の笑みで前に出る。


「うふふロキ様。申し訳ございませんよろしいでしょうか。古い顔なじみのようなのです」

「むっ」


 既にブリッジを渡りきったクロードに興味が無くなったのか、ロキは構えを解いた。


「お前は確か、あの時の坊やよねぇ?」

「……こちらには憶えがないんだが。お嬢さん」


 強烈な匂いを撒き散らしながら接近してくる女はファジーロップという。


「喰ってやった右手も生えてるし、まだ生きてるなんておかしいけど。フフフ」

「俺を知っているという事は何処ぞの魔人の使徒か」


 本性を表した状態であるファジーロップという使徒が放つ香りはフェロモンである。強烈な制圧力を有するこの”誘惑テンプテーション”という能力は、常人が吸えば瞬く間に冷静な判断を失い、吸い続けると女の性奴隷と成り下がる。


「あの時、あの魔女さえ来なければ、ねぇ」

「……この匂い」


 遥か昔の記憶を呼び戻す匂い。

 清掃員を雇う金銭をケチった結果、便所の匂いを薬で上書きしたような強烈な芳香。ソレを撒き散らしながら近づいてくる女。


「粉々になったあの売女の足をオマエに縫い合わせてヤレたのにねぇゲハハ」


 このファジーロップという女は、創造した主人である兎の魔人ラビットハッチ同様に品性というものが存在しない。だらしない仕草、下品な匂い、何を思い出しているのか下品でだらしなく笑いながら。


「フフフフ確か……マリィちゃんだっけ?」

「お前…」

『マスター。この女…』


 もう一度言うが、本性を表したこのファジーロップという女には、創造した主人である兎の魔人ラビットハッチ同様に品性というものが存在しない。強靭な肉体耐久力を持ち、超速の再生能力を有し、兎の魔人の性奴隷として美しく作られた筈の顔を下品に醜く歪ませながら近づいて来る。


「また逢えて嬉しいわぁ。あの娘元気ィ~? ウフフフフハハハハハ」


 あの時の続きをヤッてやろうと。

 溜まった鬱憤を晴らしてやろうと。

 兎の使徒が有する絶対君主の力。テンプテーションをもって。


「そろそろ効いてきたかしらねぇ? あの時は本当に惨めだったわよねぇあの女。ユウィンだけはユウィンだけはって……ゲフフ駄目ねぇ思い出したら笑いが止まらないじゃないゲフゲフゲフ」


「そうか、お前はあの時の…」

「ゲハハハハハハハハハハハ」


 ……どくんっ


 男の因子核が一瞬高鳴る。

 いつもの無表情に変わりはなかったが、周囲の方に異変が起きていた。ブリッジから風が吹き抜け、王都全体に小さな光が発生し収束していく――これは、魔法粒子ミストルーンの光。


「なんてこった。こんな事まで忘れていたとは……俺と言う奴は本当に度し難い」


「ゲハハハハハ憶えていてくれて嬉しいわぁ坊や」


「あの時いなかった方の使徒か……二体いたんだったなよな。そうか、そうか。あぁそうだ。これで…もう一度」


 魔法言語を操る魔導士。

 その人類最上位とされるLv4――神魔級を越える力を持つ者に許された”我儘を通す魔法の力”は言葉に乗って外部空間に投影される。選ばれし因子を持つ者がなせるわざ


「あぁ助かった思い出させてくれて。これで無くしてしまったあの時の激情を、もう一度」


 バチっ!


 黄金色の大太刀――ラグナロクから火花が上がる。


「マリィを助けてくれーってアンタ。おしっこ漏らしながら叫んでいたわよねぇ!? ハッチ様の美しい触手でびしょびしょになったあんな売女メスの為にさぁぁあ」


 ゴキュ――――キンっ!


 妙な光景だった。

 男が剣を反対の手で掴んで抑え込んだのだ。まるで大太刀が勝手にファジーロップに飛びかかろうとしたのを無理矢理止めた。そう見えなくもない。


「気にするなD《ディ》……ん? あぁすまない。俺の為に。だが、もう少し待て」


 その光景にファジーロップは眉を潜めるが。


「なぁ~にぃさっきから変な坊やねえ……せっかくの再会じゃない。また楽しみましょうよぉ。今度は腕だけじゃなく五体切り刻んで」


 あの時から多少は力を付けたかもしれないが、オスである対象がテンプテーションに掛からないわけがないと。


「ラビットハッチ様の土産にしてあげるからさぁ!」


 本能の赴くままに相手を完全に格下と見た女には余裕しかなかった。正面から獲物に飛びかかる。


 その対象、かの無表情男は――笑っていた。


「あぁ少し、少しだけ、心が震えた」


 だから


「もう我慢しなくていいぞ。D《ディ》」

雷電呪文ヴォルトスペル詠唱開始!!!』


 ――ゴッ!


 空間が歪む。

 ユウィン=リバーエンドの体を中心に青緑色の粒子流が竜巻の如くうねり、燃え上がった――正にこれは幻想的な現象ではあったが、少しでも魔法というものに携わるものなら解るはずだった。


 この現象は異常だと。


 魔法粒子は肉眼では見えない。つまりこれはどういう事なのか。人類より高い魔法出力を持つ魔人達にもこの現象は理解出来なかった。精神に警戒本能を刻みつける――この人間の最大魔法出力は自分達よりも高いのではと。


誘惑テンプテーションが吹き飛ばされて――!?」

『こんな下賎な能力…こんな度し難い下品な匂いがマスターに届くわけがないだろう? マスターには私がいるんだから』


 竜の女王を宿らせしツルギ――竜剣ラグナロク。


『貴様が、オマエのような女が、マスターのカタキ? 貴様如きが私のマスターを。許せない絶対に』


 許せるものか。

 デバイズ=オペレーション=システム=ラグナロクが烈光を放ち輝いた。目の前の下品な女に向けてD《ディ》の声に感情が乗る。この感情は怒り――激怒である。怒りの感情のない主人の為、愛する主人の為に代わりに彼女が怒っているのだ。憎き仇、抹殺すべき対象であったウサギの魔人の使徒に。




 城門前の執事は人知れず呟く。

 ゆっくり静かに、何処か少し、嫉妬を混ぜて。


「やはり魔法使いでしたか……それも」


 執事が望んだ「圧倒的魔法の力」


 そんな淡い奇跡を――眼前に。



 ◆◇◆◇



「アンリエッタ様!?」


 魔導出力計機の異常――トリスタンは報告と言う名の悲鳴を上げる。


「何事です!?」


「城門前メインブリッジに高ミストルーン反応。 魔人勢の動きが止まりました!」


 部屋一面に設置されている計器が煙を上げていた。魔法粒子ミストルーンの共振で激しく振動していた。まるで何かに怯えるように。


「ま、まさかクロードが」

「いえ、執事長様はご無事です」


 皇女は胸を撫で下ろすが。


「ではこの共振は一体…」


 機器に疎いアンリエッタにもわかる異常事態。


「あの男……現れたあの男を中心に、国中の魔法粒子が収束している」


「敵か味方か。モニターに出してください」


「最大望遠で出します」


 モニターに写し出された男に未熟な皇女の表情が崩れた。それは決して他者に見せなかった弱い女のそれ。即位してから決して見せないと誓っていたあの感情と言葉。


(あ、あの……人っ)


 ユウィン=リバーエンドを見たアンリエッタの胸がズキリと高鳴った。初めは自らの、傷ついた魔法因子核リンカーコアの痛みかと思った。でも違う気がする。この痛みは喜びだ。でもそれはとても痛く、心に突き刺さって、決して出してはいけないあの言葉が出てきそうになって、彼女は力いっぱい口をつぐんだ。その代償に溢れてしまう――涙というヤツが。


 ドクンっ


(戦ってくれていた……の?)


 無礼な男だった。

 それでいて自分の全てを見透かしたようなあの空っぽの瞳をした無表情男――なのに。


「何でアイツ。逃げてっ…っく…逃げてないのよ……ぉ」


 憎まれ口が出てしまう。

 本当は言いたいのに――あの言葉を。

 しかし彼まで死んでしまったら? 国の、民の、全ての重圧を背負う自分がここで折れたら? だから言えない。


 絶対に。


 流れ出る涙は止められないのに、アンリエッタは押し殺す。


 あの感情と共に、口をつぐんだ。



 キィィィィィィィィィィィィィ

 


「皇女殿下これ、この計器の共振は……」


 光は増していく。

 押し殺した感情に呼応するかのように。


「魔法出力……測定不能」


「それって」


「信じられない。魔導出力計の針が振り切れている……」


 図り得る数値は――?


「それって、まさか。じゃあ、じゃあ、あの人は」


 アンリエッタは圧し殺した――弱音を。


「肉眼でミストルーンが目視出来るほどに高まっているのか……こんな事が出来るのは」


 出さないようにしていた――あの言葉を、恐怖を。

 

「魔法出力10万以上――!? 何者なんだあの男は」


「レジェンドクラスの……Lv5の魔法剣士」


  創世記から現在に至るまで900年――魔法言語を産み出した伝説の魔女イザナミと賢者イザナギ。魔法出力10万を越える人類は過去、二人しか観測されていない。


「シーラが教えてくれた…魔人殺しの」


 アナタが連れてきてくれたの…?


 彼女の押し殺した感情は――


  「助けて」


  と……もうひとつ。




 マリィの時は掴めなかった、手のひら。

 掴める程に己を鍛え上げた末に、守る者と感情が無くなってしまった空っぽの男がいた。


 でも、今は少しだけ違うような気がする。

 だからソイツは言う。

 失った、居なくなってしまった、自分を守って死んだ女に。


 俺は、誰かを守れるくらい強くなったぞと。


 だからソイツは唱えるのだ。


 この刹那にセカイ改変えろと。


 その心が不変であり続ける為に。

 弱い自分に戻らない為に。


 そんな愚かな男。

 ユウィン=リバーエンドの最大魔法出力は、計器測定量と人類の限界を優に越える――


 18万9,600ルーン


 魔人達の10倍。

 並の魔導師の300人分の出力を有し、絶望の冬が降りた王都に差した一筋の光。


 黄金色に輝く、魔人殺しの刃である。

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