No.17 魔人殺しの刃
アンリエッタを無事送り出したクロード=ベルトランは覚悟を決める。
「クサナギ部隊が戻ったのは大きい。ムラクモ部隊のリアも上手くやっている。しかし……まだ足りない」
十八体の魔人と四十もの使徒を相手に、援軍が来るまで食い止めるのは至難。そして最も厄介と言えるのが無数に湧いたアンデットである。このままバイオハザードを捨て置けば、例え勝利したとしても国を立て直すのが不可能となる。
(おっといかんな……悪い癖だ)
執事は上がりそうになっていた口元を抑える。
(結界破りの死殺技は大量に
今この王都で魔人と渡り合える実力者は自分とリアとユーリ将軍くらいのもの。一人三体倒せたとしてもまだ足りない。だが、この執事は決めている。
(例え死兵となっても、このクロード=シウニン=ベルトラン。必ずや城門を死守して御覧に入れましょう)
第一騎士隊とユーリ将軍が戻っても魔導士が圧倒的に少いこの状況。劣勢はそうは動かないだろう。
この絶望的な状況を好転まで持っていくのは”圧倒的魔法の力”がいる。そんな事を出来る人間はこの戦場にはいない。そして援軍が来るには最短でも明日の夜だろう――魔人は未だ十五体――更には使徒と、この上どんどん増え続けるであろうアンデット。
(ククク昔を思い出す…こんな状況に心が踊ってはいけませんな)
魔法の力――クロードの脳裏に自身が好敵手と見込んだ男の顔が浮かぶ。もしや彼は、この惨状を予期してあの馬鹿げた一騎駆けなどをやってのけたのではなかろうか。かの者なら何か策があるのではなかろうか。
(……いや、今は考えまい)
淡い期待を改める。
そして、ふいに娘が好きだった絵本を思いだし、口元を緩めた。
「”天涯”の極星よ輝きたまえ……か」
傭兵王国ゼノン――蒼派クロード=シウニン=ベルトランは古の盟約で結ばれたトロンリネージュ皇を守護する王都の盾。
「我は人類最強を誇るゼノン王直轄傭兵特殊部ラスティネイル……字名を持つ者也」
「我が”蒼炎”の字名にかけて絶対に、お嬢様の命だけは……」
その時である。
(これは……?)
クロードの張り巡らせていたオーラスキルが周囲の異変を感じ取ったのは。
(アンデットの気配が急激に減りつつある……まさか)
男の顔が再び浮かんだ。
(まさか、それ程までの存在か)
不吉な黒を纏った、あの男――
◆◇◆◇
……トスッ
身の丈程もある大太刀ラグナロク――それを握るのは全身を黒で統一した死神のような男だった。
「ら、メぇ?」
「駄目……と言ってるのか? 良く解らないな」
山羊の魔人は胸に吸い込まれた長い長い黄金色の刀に視線を落とした。ソイツは何が起きたのか一瞬解らなかったようだった。何の魔力もないただの剣が、自分を傷付ける何て事があるわけがないからだ。
「メ、メェ?」
だが現実というのは世知辛いもので、自分の身体が消滅しかけている事でようやく現実を把握する。気付かない内に結界が抜かれ、命である魔人核を直接破壊されているのだから。人語を上手く話せない魔人は後悔した。――時にはもう遅かったのだが、振り絞った言葉はこうだった。
「タタタスめて……?」
「すまんやっぱり解らんから自己紹介をしよう。俺はユウィン=リバーエンド。嫌いな物はピーマンと魔人だよ」
無表情なその男は、そのまま剣を振り抜いた。
「ヤードリップ様 !」
両断された主人の使徒だろう。背後から男に襲い掛かかる。
「常々思うがな。奇襲を気取るなら声は出さない方が良いな」
どちらにしろ無駄だがね。
ユウィンはそちらを振り返らないもしないで刀を下げる。
『Lv3
爆炎が一瞬の内に使徒を消滅させるが、あまりにも近距離だった為に灰色の髪が少し焦げた気がする。
「ソースコードまで使わんでも…ちょっと火力が強過ぎんか」
『バフが掛かったもしれません』
「なんの」
『ここ最近の鬱憤というヤツが』
「そいつは悪かったよ」
軽口とは裏腹に周囲に張り巡らせているオーラと、
「これで四つ……次」
『左斜め後方150m――オーク型一体補足』
「調子が出て来た。そろそろ大丈夫そうだ」
『魔法因子核……正常起動まであと十秒』
「そうか。ならばペースをあげよう」
『ようやく本領発揮ですね』
「そりゃあ魔人が相手だ」
お互いに遠慮はいらん。
眼にも止まらぬ速度でユウィンは駆ける――
オークの魔人タムワース。
彼は串刺しの魔人と言われている。文字通り愛用の5mはあろう鋼鉄の槍で、仕留めた人間を運んでいた。焼き鳥を運んで気の良い連中と一杯ひっかけよう。そんな浮かれた足取りで。
「ソウダ。トトロスにも、見せてヤロ」
彼は御機嫌だった。
自分の槍には美味そうな具材が九つも突き刺さっている。あと一つ突き刺したらお祝いだ。誰に自慢してから喰らうとしようか。
「ブヒ?」
そんな事を思っていたら、ふと目の前に最後の具材が見えた。喜びで鼻を鳴らせ”串”を構える――迄が、魔人としての彼の人生だった。
「魔人剣・剛刃!」
「ぷぎゃあああああぁ!?」
タムワースのたるんだ腹が結界と皮下脂肪ごと切り裂かれ、多量の血しぶきが夜を染める。
「タ、助けろ、使徒ドモぉぉぉ!」
そのまま握った刀ごと腹部に抉り込んで。
「
爆砕――と同時に刀と身体を回転させた。
『マスター後ろ』
「解ってるよ」
――ギィィィ!
背後から直進してきた巨大な槍を小太刀でいなす。
「死んじゃったねぇ御主人プププ」
「御主人様ノ……カタキ」
「人間型使徒が二体。なかなか賢いじゃないか」
「プププ噓だろぉ」
前と後からの槍攻撃が空を切る。
そして既に、降り終えているもう大太刀と小太刀。
魔人剣舞――ニ刀流麗。
「
後に残るは、両断された二体の骸のみだ。
『解って無いじゃないですか三体ですよ』
黄金色の大太刀ラグナロクが手からひとりでに離れ――上空から強襲していたもう一体の使徒に突き刺さった。
「ぐぇ……せ、せめて一矢報いて」
「上はどうにも気が届きにくいな」
『
「感謝してるよ」
大地を蹴る。
「し、死ねぇ人間!」
「でもまだ死ねないさ、俺は」
空で二つの影が交差する。
「う、うごば――」
「――
最後の一体は主人と同じく、腹部から爆砕して消えた。
オーク魔人と使徒三体を瞬く間に倒して見せた魔剣士ユウィン=リバーエンド――彼は呪文の詠唱をしていない。
これは
『マスター
「強めを一発でいい早めに圧縮しろ。周囲の索敵急げ」
『前方から魔人三体高速接近中――更に使徒四体』
「釣られてくれたか」
――高速で駆け寄る魔人三体。
猫の魔人ラン
人の魔人アズラク
エルフの魔人キュアノエイデス
「タムワース死んでくれて良かったにゃぁ。あのブタ僕の尻ばっか狙って来るからキモかったにゃぁ」
「結界が効いてねぇのか? あっと言う間に斬り殺しやがったぜ。魔法言語を混ぜ込んだ妙な剣術を使いやがる……創世記に存在したっていう竜機人とかってヤツか」
「お前は若いから知らんのか。当時の言葉でドラグーンというがアレは半分機械化した人間だ。既に存在する筈もない」
「じゃあ古参でお賢いエルフ魔人様よぉ、じゃあアイツは何なんだよ」
「あの黄金色のカタナ。まさかイザナキ=ヤマトの……?」
「じじいは独り言が多くて敵わないにゃぁ。いまは魔剣士とか呼ばれてるんじゃなかったっけ?」
「魔剣士……あぁ”魔人殺し”とかいう」
「馬鹿な生きている筈がない。創世記からある名だぞ」
「二百年くらい前にソーサルキングダムで竜王をぶっ殺したって噂はあったぜな」
「二百年……まさか二代目か?」
「どの道よぉ、いくつなんだって話だよなぁ」
「どの道にゃぁ、魔人殺しブッ殺したらキャロル様の土産になるにゃあ」
「アセンブラの加護よ壁となれ……
「エルフの魔法かにゃ。すごーい」
「俺らにゃ防御結界があるからなぁ。バフ受けるのって初めてかもしれねぇ」
「伊達に長く生きておらん。あの剣技の腕前……魔法共にLv3高位級とみた」
「二重の結界ならばって事ねぇ」
「こすっからーい」
「ヤツは危険だ一気にやるぞ――使徒共!!!」
「
「
「
「
魔人三体は一直線に魔剣士に向い疾走する。その更に後方から援護射撃が放たれた。
「同時攻撃……七つの敵か」
握った大太刀から警報が鳴ったような感覚――ユウィンの両手に多少の力が入る。
『相互攻撃を確認――四つ魔法攻撃にバフの掛かった魔人三体』
「バフ……? 随分と珍しいなエルフの魔人か」
『ご注意を。エルフの魔法言語は変則的ですから』
「脅威になるのか?」
『私の機嫌を取る程度には』
「そいつはチョロそうだ」
『フンだ』
「アグリー=ツアマー=ハイファーレント=煉獄の炎よ我と汝で御使いをゲヘンナへ誘うべし」
ガガガガグボアァァァァァ!!
使徒の魔法言語が着弾――稲妻と炎で氷が蒸発し爆砕四散。夜の王都に爆風が駆け抜ける。
「何だアイツまともに喰らいやがったぜ」
「死んだにゃこりゃ拍子抜けにゃあ」
ゴゴゴゴゴゴゴ ……炎の中を男が立っていた。その周囲に輝く炎を纏いながら。
「いや違う……使徒ども壁を作れ――は、早く!」
創世記から生きるエルフの魔人は真っ先に背中を見せて逃げ出した。高潔な森人であるエルフ族であった彼が何故魔人となったのか。その答えは危機管理能力の高さから。イザナギとイザナミと共に人魔戦争を戦い、戦い、戦い気付いた。自分が脇役でしかなかった事に。英雄になれない我が身を呪い、先代魔王に魂を売った。しかしそれでも勝てなかった――イザナギ=ヤマトに。
(あの”魔人殺し”さえ……アイツさえ居なければぁ)
自分はあの魔女を――イザナミ=アヤノを手に入れられたかもしれないのに。
(あの大太刀はクサナギツルギ……畜生畜生畜生今になって、今になって再び現れるのか)
キュアノエイデスが後悔しようが、相手の詠唱している魔法に気付こうが、既に全てが遅かったのだが。
「炎魔灼熱地獄エー=デイ=グレン=ファーレンハイトぁぁぁぁ」
ヴォッ――――――!
何人いようが、二重の結界があろうが、魔法言語が放たれようが関係ない。地獄の炎がその場にいる全てを飲み込んだ。その高温度は岩やレンガの融点を超える摂氏4,500度――進行方向のレンガが、石製の街路が、周囲の家々が、魔人達が高熱で白熱化して真っ赤に燃焼える。
「にゃ?」
「こんなんありかぁ?」
「この威力はやはり古代法言語……ほ、本当に”二代目”だとでも言うか……畜生ぉ」
森人の精霊結界を紙のように貫通し、ユウィンが魔人達をすり抜けた時には、その場にいた全ての者共は気化していた。
……ゴゴゴ…シュウウアアぁぁ……
輝く炎を纏うユウィンは息を整える。胸の中心に違和感はない。魔法因子核は完全回復したようだ。
「五つ……次は」
『残りの魔人は全て城へ向かいました』
「本丸に向かったか。ここ迄もったという事は王国側にも優秀な駒がいるな」
『しかし魔人の使徒達が周囲に散って再び各方面で暴れている為、折角持ち直しつつある戦況が思わしくありません』
「お嬢ちゃんの位置は」
『籠城戦に切り替えた様です』
「あの装置を使う気か。良い判断だアンリエッタ」
『マスターが楽しそうで何よりです』
「……先に使徒を潰すぞ」
『東側800m先、使徒五体を確認……また、王都全域にいる全十五体の使徒を補足しました』
「全ての使徒を十分以内に片付ける」
輝く炎を纏ったまま空を駆けた。
炎魔灼熱地獄。
地獄第一階層に存在する地獄の門を
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