No.16 一輪の花へ

 

「キシィィィ…やってくれたわねぇ…お嬢ちゃん」


「き、効いていない……そんな」


 防御結界セキュリティシェルとは。

 魔導士が魔法を行使する際に自分にまで衝撃が及ばないよう、自動的に張られる防御壁の事である。それは強い魔法言語を実行するほど強度が上がるが、所詮それは補助的な物であり魔法で造り出した盾などには遠く及ばない。あくまで魔法言語を実行した時に自動的かつ補助的に張られるものだからだ。


「今の私のLv2では結界を抜けない……?」


 俗に創世記と言われる700年前――この世界の創造主から与えられた超能の力。因子核を発見した人物がいた。


 魔女イザナミと賢者イザナギ。

 彼女達によって定評された魔法言語と武装オーラは人類に進化をもたらした。そしてイザナミは更に百年をかけて魔法と科学を融合させる事に成功する――伝承では、人類は科学の力で崩壊してしまった大地を捨て、月の移住計画を実行に移したと記されている。


 その行為に怒った断罪者。

 天使と魔神は大群を従え人類の殲滅を決行。

 

 制空権に待機する万を超えるエンジェルナイトと、地下世界地獄より出現した六体の魔神王によって、人類の人口は1%に迄激減する事態となった。


 それを創世記戦争という。


 人間の持つ魔法因子核から変換される魔法言語の力は、奴ら全く通用しなかった。人類より高位の存在、魔法粒子の化身とも言うべき高位粒子体である奴らの”核”は、人間のモノとは別物である。


 ”無限因子核エリシオンコア”から展開される神力は、半永久的に身体の再生を繰り返し、多断層防御結界と呼ばれる複数の結界を常に展開している。


「シャハハ…結界強度の問題じゃないわよお嬢ちゃん。もっと単純な事さ」


 魔人はの粒子体である。

 彼女らの持つ魔人因子核アンバーコアもまた、人類の因子核より上位の存在。

 

 強力な再生能力とその防御結界は、Lv2以上の魔法言語でしか破る事は出来ず、特定の攻撃手段を持たなければ人間の物理攻撃など全て無効化してしまう。


 即ち粒子体。

 魔人の殲滅は”核”の完全破壊以外には在り得ないのである。


「もぅ魔力が……どうする」

「教えてあげるわお嬢ちゃんんん。その間に覚悟を決めた方が良いねぇ」


 そう、魔人メドーサは生きていたのだ。

 回復が追い付いておらず顔は焼きただれ、腹の部分にまで無様に溶けてはいるが、生きている。口調とは裏腹に憤る激情を堪えながら。


「いやいやいやいや可愛いお嬢ちゃんは大したものよ。内蔵魔力の尽きた状態から、ここ迄の事をやってのけたんだから」


「じゃあ、何故」


「結界はしっかりと抜かれた。……ただこのメドーサの肉体が魔法の威力に耐えただけ」


 ブギブギと、タイヤを限界まで膨らませたような音がした。ただでさえ巨躯である大蛇の尾が隆起しているように見え。


「どぉぉぉぉおしてくれるぅ!!!」

「――あぁっ!」


 爆発させた感情と共に、象の足ほどもある尾でアンリエッタを吹き飛ばした。周囲に立ち並ぶ商店だったであろうレンガの外壁に激突し、重力に正直にずり落ちる。


「どうしてくれるぅどうしてくれるぅどうしてくれるぅどうしてくれるぅ!」


 近づいてくる。

 このまま動かなければ確実に殺されてしまうだろう。背中を強打したダメージ以前に、既にアンリエッタには魔力も体力も残っておらず微動だに動けはしない。


「このただれた顔ぉ! 身体の火傷ぉ! 魔法言語の負傷じゃあ回復に一日かかっちゃうわぁ! このまま街を歩けってゆーのぉあぁ!?」


 ジュォォオ……

 大きく裂けた口から溶解液が滴りアンリエッタの足元で煙を上げた。強化壁を瞬時に溶解させた酸である。人体などひとたまりもない。しかし牙を剥き、見下ろす立場であるメドーサが不愉快そうに醜い顔を歪ませた。何故か。


 それはレンガの壁にもたれ掛かり動けもしない女が、諦めて命乞いをするしかない女が、徹底的に弄んでから最後に皮だけにして飾ってやろうと思っていたこの女が、怯えていなかったから、死んでいなかったからだ――眼が。


 真っ向から凄みを効かせて睨み返してくるではないか。


「こ、小娘ぇ」


「私が小娘なら……貴女はいったい何だって言うんですか」


「何だとっぉ!?」


「…なんです、よ」


「あぁ 何だとっぉ!?」


 そしてこの絶体絶命の状態でアンリエッタ=トロンリネージュが、笑ったからだ。


「嫌いなんですよ私……ヘビって」


「あぁぁぁんテメぇこの状況わかってんのかぁ!」


 怒りが憤怒となって隆起し更にサイズが増したように見えた。アパートほどもある下半身をうねらせながら直立するメドーサと、地面から腰も上げられないアンリエッタ。その対比はゾウに見下されたネコ以上である。像がその気になれば足を下ろすだけで猫は即死するだろう。


「ふ…ふふふふ。さっきから…ほんと耳障りな」


 だが猫は笑った。

 姿も言葉も醜悪な象に、死ぬ前に言ってやりたかった。戦いには負けたけど意志では負けない、掲げた信念を折らないように。


「今のお顔の方が…愛嬌があってお似合いですよ。どうも貴方の上半身…初めて見た時から不自然だと思ったん…ですよね」


「コ、ココココノアマぁぁもう、もう殺してやるぅ」


「下半身の方が本体だったんですよね…正確には貴女の腹部…ですか魔人核は…」


「もぅ殺すぅ今殺すぅぜぇえええったいに!」


「という事は貴女…元々人間ではなく蛇の方だった。という事ですよね。あらやだ…やっぱり嫌いです。動きにどうも知性が感じられないんですよ」


「ぶち殺してやらぁぁぁ!」


「殺す殺すって言葉もあまり上手くないみたいですね。それと…どうやって声を出してるんです? 蛇のおまけでくっついるだけの…ただの擬態である……貴女に」


 小さな子猫の精一杯の悪口だ。

 月の女神のような笑顔で口にした、精一杯の。


(私……言ってやったよ。シーラ)


 掠れる視界で夜空を見上げる。

 わし座のアルタイルが白く輝いていた。


(う、あぁぁ……綺麗ぇ)


 その時、アルタイルを中心に流星が起きた。

 それは円環に軌跡をとり、王都全域を包むように地上へと降り注いだかに見える。どういう訳かアンリエッタにはそれが、自分の世界を必死で守ろうとしてくれる結界のように見えた。


(シーラ……貴女が言ったアルタイル)


 これから行く所で、再び親友に出逢えたのなら言ってやろう。


(眠る前に星を見る。……綺麗過ぎて眠れないよ)


 貴女に会うのが楽しみで楽しみで、一か月も前から何を話そうか決めていたのに。あまり話せなかった。


(私ね…本当はお母様に謝りたかったの。もっと構ってほしかったの。もっと甘えたかったの)


 あの子ならきっと、喜んで相談に乗ってくれただろうに。


(私を…褒めてくれるかなぁ…?)


 亡き父と母は今の自分を褒めてくれるだろうか。頑張って頑張って頑張って良い国を作ろうとしたけど、これまでのようだ。


(褒めてほしかったのか……私は)


 そして最後に、あの男の顔が浮かぶ。

 何故浮かんだのか解らなかったがとにかく腹の立つ男だ。だってあんな牢屋で、あんなムードの無い所で言う事ないじゃないか。初めてだったのに。初めて言って貰えたのに。自分より強くて、身分など気にもしない無礼な男に。


 自分を護る言った――初めての男。


(まるでおとぎ話ですね。星が運んで来た王子様……?)


 笑いが込み上げて来た。

 王子という名詞に限りなく遠い”黒”を着込んだ男だ。もしそんな物語があったのなら略奪劇に違いない。


(感謝してるんです……貴方には)


 過ごした時間は数分程度だろう。


(アンリエッタには……見えましたから)


 あの男を思い出して、眼を閉じる。


(貴方の言った……掌が)


 未熟な皇女が伸ばしたダリアの花は、星が画いた天空の魔法陣に照らされて笑っているように見えた。こう言っているように。


『大丈夫。エッタちゃんにはね?』

 

 みんながついている。


「このガキィィィ 中身も吸わずにてバラバラにしてやらぁぁぁ!」


 大蛇の牙が迫る――が、牙は届かない。


「良く言われました! この勝負、お嬢様の勝ちにございます」


 王家の守護者。

 鋼の執事が現れたのだから。


 ――ズドガんッ


 現れるはクロード=ベルトラン。

 皇女直属の執事長は天空より生身の拳撃にてメドーサを殴り飛ばした――建造物ほどの巨体を。


「遅くなりましたお嬢様。隣国と王都の盾に援軍を要請致しました。後は状況を耐えきるのみです」


「お、遅すぎです……クロード」


「このクロード一生の不覚」


 クロードは流れるような動きで満身創痍な主人を抱き起し、シワ一つないベストから取り出した小瓶を振りかけた。


 ゼノン王国秘伝の魔薬で、墓に突っ込んでいた足で次の日にはスクワットが出来ると言う代物だという。


「後は、この執事めにお任せ頂きお休み下さい」

「だ、ダメ、駄目よ。いくらクロードが強くても、あの魔人には防御結界が……」


 そうなのだ。

 如何にオーラを使おうとも打撃では魔人を倒せない。しかし老兵は心配する皇女の口元に人差し指をさし出した。大丈夫だよと。そして父親が愛娘に見せるような優しい笑顔を向ける。


「貴女様めの執事は、魔人如きに遅れを取りません」


 そして吹き飛ばした魔人に視線を移す。

 

「……全く今日は厄日って奴ねぇ」


 ガラガラガラ……


 無論、蚊に刺された程度にも傷ついていないメドーサが瓦礫の中より起き上がった。


「蛇とは縁起の良い生き物と思っておりましたが……どうやら迷信のようですな」


「あぁ?……なんだとぉ」


 クロードが構えをとった。

 以前ユウィン=リバーエンドと戦闘し時は無形の構えをとっていたが、今回は型のある構えである。違うとすればもう一つ。比べ物にならない殺気をというヤツをオーラに乗せている。


「ジジイィ……見た所お前は魔法因子すら持たない唯の人間じゃないのぉ」


「あくまで執事ですからな」


「お前じゃぁ死ぬまで攻撃しても結界は破れないだろぉが面倒だからどけぇぇぇ! あたしゃそっちで寝てるブサイクの顔をグシャグシャにしないと収まりが着かないのよぉぉぉぉ」


「ククク……爬虫類無勢が、我が主に何を言われますか」


 執事は笑う、構える、握りしめる。人類とは似て非なる固さとなった自らの拳――笑い、構え、解き放つ。研磨に研磨を重ねたオーラは小さくとも針が如く尖り、日本刀が如く鋭い。己が刃を賭けた半生は全て、後ろで心配そうに背中を見つめてくれている新米皇女。彼女達一族を護るために捧げたのだから。


「その様子では御存じないですか。近頃の魔人ときたら…」

「なにぃ?」


 ゼノン流攻殺法"蒼派"には太古より敵を前にして挙げる口伝がある。


 我が一撃は無敵なり。


 魔導士は脳内演算領域から出力した術式を言語コードに換算して魔法を放つとされる。だがゼノン王国の修羅達――”天涯十星”は己が極限まで磨き上げた技を言霊にのせて放つのだ。


 すなわち奥義――死殺技と呼ばれる刃となったおのが拳を。


「防御結界と言っても所詮は体の外部に張られているもの。ゼロ距離で攻撃すれば唯の爬虫類と変わらない……言っている意味がミミズ如きにお分かり頂けますかな」


「何だぁ? その年でもうボケて」

「嘆かわしいモノだ。これで上位魔人とは」

「なん――ぜ?」


 クロードは既にメドーサの眼前にいた。


「いつのま!」

「反応も遅い」


 そしてアパートの高さほどもある頭から、地面に向けて殴りつけられた顔面が舗装された街道に突き刺さる――その一瞬の事だった。蛇と鬼の視線が重なったのは。


「何だ何だ何だこいつは……人間かぁ!?」


 唯の人間の、非魔法因子持ちの、老いぼれの執事の瞳に蒼い焔が揺らめいていた。その眼光と動きは正に人外の者。魔人は恐怖した。魔法も使えないただの人間に――この後魔人は後悔した。こんな事になるなら人間領になんて来るんじゃ無かったと。


「鬼ですよ。貴様ら如き不敬な虫を討ち滅ぼす、鉄の杭だ」


 執事は激怒していたのだ。

 その姿は正に鬼――蒼い閃光である。


 ゴゴゴンッ!


 街路に深々とめり込んでいた顔を急いで上げた。一刻も早く此処から離れなければと本能が告げている。


「な、何だったんだ今のは。全く見え――ハァ!?」


 既にクロードはメドーサの真下にいた。自分の腹部に掌を当てる男の全身の筋肉が隆起し、脹れ上がって見える。


「何なんだお前は!? アタシら魔人には鉄壁の防御結界と力があるんだぞ! 魔法も使えない只の人間如きはみんなアタシの吸いやすい食料じゃないの! 何で何で何でぇぇぇぇぇ」


 何で動かない!? ナーガの魔人は動けなかった。

 この男の瞳を見てしまったから――極限まで昇華させた人類の力に恐怖してしまったから。


「これぞ、ゼノン流攻殺法……」


 掌に集まった全武装気が解き放たれる。


「ふんハッ!」


 ムドバッッ――――ガ……ガラガラガラ


 衝撃がメドーサを突き抜ける。

 突き抜けた衝撃は、更に後方の強化外壁を抉り取って穴をあけた。


「こういう意味ですレディよ。少々暴食が過ぎましたな。ですので、我が国民でたるんでしまった腹部を削って差し上げました次第……」


「ハ、ハがガ……アタシノはがガ」


 腹部が無くなっていた。

 丸ごと。満月の如く穴を残して。


「ゴブッ」


 口部から多量の血を吐しゃするメドーサを眺めながら、執事は血に染まった黒の手袋を素早く脱ぎ捨てニヤリと笑う。


 覚えておけ結界持ちの虫共。これぞ――


「対魔人用死殺技――”発勁絶杭パイルバンカー”で御座います」


 薄ら笑いを浮かべる。


「ガッゴガ馬鹿なぁけ、結界がダダの人間無勢にぃぃぃ」


 面白いものを見つけた時の執事の癖だ。


「防御結界に頼り過ぎたのが貴方の敗因です。毒蛇のレディよ」


 ズズ……ン


 毒蛇の淑女は魔人核ごと消滅し消えていった。



「ありがとう……ございますクロード」


 戦闘を終えたクロードが目にしたのは、折れた足を引きずり立ち上がろうとするアンリエッタだった「何て事だ」執事は頭を抱えたくなるのを必死で堪える。この様子では、まだ戦うつもりだと思ったからだ。


「お嬢様は一度避難し回復を。その足では無理でございます」


「で、でも……」


「ここまで進軍されては籠城戦に切り替えて援軍を待つしかございません。この執事めが城門を死守致します故」


 戦況は芳しくない処の話ではないのだ。

 魔人と使徒に続いてアンデッド迄出現したのだから。更に死霊共は死体となった国民に寄生し、更にアンデッド兵を量産していると来た。魔導兵を大幅に欠いたこの状況では絶対的、圧倒的、絶望的に不利な状況。


 しかし此処で転機が訪れる。


「皇女殿下! 第一騎士隊。ただいま帰還致しました!」


「ユ、ユーリ将軍?」


「遅くなり申し訳ございません。内部に侵入した魔族によって術をかけられていたようです」


 騎馬に乗って現れたユーリ将軍の太ももには包帯が巻かれていた。ファジーロップの権能テンプテーションを痛みで打ち消したのだろう。


 この男はマスターランク高位級の戦士にして騎士団長。トロンリネージュ王派閥最強の騎士でありLv2精霊の加護を受けた魔法剣を使用する猛者である。


「よくぞご無事で」


 クロードも将軍の帰還に安堵する。


「我が殿下お連れします一度城までお戻り下さい」

「アルダン様お願い申し上げる」

「で、でも私は」


 ユーリ将軍は一度クロードの顔色を伺ってから頷き、即座にアンリエッタへ向き直った。強者同士の察しというのか、執事の正体を薄々感ずいているが故の気配りである。そして、皇女を直接止められない立場も察して。


「皇女殿下、時間がないので手短に離します。我に精神系魔法言語をかけたのはファジーロップ外交官です。恐らく魔族である奴は王都を混乱させる為まだどこかに潜んでいる筈……」


「グランボルガ就きの女官……彼女が」


「この状況で籠城先が掻き乱されれば全滅は必死。殿下の急務はあの女を何としても止めて頂く事……さぁ手遅れになる前に!」


「そ、それでも私は……」


 クロードが割って入った。

 彼は本来、あるじに自分から意見する事は絶対にしない。しかしアンリエッタの肩を抱いて真剣な眼差しを向ける。


「お嬢様……人には役割というのがあるのです。今戦況は思わしくありませんが今正に、お嬢様にはお嬢様にしか出来ぬ事があり、そして負傷されています。勇気と無謀は違うのです。どうか、どうか……」


 執事の瞳には涙があった。

 小さい頃から一緒にいるが初めて見る。アンリエッタは自分の体を見回した。血と泥でまみれた汚い自分を心配して、皆が見てくれているのだから。


(そうか……私は、人に頼っても良いんだ)


 今まで自分は心の奥底で、自分一人が屈すればトロンリネージュは落ちると思っていた。でも違う。周りを見て、頼って、一つとなって勝つんだ。


(これがアイツの言っていた……)


 という事か。


「そうでした私また……ごめんなさいクロード。でもね?」


 執事は驚いた……それは。


「お嬢様は頂けませんね。兵士の士気に関わります」


 それは先日と同じ言葉であったが、アンリエッタの言葉には吸い込まれるような愛らしさを、カリスマを感じたからだ。こんな地獄と化した王都片隅で、夜なのに晴々しい満月のような微笑で。


 執事はアンリエッタの王としての特性を見た。


「執事の事は御心配なさらず……我が主君。アンリエッタ=トロンリネージュ皇女殿下」


 皇女と執事は微笑み合った。

 年の離れた親子がいたらこんな笑顔を向け合うんじゃないだろうか。


「皇女殿下は我が責任を持ってお連れ致しましょう」


 ユーリ将軍の戦馬に掛ける、アンリエッタを確認したクロードは満足げに頷いた。


「お願い致します」


 そして、王国最強の第一騎士隊将軍は剣を振り上げる。――時は来たと。


「さぁ、荒くれどもよ準備は良いか!」

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」


「え?」


 目を丸くするアンリエッタは周囲を見渡した。自分を中心に円となった兵士と騎士達――その数千以上。


(あぁ……そんな)


 涙ぐむ皇女を戦馬に乗せるユーリ=アルダン将軍は思う。平民出の野良貴族と馬鹿にされど剣を振り続け、将軍に迄のし上がった男。ついぞこの前までは皇女という人間を未だ理解出来ていなかった。しかし学園での立ち振る舞い。我が弟子クルシュを救った魔力。そして若くして貴族派閥の圧力に屈しない不屈の精神と胆力を見た。


「王帝アンリエッタ皇女殿下に願い奉る!」


 故に彼は叫ぶのだ。

 己の命を賭けるという信念を言葉コードに乗せて。


「我ら無作法者の忠義を! 命を貰ってくれと願い奉る!」


「そ、そんな……」


 今にも泣き出しそうな少女にユーリはニヤリと笑った。このお顔を見られただけで、自分達を心配する勝利の女神を観られただけで十分だと。俺達が命を賭けるのに十分だ。


「全騎士よ答えよ! トロンリネージュ第一騎士隊よ。貴様らは剣か!? 貴様らは愚者か――」


 王都に帰還した五千の騎馬。

 アラクレどもの怒轟が響き渡る。


「「我らはクサナギ=ヤマトが作りたもうた第一騎士隊! 我らは創世記よりの守護者――王者を守る破邪の剣!」」


「ならば全騎士よ吼えろ! トロンリネージュ第一騎士隊! 汝らの敵は何だ――」


「「怨敵也! 王者に仇なす全ての愚かなる者を、叩いて砕くクサナギの!」」


「ならば吼えろ! 愛しの盟友ども貴様らは何だ――」


 将軍は鞘から聖剣アクアカテナを引き抜き天に掲げる。


「「我ら全ての愚者を討ち滅ぼさんクサナギノツルギ――皇女殿下の破邪の剣!」」


 将軍の剣が輝きを放った。

 水の魔法剣が能力で蜃気楼が立ち、アンリエッタの頭上に騎士達の顔が映し出された。この平民差別の止まない国の、無作法者と揶揄され、野武士と貶され、アラクレ共と蔑まれた者共が。


(あ……あぁあ)


 アンリエッタは堪える――涙を。

 凛々しくも笑顔で自分を見てくれている。今から死地に向かう者達の眩い笑顔に、胸が張り裂けそうに高鳴る。


(シーラぁ……わたし、私ね……?)


「アンリエッタ聖騎士隊兵総数五千!……我ら名誉と歴史ある王国最強のクサナギ部隊――」

「「応!」」


「魂に従い時の声を上げよ! 皇女とトロンリネージュと剣十字にイザナギの加護を!」

「「応!!」」


「行くぞアラクレ共、駆けるぞクサナギ――殿下の御心のままに!」

「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」


 第一騎士隊が地響きを立てて王都全体へ駆けて行く。死地へ、亡者と魔人によって地獄と化した王都に。


(帰って来てくれた…こんな場所へ…私の元へ…っ)


 今まで耐えてきた涙を浮かべる。

 みんなが助けてくれる。私は、私は独りじゃなかった。


(ごめん。ごめんねシーラぁ…でも嬉しいのぉ)


 馬に揺られながら涙を流す。誰にも見られないように。



 天空に輝く魔法陣に照らされた――

 彷徨うダリアの花は嬉しそうに笑う。


 ほ~らね♪ だから言ったでしょ?

 エッタちゃんには……みんながついてるんだから。


 そして小さな拳を振り上げた。


『さぁ行こうエッタちゃん――反撃だぁ!』

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