No.15 王都の冬に咲く花
たった今しがたの事だ――
王都に残り十三体全ての魔人が集結したのは。
魔人は人類より上位の存在であり、魔人因子核から展開させる魔法出力は人間族の約十倍である。
その上位存在共の中で最高位の魔出力を持つ魔人であるエリュトロンは溜まった鬱憤を吐き出すかのよう腕を振り上げた。
「アハハやったー♪ やーっと暴れられるぅ」
「グフッフ」
「ブヒブヒ殺セ、ブヒブヒ潰セフゴフゴ」
魔人死霊のエリュトロン
魔人鉄槌のトトロス
魔人串刺しのタムワース
迎撃組の魔人三体が王都に進軍を開始する。
「トトロス、タムワース、てめぇらは……」
「グフッフ」
「人間、イッパイ、ブヒ」
「てめぇらは言ってもわかんねーからいいや。適当に散って遊んでな。後はあーしがやるし」
「「ブイィィィ」」
亜人系魔人の二体が王都内へ駆けて行く。
「あぁぁぁやっと引率が終わったしぃ」
「き、君こんな所で。早く逃げなさい」
近くに住まう男性だろうか。避難途中で見かけた見目麗しいエリュトロンに駆け寄り手を差しだした。
「ん、あーしのこと?」
「早く逃げるんだ。君みたいな若い子がもし魔物達にみつかったら」
自分の手を引こうとする男の顔を確認してからニマニマと笑いが込み上げてくる。
「あーらら親切なおじ様ありがとー結構カッコイイかなー♪」
「な、何を言って」
「なーんてなぁハハハ」
「あっ――ぎゃああああああ!」
「あららーツラはブサイクだけど眼はキレイキレイ――エノキ面倒だお前がヤレ」
『はいはい了解ですお嬢』
眼玉を抜かれた親切な男の空洞になった瞳へゴースト使徒エノキが吸い込まれるように侵入して行き。ドバん――全身から血を派出させて男は倒れこんだ。
「こ、この……化け物!」
「ん?」
ギィィン!
後ろから何かを感じてエリュトロンは振り返る。そこには震え、涙を溜めながら自分に農具を振り下ろした女が居た。
「あ、あの人をよくも」
ギィンキンキン!
「あーらら♪ アンタこのブサイクの女か何か? それナニー
ギンキンキンキン! 女は何度も何度もクワをエリュトロンに振り下ろすが、魔人の肉体に届く前に「何か」に阻まれ押し返されてしまう。
「な、なんで」
「あーこれねー。コレは防御結界……セキュリティシェルだよぉ。仇討てなくてざーんねん♪」
「はっ、なんで、はっ、なんであの人が、死ななきゃいけないのぉ!?」
半ば気が触れたように何度も何度も農具を振り下ろしているが。
「だーめだめー♪ アンタら脆弱な人間と違って魔人にはこの結界があってねー? そんなので傷つける事なんでぜーったいに無理だしーアッハハ」
『お嬢……私が?』
「黙ってろマイタケ」
『お嬢。私エノキです』
「どーでもいいし。ねぇアンタこれ何だかわかる?」
「ひ、ひぃ」
懸命にクワを振り込む女性の前に提示したのは――人の眼球であった。
「アンタの男の眼玉だよ♪」
エリュトロンはそれを握り潰した。
「術式実行――
ひゅおぉぉぉ……
眼前の女はその場で炭化し、残り数十発の火弾に至っては周囲にある無数の建造物に散って爆砕四散した。詠唱を必要とするLv2の詠唱破棄――霊的媒介を介しての魔法言語の実行である。エリュトロンの場合、それが人の眼球となる。
「クワにツボっちゃってつい使っちゃたし」
眼前の燃える街を満足そうに眺めながら、腰の袋に手を入れた所でふと思い出した。襲った馬車に居た車いすの少女の事を。あの人を見透かしたような瞳を。あの瞳の力に負けて、とっさに襲い掛かり殺してしまった事を。そして思う……何だったんだあの胸糞悪い、死ぬまで笑顔だった女は。自分に何を言おうとしていたのか。
「ふん、まぁ良いや。八つ当たり先も今日は豊富だし」
袋から取り出したのは新たな目玉。術式を編み上げると眼に蒼い炎が灯る。そして狂気に満ちた官能的な表情で、振り上げたソレを勢いのまま握り潰した。
「アッハハ行っくぜぇ♪」
漏れ出した中身と同じくして生まれる。
源流Code:発動――
「Lv3死霊遊戯エタブル=メイニーオーダー!」
王都に駆ける死の風。
これぞ魔人エリュトロンを
「おいぃぃぃ燃えろ燃えろ燃えろ死ね死ね死ね死ねぇ! あーしをソースとする上に媒介を使った死霊遊戯は止まんねぇゾぉ!」
周囲の怨念に死霊を具現化させ、更に媒介を使う事で新しい死体に感染拡大させていく死霊術の極意。
「こいつらはそこいらの死体を取り込んでどんどんどんどん増えちゃうぜぇぇぇ。ハンサムな死体があったら持って帰って愛ででやんよぉ!」
魔人エリュトロンは死者を操る能力を持ったネクロマンサー。今回進軍してくる魔人勢の中で最も厄介な能力と最高の魔法出力を持った女。その最大出力は39,000にも及ぶ、人類の到達点である神魔級魔導士。
いくら王都に全兵力が集結しているとはいえ魔導兵力が三割以下になっている現在のトロンリネージュには脅威の能力である。なぜなら、因子核の記憶を呼び戻す反魂の儀式から生まれたアンデットは因子が動き続ける限り倒す事が出来ず、故に通常の武器での破壊は困難を極める。そしてこの術式は更に死体があるだけ増えていくという。
王都全体が死の都と化そうとしていた。
◆◇◆◇
「ハッハー! オイオイおい城の後ろに山が見えるぜぇぇたっケーなぁオイオイオイィィ」
王都北側に
「ガルシアよ。山に登るのではない我らは城に行くのだ」
「ハァ? 何言ってんだあ城を潰しに行くんだよ解ってるツーの食っちまうぞロキぃ! 」
「エリュトロン達は既に王都に入っているみたいね……アンタが適当な方向を言うから遅れたのよ全く」
呆れた顔でガルシアを睨みつける翼の魔人と修行僧のように頭を丸めた魔人が溜息をついていた。
「マイハニー来てんのォひゃっほうドコドコドコよぉ」
「それに目標は皇女よ。お馬鹿」
「バカ言うなドッチオーネ! ちゃんと二十迄は数えれるっつーの!」
「ガルシアよ。山に登るのではない我らは城を目指すのだ」
「だからウルセーヨ
魔人暴食の「ガルシア」
魔人破戒僧「龍鬼」
魔人ガーゴイル「ドッチオーネ」
他、猫人やエルフの魔人を含めた全十体。
「エリュトロンが早速ソースコードを打ち込んだみたいだな……まったく堪え性の無い」
「アンデットで汚れないか心配だにゃあ」
「使徒共! 眷属を呼び出して中央の城を目指せ」
エリュトロンが王都全体に放った死霊術に加え、これで全ての魔人が集結したという事だ。守護外壁に三つある門の全てが破壊され、餌カゴに雪崩れ込む異形の群れ。
遂に王都に冬が降り始めた。
この冬を打ち破るには圧倒的戦力不足であるアンリエッタ率いるトロンリネージュ勢であるが、同時にそんな冬の夜にコンコンと湧き出るように顔を出した花があった。
王都上空を彷徨うダリアの花――その花弁は誰が為に舞うのか。
太陽は必ず沈めど必ず登る。
それに深い意味はなく
ただ救いたいから救ったのだと。
それを伝える為に。
二人の太陽は誰が為に。
マリィとシーラが願った黄金色の願いは
彼と彼女の頭上に、小さな奇跡を起こそうとしていた。
◆◇◆◇
『ソナーに反応あり――強力なLv3が実行されました』
「この気配……精神系魔法言語か」
『城下全体に死霊の群れを確認。数にして現在608……まだ増え続けています』
「出て来たか。例の死霊使いか」
『この魔力反応。間違いありません』
灰色髪をなびかせるユウィン=リバーエンドの階段を駆け上がる速度が増した。
「村雨を回収していたら時間をくったな」
『
「悪いな。この小太刀にも思い出があるんだよ」
『冗談ですよ。魔人剣は基本二刀流なのは知っていますし』
腰の小太刀に手を添えながら一気に駆ける。もう少しで登り切れる筈だ。
「お嬢ちゃんは?」
『そちらには執事が急行しているようです』
「あのじーさんが居るなら大丈夫だろうが」
油断は出来ない。
クロードなら大丈夫だろうとは思う。しかしそれは一対一という状況下の場合に限る。如何にあの超人でも結界持ちの魔人数体を同時に相手するには荷が重い。非魔法因子持ちが結界内に踏み込むには膨大な精神力を要する。
「俺ほど多対一に馴れていないだろうしな」
『マスターらしくもない。ヤケに張り合うじゃないですか』
「相性の問題だ」
『あの執事。マスターとの相性も悪いですがね』
「全くだ」
拳より、結界を切り裂く剣技より、魔人を倒すのには魔法言語の力が最も有効なのだから。あの日あの時あの場所で切に願った願い。マリィを救えなかった自分が追い求めた超常の力。
(俺はあの少女の依頼を受けた。これは約束だ。アンリエッタを助けると。たがえないから約束は尊い……そうだろマリィ)
約束というのは断固とした信念で守るもの。
そして俺はアンリエッタにこうも言った。 お前を護ると。ならば――
「アイツら二人の世界を。全てを護ってみせる」
師の言葉を思い出す。
記憶を失い。感情を失い。復讐心さえも失って何もかも空っぽになってしまったお前だが、新たに備わったモノがある。それはな――
『出来ますよ今のユウィン様なら。この世界の運命を歪める事だって』
階段を登りきって城の天守に躍り出た。
トロンリネージュ城下を見渡せば、既に多くの火の手が上がり、風に乗って生物の焼ける匂いと叫びが響いている。うねる炎と同様に、強力な魔法言語が実行された形跡もあり、月に照らされた王都全体に魔法粒子が充満し、僅かに歪んでさえ見える。
「まさに歪んだ世界。残酷で度し難く救いのない、ルナリスらしい景観だな」
『魔人に使徒にアンデット……
「救いは無くただ祈れ。だったか」
『よくご存じで。マスターと私が生まれる前の詩ですよ』
「ならば、その前半部分だけは」
否定しよう。
ユウィン=リバーエンドは祈るように眼を閉じた。
同時に現れるは光――その輝きは流星のように軌跡を残しながら空へと昇って行く。
『使うのですねアレを……全く、計画性の無い事で』
「王都全体に掛けるぞ」
全体? 無茶です。
Dの顔が死にますよと言っている。
『雑魚は王国側に任せば宜しいのに。自業自得ですもの』
「俺は言ったぞ。全てを救うと」
『反対などしていませんよ。貴方の…ユウィン様がそう願うのなら』
この竜王バハムート=レヴィ=アユレスは、全能力を持ってマスターを支えましょう。
黄金の刀身ラグナロクから出現した竜人の額が激しく輝いた。竜族固有の魔法言語”倍率術式オーバークロック”。ユウィンの因子核と完全融合している
『
「Code:Gフォース!」
『
全て護ると誓った。
何度も何度も誓いを破り、逃げて、鬼となって、また逃げた。そして放浪の剣士となって世界中を彷徨っている内に二つ名が付いた……”魔人殺し”と。人々は謳った――黄金色の大太刀を持ち、魔人を狩って喰らう事で不死身となった人間だと。
『マ、マスター!? 魔法因子核への負荷が甚大です!』
「構わん」
『やはり全体は無茶です範囲を狭めてください』
「お前の主人はそんなに弱いか……?」
『私のユウィン様が弱い訳ないでしょう!? でもでも』
「やらせてくれ……頼むよ」
『そんなユウィン様ぁ』
しかし実際は違う。この男は押し付けられただけだ。
”殺された女の仇を討つ”という復讐心を。マリィの為に永遠に生き続けるという呪いを打ち込まれた存在。それが魔人殺しユウィン=リバーエンドの正体。
「初層の天照でこのザマとは……俺は相変わらず遅い」
『ユウィン様もうやめて!? いくらアナタでも死んじゃう!』
「死なないよ
空間魔法言語Code:Gフォース。
どのレベルにも属さない”権限”を持つ者のみが使えるオーバーレベルの魔法の
だがその時だ。
胸の激痛に苦しむ男の掌に咲いたような――黄金色の花が。
「し、初層天照……突破」
『今のはいったい……この力は』
「行くぞぉ!」
『は、はい』
開眼したと同時に現れるは、王都上空を覆う程の巨大な魔法陣。
『魔法因子核正常起動』
「
『王都全体にロック確認』
「座標固定」
『完了しました。マスターいけます!』
思い出していた。無力だった自分を。
思い出して思い浮かべて考えるのをやめた日々を。
四百年の月日の末に。この刹那に男は思う。あの日あの時あの場所で切に願った。
マリィの病気を治せるような、いつでもどこでもどんな時でも駆けつけて、マリィを救い上げられるような、そんな都合の良い魔法使いになりたい という願望の姿。
今声に出して叫ぼうと思う。俺は誰かを守れるくらいには強くなったぞと。 だから――
「この刹那に
ヒトは所詮独り、孤独に生きてそして死ぬ。
マリィの口癖だった。辺境の色街で孤独だろうが辛かろうが笑って生きていける人間の輝きを教えてくれたマリィの言葉。冷たく暗い闇の中でも、手を伸ばせば掴める暖かい掌があるのかもしれないのだと。
彼女の為に死ぬことすら出来ない己を換えたい。
不死身の魔剣士の渇望が発動する。
「LvΩ
王都上空を包む魔法陣はドーム状に王都全体を覆い、コンマ数秒王都全体の時間が停止したかのように灰色に染まる。超越者にのみ許されるレベルオメガの魔法の言葉。それは空間を切り取り、魔法粒子を同じ座標に固定し続ける効果を有する。
内蔵魔力超過により吐血。そして倦怠感で体がふらつき眼が回るっているが、その男が無表情の為か伝わりにくかった。
「座標の固定は問題ないか」
『問題ありません』
「そう……かぁ」
『ユウィン様!?』
へたり込んだユウィンにDが掛け寄る。
『ほんと……無茶ばかりして』
「お前って結構泣くよな」
『泣いた事などありませんが?』
プンと顔を逸らす相棒に苦笑する。
「四倍浄化魔法の打ち込みは任せた……もぉ無理だ」
『ヤですーだ』
「おいおい俺の魔法因子核は今……」
『不死身なんでしょー?』
「フリーズ状態で……」
「フンだ」
とは言いながら両手に魔法粒子を集中させている所を見るとちゃんと動いてくれるようだ。ドーム型に展開させた”天照”内部に雪が降り注いでいた。これは言葉通りの雪ではなく四倍に威力を高めた浄化魔法
『アンデットどもは……今だ健在ですね』
「膨大な範囲だ。直ぐには効くまいよ」
『それはそうと大丈夫なんですか?』
「何がだ」
「……大丈夫なんですか?」
これはアレだ。
何十年かに一度あるヤツだ。
ユウィン=リバーエンドは思慮を巡らせる。
(めちゃくちゃ機嫌の悪いヤツだ)
前回は相棒の好物らしいドドリアメロンとかいう幻の果物を気味が悪いと捨ててしまった時だった。こうなってしまったら三日はこの状態が続く。しかし今は戦時であり重要な場面。膨大な人生経験からDの欲しそうな台詞を導き出すしかない。
「俺の
『……ふーん』
「その間は頼むよ」
『マスターは言っても聞かないんですから』
「怒れない俺の為に怒ってくれたんだろ」
『……そんな事』
「ありがとうな。アユレス」
『ブッ』
Dはクールな表情のままそっぽを向いた。
『そのお顔は……反則です』
「どうした」
『何でもありません……マスターのバカ』
そっぽを向いてしまったので表情は解らなかったが蒸気が上がっているように見える。オーバークロックの影響だろうか。
(まぁ……何にせよ仕事はこれからだ)
重そうな身体に鞭打って気だるそうに立ち上がる。腕を組んで体を伸ばし、肩をならして城下を見据えた。
「さぁ、やるぞ」
『は、はいマスターお任せを』
両の手には既に鉛の鞘を外した抜身の大太刀――ラグナロクとムラサメの小太刀が握られている。
城下を見据える竜人と男。
相棒は言った「我々二人ならば後れを取るなんて事はない」あの子は言った「お友達を魔人から助けて」皇女は言った「そんなこと貴方に何のメリットが」――
意味はある。
俺は自分がこうしたいから此処に居る。それだけに過ぎない。だから、これからの事をお前達が何も感じる必要はない。俺は、俺の為にやっている。
「さぁ…怖いお姫様を助けてやらんと」
『えぇ…恐ろしい執事に見つからないように』
天空に描かれた巨大な魔法陣。
王都全体を覆う輝くソレは――絶望の夜に咲いた一輪の花のようだ。
「殲滅するぞ。魔人どもを」
師であるイザナミ=アヤノ=マクスウェルが授けたのは剣技だけにあらず。四百年の歳月は、凡人であった男を不死身の魔法剣士にまで叩き上げた。
魔法と剣技のニ刀を極めし魔人殺しの男――ユウィン=リバーエンドは空を駆ける。
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