No.13 魔人強襲

 

「マズイマズイマズイマズイマズイ事になった。アンリエッタが帰隊したという事は……バレたんだ。軍の編成をワシが変えたことが」


 今日は王宮に顔を出さず、別宅で独り爪を噛んでいるこの男は王室外交最高責任者にして、トロンリネージュで序列三位の権力を持つ男。テオドール=グランボルカである。


「こうなってしまえばシャルルは必ず全てを、全てをワシに押し付けるだろう。ああどぉすればぁ」


 剥げかけた頭から汗と脂でベトベトになった毛が指でまとわりついて離れない。抜けた毛を憎々し気に絨毯にこすり付けて必死に良い訳を考える。


「誰か適当な貴族派閥を代理にいやいやいやいや無理だ。あのアンリエッタに小細工は通じない。では帰還前に暗殺を……そうだ」


 魔人領に伝手を持つ彼女なら。


「そうだファジーロップさんなら、ななな何とかしてくれるハズ。何処だ今日の予定を直ちに……ええい此処には誰も居ないんだった畜生ぉぉぉおお!」


 家具につまずきながらも別宅の玄関から外に出る。走っていくかのか? 違う馬だ。使用人に馬車を手配させるのが先だ。いや此処には自分一人しかいない。動揺して思考が巧く働かない。


「どうすればいいんだぁぁぁぁぁあ!」

「落ち着きなさいテオドール」


 ピッタリと身体の線がでるドレスに手縫いでこれでもかと言うほどに刺繍が施されたどう見ても宮廷内の貴婦人。いや、高級娼婦といった佇まい。


「ああぁ!ファジーロップさん、探しに行こうと思っていたんですぅど、どうしたら良い?」

「バカねぇテオドール考えてもみなさい、何処に探しに行くつもりだったの」

「あ、あぁそうかワシとしたことが……そうかそうか」


 ……十年だ。


「私と貴方のお家は此処。そうでしょ? 可愛いテオドール」

「そうだそうだそうだ此処はワシと君の家だ」


 ……十年も。


「全部今まで通り私が何とかしてあげるからね」

「はぁぁあそうだぁぁ君さえ居てくれれば全て上手くいく今迄だってそうだった」


 ……十年もこんなブタの所で


「ウフフッいまね。私の御主人様から連絡があったのよ」

「え? 誰ですか御主人様……誰だそれは」


「ウフフッ御主人様ね。あの小娘が王都に戻ったおかげで責任を取らされたみたいなのよ。……お仕置きされちゃたんだって」

「御主人様はワシだぁ!いやワシは君の豚か。いや? あ? 何だ? この気味の悪い感覚は……」


 テオドール=グランボルガの濁っていた瞳に光が戻りつつあった。逆にファジーロップの瞳に映る魔法光が淀み、醜悪に歪む。


「ご主人様は切られてしまったようなのよ。あのたくましい足がぜ、ぜぇぇぇぇぇんぶぅぅ!」


「何言ってるんだ君の主人はワシだろうが!」

「ちげぇぇぇぇぇよこのドブタがぁぁ!」

「!?――あぎゃああぁぁ!!」


 テオドールの両腕があらぬ方向へと歪曲する。


「十年……十年もかかったのにぃ! 美しく豪気なラビットハッチ様に逢えず嗅げず抱いてもらえず我慢して我慢して我慢して我慢して我慢してきたのにぃぃぃぃ」


「ああぁ腕がぁぁ貴様ファジーロップこのワシに何をしたか……」


「んんあぁ? フフフそうかLv3誘惑テンプテーションが切れちゃたのか」


「う、腕が……うぅぅぅ」


「千切って欲しかったのぉ? じゃあそうしてあげるわ。少しでもラビットハッチ様の苦しみを豚にも味合わせてやる」


「豚……ブタあぁ……ワシは、ワシは一体何という事を」


「アハっ 完全に解けちゃったみたいだけど記憶はあるでしょ~奥さんも子供も他所にやってしまって、こんな寂しい屋敷で私と二人っきりでぇぇ」


「そんな……テレサ……は」


「妻も娘もアンタと同じくしっぽりヤってるわよアハハ」


「お前が、お前が妻と娘を。ワシに、術をぉ……」


「当たり前だろぉ!? 変な噂が立ったらどぉすんだよぉ!」


 ――――ズドド!


「Lv1氷矢アイス……アロー」


 氷柱がファジーロップの豊満な胸に突き刺さる。


「よくも……よくもぉ」


「まさかアンタが私に攻撃する日が来るとはね」


「な!? 生きて」


「それに中々の構成速度だわ。やるじゃないの」


「たたたた助けて! 誰か! 誰かいないかぁ」


「使用人は皆みんな湖の底よ。思えば十年。アナタ良い所が一つもなかったわねぇ」


「ワシは、ワシはこの国を守らなければならない……あんな損得感情まみれの情もクソもない皇女に任せられるか。ワシは英傑となるのだ。ワシがこの国を救う英傑に」


「あっははははははははははは」


 ファジーロップは高らかに笑う。滑稽で勘違い甚だしい豚のような男に。


「馬鹿なテオドール……アンタのその気持ちは私が刷り込んだモノ」


「は、はぁ?」


「そうぜぇ~んぶ。本当のオマエはそんな事など全然考えていない。普通の良い家に生まれて良い暮らしをしてるただの貴族だった。それを私が十年もかけて鍛え上げた。テンプテーションが切れようが身体に、ちいせぇ〇〇に刻まれたしつけは消えやしない。だから笑ったんだよ豚が」


「じゃあ……い、今のワシは一体、誰、なんだ」


「そういえば昔にお前みたいな無様な男が居たわねぇ……女の前だからって粋がって結局、片腕千切られて女犯されて小便漏らした情けない男がぁアハハハハハ」


「いや違うワシはワシだ……ワシが妻と娘を救う」


「何故こんな湖畔に屋敷を建てさせたと思う? 魔導出力計の索敵に掛からないように? それもあるわ」


「どういう……」


 ファジーロップは寝室の床を指さした。


「何で此処の絨毯や内装が、全部赤で統一されているか考えた事ないでしょ……アハ?」


「ま、まさかオマエ…貴様は…」


「妻ぁ? 娘ぇ? とっくに死んでるに決まってるだろぁがぁ」


「ああぁ……ああぁそんな……テレサぁ」


「豚のテメェが毎晩毎晩しつこく舐め廻してた所はねぇオマエの娘を絞り殺してやった部屋だよバァァカあぁ!」


「ああああああああああ――ふぐ」


「アナタの貧相な胸板も毛深い足も口臭も〇〇もぉぉぉ大嫌いだったわぁ。こういうのを人間で言う所の生理的に無理とか言うのかしら」


 でもね?


「その顔は良かったわよ? ほんの少しだけ気が晴れた。最後の最後にアンタの良い所みつけれて、満足♡」


 テオドールの口から後頭部にかけて、ファジーロップの腕が貫通していた。


「イクのはいつも通り速かったけどね♪」


 引き抜いて床に転がった男を踏みつける。

 刺繍の施されたドレスで返り血を拭き、王都の方角を見据えた。


 既に火の手が上がっている。


「ランドロップが生きていればこんな強行策で終わらせなかったのに……」


 もう一体いた兎の使徒。


「ラビットハッチ様の怨敵"魔人殺し"と言ったか……忌々しい」


 ギシリを奥歯を鳴らして力を込める。

 ビキビキと足の筋肉が隆起し頭の耳がそそり立つ。戦闘態勢に入ったのだ。


「愛しのラビットハッチ様の第一奴隷ファジーロップ」


 魔人四天王ラビットハッチの使徒ファジーロップは忠心を胸に王都へ駆ける。


「必ずやアンリエッタの首を持ち、貴方様のたくましい御胸に戻ります!」



 ◆◇◆◇



 魔王レッドアイ=キャロル=デイオールの命により待機していた全十八体の魔人が王都に向けて進行を開始――先発隊は南側に待機していた魔人メドーサを含め五体。トロンリネージュ衛兵隊の抵抗も虚しく、既に城下背面部の強化門を突破して街への侵入を許してしまっていた。


 この数百年無かった魔人族の襲来。

 平和ボケしていた王都市民は数刻の間、脳が現実を把握できず思考を停止していたが、トカゲ、犬、山羊の異形が放つ気配、そして魔人配下の使徒が即座に暴れ狂った事により、一気に感情が爆発したように、まるで虫のように散っていく。


「脆い脆いわぁ。あの鬱陶しい大壁とはエライ違いねぇ」


 もう一度言う。

 人魔戦争以降、決して破られた事のない人と魔の境界線が破られたのだ。


「溶けろ溶けろ溶けろキンモチ良いぃぃぃ」


 王都全体を囲う様にある外門。

 そう呼ばれる強化壁は高さ12mのレンガと石を原始モルタルでつなぎ合わせ厚さは2mもある。


 その外壁に円状の穴が開いていた。

 ドロドロになっている所を見ると溶かされたようだ。


 2mもの厚さを誇る強化壁が。


「おのれ化け物が!」

「威勢が良いわねぇ」


 ――――ギィィン!


 市民を守護する衛兵隊が女に刃を振り下ろしたが。


「近年の戦士は防御結界も知らないのかしらねぇ」

「うわうわわ」

「でもアンタ等は好みじゃないからさぁ」

「おぐわぎょえええああああ!」

「「Lv1ファイアブランド!」」

「ちぇいやぁぁ!」

「効かねぇ効かねぇ効かねぇよバァァカ共がぁ!」 


 女の両手に魔法光が灯る。

 源流Code:発動――


「Lv3溶解遊戯メルトオーダー!」


 ズドバ――――!


 放たれた荒ぶる海のような溶解液に一個小隊が呑まれた。声を上げる暇もなく泡となった者共の香りを吸い込んだ女は満足げに鼻を鳴らした。


「次はあぁぁ腹ごしらえよねぇ」


 先発隊の筆頭となる最大魔法出力30,000ルーンを誇る上位魔人。艶めかしい鱗を持った全裸女の名はメドーサ。蛇から転生した黒髪の美女は逃げ惑う市民を品定めする。


「おぉっと彼かしらっと」


 手を向けた瞬間がグンっ――腕自体が伸び、男を握りしめる。


「魔人領からこっち久しぶりのアレだしねぇ」


 捕まった男は始め女の一糸纏ぬ姿に動揺するが、直ぐに恐怖に顔を歪ませる事となる。その瞳孔が爬虫類のそれ、捕食者のそれであり自身が獲物である事を本能が悟ったからだ。


「ひゃぁぁぁぁあ!」

「あらやだ可愛い声だコト」


 熱烈なキス。

 哀れな男は何をされたか解らぬままに――ゾブンッ。

 皮だけになって、生ゴミの日に置いていかれたダンボールのように風に舞う。


「ふぅぅぅやっぱり下から吸った方が良いわねぇ雑味があるわぁ」


 食事によって膨れ上がった腹。そして全体が隆起する。上半身が女、下半身が大蛇の姿に変化していく。頭から尻尾まで入れて10mの化け物が吠える。


「キシャアア! こんなんじゃぁ他の魔人やつらが来る前に落としちまうよぉぉ」


 魔人達の使徒が呼び出した眷属達は次々に都市全体へ四散し、王都は阿鼻叫喚の地獄絵図となる。


「旨い弱い脆い。さいっこぅじゃないの人間領ぉぉ!」


 これが一騎当千の魔人族の力。

 更に十三体の魔人が王都に到着するまで残り――10分を切った。




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