No.12 掌~てのひら~


「人間は所詮一人。孤独に生きてそして死ぬ」


 アイツが、マリィが良く言っていた言葉だ。魔人領が最も近い辺境の大歓楽街で生きた女の口癖。戯言。辿り着いた答え。どんな生き方をすればこんな言葉が出てくるのか少し不思議に思うが、何故か妙に納得してしまう自分も居た。ホモサピエンスは集団で行動する事によって発展し進化したが、その代わりに個人を貫き通す自由を失ったと聞く。


「……見つけた」


「見つけた? どういう」


「ん~ん別に。君はこんな所で何してるのかな?」


 気付けば過去の記憶もなく、ただの森に立っていた俺を初めに見つけたのはマリィだった。今思えばおかしな話だとも思う。何故ブルスケッタからかなり離れたあんな森にアイツが居たのか。 


「私マリィ=サンディアナ。貴方は?」


「 あぁ俺は――――だ」


 彼女は怪訝な顔をした。

 俺は自前の素晴らしく通り辛い声で聞こえなかったのだと思ったが、違ったようだ。


「えっと……ユウィン?」


「あぁすまん――――という。珍しい名前かな もしかして」


「ユウィン=チー? ごめんちょっと発音が独特ね」


 マリィが居なければ、この世界で生きて行くことも出来なかっただろう。俺に此処での名前を与え、共に生きてくれた大切な女だった。


「私? あそこの借家で一人で住んでるよ」


「君みたいな子が一人暮らしなのか?」


「あのね……私これでも二十歳なんだけど」


「背の事を言ってるんじゃなくて友達とかは居ないのか。こんな街で危なくないか」


「にゃははオニーサンが守ってくれる?」


「おっさんにそういう事を言うな。本気にするぞ」


「えっとね。友達はいっぱい居るよ。すごく沢山」


「そうか。一人が好きなんだなマリィは」


「友達はお互いを励まし合うの。頑張れ頑張れってね」


「励まし合う?」


「だからみんな……独り」


 何となく解った。

 この娘は見た目以上に大人の女であると。


「私ね。他人に気安く頑張れって言う人、嫌いなんだよ」


「共通点を見つけた。俺は責任という言葉が嫌いだよ」


 俺達が惹かれ合ったのは必然だったのかもしれない。




 紙屑だった――

 人間がチリ紙のように吹き飛ばされ、両断され潰されていく最中、マリィは俺の手を握った。その掌は暖かく輝いて見えたのに対し、俺の手は冷たく震えていたのに。


「私の手……暖かい? 大丈夫だよっ? ユウィンは私を助けてくれたもの」


「マリィ……お前」


 俺は彼女の表情の意味を知っている。

 意を決した時の――揺るぎない信念をもった瞳。


「解っちゃったんだ。病気が治っても、私の命はもう長くないって。だから最後のコレは、ユウィンの為に使う」


「ダメだ! 絶対に駄目だ! 俺を独りにするな!? 一緒に逃げるぞ」


 俺はマリィの手を力の限り引いた。

 何でなんだどうしてなんだ微動だにしない。こんなに小さな女一人動かせない。俺はいったい何の為に此処にいるんだと、情けない我が身を呪った。


「カッコつけたいんだ。大好きなユウィンに。やっと巡り合えた大切な大切な貴方に」

「聞けマリィ逃げるんだ!」


 半狂乱になって叫んで自分の耳が痛かったのを覚えている。俺はこの時どんな顔をしていたんだろう。泣いていたんだろうか。涙を流せていたんだろうか。お前の為を想っていれたのだろうか。


「あいつイイ女だったなぁ。そう思われたいの」


 俺はこの時、後悔した。

 この世界は地獄だ。俺の求めていたものなんて無かった。


 彼女の救いを求めた。天を仰いて救いを求めた。天に向かって助けてくれと。この地獄の世界で俺にはもうこの娘しかいないと。だがそれは、自分の為であってマリィの為ではない。だって後悔してしまったのだから俺は。マリィの救いを願った? ならばどうしてこの足は動かないんだ滑稽ではないか。


 兎の魔人がもう直ぐそこまで迫っていた。


「ユウィンは私が護る。人は独りきりで弱い生き物だけど……孤独に生きて死ぬだけの生き物だけど」


 彼女は俺をもの凄い力で振き飛ばして駆け出だした。その後ろ姿は、以前王都へ薬を買いに行った時を思い出させる。最後に振り返った彼女は、いつもの笑顔でこう言ったんだ。


「君の掌は暖かったよ?」


「嘘つけ……馬鹿野郎ぉ」


 俺の気持ちは本物なのだろうか。いや違う。本物なわけがない。俺は何も成し遂げた事のない人間だ。志して諦めて膝をついたから、お前にすがっていただけの、屑のような。


 君はきっと俺を恨むだろう。きっと今でも俺を助けたことを後悔している事だろう。



 ――――ドキャ…



 生々しい肉の裂ける音と同時に流れてくる君の声。それはどういう訳か黄金色の光のように。


「この世界でマリィちゃんの為に泣いてくれるのはユウィンだけ……だから」


 生きて。

 きっとまた――逢える。


「うおおおおおおおあああああああああぁ!」

「ゲハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 魔人ラビットハッチの耳障りな笑い声。

 そんな音、怒りの動悸で何も聞こえない。

 小さく小さくなってしまったマリィ。

 涙を流し過ぎて、哀し過ぎて吐き気がする。


 俺はマリィの亡骸をかき集めて誓った。

 網膜に張り付いたあの光景――許せるものか。俺にあんな地獄を見せた。マリィをあんな姿にした魔人共を全て残らず叩き殺してやる。


 殺す殺す殺す殺す必ず殺してやると。


 だけど――長い年月が経ち俺は変わってしまった。彼女はそんな事、望んでいないんじゃないか。彼女は俺に、復讐してくれとは言わないんじゃないか。そう思うようになった。


 殺された人間は復讐を望むのか。

 死人に聞くようになった。


 死体となった人間達は皆、同じ事を言った。


『どうか仇を』

『アイツが憎い』

『罪には罰を』


 その度俺は「あぁそうか」と思う。

 そう思う度、思う。彼女は俺を恨んでいるんじゃないか。 俺に死ぬまで魔人を殺し続けろと言うんじゃないか。


 彼女を生き返らそうと奮闘した日々もあった。


 あぁそうかと那由多と思い。やはり此処に行き着いた。


 マリィは俺を恨んでいるんだろう。


 俺は今でもそれが恐ろしい。

 そうじゃないと言って欲しい。


 だがその感情すら今はもう……無いかもしれないのに。



 ◆◇◆◇



 地下室の天井から水滴が落ちる音がした。


(ん……眠ってしまっていたか)


 何か夢を見ていた気がしたが思い出せなかった。今や感情の起伏が少な過ぎるせいか、最近夢を覚えている事も滅法少なくなった気がする。


 ユウィンは自分の状態より先に周囲を見渡したが、此処がまず牢屋である事が解った。


(そうか……地下牢にブチ込まれたんだったか)


 場所は王都城内地下にある安置室。囚人や他国の捕虜を拘束する場所でもある。地下牢には真新しい死臭が残っていて刺すような臭いが鼻を突く。それからようやく自分の手足を確認した。拘束されており武器も勿論回収されているようだ。


(そうだあの娘、アンリエッタと言ったか)


 この男、自分の状態に興味というものがないように見える。いくら傷付こうがどんな事がこれから待っていようが気にならないように見える。殺せるものなら殺してみろ。もしくは自分を殺してくれと言っているような、生きる。という事に無頓着な気配を漂わす。


(そう言えばあの時……)

 

 自分が殺しかけた皇女。

 あの瞬間、絶対に斬り殺したと思っていたが、強制的に斬撃が止まった。まるで世界がアンリエッタを守っているかのように。


(考えても解らない問題だ。どうでもいいか)


 男の感情は他人の半分しかない。

 それ故か感情の切り替えが異常に速く、諦めるという行為は単身で危険な旅をしている身としては、判断を鈍らせない為にも必要な事だろう。だがこの男、生きる事すらも諦めているような無頓着さが滲み出ている。


(此処に入れられて半日という所か。そろそろ自分の処遇の告知があるだろうか)


 皇女勅命による進軍を妨害したのだ。

 拷問の上処刑かそのまま処刑かと思ったが、現れたのは牢屋番ではなかった。意外な来客。


「皇女様がこんな所に。ヒトが見たら勘違いされそうだ」


 現れたのはアンリエッタ=トロンリネージュ。戦場で殺しかけたこの国の皇女だった。


「蛮族というのは口の聞き方も知らないのですか?」


「蛮族か。言いえて妙だ」


「皮肉のつもりですけど」


「何となくだが。君には似合わないな」


「……んん?」


「そうだな。ちゃんとしてみよう」


 繋がれた手錠足かせのまま器用に、まるでさり気なく言われる前に淑女の重い荷物を代わり持つ紳士のような動きで、甲斐甲斐しい一礼を披露する。


「……っ」

「アンリエッタ皇女殿下に御挨拶申し上げる」


 髪は濃いアッシュグレイ、上半身は使い古してヨレヨレの白い襟付きシャツに、この国で見た事もないような不吉の象徴。真っ黒なレザーで上下を揃えている男。


「分け合って流浪の剣士をしておりますユウィン=リバーエンドと申します。以後お見知り置きを」


「……んんん?」


 常人の二十倍もある脳内演算領域を持つアンリエッタの脳は混乱していた。見た目とのギャップというのか。思っていた蛮族のイメージとかけ離れた所作と声だったからだ。よく見ると着ている物も古くなってボロボロではあるがよく手入れされているので清潔感があり、便意を我慢する事も出来ない木っ端貴族よりも余程身ぎれいに見える。


「あ、あなたは」

「しかしながらトロンリネージュ君主よ。住民権もない流浪の民である俺には、貴女に対して一歩下がる理由がない。言葉使いは寛容な心で許し頂きたい」


 相手は一度咳払いしてから気分を落ち着けたようだ。


「構いません。私もこの国の傘をさして貴方と話すつもりなどありませんから」


(……若いとは聞いていたが。近くで見たら本当にまだお嬢ちゃんだな)


 自分と比べるのは酷だが、その若い皇女様は機嫌が悪いのか顔が赤い。プライドが高い人間なのかナメられないようにしているかのどちらかと言った所かと判断する。


「貴方に聞きたい事があって来ました」

「俺で解ることなら」


 大体の想像はついていたが。


「何故……進軍の邪魔をしたのですか」


 予想通りの質問だ。

 一応言葉を選んで発言した方が良いかと一瞬考える。


「あれが進軍、というなら考えものだな」


「……どういう」


「気付いていないのか」


「良いから答えなさい」


「そうだな。市民混じりの兵士と騎士だけで魔人と戦う気だったのか? と言っている」


「どういうことです」


「気付いていないかそうか。アンタが選兵したのではないんだな。ならば確認を怠ったという事だ正気の沙汰ではない」


 一瞬ピクッと眉の端が動いた。天才皇女だと聞いていたが意外とキレやすい脇の甘い人間なんだろうかとも思う。


「アンタの兵には魔人の防御を抜くべき熟練の魔導士がいなかったと言ってる」


「そ、そんな事ありえませんよ」


「本当に気づいてなかったのか。高位級以上の魔出力を持つアンタが」


「何を適当な事を……平民の貴方に」


「魔出力25,000。才色兼備文武両道天下無敵の皇女様か。誰しもが羨むだろうな」


「な、なぜ貴方がそんな事まで」


「だがそんな皇女様も戦争は初めてだった。だから止めた。これが理由だ」


「ふざけないで。そんなこと貴方に何のメリットが」


「それを応える義理はない」


 アンリエッタは思慮を巡らせた。

 この男の顔。眉一つ動かさず無表情に淡々と話しているが言葉に強さを感じる。嘘を言っている気配ではない。しかし解せない。他国の陰謀? 貴族派閥の妨害? どれも単騎で軍を相手にする等と言う愚行を犯すとも思えない。という事は本当に? 意味が解らない。


「私の魔出力を知っている。もしや貴方は何処かの貴族……魔導師なのですか?」


「このなりで貴族や魔導士にみえるか。そもそも魔導士が貴族なんてものがあるのはこの国だけだぞ」


「し、質問に応えなさい」


「アンタは貴族制度をなくそうと働きかけているらしいが、本当はそんな事どうでもいいんじゃないのか?此処数日で色々調べたがね。アンタを褒めている人間はあまりいないようだ」


「わ、私は…… そんな事まで知っているの」


 アンリエッタは隅で待機している衛兵を一瞥した。兵士は私じゃありませんよと首をブンブン振っている。


「俺と執事の戦闘を見ただろう。武装気ブソウオーラには離れた所にいる人間の声や気配を聴く放出気アスディックというのがある。俺は80m、アンタの執事は300メートル……」

「そんな事はどうでもいいのです答えなさい! 何故私の働きかけが偽りだと」


 彼女は完全に冷静さを欠いている。論点もズレてきていた。冷静ではないようだ。


「アンタは俺を平民と言った」


「そ、そんな事で」


「魔法使えるのかと疑問に思えば貴族かとも言った。貴族主義、政治権力を改変する為には断固たる信念が必要だろう。その支持者たるアンタが、本心では人間を白と黒で分けている。アンタは自分の気持ちの良い事をしているだけだ。そこには自身の欲しかいない、お前の……信念は何処にある」


「あ、貴方……あなたなんかに何が解るっていうの。無理やり母に国を背負わされた私の何が」


「そこに付け込まれる気付かない見えていない。あんな解りやすい陣形、選兵、聖戦という言葉……全て偽りの幻だ」


「まやかし…… ですって?」


「アンタの意志は別にあるさ。眼を覚ませ」


「失礼な私は正気です! そうだシーラ……立て直さないと軍を。魔人を倒さないと」


 急に取り憑かれたように表情を変える。明らかに冷静ではない。


「アンタは友人の死を理由に魔人に八つ当たりしたいのさ。その無茶な聖戦で何人の誰かさんが死ぬと思う」


「シーラの事まで知っているの!? 余計な口出しをしないで貴方には関係ない!」


「誰かさんが死んだ業を受け止められるか。アンタに」


「アナタ何かに解るものか!? 皇女となった時に、あの涙の日に誓った。私は民草全ての人生を背負っているの!」


「100万を超える民衆全ての人生を? 馬鹿を言うな。圧し潰されるだけだ」


「シーラと同じような事を……貴方なんかが。解る筈ないのに」


「人間は所詮一人だ。孤独に生きてそして死ぬ」


「何……です」


「如何に100万の人間の頂点に立とうと。如何に借家暮らしの娼婦だろうと同じ事。自分で考え、自分生きるしかない」


「違う! 私には責任がある」


「馬鹿が。それは誰が良くやりましたと証明してくれるんだ。周りか? 自分か? 相手が本当に本当の事を言っていると、どうやって理解する」


「詭弁ですよそんなの」


「アンタに親友と呼べる人間が居たら言うんじゃないか。オマエはオマエの覇道を行けと」


「…………何で」


「そして話を戻そう。俺は俺の義の為にアンタを止める。絶対に進軍はさせないと決めている」


「い、言いたければ言えば良い! 私の親友は、シーラは無残に……あんな姿になって帰って来たのですよ」


「アンタの親友はそれを望んでいると」


「義はこちらにあります! あの子も仇を討って欲しいから ……だからあの時、私にくれたのよ! 」


「あぁ同意だ。確かに死んだ人間ってのは復讐を願う。そして仇討ちは戦場の花。正しいから堂々と利己を通せる」


「私がシーラを理由に癇癪を起している子供だというの……貴方これ以上言うつもりなら」


「残念な事だと思うが気持ちは解らない。俺はアンタじゃないからだ」


 俺から言えるのは一つ。


「目を覚ませ。アンリエッタ」


「馬鹿にしないで!」


「眼を覚ませ。俺がオマエを護るから」


「護る……ですって」


 異性にこんな事を言われたのは始めてだ。アンリエッタは激しく動揺した。優れた容姿、知性、強さを始めから持ち合わせていた女は心を震わせる。


(何なのよ何なのよコイツぅ……)


 不覚にも涙が出そうだったのでグッと眼がしらに力を入れて我慢する。異性からは何処か高嶺の花のイメージが有る彼女は本気の感情をぶつけられた事が無かった為だ。


 しかし目の前の無表情男の真剣な眼差し。

 王宮の者が見せる、まるで父親が馬鹿な他人の子を見るような眼ではなく。全部解っているが真摯に自分の事を考えてくれているような眼だ。アンリエッタは今まで他人に見せまいと、自分の中に閉じ込めていた気持ちを覗かれてしまった気がした。


 何故だか解らないが、始めて遭ったこの男に自分の全てを知られているように思えた。それは今まで誰にも言われた事も悟られたことも無かった部分。若年の王は未熟であると思い込まれている為、この国の差別階級をなくし王政の改善を強く支持した。しかし王室の大多数が統制改善に反対派な為、周囲からは快く思われていない。そしてアンリエッタの意思は自分を認めない臣下達への反発心から。


 アンリエッタは独りだった。

 唯一その彼女を理解し励ましたのはシーラ=アテンヌアレーだけだったのだ。


 でもその親友も、もういない。


 覗かれた気がしたのだ。

 親友にも見せた事のなかった、未熟な自分と王としての重圧から逃げて自由になりたいアンリエッタと自分の中に生まれた黒い感情を。


「あなたの顔、人形と話してるみたいでイライラします……もう話したくありません」


 俯いた皇女は踵を返す。


「人は所詮、独りきりの哀しい生き物だ。だが必至に生き抜こうとした……決意を持った人間の手には力が宿る」


「……さようなら」


「アンリエッタ周りを見ろ。きっとある筈だ。オマエの求める掌達が」


 ゆっくりと力なく、彼女が階段を登る音を聞いていた。


(俺みたいなのが……説教じみた事を)


 じゃらりと鎖を踏んだ音がした。

 足元が疎かになっている。珍しく自分も動揺しているようだ。あのお嬢ちゃんにフラレてしまったのがショックだったのだろうかと苦笑する。


「貴方に牢など無意味かと思いますがね」


 誰も居なかった方から声。


「アンタか……気付かなかったよ」

「それは光栄ですな」


 気配を完全に断っていた執事クロード。


「随分とまたお嬢様をイジメて下さいましたな」


「年甲斐もなく、いや年甲斐だけにこうなっちまった……すまないな」


 執事はこの反応が少々意外だった様だ。少しだけ驚いた表情を見せる。


「いえ貴方は、この執事めがお嬢様に言えない部分を言って下さいました。実は感謝の言葉を言いに来たのですよ」


「そうかい」

「しかしながら」


 眼を鋭くこちらを見据え口早に。


「この執事の目の届く範囲でお嬢様を傷つけられた場合、再び御相手致しますのであしからず」


「300m範囲内か。前にも言ったろアンタの相手は御免だと」


「そうではございません本気の貴方とでございます」


「調子に乗って脇腹に大穴開けられたんだ。もう懲りたよ」


「……貴方の本質は剣技では無いように思いましたので」


「そうかい」


「おやおや、もうこんな時間で御座いましたか。夕食の準備がありますので失礼致します」


 コッコッコッコ……


 鎖でつないだ懐中時計をベストに優雅にしまう。革底ラバーソウルの小気味良い足跡を鳴らす執事は、地下牢か居なくなった。


(本当に鋭いじーさんだ。一生絡みたくないもんだ)


 だがユウィン=リバーエンドという男はこの後の展開を予測していた。気分を落ち着かせる為大きく息を吸い込むと、まだ新しい死臭が鼻を刺す。


(伸ばした掌……か)


 あの時離してしまった、冷たかった掌を握る。


(俺は……あの時とは違うか?)


 だが解っている事が一つ。この男は何百年も前から奴等を知っているのだから。


 魔人共があれで諦めるわけがない。

 アンリエッタが再度進軍する間もなく当然――


 此処に来るだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る