No.11 赤眼の王
「か、帰っちゃった? おうち帰っちゃたの? 皇女様が?」
「間違いないであります」
「きゃっハハハハハハハハハハハひーひーお腹痛ぃ」
「それはもう脱兎の如く」
「ウサギってなにぃ!? 言葉の意味わからんけどーおもろー」
「キャロルが笑ってる…可愛い」
「和んでる場合じゃないですよキリン」
「ココココココレハそのぉ……」
魔王が人間の少女だった時から側にいるキリンは楽しそうなキャロルの様子に微笑んでいたが、ラビットハッチは巨大な身体を縮めてビクリと震え、ヘルズリンクはヤレヤレと片眼鏡をかけ直す。
魔人四天王ヘルズリンク。
吸血鬼の魔人である四人の使徒もまた優秀な鬼である。今回は伝達係として動いているヴァイスにより、今しがた計画失敗の報告が入った所だ。
「コココココンナハズは。これはオデの計画が悪いんでなく、何か理由がアッテいったん城にもどったんでネ~かと」
「生理とか? いや~んキャロルなった事ないからなぁ♪」
何故か物欲しそうな視線を送って来る娘に、影王は視線を合わせないようにして常日頃から重い喉を鳴らした。
「続けろヴァイス。エリュトロン達の様子は……」
「いやんお父さんつれない♪」
「…キャロル。影王が困ってる…から」
「キリンは女の子の日ってあるの?」
「えっと…ここはキャロルの為に…応えるべき?」
「ヘルズリンクすまん。進めてくれ」
「フッ 貴方がこの吸血の鬼に頼むとはね」
冥王の指示で下げていた視線を上げるヴァイス。主人であるヘルズリンクに嬉しそうに一礼してからメモ帳を取り出した。
「現地のエリュトロン様より、お言葉を頂いているので、そのまま読み上げるでアリマス」
「やっぱりアレって男子は話題にしずらい?」
「男じゃなくても…皆が居る前でする…話じゃない」
「うぇ?あ、ヤバぃ変なツボ入ってるクフフゲフゲフ」
「背中…さすって…あげるから」
「ひーひーふー」
「引っ張る…なぁ」
「気にするなヴァイス」
「そうですね。進めなさい
話題にしずらい男子陣はメモ帳を持って止まっているヴァイスに話を振ると、彼女は大きく息を吸い込んだ。
「やっぱりミスりやがったなぁクソ兎ぃ! いつ迄あたしゃ亜人とランデブーしてりゃいいんだ! 今度あったら目ぇくり抜いて塩漬けにしてやらぁ!!」
「あ゛あああぁん!?」
「あ、ラビットハッチ様。私じゃないですエリュトロン様よりの伝言です」
「ハッチよ。
「……続きましてタムワース様。”ナンカクワセロ腹減ッタ”……以上でアリマシタ」
声真似をするヴァイスの伝言にキャロルが更に爆笑しているが、皆空気を読んで黙る。
「尚、トトロス様は何を言われているか解りませんでしたので割愛するでアリマス。以上報告をとなりますデス魔王閣下」
トトロスの伝言いる? 爆笑しているキャロルとは対照的にラビットハッチの憤怒で部屋の気温が上がってきたように思う。
「あ…フヨウ」
「はいキリン様」
「こっちに…来てなさい」
「?」
気配を察したキリンは芙蓉を呼びつける。
「報告は以上になりますがエリュトロン様の班だけではなく、メドーサ班とドッチオーネ様達も相当に鬱憤が溜まっている様子です。このままでは作戦自体が破談する恐れが」
「声真似上手いねぇヴァイス」
「ありがとうデアリマス魔王様」
「エリュちゃんの顔が浮かんじゃったよぉ。あの子の事だから怒ってるだろうねぇ」
「それはもうブチギレでありました」
「クフフフフだってさ。ウサギちゃん」
「ゲゲゲゲゲッそ、そうですねぇ」
魔王の深紅の瞳がラビットハッチを捉える。先程迄は恐怖に身を震わせていたが、込み上げる本能が恐れを凌駕したようだ。
――ズドムっ!
傍らに跪く女に鞭のような触手が放たれるが、それは空を切った。黒曜石の地面に亀裂入っただけで、ヴァイスは少し後方に移動していた。
「……ちぃ」
ラビットハッチは使徒を憎たらし気に一瞥する。
今回伝達に加わっている鬼の使徒は四人。これは全てヘルズリンクの使徒であり、四体も分身体がいるというのは稀である。
使徒とは眷属とは違い魔人本体の守護、または補佐をする為に作られる分身で”能力の一部”である。故に強い使徒を造ろうと思えば、その分本体の魔人の能力と力を使徒に譲渡される事となり、主である本体が弱くなってしまう。
「ヘルズリンクの使徒……相性がワリィかァ」
冥王ヘルズリンクの場合。
この男にしか出来ない特殊な方法をとっており、使徒は四体とも本体同等に強く、尚且つ本体であるヘルズリンクの能力も低下していない。
やり難い相手とは戦わない。
過去に人間の魔剣士に一度滅ぼされた事のあるラビットハッチの野生としての本能である。
「ハッチ。私の
「ヘルズリンクすまネェなぁ。つい女が近くにいるとブチ壊したくもんでヨォ」
「しかしキャロル様この事態、如何致しましょう。このままでは人間領に向かわせた奴らが痺れを切らしかねません」
魔王の傍らに立つキリンも小首を傾げていた。
「というか…こっちに戻っても来れないのよね…どうするの?」
「ん~んどういう事?」
「手引きのあった行きとは違い、こっち側へ関所を破って戻ってくるのは難しい。向こうに送り込んだ馬鹿共がそれにキレて勝手に暴れ出しそう。という事だキャロル」
「さっすがお父さん好き! わっかりやすい大好き!」
今回の計画――
グランボルカを操るファジーロップの手引で魔人領から人間領へは難なく行けたが、人間領から魔人領に戻るには一番近くだと要塞都市フォンダンの関から戻らないといけない。
この要塞都市には五万の兵力が集まっており、強力だが団結するという事が出来ない魔人達だけで落とすのは至難である。
だが魔王であるキャロルの決定は斜め上をいく。
「全員で王都に向かって生理二日目の皇女を千切って持って来い――そう伝えろ」
「良いかもな」
「無茶では? 」
「…シンプルイズベスト…」
「エ? 何だっデ?」
影王、ヘルズリング、キリン、最後聞いてなかったラビッドハッチ各個感想を吐露する。
「どうせ纏まらないんだから目的を絞った方が良いと思うの。本来の目的は要塞都市の大壁を通れるようにする事だけど、こう警戒されては無理だろうから、まずは王都をぶっ壊しちゃおうよ♪ それに何より逃げるより攻める……これが魔族でしょクフフッ」
「作戦が破談となった今、王都の兵力は減っておりません。正面から戦うのは無茶ではございませんか?」
「もぉヘルズリンク君は保守的過ぎるよ。いつもみたい邪魔な壁を盾にチクチク攻撃されるんじゃ無いんだよ?」
「一理ある。今は魔導兵も少い」
「でしょでしょお父さ~ん! キャロル偉い? 」
「成程…… 確かに今回の手引で軍の動きは相当鈍いはず。目的の壁の破壊を変更して、先に最大の情報伝達機関である王都を落としてしまおうという事ですか。こちらからの進軍はいつでも出来る」
「シンプルイズベスト」
「それに、もうちょっとしたらドラゴン族のクローン技術が実装に移せるらしいのよ。それが出来れば空から攻め込めるでしょ」
「タンジェントは実用化に成功したのですね。それは凄い技術だ。あのような者を飼っていた甲斐があったというもの」
「失敗しそうだったら逃げちゃって、後でドラゴンで迎えに行ってあげたら良いんじゃないかな? キャロル優しいでしょ? でしょ? 」
「偉いぞキャロル」
表情一つ変えない影王はキャロルの頭を撫でる。
「きゃ~エライエライ頂きましたぁ好き!」
キリンも何やら物欲しそうに影王とキャロルを見ていたが。
「アぁそうか。始めからそれでもヨがったなぁ」
既に自分の失態を忘れていたラビットハッチは鼻をホジッていたが、そのままキャロルと眼が合ってしまい動きが止まる。
「ま、マオウ様――」
魔王の深紅の瞳は、愛らしい少女のソレでは無くなっていたからだ。
「ち、ちょっと待っデ――」
「でも失敗はぁ……しっぱい。だよね?」
――――――ズィドンッッ!
「げああああああああああああああああああぁ!!! 」
ラビットハッチの六本足が消し飛んだ。
「Lv3
「ウぅぅぅぅぅぅぎぃぃぃぃィィ!」
赤眼魔王の象徴と言われるCodeであり、最大出力で放てば村を一撃で灰に出来るという魔王を
「実は初めから期待なんてしてなかったんだけどねぇ」
その瞳は下僕を煌々と照らしていた。
キャロルの赤眼魔王としての顔。流氷に咲いた蒼い華のような冷たく美しく妖艶な。
「結果的にあの子達を人間領なんぞに放置しないといけない結果となった。貴様の低能には愛想が尽きる……殺されなかっただけ喜べよ下衆」
狂気の二面性を持つ魔王。
これがキャロル=デイオールという少女である。
「ゲアアぁ……ありが…ありがとうごダいマス魔王サマ」
残った四本の腕のみで必至に蠢く兎は、ピラニアの水槽に投げ入れられたハムスターのようだ。
「ヴァイス。人間領の連中に伝えろ、全軍でトロンリネージュを奇襲せよと」
「ヴァイスぁ! オデの使徒ファジーロップに伝えろぁ! 皇女の首は必ずお前が持ち帰れとぉあ!」
「伝言了解しました。 愛しのヘルズリンク様、ラビッドハッチ様
「必ず伝えロォ頼んだゾファジーロップ……ゲアアァ!」
ラビットハッチの撃ち抜かれた足が悲鳴を上げた。
如何に高い再生能力を持つ最強最古の魔人といえど、忠誠を強制的に誓わされる魔王の能力で撃ち抜かれた身体は直ぐには癒えない。添付された呪いで傷から霧が立ち、口部からは多量の血を吐しゃしている。
「こうしてるとウサギちゃんも結構可愛いねぇ」
「うそ…キャロル正気…?」
「いつも以上に五月蠅いだけでは?」
「終わったなら俺は戻る」
「あ…影王待って私も…」
「キリン様が行くなら」
「あぁ…ん?」
「ひぃ!」
「おとーさんキャロルお腹減ったぁ」
「キャロルも…来るの…? ハァ」
「では夕食にしよう」
「か、影王の…お料理…ひ、久しぶり」
「キリン様ぁ! 私頂いた事ないですぅ」
「…………」
「キリンどうした。芙蓉も来い」
「は、はい!」
「今日のご飯な~にぃ?」
女性陣の視線が影王に集まった。
ラビットハッチはもがき叫び、ヘルズリンクに至っては既にいない。こんな騒がしい日はゆっくりと皆で夕食というのも良いだろう。
「
スープの中身が気になる所だ。
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