No.5 最大魔法出力
「ふんふふふーんふんふんふーん♪」
「…………ん」
絶対におかしい。
両手の自由が効かない状態である今現在、赤面するアンリエッタは耐えていた。
「あほいっとほいっとぬぎぬぎぬぎ」
笑顔で鼻歌を口ずさみ、午前中だけで相当汗ばんだコルセットを外そうとしているのは、眼鏡をかけたメイドである。
名を、
執事長クロード直轄の部下であり、いざと言うときは命をかけてアンリエッタの盾となる護衛でもある。侍マニアだったトロンリネージュ人の母と、火の国ジパングの武将が運命的な出会いを遂げ誕生した黒髪に青の瞳を持つ、異国情緒漂う給仕である。
「何ですかリア、私の胸ばかり……」
テキパキと着替え作業を行っているのだが、どうもコルセットだけが不自然に外れないように思うからだ。
「気になります?」
「……少し」
「じゃあいいかもですね」
「かもって……どっちですか」
「少しなのでは?」
「あ~もぉ~」
アンリエッタは朱色の頬を上げて自室の天を仰いだ。
「もぉわかりました気になります。何ですか私の胸ばかり見て……」
「うっふっふぅ~また大きくなられたかもかもって思いまして」
「~~////」
女同士とはいえ、こんなにガン見されたら恥ずかしいに決まっている。
「これ以上大きくなったら、ちょっと軽薄に見られそうで」
「男は気にしませんよそんな事」
「そういうものですか?……じゃあ女性から見ては」
「育ってんじゃねぇよビッチが、でしょうね」
「ビッチ? 胸の話ですよね」
「リアは大好きですよエッタ様の事」
「え、おっぱいが……?」
齢十七で王位を継承し、今年で十八となったアンリエッタは才色兼備、文武両道に優れたの才女であるが、優れているのはその2つの四文字熟語だけではない。その体も現在少し遅めの成長期を迎えており、締まった少女のそれから熱っぽい女の裸体へと成長しつつある。トロンリネージュに住む全ての男性が一度は夢見るアイドル皇女、時の人アンリエッタ=トロンリネージュのドレスの中身を堪能できるるのは、メイドであり忍者でもあるリア=アヤノコウジだけであろう。
「……リアはいっつも触りたがるんですからぁ」
「良いじゃないですか女同士ですもの~」
「女同士でも恥ずかしいものは恥ずかしいんです」
「父上の国では、このまま引っ張って良いではないか~ってやるかもですよ?」
「火の国とは……恐ろしい国ですね」
しかしながら自分独りではドレスの背中が結べない為、仕方なくなすがままジットとているが。
「ひゃっ! ちちちちょっとリア?」
「本日の感度も良好でございますアンリエッタ様。でもちょ~っとジッとして下さいねと。今結んでるかもなので……」
「結んでるのか違うのかどっちなんですか。あっ……変な所触らないで! あっ……ち、ちょっと……」
腰をコルセットで締め上げる為に四つん這いになので動けないのだが、メイドの細い指は皇女の肩甲骨の隙間を通り、シミ一つない背中から腰へと通り抜ける。器用にも同時にインサイドベルトを巻き上げながら。
「はぁはぁ…………絶対ワザと、ですよね」
「いいえ恐れ多いですっワタクシメはメイド風情かもですのでっ」
「かもってだから……自信ないんですかぁ」
「細かいですよアンリエッタ様~そんなに気を張ってるとまた泣いちゃいますよぉ?」
「そ、それは言わない約束でしょう!?」
「可愛かったなぁ、あの頃のエッタ様はぁ」
「やめてー!」
抵抗しようとしたが、怪しい体術で元の体勢に戻されてしまい涙目である。
「でもアンリエッタ様は二度と泣かせません。今は、このリアが居ますから」
「いま正に涙目なんですけどぉ……」
「あり? 結構ガチで告ったかもなんですが、まぁ良いや」
リアは王座に継いてから敵ばかり作っているアンリエッタの数少ない賛同者の為、表では文句を言いつつも裏では気を抜ける大切な時間なのだ。彼女のあざとい所は、それが解った上での行動だという事。
「ところで……も、もう良いですか。リア」
「でもアンリエッタ様ぁ。少しこのドレス、露出が少な過ぎかもですねぇ」
「え、い、良いですよこの位で……もう…ダメ…ですって…立ってられなぃ」
体を支える足がぷるぷる痙攣するが、まだ動くわけにはいかないのだ。動けばベルトが外れてしまい始めから締め直す事になるからだ。そしてこれから学園で行われる式典の為、魔法学院へとんぼ返りしなければならず急いでいる。
「今から学生さんに見られるかもですから、これではメイド責任問題に〜なるかもですね」
「急いでいるんです――ってリアぁ!?」
言っているのに、このメイドは背中のベルトを凄いスピードで解きだした。
「もっと背中の空いたセクシーなのに変えるかもっと!」
「どっちですかまたですかぁ!? もう三着目ですよぉ」
「さぁさぁさぁさぁ良いではないかー!」
「ちょ、ちょっとダメぇぇぇ」
一気に紐とベルトを引っ張り外され、回転させられながら、さり気に旬な裸身を触られるまくるアンリエッタ=トロンリネージュ皇女は、背中が敏感であった。
そっちの感度も、着々と成長を遂げているようだ。
◆◇◆◇
本日の午後はトロンリネージュ魔法学院の卒業式典、魔導士ランク試験が実施される予定となっていた。
視察の為に学園に到着したアンリエッタは急いで馬車を降りる。歩きずらくて嫌だったのだが、セクハラメイド=リアの勧めで、大いに背中の開いたプリンセスドレスに着替えさせられた事に口を尖らせながら。
(いけない。気持ちを切り替えなきゃ)
これは今現在女王に代わって国を治める立場にある、国家代表兼アイドルである”アンリエッタ皇女”という御輿を売り込む為の仕事でもあるのだ。ちなみに、この視察もアンリエッタが来てくれると学生(特に男性)がみんなヤル気を出すから、という安い理由で呼ばれている。
別派閥の貴族達には、御輿皇女の悪足掻きだと揶揄されそうな場面だが。
(これも私の大事なお仕事ですもの。頑張らないと)
政(まつりごと)というのは一朝一夕で事態が好転するわけではない。保身というあぐらを掻いた老害達はバカにするかもしれないが、自分は能力を持って生まれてきてしまったのだ。ならば、それを力無き民の為に使うのは当然であろうと思う。それが自分の使命だと思うし止まるつもりもない。
(これは、私の闘いなんだ)
曇りのない瞳に一滴の濁りが灯ったように見えたが、それが何なのかは今の彼女には解らない。
よし、行くぞ。
親友からのプレゼント。
ダリアのコサージュを握りギュッと気合を入れた。
魔導研究所直轄トロンリネージュ魔法学院。
全ての魔法使い――この国でいう所の貴族が通る施設である。広大な敷地と貴族を身分を誇示する為に、膨大な予算をつぎ込まれた施設は、トロンリネージュ本城にも引けをとらない建築物だ。
寮や食堂も完備されている上専属のメイド迄おり、これが全て無料で使用できる。此処にも国民の血税がふんだんに注ぎ入れられており、国庫を圧迫してアンリエッタの悩みの一つになっている。シワが寄りそうな眉間を指で摘まんでいた所にファンファーレが鳴り響いた。平民出の一個小隊が管楽器を奏で始め、学生席共々アンリエッタのいる迎賓席までもが小さな盛り上がりを見せ始める。
「さぁ姫殿下、今から学生達が会場に入ってまいります。お手を降って頂けますか」
アンリエッタの真横から言を発した初老の男。
魔導研所属一等講師であるヘラブラム。
先日構内にて恥ずかしげもなく、絶対貴族主義を断固主張した講師だが、教諭陣の中では最も高い地位を持つ男である。
「入ってまいりました。さぁ姫殿下」
「あっ皆さん綺麗な隊列を組んでますねフフフ」
アンリエッタが笑顔で手を振るだけで、女生徒はその美しさと所作に感銘を受け、男子生徒の数名は棒立ちとなり隊列が乱れる次第となった。
「みなさーん頑張ってくださいねーっ」
「ひ、姫殿下。そんな大きなお声を」
「少しはしたないですが良いではありませんか。折角の卒業式ですし」
「そうではありません生徒達の士気が上がり過ぎて……」
「あ、本当だ皆こっちを見ちゃってますねごめんなさい」
今日の試験は三年生の卒業試験である。
実際に各領地や魔族達と戦いこの国を守っている前線の魔導兵と左程変わらない現役の生徒達という事だ。
アンリエッタはこの試験途中の会話はともかくとして、魔法試験自体は好きだった。魔法言語が得意であるという理由もあるが、何よりこれから王宮や研究機関に配属される際の賃金に関わる試験である。皆この日の為に頑張っていて、今日はその大一番である。頑張っている人間を見るのは気持ちが
(私は卒業試験を受けられなかったですからね。楽しみです)
能力等級とはトロンリネージュにおける兵の強さと賃金を定める為に製作された階級で、今回は魔法だが二種類が存在する。
”魔法”と”剣技”である。
魔導士は魔法言語を実行し魔法出力の測定を。
騎士職は、元を正せば火の国から受け継がれた亜流の剣技”クサナギ流”の練度能力によって測定される。
等級は双方同じく
初級→精級→高位級→神魔級の4段階となる。
今回は魔出力測定で、規定出力単位はルーンで表される。
測定量。
1,000以下は初級の魔導士となり、現在この国のほぼ全ての者がここに当たる。
3,000以上からは精級魔導士。
5,000以上からは高位級となり最高級の地位を斡旋され、現在この国の魔導兵を率いる第一魔導隊リシャール将軍が、この高位級に属する。
ただ神魔級だけは訳が違い。
最大魔法出力10,000以上が必須であり更に特殊なプロンプトを用いなければならず実行は困難を極める。
創世記と謳われた古代には使用者が何人か存在していたが、現在はどの国でも秘伝となっている。
だが現在でも、魔法大国として名高いカターノートには神魔級を超える
失われた禁術Code:――我儘を通す魔法言語の使い手。
最大魔法出力10万を超える魔導士は、この世界において過去九百年二人しか確認されていない。
魔法言語を生み出した原初の魔法使い、火の国の魔女イザナミ。そのパートナーであった、人体の肉体強化術、
「うむ始まりましたな」
ヘラブラムが目を輝かせ、開始とともに特別観覧席に十数名の講師貴族が席に付く。
「楽しみです」
アンリエッタも笑顔で返した。
この試験は対象者が魔法を放ったり魔力を集中すると、会場正面の巨大な時計の針が動くようになっている。
「良い人が居たら引き抜いて良いですかね」
「御勘弁下さい姫殿下。王室と魔導研の溝に油を注ぐ行為だ」
「うふふ冗談ですよヘラブラム卿」
魔法出力計測器ダイナモ。
トロンリネージュ本城に設置してある物と同型であり、半径20キロ四方の”魔因子”が探知できる上、10万ルーン迄計測が可能。
「おおっ! 先程Lv1ファイヤブランドを打ち出した学生は名門ジュリアン家の長男ですな」
【魔出力:2,080】
「2,000を超えてきましたぞ! いやはや将来が期待できますな。そう思いませんかアンリエッタ様」
「……そうですねぇ」
「姫殿下あの見事なLv1アイスブランドを見ましたか? 今のが白鳥の魔導士と名高いペトレ家の長男です。1,480ルーンとは素晴らしい彼はまだまだ伸びますよ」
「やや! あの高貴な顔立ちは王室外交官グランボルカ様のご長男では? Lv1アースブランドで1,880を出しましたな。流石というべきでしょうかぁ」
一等講師ヘラブラムのこの言葉を発端に、周囲の教員達も負けじと贔屓にしている生徒のアピールが始まったようだ。
(あぁ始まっちゃった。はぁ…これがなければ楽しいのだけれど)
アンリエッタは内心で毒づく。
彼らは自分の優秀な生徒を魔導研から王室に入れたいのだ。そうなれば恩師という事で、この者達の王宮での地位が上がりツテも増える。ツテが増えるという事は癒着が生まれ金が流れる。
(ようは此処の人達は)
アンリエッタの瞳が冷ややかなモノに変わる。
魔法言語の研究より、この人達は金が欲しいのだと。
「「おお!!!」」
その時会場全体から歓声が上がった。
何かしら? アンリエッタが顎を傾げていた所、すかさずヘラブラムが前に出る。
「彼がロラン=リシャールです。第一魔導隊リシャール将軍のご子息で今学年の主席でございます。おぉ殿下に手を振っておりますね。ささ殿下、御手を……」
「女生徒の声援もすごいですね。彼はどれくらい優秀なのでしょう」
「優秀なんてものではありません殿下! 現在十八にして」
「あら同い年ですね」
「通常一種しか使えないLv1属性の内、火・風・土の三種属性を使いこなす魔導師です」
「通常一種……?」
「お父上の才能を完全に受け継いでおりますし、何より私が責任をもって教授しております故、この間など」
「Lv1で、それも三種類だけですか」
「姫陛下?」
会場が再び湧いた。
アンリエッタが何事かと視線を下げると、ロランという青年がこちらを見ているように思う。
「アンリエッタ皇女殿下に御挨拶申し上げます」
ニッコリと愛想笑いで返す。
「このロラン=リシャール。姫殿下に学園最高の魔法を見て頂きたく! 余興を用意させてもらいました」
ロランが掲げた杖の合図で、前に出た女生徒が一名。
「何です?」
「これは姫殿下が今日来られるという事で用意させてもらった余興でございます」
ヘラブラムが疑問に答える。
見れば、もう一人の女生徒は甲冑を着込んでいるようなので騎士科の生徒であろう。
「あの平民は騎士科の首席で名は……はて何でしたかな」
後ろ席に座る教師がヘラブラムに笑いながら声をかけた。
どうやらこの騎士科の三年生の名前はクルシュと言うらしい。
「魔法科と騎士科。主席同士で最終試験を行おうというものです」
嫌な予感がした。
魔法因子持ちと、そうでない人間の戦闘能力の差は5倍と言われている。いくら肉体を鍛えようと十代ではその差は埋まらないのではないか。
アンリエッタは教師達を見まわした。
(あぁそういう事ですか、悪趣味な)
貴族主義の廃止を謳っている自分に、貴族と平民の差を見せつけようというのだ。
「あのクルシュという女生徒は、第一騎士隊長ユーリ…将軍から直接剣技を教わっているようですから、さぞお強いのでしょうな」
平民出のユーリ将軍をあざける笑い。
これは魔導研所属第一魔導隊と、王宮所属の第一騎士隊のメンツが掛かった勝負となる。アンリエッタが悪趣味と吐き捨てたのは、それは大人達の都合であり生徒達には何の関係のない話であるという点。
「では始まります。お楽しみ下さいアンリエッタ様」
「そうさせてもらいます」
作り物の笑顔で返したと同時に、試合が開始された。
「Lv1ファイヤブランド」
「ぃ――や!」
「何!? この僕の強力で美麗な魔法言語を弾くとは」
「ロラン様、胸を借りさせて頂きます!」
「平民風情が」
試合が予想外の展開となり憤る講師達。
「何をやっているロラン!」
「まぁまぁ落ち着かれよヘラブラム卿。まだ序盤ではありませぬか」
「姫殿下の御前ですし此処は…」
アンリエッタはそんな講師達の会話を聞きながらも、ロランとクルシュの模擬戦を見つめていた。
「体術では完全に圧倒してますね」
「魔導士を相手に距離を詰めるとは卑怯な!」
「当然の戦略でしょう強いですね……彼女」
「お待ちくださいアンリエッタ様! ロランはまだ本命の魔法を出しておりません。だから」
「出してないんじゃなくて出せないんですよ」
「は、はい?」
「彼は確かに優れた魔法因子を持っているかもしれません。しかし相手の足運びに完全に圧倒されて集中力を欠いています」
「だったら距離をとれば」
「距離をとろうと取るまいと、あの構成速度では無理じゃないかなぁ」
アンリエッタの皮肉とは裏腹に、バックステップで逃げようとしたロランを急いで方向転換して追おうとしたクルシュは、運悪く地面に出来た歪みに足をとられてまい片膝を付いてしまう。
「Lv1ウインドブランドぉ!!」
「――あっ!」
息も絶え絶えのロランはその隙を逃さない。
クルシュの捻った方の足を風魔法で殴打し、動きを止める。
「アンリエッタ様の御前で無様な…平民のメス如きが、よくもやってくれたなぁ」
「く…ま、まだだ。まだ私は闘える」
「ちょっと剣が使えるからと言って調子に乗りやがって。後で父上に言って、お前は家族もろとも王都に居られなくしてやる」
「そ…そんな」
「だから動くなよメス。これ以上僕を怒らせるな」
ロランの両手に風と火のLv1が灯った。
強力な魔法言語が実行されようとしている余波で、熱が迎賓席まで届き講師陣の歓声が上がっている。
しかしアンリエッタの優秀過ぎる耳は安全圏であるこの距離まで、その学生同士の会話を一語一句を聞き逃してはおらず、その愛想笑いに憤怒の気配が乗り始め、眼からは完全に笑みが消えていた。
クルシュという女生徒は相手と同じ三年のようだが、まだ十四との事。身体をいかに鍛えようとまだ子供である。家族を人質にされ、かつ高火力の炎を目の当たりにして体が硬直し震えあがり、地面には下半身を通して水たまりが出来ていた。
「わはははは流石は平民じゃないか」
「汚らしいアレで主席とは、第一騎士隊の程度が知れるというもの」
「さぁさぁ姫殿下ご覧ください! あれがロラン=リシャールの本気の魔力。火と風の」
「止めなくてよろしいのですか?」
「止める? 何をおっしゃいますこれからでございましょう」
「Lv1とは言え、あんな小さな女の子に炎の魔法言語を使用するんですね」
「あの平民は身分というものが解ってない様子でしたからな。教育は必要でしょう」
「なるほどそういう考え方ですか」
物騒がしい騎士科の陣営から一人、体格の良いスキンヘッドの男が地面を踏み込んだが間に合わず――ロランの魔法言語が完成する。
バスケットボール大になった火の玉が、今一層勢いを渦巻いて解き放たれた――が。
「黒の掌よ穿ち絶て――」
それを黙ってみているアンリエッタでは無かった。
「 Lv3
――――ゾブぁ!
「ソレ」は火の玉どころか、地面ごと抉り飛ばして消える。
「れ、れべるすりぃ……?」
静まり返る会場。
高位魔法言語を実行した余波で周囲空間にプラズマを発生させながら凛と立つ皇女に、全ての人間の視線が集まる。騎士科からは歓声が上がり、畏怖を目の当たりにしたヘラブラムが向ける視線の先――アンリエッタは絶やさない"愛想笑い"のままに鈴のような声を発した。
「えっとロラン=リシャール君、でしたっけ」
「はぃ…ひめでんか」
「さっきのLv1ファイヤーボールですが、あの程度の構成速度で、更にわざわざ球状にして打ち出すメリットが感じられませんね」
「構成……速度……?」
「あれでは実戦で使えないでしょう。修練不足かと」
熟練の魔導士は構成している体表面の魔法粒子からある程度対象の魔力素養が見えるとされるが、彼女が指摘したのは構成速度である。アンリエッタは異質の素養を持っていることが伺える一言。
「さて、皆さまご期待の優秀な生徒さんの数値はいかがなモノでしょう」
【魔出力:3,300】
「あら凄い、本日の最高値です。流石主席ですね」
すっかり白けてしまった場を何とかしようと他の講師達がまくし立てた。
「な、なんと常人の3倍以上ですか凄いものだ」
「学生の内に精魔級とは、いやなんともなんとも」
「歴史に名を残すかもしれませんな流石ヘラブラム卿の教え子ですなハハハ……」
「そ、そういえば姫殿下は、この学院におられた時は誰に教えを?」
茫然とするヘラブラムは必死に盛り上げようとする講師達がどうしようもなく滑稽に見えた。ロランの叩き出した数字は確かに凄まじい数字である。何せ自分も含め、此処にいる講師達よりも高い数字なのだから。
「実は私、飛び級だったんですよ」
ヘラブラムは忘れていた。
十年前――トロンリネージュ魔法学院を三か月で卒業した天才が居たと。
それも八歳の時に。
ヘラブラムは茫然と見上げていた。何故か。
その数値を見てしまったからだ。
【魔出力:25,000】
「あ、学生の頃より上がってますね。わーい」
「二万……だってぇ?」
一同に沈黙が訪れた。
それはその筈、先程から自分達が誉めちぎっていた生徒より、アンリエッタは遥かに高い魔力を持っていたのだから。どんなに教え子達をアピールしても届く筈がない。
並の魔導師の20倍以上。
魔法出力10,000を超える魔道士は国中探しても10名はいない。そして魔導に生涯を捧げた魔導士でもLv3高位級に到達できるのは一握りであり、皆厳しい鍛錬の末辿り着くため高齢である。
そのさらに上――
Lv4神魔級魔導士の素養を持つ女アンリエッタ=トロンリネージュ――彼女は正に文武共に優れる天才であった。だがその才能は、王宮内至る所で歪みを起こさせ、誰も理解出来ないが故に不和を呼んだ。それは実の母である、アリエノール女王とて同じ事。
そしてアンリエッタは誰も自分を理解出来ないと知っている。そう、唯一人を除いては。
うら若きアンリエッタは右手に付けたお気に入りのコサージュを眺めてから、小悪魔っぽく微笑んだ。
(ちょっと、大人気なかったかなぁ)
ダリアのコサージュは応えないが、何処か満足げに見える。
その暫くしてだ。
静まり返った魔法科一同とは反対に、騎士科の生徒陣からアンリエッタに向けて割れんばかりの歓声が飛び、第一騎士隊ユーリ将軍の豪快な笑い声が会場に響き渡ったのは。
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