No.3 アンリエッタとシーラ姫

 

 ルナリス大陸は巨大な島であり、それが世界の全てだ。

 広さはオーストラリア大陸と同じくして、主に三つの大国で成り立っている。


 人類が占める七割は”人間領”と呼ばれるが、大陸北部の三割を占めるのは魔王が統治する魔人領である。


 創世記と呼ばれる、世界が始まった時代に勃発した”人魔戦争”で勝利した人類は、魔人領と人間領との間に技術を結集させた強固な壁を築き上げた。


 その壁は今では、人の世界と魔人を分かつ”大壁”と呼ばれており、国家三国の協力の元管理され今に至る。


「おそいなぁエッタちゃん」


 テーブルに置かれている装飾の効いたティーポットから抽出した”冷めない紅茶”を飲みながら、ガーデンシクラメンが咲き誇る温室。


 シーラ姫は人を待っていた。


「ふっふっふーまーだかなー」


 トロンリネージュの同盟国にして隣国アテンヌの第二皇女シーラ=アテンヌアレーは、儚げな少女であった。


 王族の長女に生まれながら体が弱く病弱であった故、始めから王位継承権を剥奪され、城の中で籠の鳥のような人生を送ってきた。


 そんなシーラを見かねた乳母は、せめて着る物だけでもと、ありとあらゆる流行のドレスを取り寄せた。この度は、そんな乳母さんが選んだ、会心のデコラティブドレスで着飾っている。


 必要以上にドレープを効かせまくったシルクの生地に、大小様々な赤、紫のアマリリスやバラのコサージュが散りばめられ可愛いらしさが必要以上に表現され、いわゆるドレスだけ見れば可愛いなのだが、着たらドレスの個性で自分が負けてしまうという、残念な結果となってしまっているのだ。


 無論、砂浜の城のように儚いシーラに似合うはずもなく、完全に浮いていたが、儚さを一層引き立たせていたのも、待ち人が来る迄の話である。


「あーこっちこっちーアンリエッタちゃーん」


「遅くなっちゃた」


「やーっと来てくれたー」


 病弱な設定を忘れさせるような甲高い声に迎え入れられたのはアンリエッタ=トロンリネージュである。シーラ姫とは対照的で、地味な紫一色のドレスで。


「ごめんねシーラ。騎士さん達に捕まっちゃって……」


 実はここに来る前――騎士達の演習用にドレスの上から甲冑を来ていたので地味なドレスを着用していたのだが、待っているシーラ姫の為、着替える事をせず、甲冑だけを脱ぎ捨て急いで駆けつけたのだ。


 それ程迄に大事で、気心の知れた客人だと思っている事が見て取れる。


 アンリエッタが席に着く前に、いつの間にか現れた一流の執事が、ゆっくりとした丁寧な動きで湯気の立つ紅茶を一杯、テーブルに差し出した。


 それと同時にアンリエッタは席に着き、執事に一言「時間まで外で待機下さい」と伝える。執事は慎み深い婦人のような上品な一礼をし、音もなく部屋から退室した。


「あーエッタちゃん目元にクマがあるよ? ちゃんと眠れてないでしょうー」


「そうなの……最近寝つきが悪くて」


 目元を気にしながら頭を抱えるアンリエッタは顔色も悪かった。するとシーラはニッコリ子供のような笑顔を作り、両腕を広げた。


「そんな時はねっ? 寝る時にねっ? 鷲さんのお星様を探してみると良いんだよっ」


「ワシ座の事?」


 何だろうか。

 アンリエッタの天才的な頭脳でも意図が読み取れず、不思議な表情で小首を傾げる。鷲は目の前に居る幼馴染アテンヌアレーの家紋ではあるが。


「お星様を見て物思いにふけっているとね? 清らかな乙女は自然に熟睡出来るんだよっ」


 両拳を腰に当ててエヘンと言い切ったシーラはその後、体全体で鷲を表現しつつあどけてみせた。


「あははそう言う事?……シーラは星が好きだものね。ありがとう試してみる」


「ふっふふーやっと笑ってくれたねぇ」


 シーラは眉間にシワを寄せて温室に入ってきたアンリエッタを気遣っていたのだ。彼女を誰よりも解っているが故の演出だったようで、嬉しそうにテーブルに肘をついて前へ出る。


「そんで、演習って騎士様の昇格試験だよねどうだった? 気になる人いた?」


 騎士さんの中にカッコいい人はいないのか。

 そういうガールズトークがしたかったようだが、アンリエッタは素知らぬ顔だ。


「兵士さんをそんな目で観たことありませ~ん」


「そうなの? でも騎士さん達に囲まれちゃったんでしょ? エッタちゃんは国全体のアイドルさんだからねー凄いねー」


 シーラ姫はまるで自分の事のように嬉しそうだ。

 再びテーブルに身を乗り出してアンリエッタを覗き込んでいたが、対象相手はそうは思ってはいないようにかぶりを振る。


「みんな私に、ちやほやして遊んでるだけよ。王室の人間は私に近づきもしないもの」


 アンリエッタは嘆息する。

 去年彼女は当国の将来を思い、絶対王政であるこの国の貴族制度の廃止を申請したが、王室の貴族はそれに真っ向から反発した。その件について未だに討論が絶えず、王室上層部に遺恨が残っている。


 どんな王政国家でも王は結局のところ神輿である。

 何かあった時に責任をとれる人材がすなわち王であり、国を管理しているのは元老院と呼ばれる議決権を持った貴族たちである。


 それも王室だけでも六つの管理部署があり、彼女の一存では決められない部分も多く、世界最大の人口と最古の歴史が行政を複雑化し、何をするにも壁が生じていた。


「そっかーまだ上手く行かないんだねぇ。シーラはとってもとっても素晴らしい事だと思うんだけどなぁ」


 アンリエッタは貴族主義に甘んじている当国の王室を、法によって変えたかった。王位に着いたこの一年で、王室の人間の賃金と国民の税金を引き下げ、汚職や犯罪を無くそうと毎日仕事に駆け回っている。


 民衆からは美しい容姿もあってか一種のアイドルとして扱われており、絶大の人気を博している彼女であるが、内部は敵ばかりになりつつあった。


「未熟な皇は何も分かってないとか色々言われたもんだから喧嘩になっちゃって……」


「喧嘩はエッタちゃんが悪いと思うなぁ。お願いしている方なんだからー」


「ぐっ」


 図星だった。

 この親友はオットリしているが時々的を得た事を言うのだ。


「実現できればいいよねー今のままじゃ今日の騎士さん達だって、どんなに頑張っても貴族の仲間入りは出来ないもんねぇーそんなのおかしいよねっ」


 シーラ姫も改革自体には賛成だったし、実現してほしいと思う。だがそれは、彼女も王族に生まれているが故、その難しさは骨身にしみている。


 だから親友と一緒に困っているのだ。


「どーしたらいーのかなー」

「ほんとね」


 しかしアンリエッタ以外の人間が此処いたら気になったであろう、このシーラという娘は全く困った顔をしていない――笑っているのだ。


「なのに……なのにお母様さえ分かっていない」


 まぁ解る筈もないわね。

 アンリエッタは嘆息した。

 彼女の母親である后妃は、自分の身可愛さに現国王が死んだ直後、一人娘を無理やり女王代理に担ぎ上げたのだ。彼女は自分の母を疎ましく思っていたが、シーラは首を傾げる。


「シーラはちょっと違うと思うなぁーアリエノール様はねっ、ちょっと臆病な所があるだけだよー悪意はないと思うなぁー」


「そうなのかな……シーラがそう言うならそうなかも。もっと落ち着いて話し合ってみようかなぁ」


「うんうんそれがいいよ~」


 不思議な雰囲気を作り出しているこの娘達は、見た通りに仲が良い。お互いを信頼しておる唯一無二の親友である。

 アンリエッタは一人娘で第一皇女であった為、学院でも友と呼べる者がおらず、シーラは病弱であった事から外に出た事すらなく、お互いに初めての友であったからかもしれない。


 彼女達の出会いは七歳の時――アンリエッタの誕生日を祝うパーティだった。貴族のパーティというのは大人達が名前と顔を売る所だ。子供のアンリエッタは心底退屈で大窓から外を見ていた時、ド派手なドレスを着た車椅子の娘が独りで近づいて来たのだ。


 初めて見る顔と姿に、当時のアンリエッタは無駄に気を使い、嫌な気分になったのを覚えている。


「やっと同い年くらいの子が見つかったー私シーラ=アテンヌアレーって言いますーアナタはだーれ?」


「え、えっと…アンリエッタ。……トロンリネージュの」


 とっさの事で素っ頓狂に答えてしまった。


「おおおぉ貴女が第一皇女様のアンリエッタちゃんだったんだねぇー噂通り可愛いぃねぇーお誕生日おめでとーだねっ」


 満面の笑みで手を叩いて喜ぶ車椅子少女に、アンリエッタは混乱していた。

 王族の者で、更に幼少期から同年代どころか大人たちですら敵わないほどの才女であったアンリエッタは、今まで同い年位の娘にこんなにもフレンドリーに話しかけられた事など無かったのだ。


 皆ひきつった顔で気を遣うように挨拶し、離れていくだけ。


「シーラ今日ー無理を言って初めてパーティに呼んで貰えたのーパーティって楽しいねー」


「初めて……なの?」


 ここに来ているという事は名のある貴族のはず。

 そしてアテンヌアレーといえば我がトロンリネージュの隣国の一つ、王族の名である。パーティが始めてなんてありえない。


 しかしアンリエッタは彼女の乗る車椅子を見て、とっさに城の侍女達が噂話していた事を思い出した。アテンヌ王の長女は生まれた時から体と頭に障害があり、王は世間体を気にして表舞台には出させないのだとか。


 アンリエッタの口調はやや冷たいものへ変わる。

 何故私が気を遣わなければならないのか、私の誕生日なのに。


(もう良いや)


 さっさと会話を終わらせて、目立たない所でパーティが終わるのを待とうと思った。


「楽しい? パーティ」

「楽しいよーお料理も美味しいし、全体がキラキラ輝いていて綺麗だしー お友達迄できたんだからねー」


 速攻で切り返された上この笑顔と言葉に、アンリエッタは再び困惑した。


 この感覚は疑問だ。

 え? 友達? 友達のスペルだけが頭に浮かぶ。独自の世界観を持つ目の前の少女に動揺と困惑と疑問しかなかったが、その内の一つだけが口から出る。


「友達って何? 私……の事? 今逢ったばかりじゃない」


「えー違うのー?」


 確かに頭に障害があるのかもしれないわね。

 そんな事を思ってしまった自分自身を叱りつけ頭を振った。


「友達っていうのはね」


 そこまで言って気がついた。


(はて何だろう? 友達って)


 気付いた。

 豪華絢爛な与えられた部屋、ベット、服、最後に――友達。最後のそれは、自分の机の引き出しに入っていないモノであったから。


(友達ってどんなものだろう)


 そんな事を考えている時、父が足早に近づいて来た。

 アンリエッタの父といえば、この周辺国を統率するトロンリネージュ国家代表アドルフ=トロンリネージュである。


「アンリエッタ此処にいたか、会場の王族達に今日のパーティの感謝の文を読み上げる時間だ。さぁこっちにきなさい」


 あぁもうこんな時間かと退屈さに顔を歪める。正直このパーティにはウンザリだ。だれも自分を見ていない、仮初めの誕生会だなんて。

 

「シーラはーっ アンリエッタちゃんのお話を聞いてる所なのぉー!」


 こともあろうに籠の鳥姫は大国の王の袖を掴み、言ったのだ。


「連れて行かないで!」


 アンリエッタは迷う。

 自分は幼少の頃から全て、母の言う事のみを聞いて生きてきた。周りの人間も厳選され、一流の淑女となるべく教育を受けてきた。教わり事すれ、教えてあげるなんて事は殆ど無かったのだ。しかしこの車椅子の少女は一国の王の行事より、自分の言葉が聞きたいと堂々と言い放った。


(私の話を、聞いてくれるの……?)


 勝手に口から言葉が出ていた。


「私と友達になって!?」


 それが、アンリエッタとシーラの出逢いだ。



 その後は大変だった。

 トロンリネージュ王アドルフは、子供のやった事とあまり気にしてはいなかったようだが、一連のやりとりを見ていた他国の王族とアンリエッタの母が捲し立てた為パーティは中断となり、アテンヌ王から公爵から乳母から使用人からが一族総出で頭を下げにやってきたからだ。


 それを見ていたアンリエッタは、娘ながら心苦しい気持ちでいっぱいだった。


 あんな事があったのでは、もうシーラはこっちへ来てくれないのではないかと。


 でもそれは無用の心配だった。

 車椅子を後ろで支える乳母とシーラの会話を聞いたからだ。


「ばあや! 今日は本当にありがとうーばあやに無理を言って連れてきてもらってー本当に良かった」


「そうですか。ばあやもシーラ様の笑顔が見れて幸せでした」


 ニッコリと優しく笑う乳母。

 彼女のコメカミには年によるシワではない痣があった。

 先程の騒ぎの件でアテンヌの王族から折檻を受けたのだろう。


「シーラに始めて友達が出来たんだよーでも友達って良くわかってないみたいだからー今度来た時にアンリエッタちゃんに教えてもらうの」


 興奮して話すシーラを見て、初老の乳母は大粒の涙を流しながら、何度も何度も頷いていた。


「ばあや何で泣いてるのー? 何処か痛いのー? ねーねー」


 その時のシーラには涙の意味が解らなかった。

 しかしそれは決して罰を仰せつかって泣いている訳ではなく、シーラに友達が出来た事が嬉しかったのだ。


 乳母は心から彼女の身を案じ、実の娘の様に接してたのだ。


 頭に障害を持って生まれてきたから、体が弱いから。

 シーラの両親は弟ばかりに構い、彼女を部屋から出さず相手をしなかった。今回乳母は王族に真っ向からむかい合い、彼女に友達を作って貰う機会を得る為動いたのだ。


 お互い幼い身であった為文通での交友が続いたが、近年ではアンリエッタが王位を継承する事になった為、融通が効くようになり毎月こうして逢えるようになったのである。




 ふと、シーラの左胸に目がいった。


「そのダリアのサージュ、とても綺麗ね。また乳母さんが縫ってくれたの?」


「えへへ…実は今回のはシーラとばあやの合作なのですぅ」


「えぇ!? シーラってばお縫い物出来るの?」


「実は…エッタちゃんの分も作ってきたのですぅ」


「え、ええぇ!?」


 シーラの着けているのよりも少々不格好な形をしているコサージュを、何処からか取り出している。


「ごめんねーこれはシーラ一人で作ったヤツだから不格好さんなんだけど」


 愛らしい顔で照れながら語るシーラをアンリエッタは俯いて堪える。冷静さを欠いた時の彼女の癖である。胸中ではこう言っていた。


(いけないダメ泣いてしまう我慢ガマン我慢……)


「本当に本当にありがとう! 大事にするねっ」


「うふふ~ エッタちゃんは感激屋さんだねっ」


 胸中はバレていた。


 園庭に一陣の気持ちの良い風が吹く。

 そんなたわいもない話を何分かしたのち、アンリエッタは親友の太陽の笑顔が少し曇った気がして、疑問を口にする。


「……どうしたのシーラ?」


「うんっ……えっとね? そういえばこっちに来る時に嫌な事を聞いたなって」


「どんな?」


「トロンリネージュとアテンヌの国境付近で魔人が出たって……」


 魔人は人類の天敵であり恐ろしい力を持っている。

 まともに平地で戦った場合、魔人一体で千人分の戦力に匹敵すると言われているのだから。


「魔人領から、こんなに離れた場所に?」


 アテンヌの国境付近といえば此処に近い。

 そんな所に魔人が現れるのは大問題である


 まず、大陸最北端に位置する魔人領からトロンリネージュ迄には、先祖たる国王が第ニ次人魔戦争時に作り上げ勝利した壁が存在する。壁にある関所を抜けられる事自体は、そんなに問題ではない。魔人との小競り合いは終始続いているのだから。


 しかしこちらに何の情報も入らず、トロンリネージュ近郊に現れたと言うことは、壁が全く気付かれずに破られた。または関所のある城塞都市が完全に落ちた。という事になる。そんな事が出来るとしたら、一瞬の内に関のある要塞都市ごと全滅させられたか、内部から招き入れないと不可能なのだ。


「確かな情報なの?」


 シーラは黙っていたが悩んだ末、顔を上げる。


「でもねっ、こんな事も聞いたの。最近魔人を倒して回っている剣士さんがいるって……」


「それは私も聞いてる。何年も前から噂になってる”魔人殺し”を使う剣士でしょ? ほとんど使われなくなったLv4と剣技の双方を極めた魔剣士で、最近カターノートの国境付近に現れたとかなんとか……けど眉唾ものの話よ? 魔法と剣技の両方を極められるなんて人間の寿命では不可能だもの」


 そして、何でも身の丈近くある剣を持っているとか。

 そんな武器を使う人間がいるのだろうか。だとしたら何の為に? どうやって持ち運ぶ? そもそもその剣士の噂は数百年前からちらほら聞く話だという。


 結界を持つ魔人を体一つで倒す。

 東方の修羅――傭兵王国ゼノンの超人”錆びた釘ラスティネイル”達なら可能かもしれないが。


「エッタちゃん! その剣士さんを探して欲しいの。そして……」


「どうしたの急に」


「お願いエッタちゃん、情報というのは無い所からは生まれない……きっと良くない事が起こる前兆だと思うの。シーラはエッタちゃんが心配……とってもとっても」


「シーラ?」


 笑顔に影がさす親友を心配そうに見つめる。

 そこへ、いつの間にか現れていた執事クロードが擦り寄った。


「殿下、そろそろお戯れはそこまでにして頂けませんでしょうか。お時間が迫っております。魔法学院の卒業式典に遅れます」


「クロード……?」


  親友シーラとの時間が戯れと?

 言いかけたが心にしまう。

 いつも自分に献身な執事らしからぬ発言だ。

 何か違和感を感じながらも。


「解かりました」

 

 とりあえず応えておく。

 そして親友に向き直るが、顔を合わせた時には親友はいつもの調子に戻っており、小さく舌を出していた。


「ごめんねエッタちゃんー忙しい時に来ちゃったね! 邪魔したらいけないから今日は帰るね」


「いいのよシーラ、もうちょっと此処でゆっくりしてからでも…… 本当にごめん今回は立込んでて。来月には少し時間が空くと思うから今度来る時は久しぶりに夜通しお喋りしましょうね」


「………うん、きっときっとだよっ! シーラとっても楽しみにしてるね」


 ググゥッッと力いっぱいアンリエッタの手を握るやいなや、猛スピードで駆け出しサンルームから出て行ってしまった。


 そのあまりの行動の速さに目を丸くしながらる。


「フフッ…あの子ったら使用人も連れないで。相変わらず危なっかしいなぁ」


 アンリエッタもテーブルから立ち上がり、出口に向かって歩みを進めた。その時サンルームの扉が開いた拍子に、再び執事クロードが現れたのと同時に――


「アンリエッタちゃん!」

「わっ!」


 シーラが顔を出す。


「ビックリした~ 何処に隠れてたのシーラ? あの勢いだったからもう帰っちゃったんだと思ってたよ」


 親友は例のお日様笑顔で伝え忘れていたのであろう言葉を告げる。眼を閉じ、心を込め、言葉に乗せているかのように。


「お星様のお話ね? 覚えていてね。きっとよく眠れるから……眠れないときは東の空を見て? きっと、きっと、よく眠れる日が来るから……」


「うんありがとう。確かあの星って……」


……わし座の中心にある小さく輝くお星様。必ず見てね? シーラも見てるから……アンリエッタちゃんごめんね? じゃあね」


 微笑みをアンリエッタに向ける。

 そして今度は手を振りながら駆けて行った。


「シーラ……今日は一段と元気だったな」


 王宮貴族という立場を利用し汚職の絶えない国内の状況と戦いながら毎日多忙な日々を送り、心身共に疲れ果てているアンリエッタは、内心彼女の明るさに本当に救われていた。


 心を許せる唯一の友達。

 アンリエッタはシーラのようになりたかった。

 素直に思った事を、思った時に話し、思った通りに行動する彼女に。


 感傷に浸り涙が出そうになっていた所――


「殿下、失礼ながらお召し物をお取替え下さい。その御召物は少々地味すぎかと」

「わかっています!」


 気分を壊され踵を返した。

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