No.2 天才皇女と魔法学園
「魔法言語とは、選ばれた因子核を持つものしか使う事が出来ぬのだ」
トロンリネージュ魔法学院。
美しいが四世代は昔に建てられたであろう歴史を感じさせるこの建物は、王都で唯一魔導士が魔法という概念を学べる学舎である。
内部はロマネスク調と呼ばれる中世ヨーロッパの城に近い。
床は美しいベルベッド素材の絨毯が敷き詰められ壁や建具の装飾もいわゆる、無駄に金がかかっており凝った創りをしていた。
「よって、ここにいる者達は選ばれた人間だ。魔法因子を持たない平民とは根本から違うのだ」
ここは学園の大講義室。
講師が立つひな壇から一番奥までが遠く広いが空いている席は一つもなく、今日は新入生全員がこのホールに集められている。
講師ヘラブレムは生徒達に、と言うより違う誰かにアピールするかのように大げさな仕草で語っていた。
「偉大なる創世記の魔女イザナミが作り出した魔法言語には四つのレベルがある」
新入生一同から声が上がる。
生まれ持って魔法因子を持つ者は当たり前のように魔法が使えるし、それは朝顔を洗うのと同じように身近にあるものだ。しかしそれにレベルがあるというのは殆どの者が初耳であるのだから。
「君たちが通常使えている魔法はLv1ベーシックという最も基礎の魔法言語だ……構成も理論も美しさも関係ない最弱のCodeなのだよ」
生徒達は新しく聞き及んだ知識を吸収しようと食い入るように講師に視線を集中させていた。しかしただ一人アンリエッタだけは眉間にしわを寄せる。この出だしが頂けなかったからだ。嫌な予感がする。
「魔法粒子がどういうものかも解っていない。より上位の魔法を使うのに何が必要か? 忌まわしい存在から力を引き出すには? 実行に必要な魔法出力数とは?”源流(ソース)”とはいったい何なのか、知らない知る由もない」
何故なら。
「君たちはただ魔法を使える貴族として生を受けただけ、選ばれただけの人間であって、資格あるものではないからだ」
あぁやっぱりこういう流れなのね。
アンリエッタは嘆息した。入学当日の挨拶で何も知らない生徒達を捕まえてマウントを取るだなんて、自分には完全に立場を焦った老害にしか見えない。
「そしてこの我こそ、この学園に数名しか存在しないLv2精霊魔法言語を取得した魔導士であり、このトロンリネージュ最高峰の魔導研究所から派遣された講師統括役……ヘラブラムである!」
アナタ唯の学年主任でしょ。
まるで自分が一国の主のようにふるまう講師をピクつくコメカミを抑えながら我慢する。
「さて諸君、人類の到達出来る最高位はLv4迄であるが、現在このレベルの魔法言語を使えるものは殆どいないのだ。これは創世記と違い、人類が魔人族に打ち勝って手に入れた、平和が続く今の世に必要とされなくなったからだ」
(ちっがーう! 何を言ってるんですかこの人)
アンリエッタが嘆くように、この国の魔法技術は衰退の一途を辿っていた。
講師が言ったように魔法言語には4つのレベルが存在する。
初級 Lv1
精級 Lv2
高位級 Lv3
神魔級 Lv4
レベル1~4の四段階。
高レベルの魔法ほど、魔法使い体内の魔法粒子を大量に源流へと消費する。
そして脳で行う演算、術式、呪文が複雑化するのだが、戦争を知らず平和ボケした現代の魔法使いに超高速の演算処理と魔法粒子の確保を行えるはずもなく、神魔級に至っては現在この国では1人として使用出来る者は居ないというのが現状なのだ。
(それを必要ないから使わないだけ、みたいに言うなんてぇ)
俗に魔法因子持ち――魔導士。
この国ではそれを貴族と称すが、その者たちでも魔法の原理を理解しているものはごく僅かである。
先に語ったが現在、この国ではLv1の魔法言語が主流であり、Lv2以上を扱える者すら非常に少ない。人間の天敵である魔族の殆どは通常の攻撃やLv1を受け付けない防御結界を持つ為Lv2以上の攻撃が必要不可欠であるのに。
教室後部の迎賓席に座する、見目麗しい少女は湧き上がる怒りを表に出さないように顎を引く。
トロンリネージュ皇女。
アンリエッタ=トロンリネージュの不満というヤツを顔に出さないように。
「先生! 僕はLv4神魔級魔導士を志し学園に入学致しました。御教授頂くにはどうすれば宜しいでしょうか」
その問いにl講師へラブラムは明らかに不快を示し顔を歪めていた。
齢六十の自分が、Lv2に到達したのは四十の時だった。それをお前のような若造が卒業までの三年で取得するだと? そういう顔だ。
「君は資質のある人間とそうでない人間どちらだと思うかね」
「はい! 自分は努力を惜しむつもりはありません」
恐らく親に期待されているのであろう。
志豊かなこの生徒の発言にヘラブラムは愁傷するがごとく鼻を鳴らす。
「確か……君の家は男爵家だったな。序列最下位の、平民と大差ないルブラン家の次男如きが何を言うか。その程度の血統でそんな言葉を出せるとは、愚かどころか滑稽極まりないと思わないのかね」
「そ、なんです!?」
「君の家の長男もワシがお情けで卒業させてやったのだが聞いていないのかね。蔓延魔出力300程度の底辺魔導士の兄に」
「レモンド兄さんを……馬鹿に」
「あぁそうそうそんな名前だったな。印象が薄くて思い出せなかったんだ感謝する」
生徒は無礼な物言いに椅子から身を乗り出したが、講師の身分の高さを思い出してか、すぐに下を向く。
「そう、その態度がそうだ。貴族という立場を忘れ感情で行動する。そんな輩は平民以下の国を持たん蛮族とかわらん。そんな者共に当国の秘技を教えられるとでも? これが先ほどの答え――危険だからだ。大きな力を持つものは選ばれた人間でなければならん。高位魔法の修業は国の定めた膨大な試験を通過した者のみ与えられる」
生徒全員は口をつぐむ。
講師に楯突けば親の顔に傷が付き、更には卒業できなくなる場合があるのだ。
卒業できなければ内政に就くのは愚か、家督を継げない長男以外の人間は魔法因子を持たない平民と同じく、死亡率の著しい冒険者等に身をやつさねばならないから。
しかもこの学園には生徒の身分別に明確な格差があり、講師は良い家柄の子供に甘い点を付ける傾向があった。
過去の魔人戦争から平和を勝ち取った人類は、魔人と直接戦わなくても平和を維持できる人口とシステムを手に入れた。
王政国家トロンリネージュ――現在この国では魔法を使える者が貴族、使えない者が平民と明確に憲法で定められており、国の内政を全て貴族で構成する事によって、一部の老害だけが肥え太るように出来上がってしまっている。
更に魔法研究所といわれる機関と元老院議席の双方が、その老害のみで構成されているため変えることは容易ではない。
魔法因子核は遺伝によって受け継がれるが、決して強い魔力を持つ者の子供が強いとは限らない。よってこれは明確な学院側の意図である。
「他に質問はないか?……では、魔法の歴史について教える」
何事もなかったかのように講師ヘラブラムは講義を続けた。
一部始終を視察していたアンリエッタは怒りを通り越して笑みを浮かべていた。
「この後行く場所は……勿論校長室ですよね」
そう決めたようだ。
◆◇◆◇
「あれのどこが教育ですか!」
アンリエッタ=トロンリネージュはその美しい顔を歪ませて言い放った。
王政都市トロンリネージュの実質的現代表にて若年十八の皇女――彼女は可愛いとも美人ととも取れる恵まれた顔立ちに、輝く大きな瞳と髪は深い紫である。
たたずまいは見た目通りの美しい皇女といわれるにはやや勇まし過ぎた。動きやすく改造された白のドレスに白銀の獅子が彫り込まれた胸当を装着し、言い放った拍子に揺れた腰まである整った髪には宝石を散りばめた白銀のバレッタが輝き、皇女というよりも戦姫を思わせる。
「失礼ながらその件ならば、そちら側の問題でもあるかと思われますが」
言葉を返した男はジルベルスタイン校長だ。
白髪の長い髪を後ろでまとめている五十代。
「アンリエッタ様と貴族派閥との対立が原因……そうやすやす決めつけるのは早計ですがね」
彼いわく、近年下級貴族に優秀な者が現れる傾向を王室の上級貴族達から不満の声が出ているとの事だった。それに対して、下級貴族にまともな教育を受けさせないカリキュラムが新しく組まれたのだと言う。
「それは耳が痛い話ですが」
彼はこの国唯一にして最大の建物トロンリネージュ魔法学院のトップにして、王室と権利を二分する有力機関――魔導研究所No.2の権力者。
「ですが歴史と簡単な術式の説明ばかりではないですか……演算する実技すら」
「姫殿下は些か、急ぎすぎておられるように思われます」
「急ぐも急がないもありません。このまま
「姫殿下……我々の祖先が築き上げた大壁が出来てからは魔人共の襲撃など、この王都迄は一度も届いていないのです。そこまで気を張るのは些か……」
「些か些かって、王都が無事なら良いと言われるのですか」
「そ、そういうわけではございませんが……」
状況を軽んじて認識している校長にアンリエッタは涙を溜めて訴える。あまりに必死な剣幕に校長は困り顔で髪をかき上げた。
「大壁の関所である要塞都市では常に魔人との交戦が続いているのです! 今では自国民ではなく、カターノートとゼノンからわざわざ魔導兵と傭兵を雇って対処させているのですよ!?」
だからその……お金がもったいないじゃないですか。
これは胸中での叫びであったが。
魔人族は体表面に防御結界という障壁を持ち、その結界はLv2以上の魔法言語でしか破ることは不可能である。彼女の収める国家トロンリネージュには上位魔法を使用出来る優秀が兵が著しく少ない為、この輸入代行システムが百年に渡り定着しており公庫を圧迫していた。アンリエッタとしては未来を見据え、何としてもこの惨状を改革したい。
「ですが魔導研と貴族派閥からの圧力は相当なものです……実際に講師達も全く逆らえない状況なのです」
「私の権限で許可しますから」
「失礼ながら如何に姫殿下のお言葉でも魔法学院の人間に指示は出せません。ここは王室ではなく貴族派である魔導研究所直轄の機関ですので。意見を通すには元老院に意見書を提出し、過半数の議決を取った後、魔導研に提出して承認を貰わなければなりません……まぁ、通りはしないでしょうが」
魔法研究所。
通称魔導研とは国家を魔族から守る為設立された魔法研究専門の独立機関であり国家最強の魔法戦力と王室から独立した権力を有し、元老院に次ぐ決定権を持っている。同じ城に席を置きながら、国を動かしている王室からでも勝手に手出しは出来ない。
「ん~~~~っ」
「そ……そんなお顔をしないで下さい姫殿下。仕方ありません、私の方でも改善を呼びかけてみますので」
アンリエッタは涙を溜め悔しそうに俯いてしまう。
美しい顔立ちの皇女が不意に見せた愛くるしい表情にジルベルスタインはとっさに顔を赤らめた。
「……本当ですか? ジルベルスタイン校長」
「は、はい、そうですね……それにあたって誰か、姫殿下の息の掛かった優秀な講師を当学院に配属される事をお薦め致します」
「講師を……校長の推薦される方法とは?」
「こういう事態には外部からの圧力ではなく内部から変えていく他ありません」
「校長のその言葉を待っていました!」
「……え」
パッと笑顔になったアンリエッタが校長の机に身を乗り出した。
「ありがとうございますジルベルスタイン校長! 人員の確保が出来次第ご連絡差し上げますねっ」
その言葉を待っていましたという笑顔である。
「あ…ハハハこれは一本取られました殿下。始めから、このジルベルスタインを誘導しておいででしたか」
校長は楽しそうに笑う。
純粋に魔導に打ち込み、実力と家督で魔導研究No.2までにのし上がったジルベルスタイン校長も、この現状には満足してはいなかったからだ。
「いいえ、校長の人徳がなせるお言葉です。私も胸を撫で下ろしておりますとも♪」
「殿下……能力測定の視察時間が迫っております」
入り口前で待機していた執事から声がかかった。
懐中時計をアンリエッタ見せながら執事クロードは優雅に一礼する。
「ヤダもうそんな時間ですか」
執事に向いた体を再び校長に向き直し。
「申し訳ございません校長、お騒がせして……」
「いや全く陛下には敵いませんなよく動いておられる。午後の卒業式典にも来られるのでしょう?」
「はい。一旦城に戻らせてもらってまたお邪魔致します。では失礼致します」
「いや……ははは。お待ちしておりますよ姫殿下」
アンリエッタは可憐に、誰しもが見惚れる一礼をする。
そして校長室から決して急がず退室した。
(姫殿下……か。アンリエッタ様は今や実質、この国の女王と言って差し支えない手腕で国を導いている。のに関わらず”姫”などと揶揄されているのは……)
彼女はこれから、正に昼食も取れない程のスケジュールをこなしている。皇女に関心を覚えつつ、校長は椅子から立ち上がった。
「天才と謳われるだけはある……しかしその才覚は諸刃の剣、王位継承からもまだ一年故に味方もまた、少ない」
窓の外で馬車に乗り込むアンリエッタを見ながらジルベルスタインは独り言ちる。
「気を付けて渡らねば足元をすくわれるではすみませんよ……皇女殿下」
彼はアンリエッタの父の代から公職に就いている。
歴代の王と比べてみても彼女の才は突飛しており王室始まって依頼の才女と誉れ高い。だがそれでも、彼女程の才を持ってしても、この国の膿を全て吐き出させるの不可能だろうと胸中で吐露する。
それほどまでに、この国は病んでいる。
人魔戦争より数百年――その病は、王都にとって最恐最悪の夜を降らせる結果となる。
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