Code:ルナティック=アンブラ 不死身のプレイヤー様は救われたい

ゆーくんまん

第1章:未熟な皇女のつがい星

No.1 太陽は笑わない 


 ここは王都と隣国アテンヌが丁度重なる国境付近の平原地帯で、魔族とのエンカウント率が比較的少ない運搬用の経路だ。


 季節は冬。

 うっすらと雪が降り、足元にも少し雪が積もりだしていた。

 季節の為か周囲、地平線にかけるまで人の姿はなく、現在は夕刻時で薄暗くなって来ている。

 その街道を黙々と歩いている、毛皮のマントを頭から被った男が一人、どう見ても旅人に見えるその男が、頭から被っている外套を外し、空を見上げた。


(女の涙みたいに、重い雪だ)


 年の頃30代前半――風貌は眼が特徴的に鋭く細く中肉中背の体つきには無駄がなく、限りなく贅肉をそぎ落としたように締まっている。

 髪は濃いアッシュグレイ、外装は旅人というより、どこか異質な没落貴族のような印象であった。


 機械で縫ったかのような、正確な裁縫をなされた高級品――であったであろう襟付きシャツを着こんでいるが、現在はシワだらけで毛羽立ち、何度も裁縫し直した跡があり、継ぎ接ぎだらけでヨレヨレだった。


 それだけなら良かったのだが、彼の異質を漂わせていたのは白いシャツ以外の色であった。


 シャツの上に羽織っているジャケットは、不吉の象徴である漆黒であった。

 闇の色が不吉なのは世界共通の見識であり、まだ染色技術が未発達であるこの世界の人間の眼には異色である。


 そして、革製品に黒を着色出来る技術のない――この世界には存在しない着古した黒のレザージャケットスーツの上下、腰には何処か異国を漂わせる中途半端な長さの剣を下げた、妙な男だった。


 男の名は、ユウィン=リバーエンドという。


 現在ブルスケッタという歓楽街の、その更に北にある名も無い山を目指している途中である。


 既に今日は歩き出して12時間が経つが、表情の無いこの男からは疲れが見て取れない。


(後10日も歩けば着いてしまうか)


 何処か憂鬱そうな男の後ろから声が掛かる。


『ずっと疑問なのですが、宜しいでしょうか』


「……何だ」


『マスターは何故……歩いて旅をされるのでしょう』


 澄んだ女性の声が響く――マスターとはこの灰色髪の男の事だろう。


「大した目的がないからだ……それに急いじゃいない」


『宜しいのですか? アーサー様は早くアヤノ様に逢うように言われていましたが』


 ザッザッザッザッ……


 少々積もってきた雪の道を黙、とゆっくりとリズム良く歩く。


師匠アヤノさんは創世記から生きてるんだ。急がなくても死にはしない」


 この男の旅の目的は自身の師アヤノと呼ばれる人物に逢いに行く事のようだ。


 ザッザッザッザッ……


「それに歩くというのは良いらしい。見えないモノが見えたりする事がある……らしい。あれだ、その……あれだ……人が何故山に登るのか……みたいな」


『そうなのですか』


「……見えたことも感じた事もないが」


 ザッザッザッザッ ……

 ザッザッザッザッ ……


「体を適度に動かす事は良いことだ」


『なるほど、逢いたくないのですねマスター』


 ザッザッザッザッ……


「俺にそんな感情があるとでも?」


 ザッ…ザッ……歩く速度が落ちる。


『いいえ、ですが心に少々の動揺がありました。マスターにとってアヤノ様は特別な存在の様だと理解しました」


「……今やお前の方が人間臭いかもな」


『ありがとうございますマスター』


 ペースを戻して歩き進める。


 ザッザッザッザッ…ザッザッザッザッ……

 ザッザッザッザッ…ザッザッザッザッ……


 この世界には精霊という存在がいるが、見えたり話しかけたりするようなビジュアルのものではなく、ただの力場である。


 よってこの声の主は、その類のモノではないと言える。


『――反応あり』


「あぁ俺も感じた。これは魔力……粒子残滓だな」


 彼女が何か異変に気付いたようだ――呼ばれているような気配。


「死霊(アンデッド)か」


『いいえ、悪いものでは無いようです』


「魔出力は」


『3万ルーン強かと』


 驚いたつもりだが無表情の為全く伝わらない。


「かなり高いな……だが多分恐らくは」


 ユウィンは眼を閉じ意識を集中させた。

 すると、体からそよ風のような優しい”何か”が帆船のソナーのように平原を掛ける。


「――あっちか」


『行かれるのですか? お薦めしませんマスターの傷になります』


「?」


『………』


「あぁそうか。ありがとうD《ディ》」


『そ、そんなお顔をされると困ります……けど』


 Dと呼ばれた女の声は少し嬉しそうであったが、ユウィンは先を見据えていた。


 止められはしたが、そちらに向かう気のようだ。


「……人間歩いていると、見たくないものしか見えんよな」






 軽く嘆息して再び歩き出した。

 日はまだ暮れず、草原は穏やかな風と共に雪がシトシトと降り続いている。


 10分程歩いた場所に”何か”達はあった。


『無残ですね』


「……あぁ」


 そこには大量に、およそ20体程の人の死体、らしきものが散乱していた。

 ”らしきもの”と形容したのは理由があり、全ての死体が人間の形を保っていなかった為だ。

 

 歩きながらすでに人からモノになってしまった彼ら彼女らの状態を確認していく。


 ザッザッザッザッ……


「死後1~2時間か」


 死体に雪が積もり始めた所だ。恐らく少し前まで温度があったのだろう。


『その様です』


「全ての死体の眼球がえぐり取られている……これは恐らく」


『魔人もしくは魔族の集団でしょう』


 ザッザザッザザッ……


 破壊され横転していたが、かなり大型のキャリッジ型装甲馬車で馬も4頭程いたであろう。

 そして死体の大多数が騎士のようだ。

 推測するにかなりの貴族か金持ちが乗っていた事が解る。


『マスター』

「ありがとう……向こうだな」


 向こう。

 先程感じた魔力の主だろう。

 数ある遺体達の中で最も無残な死に方をしていた。

 切り裂かれ、剥ぎ取られた周辺の衣服と花の装飾品から貴族の女性と思われるが。


『優れた魔法因子核です。魔法粒子ミストルーンがまだ失われていません』


 先程探知した魔法出力は3万ルーン。

 常人の約30倍以上を有する数値であり、これは一国で集計しても上から数えた方が遥かに速く、常軌を逸した魔導士の素養があるという事である。

 そんな優秀な彼女の脇でユウィンは片膝を付き、無言で黙祷する。


「相当な想いが残っているのかどうなのか……お嬢さん」


 ユウィンの表情に変化はない。

 一陣の風が吹き抜けるのみであった。 


『マスター?』


 ユウィンはジャケットの裏ポケットから小瓶を取り出した。


「これはマンダラの花とアクアライフと言う霊石で出来る魔薬だ。君の思いが強ければ、思い人に言葉を伝える事が出来るかもしれない……」


 瓶の栓を抜き少女の遺体に握らせる。

 空け放たれた瓶からは、輝く粉が風に乗って空へ舞い上がり消えていく。


 空を見上げていた。


 彼女は何処に行くのだろうか。


 恋人の所に行くのであろうか。


 それが幸せであるのだろうか。


 答えは決まっていたのだが――ロクな事になる筈がないと。


『何故ですか……ディはこれ以上マスターが傷付くのを見たくありません』


「わからんどうしてだろうな、何かしてやりたい様な気持ちになったんだ」


 心配してくれるディにユウィンは自虐的な笑みで答える。


『理解不能です……それに、今のセリフはらしくありませんよマスター』


「ヒドイこと言うなぁお前」


 D(ディ)とは長い付き合いだ。

 主人の為を想って言ってくれているのは解っている。


『どうせまた同じ事が起きます……解っているはずです、そうでしょマスター』


 そうだろうな。

 ずっとそうだったのだから――


「あぁ解っている。死んだ人間に何かしてやれることなんて無い……」


 そう、殺された人間は――復讐を願うのだ。




 ザッザッザッザッ


 再び経路に戻り始める。


 ザッザッザッザッ


「なぁD――」

『はいマスター』

「さっき、俺の心の動揺ってやつ……あったか?」

『いいえ、脈拍正常です』


 ユウィン=リバーエンドは苦笑する。

 無表情だったが、彼の表情はほんの少しだけ……悲しそうに見えた。


 再び空の粉雪を見上げる。


(やはり重い……押しつぶされそうだ)


 そして思う。




 君を失って随分経ったが、心を失った俺は前に進めない。


 もう400年も昔の事になる。

 あの時の俺は君を救いたかった――

 


 でも今の俺は――自分を救う為に生きているよ。



 ◆◇◆◇



 経路から2日後――軽装の剣士ユウィンはロッシーニというアテンヌ王国の国境付近の街に到着していた。

 ようするに本来の目的地と違う方向に足を進めたのだ。


『マスター、目標というのは正しく持つべきです』


「昔なじみに逢いに来ただけさ」


『それは本来の目的ではありません。アヤノ様の家を出てからかなり経ちますし、アーサー様の言葉も気になります。もしかするとマスターの運命に関わることかもしれません。なのに貴方ときたら――』


「何かお前……俺の女房みたいだな」


『っ…もぉ…仕方のない人ですね』


 影から聞こえる女性の声。

 少し声にハリがあった。


(……喜ぶのか) 


 相変わらず変なやつだなと思いながら。


「元々お前って竜族の……まぁいいが」


 ロッシーニは国境が近い事から様々な物資が流通しやすく、特に食材には事欠かない。

 中々大きな街で、現在15時にしてこの表道りの賑いから人口も多そうだ。


 とにかく腹が空いたが目的が先だと、ユウィンは先日の遺体を見てから2日――ダラダラ歩き、休みしながらここまで来た。

 昔なじみの錬金術師に会いに行くのが目的だ。

 目的は魔薬の仕入れと情報の収集である。

 以前は王都トロンリネージュに店を構えていたのだが、今から100年程前に此処アテンヌのロッシーニに移店したらしい。


 表道りから裏通りに入り、建物と建物の間に面した地下へと続く階段を降りた。

 薄暗い店内へ足を踏み込み、乱雑として不気味な標本が立ち並ぶ店内は、一般市民には絶対に近づかないであろう雰囲気を漂わせる。


 標本と本の間から見えるカウンター奥に座っている、昔馴染みらしい老人にユウィンは声を掛ける。


「少しヤツレたかアンコリオ」


「あぁアンタは老けないね……始めて会った30年前と同じだ」


「定職に就いてないと老けにくいのかね」


 大きな天秤に輝く粉の計測をしながらアンコリオ。

 ユウィンは軽口で返すが無感情故、本心が全く相手には伝わらない。

 そしてアンコリオという名前はこの国では使われない――この一族は創世記から不死を研究している一族の総称である。


「カターノートのアーサー校長は賢者のエリクサーで不死になったと聞くが……」


 世界最高レベルの魔法大国、カターノート共和国代表の名前を出した老人に、ユウィンはその話に興味が無いかのように用件を伝える。


「そんな話よりアンコリオ、1つ教えてほしい」

「あぁすまないね……年をとると臆病になっていかんよ」


 その手の話は言わない約束でも交わされているのか老人は手を止めて目を伏せた。


「近郊で眼を抜かれた遺体を見た。恐らく魔族だろうが理由に心当たりはないか」


 先日の運搬経路で見た遺体が少し気になっていたのだ。


「眼? ……眼球かね」


 興味深そうに白髪の老人アンコリオはユウィンに始めて目を合わせた。


「そうだ眼球を潰すなら解る。魔族共は瞳に写る自分の姿を嫌うからな。だが抜かれているのは始めて見てな……解るか?」


 この店は錬金魔法薬品の店であるが、その手の筋が解っている常連には情報も売る。老人は薄い頭に手を当てながら何かブツブツ呪文のようなものを呟き出した。


「確か何かで見たな……そんな術式を模した詩があったはずだ」

「術式? 魔法言語なのか」


 あーちょっと黙っといてくれ今思い出してるんだ――そんな仕草で掌をこちらにつきだしている。5秒程して老魔法使いアンコリオが思い出したようにその詩の文を語り出した。


「……死後の世界で亡者は、自分の眼を金貨2枚と引き換えに黄泉の河を渡る――」


「船番に金貨を渡すとか言うやつか」


「眼を持たないものは黄泉の河を渡ることを許されず、永遠に現世を彷徨う――」


 頭に手を当ててブツブツ言っているが、年の割に脳内ハードディスクに保存してある情報を着実に読み出している。恐らく優れた魔法使いであることが伺えた。


「確か禁書の……死者の書だ」


「ほぉ、死者を蘇らせるとかいう胡散臭い術式書ねぇ」


「眼を返してほしくば我に従え……『生者を羨む眼』という詩があった」


 そこまで聞いて、ユウィンには大体の見当がついたようだ。納得したように頷いた。


「成程合点がいった。術式媒介に使う訳か……すなわち」

「眼を媒介に死者を操る者……流石に察しが良いねぇアンタ」


「いやいや……アンタの知識には脱帽だ」


「しかしその用途で行った事ならソイツは亡者を弄んで楽しんでいる。間違いなく腐った人間か……いやこの所業は魔人族だな。下級魔族では魔法は使えんしな……殺り合うのかい? 少なくとも源流ソースとなる魔法を持つ上位魔人だ。”魔人殺し”と言われるアンタでもキツイんじゃないかね」


 アンコリオは会話の内容であるが、魔人がこの近郊に現れるような事があれば大問題なのだが、老人はあまり気にしていないらしくむしろ嬉々としていた。そんな老人の様子にユウィンは肩をすくめる。


「いやはやアンタに優しい声を掛けられるとは思わなかったな」


「フフン、魔人の心臓には様々な使い道があるのでね。情報代わりに核は譲ってもらうよ」


「魔人核をか? アンタの頼みでも承諾しかねるな。あれは人に扱えるものではない」


 ―――ドドドド


 コンマ数秒ほど前までユウィンの頭があった所に鋭利な刃物のようになった石が通過し、後ろの柱に突き刺さった。


「舐めるなよ魔人殺し。このわしを金に目がくらんだり、魔人核の魔力によって魔人化するような三流の錬金術士と一緒にするな。わしの一族は創世期から不死を研究しているんだ。そういうのを火の国では釈迦に説法というんだよ」


「Lv1……いやLv2の詠唱破棄ファンクションとは恐れ入る。アンタこれ程の腕ならば自分で魔人を狩れるんじゃないか?」


 老人は不機嫌そうに魔石の付いた指輪をしている手をユウィンから離す。


「ハッ! わしじゃお前さんの小太刀すら抜かす事はできんか。世辞などくだらない事を言ってないでどうなんだ。アンタはわしのじーさま時代からの常連だ。悪くは思いたくないが、道理は守ってもらわな筋が通らない」


 ユウィンは嘆息する。初めてこの店に来た時、話を聞いて怒っていたのは自分だった。懐かしい思い出と今を比べてもう一度嘆息する。


「やれやれわかったよ。これ以上討論したらチーズみたいに穴だらけになるまで帰してもらえなそうだな」


「ハッ! 詠唱破棄した精霊魔法言語をあっさり躱しておいて何をいうか――親父から話は聞いていたが何て奴だ全く」


「俺はこの関係は続けたい。アンタが上でも俺が上でもない。それはわかっている。だが、魔人核を抜き取るには核以外を攻撃し倒す必要がある。それが出来なかった場合は諦めてくれ。それでいいか?」


「構わんよ。わしは筋の通し方を言ってるだけさ」


 いきなり撃ってくる割には。


「意外と優しいよな……アンタ」


「ハッ! 貴重なカネヅルが居なくなるのが困るだけさね」


「やれやれ……あぁそう言えばアンタのじー様も意外と顔の割に優しかったっけな。苛立つ俺にタダで情報をくれたっけか……」


「あの金にクソ悪どい性悪ジジイがか!? 本当かいそりゃ信じられん」


 ユウィンは少し遠い目をした後、小さく聞こえないような声で呟いた。


(アンタの何十代も前のアンコリオじーさんだけどな)


 気を取り直して現在のアンコリオに向き直る。


「しかし流石だ助かった。魔素材の知識はアンタら一族は大陸一かもな」


 ユウィンがレザージャケットから通貨を取りだそうとするが老人は手で制した。


「いやいいさ、アンタは祖父の代からのお得意さんだ。さっきの詫びも兼ねてな……後いつもの薬仕上がっているよ持って帰るかい?」


「あぁ丁度切らした助かる」


 ユウィン=リバーエンドのもう一つの目的、魔法薬の仕入れ。アンコリオは蒼い粉の入った小瓶を厳重に管理された金庫から取り出そうとしている。


「しかし材料まで手配してもらっておいて何だが、”装うジューダス”なんて高価で使い所の少なそうな魔薬、頻繁に何に使うんだい」


 相当高価な薬の精製を頼んでいるらしい。ユウィンはこの魔薬の為に材料を自身で提供し、年に一度ここに取りに来ている。


「あぁそうだな……年1回くらいは買ってるか」


「今まで依頼があったのはアンタか王族位のもんだよ。これ1瓶で平民なら一生慎ましい暮らしが出来るわな。よくそんなに稼げるもんだ」


「使い道ねぇ、つまらんことさ」


 出された小瓶をジャケットのポケットにしまいながら、ユウィン=リバーエンドは無表情に答えた。


「……聞いて回ってるんだ」

「何をだい? 」


 ため息を一つ。


「死んだ人間に……アンタ何したい?ってさ」


「……?」


「また来る、長生きしろよアンコリオ」




――殺された人間は復讐を願うのだ。




 不可思議そうな顔をしているアンコリオに挨拶し、暗い階段を登り店を出る。裏道りから表通りに戻り周囲を見渡すとまだ人の流れが多く、母親の手を引っ張って小さい子供が「あの玩具買って! 買って!」とせがんでいたりしていた。母親は「言うこと聞かないと、姫様みたいに閉じ込められてしまうわよ」結構よくみる無理のある諭し方をしている。


(へぇ……この国の姫は塔にでも閉じ込められているのかね)


 興味はなかったが、そんな事を思いながら何か食べれる店を探して周りを見回した時――ドンッ「わっ!?」


 一人の少女とぶつかった。目眩がする程腹は減っていたが気付かなかったのはおかしい。アンコリオの店から今にかけてずっと”索敵武装気アスディック”を展開していたはずだからだ。


「失礼したお嬢さん……大丈夫だろうか」


「えへへごめんなさい。ぼ~っとしてたの」


 素晴らしい笑顔にユウィンは一瞬戸惑う。それはまるで夜明けの太陽――嫌な気持ち一つ起こさない完璧な笑顔だったからだ。


「!――――っ」

「笑顔向けられるの苦手なんですね~?」


「やれやれ……どちらかと言うと同意かな」


 とある理由で感情の表し方が苦手な彼は返しに困っていた所を見抜かれてしまい嘆息していた。


「あっ! ごめんなさい、急にそんなこと言ったら失礼ですよね~」


 彼女はえへへ~っとか言いながら頭を下げている。


「この街の娘か」


「実は迷子なの~道を聞いてもいいかなぁ?」


 迷子? 言動は幼いが18歳前後に見えるが迷うものなんだろうか? 思いながらも「何処に行くの?」と聞いてみる。


「トロンリネージュのお城なのです」


 王都に? 結構距離があるが旅行だろうか。


「城に独りでか」

「うんっ!」


 見た所貴族の娘さんの様だがここは国境ギリギリとはいえアテンヌ王国である。 


(一人で国境を越えるのは些か不自然だな)


 家出少女かと思い。


「俺の名はユウィンという、君の名前を聞いても」


「それが……思い出せなくて困っているのです」


 彼女は自分の名前と何故ここに居るのかが思い出せないとのだと言う。この街付近で迷子になったのだと――ユウィン=リバーエンドは不思議に思った。それは相手にではなく自分に対して。俺は何故この女の子に干渉しているのだろうか。放っておけばいいじゃないか。


 だが何故か、

 この娘の為に何かしてやりたい――そう思えた。


 少女の笑顔は太陽を思わせたから。

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