episode1 家族
母親は私立にいかせたかったらしい。
でもそれを拒んだ俺は
ちゃんとした、理由があった。
凛太郎と離れたくない。
ただ、それだけだった。
妹の優香(ゆうか)は
離婚してから言葉を喋ることが
できずにいた。
父親が大好きだった優香にとっては
捨てられたと思ったのだろう。
幼い心には抱え込めないほどの
ストレスだった。
優香が裾をひっぱる。
「どうした?」
プリントを見せてきた。
掛け算のプリントだった。
「まだ七の段わからないのか?
お兄ちゃんが教えてやるから」
頭を撫でると嬉しそうに笑う。
「ただいまあ!ごめんねえ遅くなって」
「母さん、まだ6時だけど」
母親は病院の医療事務の仕事をしている。
離婚してからビジネススクールに通い
医療事務の資格を取って
頑張っていた姿を知っている。
これといって、困ることは無かった。
母親が弱音を吐くことは一切無かった。
他に男を作ることもなく
いつも優先するのは俺たちだった。
優香がしゃべれなくなったときも
「大丈夫!いつか話せるよね!」
なんでもプラスに考える母親だった。
「えーなにしてるのおー?」
と、割り込んでくる。
優香が笑う。
父親がいなくなってもうちは明るかった。
離婚した理由はわかっていた。
女がいたらしい。
その女との間に子供ができて
あんなに父親が好きだった
幼かった俺と優香をおいて
出ていったらしい。
母親にそのことを聞いたことない。
聞いてもあの母親だ。
言いそうなことは想像できる。
「あ、そーだ黒岩くーん♪」
「なんだよ、気持ち悪い言い方すんな」
なにかニコニコして
母親が言う。
「今学期の成績、学年で2位だったらしいじゃないの」
「そんなこと誰に聞いたんだよ」
「上野くんのお母さん」
ドキっとしたのは
うまく隠せたのかわからない。
平然を装いながら母親に聞いた。
「凛太郎の?」
「それしかないでしょ!凛太郎くんの
お母さんがうちの子に勉強おしえてほしーって
お母さん、鼻高々だったわあ」
私に似たのねなんて言いながら
エプロンをつけて、料理を始める。
…何も言えなかった。
実際、母親は頭が良い方だ。
なんの仕事もできるようにと
いろんな資格を持っている。
それも全部、俺と優香のためだ。
ぼーっと考えていると
優香が肩を揺らす。
「ん?できたか?」
にぱーっと笑いながらプリントを
見せてくる。
「優香…まだまだ頑張ろうな…」
まったくと言ってもいいほど
解けてない七の段を見て言った。
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