⑨ クロと扉の心
がたん。
「ちぺーっ!」
扉を閉め眩んだ目を慣らしている所へおぐおぐ泣きながらパシェが突っ込んでくる。
「うわぁっと・・・・あ、れ? みんな、ここにいたの?」
見ればそこにはニポやダジュボイ、〈木〉と〈時〉の精霊、それから眼帯も包帯もつけていないベゼルと、大きなメガネを掛けた清楚な女がいた。
ふと気付いた自分の前髪の短さから、それが「本来の」みんななのだろうと思える。
おそらくそこの美しい女はテンプなのだろう、と。
「うよよよー、妖精にゃーんっ!・・・お、ごほんっ。・・・チペ、いい母ちゃん持ったな。」
何気ない風を装って赤い目のニポが鼻声のままキぺの肩をぽん、と叩く。
どうやら今の部屋での一幕は筒抜けだったらしい。
「覗き見みたいなことしちゃってごめんなさいね、シペくん。
でもね、なんていうのかしら、あなたがこちらへ戻ってきた時にあたしたちも現れて、そして、知っていたって感じなの。ふふ、おかしな世界ね。」
話し方から何から、やはりテンプだった。
まだまだ見知ったばかりとはいえ丁寧な物腰とどこか品のある振る舞いは他人の距離を感じさせない。
「また会えましたね、キペ=ローシェ。うふ、まっさきに私を呼んでくれてありがとう。
あなたが宿主でよかった。うふふふぅぅっっつ、あの、ちょ、もういいんじゃないですかニポ、照れ隠しは・・・いや、あの、いえ・・・いいです。かまいませんけど。」
キぺに言うことだけ言ったニポはすぐにまた〈木の精霊〉を手に乗せてるりるりする。
るりるりのニポはなんというか、有無を言わさないところがあるようだ。
「息子さん。・・・・・・「罪の子」、だったんだな。
こーゆーのってさ、あんましヒトに知られたくねーことだとは思うけど、その、知った以上、俺はもうアンタをただの仲間とか先生の息子だとかじゃなくてさ、家族みたいに思うんだよ。
いや、勝手なのはわかってるけどよ、もうアンタを全然遠く感じないんだ。だからいつでも頼ってくれよな。ま、ココから出たら俺は足手まといになっちまうけどさ。」
初めて聞くベゼルの声。
悲しい名詞の後に続いたのはしかし、心を支えてくれる温かな想いだった。
「ふふ、ありがとうございますベゼルさん。あなたや、みんな、ここにいないヒトたちも含めてみんながいなかったら僕はここに来られませんでした。知ることができませんでした。
・・・ダジュボイさんだってこうして確認するまでは、はっきりするまでは言えないからって口を噤んでいたんでしょう?
でも、どこかで感じていた。なんとなく知っていた。
僕が、「
話の流れからするとたぶん、スナロアさんから聞いていたんですね。
そしてモクさんとカロさんも知っていた。・・・おそらく、エレゼさんも。」
なんだコイツ、やればできるじゃないか、みたいに目を丸くするダジュボイ。
こんな一面を持っていると知っていたニポはけけけと笑い、パシェはぽーっと見上げて、なぜかうれしそうにする。
「かもな。だがオマエへの興味だけが目を引いちまってジニだのウルアだのまでがオマエの可能性に「ユニローグ到達」を夢見るようになっちまった。
結果的にヤツラのやろうとしている「生き神像」の移植にオマエの体はおあつらえむきだったからな。
ふー・・・にしてもよくオレがオマエの素性を知ってたと類推できたな。秘密の番人たるこの俺から読み取るとは降参だ、シペ。」
もうなんかカッコつけているものの、サムラキの村で酔って「タウロの息子」と淀みなく口走っていたことは忘れている模様。
「ユニローグ、か。・・・〔ヒヱヰキ〕や〔魔法〕も一緒に考えると、本当にみんながそこへ向かっていたんですね。
ジラウ父さん、モクさん、ロウツさん、風読みさま、スナロアさん、そしてダジュボイさんやベゼルさん。
僕にはなんでそれがそんなに大切なのか、どうしてこんなに犠牲を払わなくちゃならないのか、それでも目指したいのか、さっぱり分かりません。
でもユニローグ関連で争奪戦が起こって、誰かが傷ついたり悲しんだりするのはやっぱりイヤだから。
ふふ、僕がみんなに協力するのは、そういうのがイヤで、ここにいるヒトたちはそれを回避しようとしているからなんです。
それに、僕はみんなが大好きですから。
そんな理由だけど、大きな志とか立派な思想とか大層な信条とかがあるわけじゃないけど、僕には僕の役割があるみたいだから。
後悔すると思うんです。ここで退いて村に帰ったら。もう何もないし、ハユもいないし。
ふふ、僕はバカだから、でも、バカでもできることってあるって信じたいから。
・・・きみはどう思うクロ? ・・・あれ? クロ?」
わかってるから教えない、といわれた謎の多い案内者・クロはいつのまにかその姿をくらませていた。
「キペ=ローシェ。「クロ」ハイナイ。ダカラ我々ガココニ在レルノダ。」
すっかり忘れていた〈時の精霊〉。
生き物というよりモニュメントっぽい姿だから話しかける切っ掛けが掴めないのだ。
けっこう役に立っているのに。
「うわぁびっくりした、〈時の精霊〉さんかぁ。あ、でも自分の支配下だからって言ってたか。・・・うーん、わかんないことだらけだなぁ仮構帯は。」
おーなんだコイツしゃべれんのか、とダジュボイ。
一方ベゼルは何かこう、学者気質がそそられたのか〈時の精霊〉をいじり倒している。
「そういえばシペよ、ジラウの遺した物はどうなった? 母との対話では聞かれなかったんだが?」
おーコイツ硬ぇーなー、とダジュボイ。そうして老いたユクジモ男が容赦なくゴンゴン〈時の精霊〉を叩いている隣ではベゼルが撫でたりこすったりしている。〈木の精霊〉とは可愛さが光年単位で違うのでぞんざいに扱われるのは仕方のないことかもしれない。
「あ、それなんですけど、きっとジラウ父さんの「遺志」はあの蟲そのものに録音されていると思うんです。
僕ら、せっかく起きた蟲の録音をこれっぽっちも聞かずに「鉄箱と手槌の共振動」でこっちに来てしまったでしょう?
そしてきっとこの仮構帯は、ジラウ父さんの蟲を隠した「母さんの遺志」だったと思うんです。
そう考えると母さんが「締め込み」を使ったことも、母さんの手槌にしか反応しない理由も説明できる気がするんです。ジラウ父さんの「それ」より先に、僕はまず僕を知らなければならない、って意味じゃないかなって。
ここにはたくさんの手掛かりがあるけど、きちんと組み立てて考えないと結びつかない情報が多いから・・・
あっ! そうだニポっ!
あのさ、僕ちょっと思ったことがあって、あ、突然でごめんね。
・・・あの、ごめん、でも聞いてニポ。
・・・あの、うん、妖精さんは、ちょっと、うん。ごめんねニポ。うん、ごめんね。」
もうすんごい謝るキぺ。
「ねぇ聞いてよ」みたいなノリで声を掛けてはみたものの予想以上にニポは〈木の精霊〉に釘付けだったらしく、そういう時に邪魔をするとこういう目に遭うらしい。
キペに抱きついて離れないパシェすらも目頭を押さえている始末なので他のみんながどんなかは想像つくと思う。
「あぁん? 乙女のひとときに踏み込んでまで何の用だってんだいっ!
あっ! それよりあんた母ちゃんに「うるさい子がどーの」とか言ってなかったかいっ? 冗談じゃないよチペっ! あたいはあんたの上司なんだからねっ! そこんトコわきまえてくれないと困るよねー妖精にゃーん。」
もはや彫り物みたいになっている〈木の精霊〉のおかげで「うるさい子」問題の鎮静化は図られたが、すべては彼女の気持ち次第のため今後ともそれが有効な手段として機能するかは極めて不透明だ。
「あー。ごめん。あ、でもね、えっと。
・・・ねぇニポ、《オールド・ハート》の訳って確か、「心の扉」だったよね?
それってさ、「扉の心」とは訳せない? 「扉としての精神」みたいに。
まだなんとなくなんだけど、そう考えた方がこう、すっとする気がするんだ。
何か手掛かりがあって言ってるんじゃないんだけどさ。」
んなにぃっ!といきり立ってなぜか〈木の精霊〉にチューするニポ。
もう、誰もそれを咎めはしない。
「おもしれーこと言うなシペ。オレも『解識班』ってのにいて神代文字は翻訳できるから言うんだけどな、それはアリだ。
そもそも《オールド・ハート》ってのは口伝えだからな、正式な名称なのかは定かじゃねーんだ。本来はもっと長いだのひっくり返してあっただのってのは余白に織り込んでおいて間違いはねーんだよ。
それにオレも直訳には疑問があったんだ。
「心の扉」だとどーも「宿主主体」な気がしてよ。
いや、ただの〈契約〉ならそれでもいい。
だがメタローグの語り部になるための段取りだの重複〈契約〉だのっていう宿主の体に危険が及ぶようなハナシになると、もしかしたら宿主が主体じゃねーんじゃねーかと思っててな。
・・・しかしそーなると悩みどころだよな。「扉の心」「扉としての精神」となりゃ、じゃあ誰が、あるいは何が「主体」なんだ? って、つまりは「主語」よ。ナニから視点なんだ、ってな。
まるで何かを受け入れるための「器」みてーな扱いにならねーか、
そこで、
「なぁ、」
だから、
「なぁ、そりゃ、」
ニポが振り向く。
「獣の容器、ってことかい?」
そして青ざめたように表情を失くし、ふわりと〈木の精霊〉を中空に放つ。
「なぁチペ・・・「クロ」って、誰だい?」
少しずつ、思い出されてくる。
モクとカロとで何かをした仮構帯で起こったこと。
それは「消して」いない記憶だから。
「なぁチペ、それ、「黒い獣」じゃなかったかい?」
ナコハとのやりとりを「知る」者でも、実体がないようなクロを「黒い獣」と表現することはできないはずだ。
ただの「しゃべる影」くらいにしか「見えて」いないのだから。
「・・・ニポは、知ってるの? クロのこと。」
しゃべって、身近で見て、なんとなくの感覚で初めて「獣」とか「生き物」といった感想が出てくるはず。
何度も言うが、別に影に目があるだの口があるだのというわけではなく、それは揺らめくだけの影にしか見えていないから。
「カロっていただろ。
あのヒトにどうやらあたいは救われたらしいんだよ。・・・そこにモクじーさんもいてさ。
こことおんなじ、仮構帯だった。
・・・カロってのが飼ってたのかは知らない。でも、そいつとモクじーさんが合意みたいなのしてさ。
・・・喰われたんだ。
・・・なぁ、チペ。
・・・・なぁチペっ! そのクロってのと手を切れっ!
イヤだっ! もう、もうイヤだっ!
あたいもう・・もう、頼むよチペっ!
わかんないけど、わかんないけどあんたまで・・・イヤだよ。怖いんだよ。・・・チペ。」
流れていないはずの時に諌められるよう、怒りに似た悲しみはトーンを落とす。
それでも響く想いはよく伝わった。
「大丈夫。ふふ、僕もよくわからないけど大丈夫だよニポ。
ねぇニポ、僕ね、ニポに心配してもらえてうれしいな。ふふ。だって滅多にそんなこと言ってくれないでしょう?
でもねニポ。僕は僕のことよりきみのことが心配なんだよ。
・・・ごめんね、嫌なこと思い出させちゃって。ごめんねニポ。・・・うん。ごめんね。」
切なくなって、苦しくなって、胸がいっぱいになって、ニポはキぺの胸に顔を埋める。
気を遣って離れてくれたパシェはいつも気丈なニポを不安そうに見つめていた。
キぺは右手をニポの背中に、左手をパシェの頭に置いて「大丈夫、大丈夫」と唱える。
ダジュボイは何もない空を見上げ、ベゼルは四つん這いで吐きそうなほど嗚咽を上げる。
べそかきなテンプも〈木の精霊〉ももらい泣きだ。
浮いているのは〈時の精霊〉だけだったが、それは初めからずっとなのでこの際無視だ。
そんなふうにしっとりとした時間が過ぎたその時、
「あっ!」
ムードを仕立てた張本人がこれまたでっかい声を上げる。
「ダメだっ! ニポ、もう起きないとっ!」
起きる、がこの「仮構帯からの脱出」であることは他の者にも理解できたものの、できればもう少ししっぽりしていたかった。
「ぬぁっ! そうだっ! なぁチペっ、あたいシオンで『ファウナ』に運ばれてからそっち行くまでどれくらい掛かった?」
なんだなんだとぶーぶー言うほかの者そっちのけで記憶を辿る。
「そんなじゃなかったと思う。少なくとも風の神殿みたいな感じじゃなかった。」
どーゆーこっちゃ二人ばっかり仲良くやっちゃってよー、みたいになる。
「そうかい。あ、でもやりとりは短かったからねえ。それにあたいがいた仮構帯はカロってのが無理やりこじ開けたみたいなヤツだから性質が違うのかもしんないよっ!」
おーしーえーてーよー、みたいになる。
しっかりしろ、ダジュボイ。
「あの、えっと僕ら風の神殿で「菌界による仮構帯」へ行ってたんです。でも、起きたら夜明けになってて、すごく疲れててお腹も減ってて、あ、それで僕ら髪の毛伸びたんです。
で、その時エレゼさんが言ってたんです。
「ここを訪れた日の翌日かどうかは断言できない」って。
仮構帯の影響で体にそういう変化が起きてたみたいですね。ナナバの村へ戻って確認したら僕らまるまる日巡り三つも倒れていたんです。
ニポの言う通り性質の違いがあるにせよ、ちょっと僕らは長く居すぎたかもしれません。
外の世界でどれくらい経ってるか判らないんですよ、ダジュボイさんっ!」
ナコハとの邂逅だけならまだよかった。
しかし悠長にユニローグを語っていたのは痛手だった。
ここが風の神殿と同じ性質の仮構帯であれば取り返しのつかない事態になる。
「でもよ息子さん、起きるったってどうやって?」
キぺとニポの他は仮構帯には初めて来たのだ。
出口があるわけでもないこの世界から抜け出す方法など思いつくはずもない。
「あ、そーだよチペっ! あんときゃ〈契約〉の成立で終わったし、あたいの時はあのカロってのが終わらせてくれたけどここではっ?
導いた当事者もいないし管理する妖精もいないじゃんかっ!」
言われてみればそうだったが、言われたからこそ確信する。
そう。
ここは「被造子ノ意デ叶ウ世界」。
「・・・・・・そうか。やっとわかった。
「僕の意志」の意味も、どうして管理者が見当たらないのかも。そしてクロが「誰」に遣わされて現れたのかも。
[鍵音」は蟲を目醒ますための設定だったけど、母さんが工夫したあの鉄箱と手槌の共振動はもうひとつの[鍵音]にもなっていたんだ。
あれは蟲じゃなくて、僕の中の記憶を目醒めさせる[鍵音]だったんだよ。
どこかで感じてた違和感とか不思議な浮遊感は体に沁みてたんだけど、クロに会って確信したんだ。
ニポ。この仮構帯は、僕が拓いた共交層領域なんだよ。
ただこの体の僕の意志で拓いたわけじゃないから、実質的な管理者に命じればいいはず。」
そして大きく息を吸い込み、キペは声を世界に鳴り響かせる。
「クロぉぉぉぉぉぉっ! 終わりぃぃぃぃぃぃっ!」
なんだそれー、みたいになる満場一致の思いの丈が、
見事、
揺らぐ。
そして眠るように白む中、「了解シタ」の呟きが聞こえた。
聖都オウキィの北、ボラクサンの集落の南に位置する小さな宿場町で大きなヒトデ馬はささやかな休息を堪能していた。
「ミガシ団長、再編成された『ファウナ』がボラクサンにて南下を始めている模様です。
今まで動かなかったのは浮島シオンからの帰還兵を待っていたためと思われます。」
細道や遠回りの獣道を使えばこの宿場町を通らずとも聖都へ進撃することは可能だ。
また、これまで得た情報から察するに新生『ファウナ』の指揮は総監を務めていたメトマであることは察しがつく。
しかし、もともと好戦的な武断組織を率いてきたメトマは『ファウナ』に所属する以前にも兵団と小競り合いをした経験がある。そのため分派組織といえども、兵の采配経験値が看過できないメトマの『ファウナ』には油断ならなかった。
「よし。情報の収集と精査を継続させろ。総長を変えて体制を一新したのなら離反や派閥の内部衝突は付きものだからな、数の把握と班長・部頭の洗い出しはヤツラの質を見極める上でも要だ。
座りの悪いできたての新体制でけしかけてくるとなれば手柄欲しさに玉砕覚悟も視野に入れねばならん。
だがあのメトマのことだ、安い陽動作戦でも二重三重に仕掛けてくるに違いない。
第一連隊を聖都に集め第二連隊を北西に、第三連隊を北東に散らして配備させろっ!
ノロマな兵団本隊では成せぬ偉業を我ら『スケイデュ遊団』が果たすのだっ!
・・・ヘータイサンなど、クソっ喰らえだっ!
民の盾となり一滴の血も流させるなっ! それができるのが我らなのだっ!
示せっ! 我ら『スケイデュ遊団』の本懐をっ!」
そして第三連隊情報部隊兵站組支部に号砲のような気勢が響く。
酒場をかりそめの姿として秘密裏に集まっていたのだが朝方だったのでよく響いた。
そして昼すぎには近所から苦情が来た。がんばれ、ミガシ。
「遊団長、少々・・・」
そこでえいえいおーとやっていると、身軽な索集組の団員がミガシの背中にするりと現れぼそりとやる。
「わかった。・・・では急ぎ紙鳥と伝え蟲を放ち各自配置につけ。拠点・経路への配分は連隊長の指示を仰げ。俺へ上げていては動きが鈍る。
なに、連隊長をはじめお前たちはどこへ出しても恥ずかしくないほど優秀な俺の自慢だ。適宜その流れを読んで行動に移せ。
いいかっ! 事態は一刻を争いそして、仕損じれば聖都へ踏み込ませるものと思えっ!
時流の趨勢はどこまでも流動的だ。第二・第三連隊長には状況に応じた柔軟な対応を好きにやらせろ。俺がすべての責任を負う。
そして万々が一にも聖都へ抜けてきたのならこの俺が直々に相手をしてやる。くくく。」
うわー、このヒト楽しみにしてんじゃん、みたいに思うが決して言わない。
少なくとも、くくく、と笑いながら店(アジト)を出ていくまでは絶対言わない。言えないから。
「失礼しますミガシ団長。指示のあった風読み一行の足取りが掴めましたのでご報告いたします。」
シオンを出てすぐの支部から近隣を所轄していた第二連隊の索集組へ、「浮島の監視及びそこから出てくるはずの風読み・ヒナミ・ハユの追跡」を指示していた。
ハユはあくまで仮団員である以上、遊団長の肩書きを以ってしても大っぴらに捜索や救出を命じることができなかったのだ。
そのため今は「民間人の誘拐疑惑」という名目で仕事に当たらせている。
「そうか。ご苦労。・・・して、ハユは?・・・いや、風読みたちは?」
鬼とか悪魔とか言われていたミガシの口から「ご苦労」などとねぎらう言葉が出たのは驚きだったものの、かねてより耳にしていた噂を元に少年の名前がまっさきに出てくれば不思議と頷ける。
自分たち部下に甘くやさしくなることがいいとは思わない。しかし高圧的すぎる緊張関係には戸惑うことがあった。
伝えるべきかどうか迷う些細な情報や、未確認ながら事実であれば大変な情報の処遇についてだ。
下手になんでもかんでも上げようものなら殺されてしまうんじゃないか、と本気で悩む者さえあるほどだから。
だから索集員は密かに思う。ハユという少年の目に見えない功績を。
「はい。現在は民間人少年の手当てのためカミンの町に留まっている模様にあります。ただ、市井よりの聴取で早ければ一両日中にも町を出るのではないかと。」
部下が一人しかいないからか、ミガシは長く太い嘆息を人目も憚らず吐き出した。
ハユは無事で、今は療養している。
ただそれだけが、朗報だった。
「そうか、よかっ・・・では第二連隊索集組は一部継続して風読みたちを見張り、動きがあれば直ちに俺の元へ紙鳥を放て。
『ファウナ』と異なり現時点において風読みたちを取り締まる法もなければその行く手を阻む妥当な事由もない。
そして『フローダイム』・・・操るヤツラがどこに潜んでいるかもどんな指令を出しているかも判らぬからな。
それに風読みたちはあくまで騒乱の「可能性」に過ぎん。
お前たちに不要な危険を負わせるわけにはゆかぬのでな、手は出さなくていい。俺が直接相手をする。
なに、手が及ばなければ第一連隊がいる。巻き込むべき正当な理由が生じれば呑んでもらうつもりだ。ふふ。
さ、ゆけ。我らは民の安全と安心のための組織。その矜持を抱いて走れっ!」
指示だけでよいものを、こうも感情を乗せて説くなど今までのミガシには見られなかったことだ。
「ハっ。それでは失礼いたします、ミガシ団長。」
変わったな。
そう索集員は思い、走った。
これまでもきちんと仕事はこなしてきたが、今回ばかりは何かが違った。
「ついてきますよ、団長。」
そう呟く索集員は町はずれに隠しておいた馬へ飛び乗りカミンの町を目指す。
「悪を滅ぼす」ではなく「民の安全と安心のため」。そんな可愛らしい言葉を胸に刻んで駆けていった。
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