⑥ 音と世界





「「うぅぅ―――――りゃあぁぁぁあっはっはっはっはーっ!」」


 ごろごろごろごろ、どっかーんっ!


「「ちょっとニポっ、いちいち壊さなくてもいいからっ!」」


 ナナバの村から川沿いを走らせ、高くて硬いカーチモネ邸の城壁を壊して参上する。


「「そうよニポちゃん、あ、えっと、これはこの辺でいいのかしら。」」


 吹っ飛んだ瓦礫をひと所に集めてまとめるカクシ号。

 同乗するダジュボイは目頭をきゅっと押さえていた。


「な、何事だあぁぁ・・・あぁ。・・・あぁ。・・・あぁまた。」


 そこでどかーんと屋敷から出てきたカーチモネと仲間たちは右から左まで立ちくらみと片頭痛に襲われる。最も見たくなかったこのデジャヴがどうか夢でありますようにと言わんばかりだ。


「「おーまた来たぜカーチモネーっ! きひひひ。あーんと、チペ、どこだったっけ?」」


 差し出せ、と迫らないニポは自力で探すつもりらしい。

 手間を掛けさせるのは悪いと思っているのだろうがダイハンエイが入れるほど屋敷の間口は広くない。


「「え? あーんと、一階か二階の、真ん中から右か左に行った所だったような。」」


 はっきり憶えておいて欲しかったのはニポよりもカーチモネだ。このままだと全面的に破壊されるから。


「ちょっ、ちょっと待てえぇぇぇっ! なんだっ、なんなんだっ、もう・・・あぁ、頼む、もう壊すのだけは、頼むっ!」


 財のおかげで必死に謝ったりへりくだったりしたことのないカーチモネの二度目の挫折。


「「およ? やけに協力的だねえ。でもいいよ、あたいら自分で探すから。」」


 おーいテンプ―、などとあっちで片付けをしていたカクシ号まで呼ぶものだからカーチモネは幽体離脱で苦しみの現世から旅立とうとする。


「・・ほう。・・・ほおう。・・・なんだね。え? なんだね? 欲しいのはなんなんだね?」


 そのためほんのり狂ってしまうカーチモネ。

 駆け付けた世話衆も警護衆も医法衆も壊れた壁より壊れた主を偲んでいる。

 まだ死んではいないが、偲ぶ準備はバッチリだ。


「「だったらオカシをだせーっ!」」


 欲しいものは何かと問われたから横からパシェが正直に答えちゃう。隣のキぺが「ダメだよ、そんな無理言っちゃ」とたしなめるより早く世話衆はまるごと台所へ走っていた。


「「おー、どしたニポ。なんだ、隠し立てするようなら壁まるごと剥がしちまえっ!」」


 カーチモネ邸での悲劇を知らないダジュボイがカンラカラカラと冗談めかしく言ってみるも、当然それは冗談では済まない。


「ほうほうへいっ!・・・へい、どうすればいい? んー? ワタシはどうすればいーんだねみんなー。どーなんだねみんなー?」


 ずんずん別人になっていく主のすさみっぷりに女中は袖を濡らしている。


「「・・・あのぉ、カーチモネさんお久しぶりです。以前お世話になったキぺです。あ、あの、庭の壁はすみません、ちょっと高くて入れなかったので。えっと、このとおりニポも反省していますから。

 あ、じゃなくて、[打鉄]で作った「ロクリエの魔法使いの像」を貸していただけませんか? あ、でももしかしたら傷をつけてしまうかもしれ―――――」」


 あたいは全然謝ってないぞ!と横でうるさい中、借りてもあっちだこっちだいじくるから悪いなぁと言い訳を考えるキぺ。

 そしてそれをみなまで聞かずに取りに行かせるカーチモネ。

 ダジュボイは熱い何かがこぼれないよう空を仰いだそうな。


「こ、これでよろしいですかっ!」


 そこへどーん、と差し出されたのはお菓子と食糧。お菓子だけでは帰ってくれそうにない、と判断した世話衆の祈りもそこには添えられている。


「「んあ? あー。んじゃもらっとこうかねえ。テンプ、持てるだけ持ってくんなっ!」」


 ダイハンエイには「手」がないのでカクシ号。

 うん、わかったと答えるカクシ号の肩の上で深々と頭を下げているのは「さっきの冗談はほんとオレでもダメだと思ったわぁ」と感じた最年長者。


「「うわー、すげ、すげーぞっ!・・・アタイこんな、こんなにたべれるかな。」」


 たった一人で食べる予定のパシェ。横では「まったく食いしん坊だなぁ」とキぺがニコニコしているもののこれらを世間では略奪と呼ぶことに気付いていない模様。


「こ、これでよろしいですかっ!」


 続いて警護衆がそらもう丁重に運んできたのが、


「「これっ! これですよベゼルさんっ!」」


 髪の毛まで繊細に叩き締められた作品・ロクリエ像だった。


「「よしっ! 退くぞニポっ! 迷惑をかけたな主っ! だがオレたちにも猶予のない事情があるのだっ! 男ならめそめそせずに呑めぃっ!」」


 もうめちゃくちゃなことを言って聞かせるも、みんなへへー、とやってひれ伏すから悪い気はしない。


「「あのカーチモネさん、なるべく壊さないように返しますから。ちょっと借りるだけですから心配―――」」

「いいっ! 返さなくていいからもう来るなっ!・・・頼む、・・・もう来ないでくれ・・・」


 律儀なキペには好感を持てたが返しに来ればまた庭が破壊されるのでカーチモネは最後の力を振り絞る。

 守るためだ。庭とみんなと、己の心を守るためだ。


「「あ、ねぇニポちゃん、像が重たいからお菓子とか食べ物ちょっと潰れちゃったわ。」」


 そんなカーチモネなど気にも掛けず今もう最もどうでもいいことを案ずるテンプ。

 だので、けけ、気配り上手め、とベゼルはロクリエ像そっちのけでテンプの頭を撫でてやり、あ、どうしたのベゼルぅ、みたいになり、声にならない声で「オマエがヨメになったら俺ぁ幸せだな」みたいになって、もぉ、ベゼルったらぁ、とか言ってつつき合う。

 取り残されたダジュボイが風化の危機に曝される。


「「よー、ダジーさん、退くって次はどこ行くのさ。」」


 ちょっと潰れちゃったみたいだけどよかったねーパシェ、とはっちから乗り出してカクシ号の手の中を指すキぺに、ちぺにならわけてやってもいいぞ、と照れるパシェ。


 今日は本当にいい天気だ。


「「ひとまず西に行くぞっ! どこか落ち着ける場所で確認するっ!」」


 で、「ほいじゃねー」と用の済んだダイハンエイは東口から乗り込んだ庭を西口に突っ切る。


 だから。


「は・・・は・・・は・・・はーいっ!」


 もう元には戻れそうもないカーチモネのタイミングに合わせて地鳴りがどかーんと鳴り響く。


 その後カーチモネ邸はずいぶん風通しが良くなったそうな。





 ごろごろごろ、どすん。


「「ココなんてどーだい? 見たところ道も家もないからねえっ!」」


 道はあった。だがダイハンエイが踏み倒して切り開いてしまうから見えなくなる。

 ちなみにナナバの村などは三つも四つも「道」ができてしまったものだから今では未開でもなんでもない村になっている。


「そうだな。テンプ、像を下してくれ。」


 年の割に身軽なダジュボイはそこでカクシ号から滑ると、あっちから降りてきたキぺに目を向ける。


「シペ、この像に何か手掛かりのようなものはあるか?」


 うー、オカシだぁっ!とはしゃぐパシェを降り立つニポが「後でな」とたしなめる。


「以前見た時に違和感はありませんでした。そもそも像に秘密なんて・・・あれ?」


 ゆっくりと下ろされるカクシ号の手に載る像は横倒しになっており、だからこそ底の部分が見てとれた。


「どしたチペ。んわっ!・・・あいつらこんな贅沢なモン食ってたのか。」


 型崩れすることなく残った菓子を見つめてニポは声を震わせる。そして、あーササもねだればよかったと後悔する。


「なるほどな。テンプっ、像を横倒しのまま地面に下ろしてくれっ!」


 見ればダジュボイでも気付ける形でロクリエ像の足の裏に小さな箱が埋め込まれている。

 それが解古学博師・ジラウの「遺志」であることはもう、疑いようがない。


「こんな所に・・・でも、ってことはきっと。」


 そこで何かに思い至ったキぺの前へ、像は静かに横たえられた。


「・・・シペよ。・・・いや、取り外せそうか?」


 操るテンプを置いて一足先に降りてきたベゼルはラグモ族特有の感覚で淀みなく「像」に触れていた。[打鉄]であるとか「ロクリエ像」であることがそうさせるのではなく、今は亡き恩師ジラウに触れられると信じる心がそうさせたようだ。


「ええ。たぶん「締め込み」という技法で組んであると思います。あの、ちょっと水をもらえるかなニポ。・・・あ、ありがと。ちょろちょろ、っと。

 よし。ちょっと時間が掛かります、みんなは休んでいてください。」


 そう言ってキぺはロクリエ像の腹のあたりを慎重に濡らして水を含ませる。


「ん? んなことしたら木が膨張して取り出せなくなっちまうんじゃないのかい?」


 休めと言われたので遠慮なく菓子にかぶりついてキぺを覗き込む。

 確かに全体を湿らせてしまえば膨れて中に埋め込んだ異物を締め付けてしまうだろう。


「ふふ。特異な繊維質のニビの木に異物を嵌め込む時は大概この技法を使うんだよ。

 足の裏から離れた、でも離れすぎないところを丁寧に濡らさないといけないんだけどね、そうすると・・・ほら、頭と足の繊維が少しずつ引っ張られていくでしょ? できればもう少し湿気のある日の方が像にヒビが入らなくて済むんだけど、今はそんなこと言ってられないもんね。


 ・・・ダジュボイさん、お気遣いありがとうございます。」


 ちょびちょびと水を垂らし、手ですり込むように、あるいは塗り拡げるようにして足の裏の「穴」の広がり具合を確かめる。


「ヒビが入らずに取り出せてからだろ、シペ。」


 カクシ号や分解したコマ号・ヒマ号で壊すなり刻むなりすればこんな手間はいらないはずだ。それでもキぺに委ねたのはそれが貴重な像であると同時に、彼の母の形見でもあるから。


「ふふ、そうですね。・・・お、よし。ちょっと手伝ってください。頭を上げてトントンします。」


 そしてダジュボイ・ニポ・テンプが像の頭部を持ち上げ、キぺが手槌の柄で「音の抜ける」位置を探りトントンすると・・・


 ころん、からん。


「おーっ! でたぞちぺーっ!」


 像の足元で待っていたパシェがもううんざりするくらいの大声を上げる。両手にはもちろん花餅が握られている。


「・・・鉄の、箱? 錠は特にないみたいですね。」


 やや錆びついていたものの、それは飾り気のない手の平サイズの鉄箱だった。


「待てシペ。ベゼル、その箱について何か知らねーか? 抜け目のねぇジラウのこったからな、開けた途端に秘密を知ろうとしたヤツを・・・ってのも考えられなかねぇ。」


 ダジュボイとしてもここまできて、とは思うが万全は期したいところだ。


「ふぁいふぉうふふぁふぉふぉふぉふぃふぁふ。」


 未だ包帯であちこち巻かれたベゼルの、その凛とした笑みには無事の確信があるようだ。


 ジラウから箱のことは聞いていない。

 とはいえ、ここへ辿り着くにはベゼルを共に従えなければならないはず。


 そう考えるとベゼルにまで危険が及ぶような仕掛けをこの段階で仕組んでいるとは思えなかった。というより、そう信じたいのだ。


「そうですか。じゃ、開けますね・・・・・・へ? 蟲?」


 きききと軋みながら開かれたそこには、ころん、と大きめの蟲が一匹転がっているだけだった。


「どういう・・・書き置きもナシか。・・・蟲? そうか、伝え蟲かっ!


 ・・・しかし、こ、死んでるのか?


 な、くそっ! どーしろってんだっ! 冬眠してるにしたって起こし方もワカらねー上に音拾いができるヤツすらココにはいねーんだぞっ!」


 大声でも起きない蟲の前でダジュボイは感情をまき散らす。


「これで・・・おしまいなの?・・・だれか、だれか何かを知ってるヒトはいないの?」


 ベゼルの失意をひしひしと感じるテンプが祈るようにすがるように声を絞る。


「僕は・・・ここまでです。

 蟲の扱いなんて父さんからもおじいさんからも聞いたことがありません。」


 途方に暮れる中、それでも諦めない女が頭の中を総ざらいする。


「ジラウってのがチペの父ちゃんなんだろ、それが一番ユニローグに近付いた・・・手掛かりを知ってそうなのはスナロアのじーさんだが何も言ってこなかった。ってことは知らないってことか。


 あとは? あとは?


 ・・・・・・・・・・・モク、じーさん。


 ・・・・っ!」


 巡り巡って上りつめた先にいたのは、


「オカシラぁっ! もとオカシラはまだっ!」


 ニポの家族、ニポの父たる存在・モクだった。


「あ? ナニ言ってんだオマエら。」


 死んだことは知っているはずだ。

 そう思ってちら、と見やるも視線の先ではもうひとり奮い立つ青年がいる。


「そうか。ニポ、ダイハンエイの分解の支度してっ! 

 誰か、白い大きな布・・・あ、テンプさん、ちょっと上っ張り貸してくださいっ! あとダジュボイさん手伝って! これ、そっちの木の枝に張りますからっ!」


 なんだなんだ、と思う間もなくニポはダイハンエイ腹部のとーちぱねぃを開き、キぺはテンプがナナバの村から記念に分けてもらった白い外套を広げてダジュボイに持たせる。


「オイ、どーゆーこった? なん――――」

「いるんですよダジュボイさんっ! ヒマ号の中にモクさんがいて、しゃべるんですっ!

 僕らモクさんの伝言を聞いたことがあって、でも最後まで聞いてなかったんですよっ!」


 もうすっかり忘れていたことだった。


 ジアートの丘で「骨野ヶ原へゆけ」とのメッセージは聞いていたが『スケイデュ』の侵入で最後まで聞けずじまいのまま放っておいたのだ。


 またモクと再会できれば本人に直接尋ねればいいだけの話だったから「あとでわざわざ確認する内容」とまで考えなかったのは当然だ。


「よさっ。こっちはいいぞチペっ! んん、ちょっと小さいかねえ? まあいいさ、今はじーさんの話が聞ければいいんだっ!」


 テンプの外套はモクを映し出すには少々物足りないものの、声が聞ければ充分だった。


 とはいえ心はもう一度あのモクを目に映したかったから、やや不満はあった。


「始めてっ! ニポっ!」


 ふぃーん、とニポの手をヒマの手形が認証する。


「任せなっ!」



 そして、



「おおおおおおおっ! モジャあああああっ! んモジャあああああああああっ!」


 映し出されたモクに誰より興奮する年寄り一人。


「あのじーさんモクのオカシラのことだいすきなのかな。」


 そんなダジュボイに反応を示さない薄っぺらなモクに、しかしダジュボイは抱きつこうと必死だった。


「あちょ、ちょ、ダジュボイさ・・・あの、あと、静かに。」


 それを抑えるキぺも、それがイヤではなかった。

 ジアートで見た時とは異なる感情でモクを見つめることになっていたから。


「「・・あめん・・かいなあいうえお。ん、んんっ。いっか。

 ・・・さて、「ばいでおれった」は初めてになるの、ニポ、パシェ。」」


 そしてあの時のように原稿を取りに行って戻ってくるモクが改めて話し出す。


「「え、えー。あ、そうだった。聞き逃した場合はヒマ号の巻き戻しすわいちを押し、早く進めた―――」」

「それは聞いたっ!」


 と、相変わらず容赦のないニポにより「塩リンゴのまんじゅうより実はユスラウメのまんじゅうの方が好きだった」宣言も早送りされる。

 人並み外れた動きとしゃべりの早さにダジュボイもテンプもうろたえるが、キぺたち三人は「そうだ、それは前に聞いた!」と云わんばかりに満足げだ。


「「――さて、本題に入るかの。とりあえずコマ、ヒマ、ヤシャを連れて骨野ヶ原へ身を隠すのだ。方角などはヒマの内側にある画像ぱねぃで確認せぇよ。

〈神霊祭〉の今年に向けた動きは加速してるように見える。身の危険さえ感じる今日この頃なのでの、頼んだぞ。ニポ、パシェ。」


 そして写像の中のモクは原稿をめくり、こほん、と咳払いをする。


「ここまでは僕らも観たんだよね。・・・ここから、なんだ。」


 キぺたちが骨野ヶ原の忘れな村へ向かったことはダジュボイも聞いている。しかしそれがモクの指示だったとは思わなかったのだろう、驚いたように目を丸くしていた。


「「こほん。ニポ、パシェ。おヌシたちは赤目に事のあらましを聞いてこい。


 ワシら『ヲメデ党』の意義と意味、出てってしもたウツケのベゼルやテンプが求めたもの、タチバミとボロウがウセミンの下で働く理由を、もう知ってよい時だと思うのだの。


 おそらく、これを観る時ワシは傍におるまい。これから行う計画が頓挫したか、ワシに何かあったかした時であろ。


 だからの、心して聞き届けるのだぞ。ワシがしくじった時のためにこれは残してゆく。

 ニポ、パシェ。おヌシたちはこれから向かうセキソウの村におる一人の青年を守るのだ。

 名をキペという。


 その青年を狙う連中がこの〈神霊祭〉に合わせて動き出しておるようだの。

 そやつらも同じような目的のためにその青年を求めてはいるがの、ワシらとは異なる利用方法を画策しておるようだの。


 ・・・。


 これを言ってしまうとおヌシたちに重荷を背負わせてしまうのだがの、ノルという娘を連れた、カロという忘れな村出身のコネ族の男を頼れ。


 もし先にエレゼという名のジッヒ族の男に出会ってしもたのなら即座に逃げよ。あの男はカロと違いジニに近い思想を持っておるからの。


 それから・・・スナロアという男を目指すのだ。フラウォルトのコロナィの地下におる。


 スナロアにはあまり迷惑は掛けたくないのでの、できるなら今『フロラ』にとっ捕まっておるダジュボイを味方につけよ。

 顔も心も悪魔のようなジジイだがの、強靭な信念と破壊的な行動力を兼ねておる。


 ユニローグなどの知識はワシやスナロア、ジラウには及ばぬものの、あの男であればあるいは運命を引き寄せ導くことができるやもしれん。


 ニポ、パシェ。


 まだ若いおヌシらを駆らせてしまうワシを赦してくれ。

 信用に足る者があまりにも少ないのがワシやスナロアの現状なのだ。


 そしてもう一度繰り返すがセキソウの村のキペを守り抜け。


 その者こそ、ワシらが知るこの世界を覆すやもしれぬ唯一の存在なのだ。」」


 新たな原稿を取りに画面から消えるモクを、キぺはただただ息を呑み、ダジュボイたちは涙を飲んで見つめていた。


 モクは自分に迫る危険を、「命の終わり」と感じていたようだ。


「「・・・ニポ、パシェ。もしその者を保護することができたのなら次のことづてを頼む。

 ナコハというキペの母より預かったものだ。


 「音が鍵となる」

 

 ワシにはよく分からぬが、ある事件のあと失踪することとなったナコハがタウロという鉄打ちに託したものだそうだの。


 知己のタウロが直接その青年に伝えていないのは、伝えることで危険を招くから、もしくはこの手こずる順を経て届けなければ価値を見い出せないからだろうの。


 ナコハは頭の切れる娘だったが・・・いや、それはよいの。


 この言葉少なな伝言が何を意味し、何を為すのかはようとして知れぬ。その青年が理解するかも断言できぬ始末。


 ニポ、パシェ。


 すまぬの。・・・・本当に、すまぬの。・・・・おヌシらの笑顔を見るとの、つい、言いそびれてしまったのだ。

 ユスラウメ――――」」

「それはわかったっ!」


 えー?となる展開でも早送り。

 その後の早送りの動きから見てモクは朗々と「ユスラウメのまんじゅうの魅力について」を講釈したものと思われるので割愛だ。驚かないのは性格が似ているパシェくらいだが。


 そして。


「「―――というわけなんだの。

 ニポよ、ワシはおヌシを娘だと思っておる。おヌシの目は間違いを見抜き、正しき判断を導く美しい光なのだ。


 その目を信じよ。ワシの言葉は古き者のたわごと。その目が拓く未来こそが、ワシたちの目指し求める世界なのだ。・・・・それではの、ニポ。パシェを頼むぞ。」」


 からんからんからん、と鳴っていたヒマ号腹部の映写装置がそこで止まり、


 やがて静寂が包む。


「シペ。・・・訊きたいことがあるだろ?・・・・オレたちもそうだが、まずはオマエからだ。」


 これからの一手のすべてはこれでキぺが握っていることになる。


 しかし、事実だろうこの話を聞かされたキぺはいくつもの疑問で胸をいっぱいにしているはずだから。


「・・・ロクリエ像に隠された鉄箱が「締め込み」で埋められていた時から思っていたんです。

 これは、って。


 それには気付いていたのですか?


 また、僕が「守られる存在」ってどういう意味ですか?


 そして・・・・「失踪」って、どういうことですか? 


 モクさんの言った「事件」についてはエレゼさんから少しだけ聞きましたが、それよりも。それよりもっ!


 僕は、・・・僕は、父さんと母さんが死んだと聞かされていたんですっ!」


 キぺの生い立ち。

 キぺの定め。

 キぺに残されたもの。


 ぽつんぽつんとそれは散り散りに輝くばかりで意味も意図も読み取れはしなかった。


 それらを繋げる知恵者がいなければ。


「オマエの母・ナコハについてオレは知らない。会ったこたあるが挨拶と世間話くらいだったからな、ジラウの遺したコレに関わってるだの、モジャがことづてを預かってるだのってのは知らなかった。


 それよりオマエが知りたいのは「事件」と「失踪」だよな?


 オマエがエレゼからどこまで聞いたのかは知らんのでな、重複する部分もあるだろうがまぁ聞け。


 オマエらも聞いておけ。

 シペをどうして守れとモジャが言ったのか、スナロアやカロ・・・は知ってるな? あいつらがなぜシペに拘泥するか。エレゼがなぜシペに接近してきたか。


 ジラウの息子だから、というのも一つの大事な理由ではある。

 だが、より大きな一因は別にある。」


 そう言われるまで、「ロクリエの何かを継いでいる」と信じたニポですらもキペを取り囲んでいたものたちに気付かなかった。

 誰もがキぺは「巻き込まれている」としか思っていなかったのだ。

 今は離れたシクロロンや風読み、赤目などとの接点を持つキぺが「翻弄されて」関わったのであって、「それらを引き込んでいる渦の中心」とは考えようがなかった。


「ま、でもあたいはあんたがなんであろうと変わらないよ。チペにどんな過去があったって構やしないさ。」


 覆されかねないキぺへの眼差し。

 それでも共に歩んだ日々が確信を持ってそう言わせる。


「アタイもだぞちぺっ! アンタはアタイらのさんしたなんだからなっ!」


 なにかの不安が、よぎる恐怖がその目を潤ませる。


 それでも放った言葉に嘘はない。


「ふぉふぇふぉ・・・ふぇんふ。」

「うん。・・・俺もだぜ息子さん。どうやら同じ、ただの『ヲメデ党』の一員らしいしな。けけけ。」


 呼び方にはクセが残りこそすれ、その目はもう「ジラウの息子」としてではなく、一人の青年としてキぺを見つめ始めていた。

 それに弱々しいところも気の好い人柄として受け入れられるようになったのだろう。


「ありがとうみんな。・・・僕も、僕を知りたい。どんななのか知りたいんです、ダジュボイさん。」


 なぜモクやスナロア、そして意外な繋がりのあるカロが自分に執着するのかには答えなかったダジュボイへ、しかし苛立ちや猜疑は生まれなかった。


 順序というのか、その時々の状況というのか、そういうものが整わないと受け付けられないだろうから。

 出会ってすぐに切り出されたら拒絶してしまうだろうこんな話も、今この時なら聞き届けたいと思えるから。


「そうか・・・わかったシペ。

 ・・・時はちょうど十円を遡った頃だ。


 ジラウが『今日会』の参謀だったことは知っているか?・・・そうか。赤目たちと法に裁かれぬ罪人どもを処分する匪裁伐にも出かけることもあったようだ。

 そのためやがて目を付けられることとなり、襲撃されたのだ。

 当然だな。匪裁伐の対象・下奴婢楼は「富裕層の援助と犯罪人組織の資金源」という構図で成り立ってたからよ。そして『今日会』の匪裁伐は名目上「盗賊による略奪」で片付けてたから治安隊も警邏隊もジラウの身柄保護はしなかった。


 ジラウ襲撃を指示したのは『フローダイム』と呼ばれる組織だ。構成員はウセミン・ウルア・ジニらしいがはっきりは知らん。

 とにかく、その『フローダイム』はその手を汚したくない一心でそこらのゴロツキを雇い霊像と神像、それからジラウが保管してた〔らせるべあむ〕の強奪を任せた。


 だがそこはゴロツキだ。

 ほかの金品を漁るだのナコハに手を出そうとするだのしてチンタラやってるうちにシペ、オマエが出てきた。


 同時期にスナロアからオマエの身辺警護を頼まれていたカロとエレゼはまだ到着していなかったのだ。当時エレゼとカロはノルと共に行動していたんだよ。


 で。そんな中、盗み入ったゴロツキたちの前でオマエは、覚醒した。


 オマエの系譜[打鉄]屋は見習いと真打ちとで二度〈契約〉を交わすことになっているな?一度目は〈木の契約〉、二度目は〈音の契約〉だ。


 見習いとして〈木の契約〉を交わしていたオマエだが、その時にはすでに〈音の契約〉を交わしたのと同じ体質になっていたのだ。


 エレゼから聞いたかもしれねーが、あいつも〈音〉の力を生まれた時から継いでいたからな、なんかの都合で先天的に「能力」を持っていてもおかしくはない。


 だが問題はその力のありようだ。


 シペ、オマエは家まるごと吹き飛ばすような〈音〉の力を爆発させたのだ。

 ・・・ゴロツキどものほとんどは即死だったらしい。何人かは〔らせるべあむ〕を奪って逃げおおせたようだがな。

 当然ジラウもナコハもタウロも無傷ではなかった。


 それでも暴走するオマエを止めようとしたナコハは重傷を負ったためにカミンの町へと運ばれたそうだ。


 オマエが暴れる中、ナコハを連れ出したジラウのない家ではタウロが幼いハユを北の医法師の元へかくまったらしい。タウロもオマエに及ばないながらも〈音〉の力はあったからな、疲れて弱ったオマエを縛り付けて行ったそうだ。


 そうして迎えた日の二巡りの朝、戻ったタウロに手を貸したのが到着したカロとエレゼだ。


 カロもオマエと同等の力を持ってるらしいが、律しながらとなるとエレゼの協力は不可欠だったろーよ。


 それからオマエは押さえつけられ、カロによる記憶操作で近辺の記憶をごっそり閉ざしてしまい込んだ。・・・それから十の日巡りオマエは昏睡状態で眠り続けたそうだ。


 様子見に戻ったジラウはといえば「元々の原因は自分だから」とその機にナコハと姿をくらました。ナコハまでがなぜ、とは思うが、それはよく判らん。


 ・・・ふぅ。

 その事件はスナロアが遣いに出した信者によって村の民にはうまく説明したらしい。

 とはいえ気味悪がられたのは今も残る記憶を紐解いても覚えがあるだろ?」


 はー、と大きく息をついてダジュボイは皆を見回す。


「そうですか。・・・びっくりはしましたけど、実感がないし納得できる話だったので素直に呑み込めそうです。


 あ、でも。だったら、だったら今回のモクさんの、その、来訪というには乱暴なあれはなんだったんです?」


 前段でキぺの秘密が大いなる展開を呼ぶと匂わせていたからだろう、ニポもパシェもベゼルもテンプも「危険なバケモノ」と顔をしかめることはなかった。


「正確にはワカらねーな、モジャの行動だからよ。だがおそらく事前に情報は掴んでいたはずだ。

 ジニはそれまでに幾度かタウロを取り込もうとして失敗してたんだよ。

 タウロも胡散臭ぇなと感じたんだろ、だからジニは恐れた。


 自分が『フローダイム』側にいること、神霊像やシぺ・ハユを狙っていること、その二点がモクたちにバレることをな。


 それもあってかジニは『スケイデュ』を引き連れて強硬手段に出ることにした。


 そしてそんなハナシが聞こえてくればモジャも〔ろぼ〕で突入するしかねーだろ? モジャもオレたちも忘れな村経由で『フローダイム』のウセミンから情報は入るからな。


 とはいってもタウロを死なせたこと、モジャが捕まったこと、オマエとハユがバラバラになって村を出るハメになったことは全てモジャの意図したことじゃねーだろな。」


 ダジュボイの言葉はどこか似ていた。

 出会いたてのニポが示した図式に。


「・・・ダジュボイさん。

 おじいさんが死んだのは・・・殺したのは、風読みさまだと思います。


 ニポごめんね、信じてあげなくて。でも、風読みさまは本当にやさしくて・・・それも、僕らを利用するためだったんだろうね。


 はー。


 よしっ! 切り替えだ。


 過去がどうであれハユはまだ生きているし、もしかしたら父さんや母さんに会えるかもしれないんですもんね。・・・ふふ。いいんです、そう信じられていれば。


 ありがとうございましたダジュボイさん。いろいろ答えてくれて。・・・そして、」


 心の中のモヤモヤが少し晴れたキぺに笑顔が戻る。

 そしてすっとナコハの手槌を引き抜くと、揺るぎない自信の瞳でそれを見つめる。


「忘れな村を訪れなさいって言ったモクさんが示したのは、この赤目さんが持っていた母さんの手槌のことでもあると思うんです。


 ふぅ。鉄箱が「締め込み」という[打鉄]の技法で隠してあるとわかった時にこのことにも気付くべきでした。


 ・・・父さんと母さんが残した謎を解けるのは「鉄打ち」である僕か、やがてそうなるハユだけみたいです。

 でもハユはきっとダメです。まだ教えてもらっていないから。


「音」というのは、僕ら鉄打ちにとって掛けがえのない手掛かりなんです。クセのあるニビの木は木目が揃っていても叩きやすいところと叩きにくいところがあります。あらかじめ叩いて「音」で確かめ、それから図案と照らして制作するんです。


 力加減だってそう。やみくもに形を求めて叩くだけでは木目を捻じ曲げてきれいに仕上がりません。輪郭が見えるまでゆっくり繊維を伸ばして慣らして、それを「音」で確かめる。黒鉄ではない、バファ鉄の独特な響きじゃないと「音」の「透り」や「濁り」はわかりませんからね。

 見えないものはいつも、「音」が頼りでした。


 だから。


「鍵となる」音は、ひとつしかないんです。


 鉄箱を・・・はい、ありがとう。

 ダイハンエイ、また叩いちゃうけどごめんね。・・・・・んんん、つぇいっ!」


 テンプに鉄箱を持ってきてもらってダイハンエイのバファ鉄部ではない部分をがきんとぶん殴ると、キペは響く手槌を箱の中の蟲に近づける。


 すると、


「うおんっ! やっぱ冬眠してたのかこの蟲っ! だけど、・・なん、だ、こりゃ・・」


 きゅりりりりりーんと鳴り続ける手槌に起こされた蟲が足を動かし始める。


 しかしその一方では、


「シペくん・・・持ってるから感じるんだけど、これ、箱が・・・共鳴してる。」


 なかなか鳴り止まない音が倍加して震え出す。


「ヘクト蟲の一種か。これでジラウの遺した物が――――」


 そこでようやく目を覚ました蟲が羽を広げるも


「あれ、この感覚・・・ニポっ! これって―――――」


 景色を歪める奇妙な「音」が鳴り渡り


「そういうこったろーね。ここまでが凝りに凝ってたんだ。いちいち驚いて――――」


 やがてその場にいた者を残らず眠らせるように、音はいざなう。


 時間と空間を別に抱く金色の世界へ。

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