⑤ なかよし組合と歴史の転回
ひひひーん、と馬らしく啼く海産物馬を厩舎に留めるとその静けさが身に沁みてくる。
「こりゃキマりましたねぇ。
・・・ったく、メトマ総監はシクロロンさんの同盟を壊すのが趣味なんでしょうか。」
急ぐ心はそのまま足へと伝わりハクを先頭に一同は走り出す。
「ククク、『ファウナ』は自滅か。こりゃ願ったり叶ったりだな。」
刃を向けられることはないと確信したルマも今では遅れをとるまいとついてきている。
「ややこしくなるね。・・・まったく、これだから肥大組織は好きになれないんだよ。イヤなら最初っからまとまらなきゃいいのに。」
少数精鋭であり意志がひとつに束ねられていた『今日会』出身のボロウとしては、もたもた動いた果てに目的も果たさず空中分解する無様が情けなく見えるのだろう。
「弱ぇーヤツに限って群がんのが理ってモンでねーのかっつんだっ。集まることが目的の意気地なしに大義なんぞあるわきゃねーっつの。
寄せ集めなら寄せ集めで最後まで引っ張ってやんねーと集まるとこに集まるだけの障害物にしかなんねーぞぃ。」
割と正論を言うシーヤも走る。厭世観はあれども肌で感じる「歴史」というものに黙ってじっと待ってはいられなかったようだ。
「希望は手放した者を決して照らしはせぬ。
・・・ふくく、この嫉妬深い「希望」、貴公は抱いていられそうか? シクロロン。」
メトマたちの離反は想定の範囲だったがその規模や時期、次の行動はまだ読めない。
それでも聞いておきたいのはシクロロンの決意と覚悟だ。
「ええ、勿論ですともスナロアさま。私と共に走る希望が五つもあるのですから。
それにこの先にもう一つ。・・・あ、いえ、嫉妬深いとは思っておりませんが。」
ヒトを希望と呼んでみせる。
スナロアにとってそれが答えだった。
「充分だシクロロン。走りながらで悪いが正式に協力を申し出よう。
『ファウナ』に所属できぬ私だがくまなく使うといい。貴公の手足と思ってくれ。」
世間話のように結ばれる共闘同盟。
組織同士の利害など鑑みず心と心、志と志が共鳴すれば手を取り合うなど容易いことだ。
「あーあーもう勝手に決めてくれちゃってまぁ。あとで正式な書面に署名してくださいよ、もう。こういうのはボクの仕事じゃないんですからねぇ。
・・・おやどうしたのかなルマ君、涙目じゃないか?」
イヤミを言わせると元気になるタイプのハクがクククと笑う。
嘲られたルマはといえば言い返す気力も失っているようだ。
「民のための決断となるのであれば遠慮なくそうさせていただきますスナロアさま。
そしてあなたも私をくまなく使ってください。
・・・・・・シクボさん、無事でいて。」
せめて理解者である彼の平安を願ってそして、
「シクボさあぁぁぁんっ!」
ドアを開け放つ。
「・・・・・・はぁ? これは、どういうことですかねぇ。・・・あ。」
視線の先では祭壇の上に立っていたシクボと老ユクジモ人、その二人に従うかのようなシクロロンへ忠誠を誓う『ファウナ』の残りと教会信者、そしてそれを凌ぐユクジモ人が敷き詰められていた。
「おーこらすげーな。フロラの団体さんなんぞ見たことねーかんなー。
なんだ、『ファウナ』っつのはいつからファウナ系じゃないのも仲間にしたんだ?」
混ぜっ返すつもりはなくともそうチャチャを入れたくなるのはシーヤに限ったことではない。
「うお、これはなかなか見られないんじゃないか。・・・あのメトマってのについて行かなかったとはいえそこのファウナ系は元『ファウナ革命戦線』兵だろ?
ユクジモ人と席を分かち合うなんて・・・
こりゃひょっとすると、ひょっとするかもしれないな。」
率直に言えば信じられない光景だ。
虐げられた者たちが反体制を掲げて始まったのが『ファウナ』の成り立ちだ。
しかし膨張するにつれユクジモ人たちすらも敵視してきた経緯がある。
ここにいるのが『フロラ』に所属した者でないとしても、ユクジモ人である以上『ファウナ』と同じ方角を向くなど誰が考えられただろう。
「・・・バ、カな。・・・バカなっ! こん、あ、あり得んっ!
おのれ今度は何を企んでいるファウナ人っ! 貴様らいったい何をっ・・・なん、・・・」
頭の中で膨大な言葉が錯綜してもはや文章に組み立てることさえままならない。
混乱とはまさに、この時のための言葉だった。
「はぁ、はぁ、はぁ。
・・・用意がいいな、シクボ。・・・はぁ、それにカセインまで足を運んでくれるとは。
・・・はぁ、はぁ、これはまた、準備がよいな。」
さすがに老いたスナロアには短い距離でもジョギングは堪えたらしい。
「ふふ、ずいぶん賑やかな登場ですね。おかげでこちらも設えられましたよ。
あなたを走らせたのは思いでしょうか、それとも我が同盟者シクロロンでしょうか?」
席に着いたままであっても、そこにいる全てのヒトは飛び込んできた六人に釘付けだった。おそらくここへ来た彼らをまだシクボたちは説明していないのだろう。
「なん、なんたることだ。
・・・はあ。ワタシが幾度呼びかけても振り向きもしなかったスナロアを走らせるとは。
フフ・・・・感服ですなぁ。」
そこで、はいぃっ?と全員で二度見。
喜劇ならよくできた訓練の賜物と褒めてやりたいほどに。
「よかった、シクボさんが無事で。・・・えっと、あの、そちらは?」
カセインさんあの方がスナロア様なのですかー、やら、シクボさんそれは本当なんですかー、が飛び交ってしまってこの教会を統べるシクロロンを誰も見ない。
だからだろう、なにかそれにイラっとしたハクはそっと黒刀を引き抜こうとする。
「うお、ちょ、ハクさんあんたこんなトコで何しようとしてるんだっ?
仕方ないだろう、死んだはずの大神徒が花壇も庭も横切って走ってきてるんだから。」
まったくもう、と諌めるボロウの脇で「ほら、これでも吸って気ぃ紛らわせろ」と火の点いた葉筒を渡すシーヤ。
こちらがよく見えない向こうからは「なんだ、火事か?」と訝られる始末。
「んえ? あの、え? シクロロン、何か言いまし・・・よく聞こえな・・・あの、ちょっとみなさん静かに・・・え? 火事?」
スナロアフィーバーでかしましい上マナー知らずが入口で葉筒をふかすのでシクボでさえも慌てん坊みたいになる。
「ふくく、よく聞こえぬようだな。
さ、いくぞシクロロン。そして護衛長、吸うなら外にしてくれぬか。
・・・ふくく、貴公らといると飽きぬな。そしておまえも来るのだ、ルマ。」
なんだー、ルマって『フロラ』のかー?などの声も混じる。
祭壇の二人に従う者たちもこの大変動に我を忘れてしまうのだろう。
「なるほど。ではシーヤ、入る時は消してくるんだな。ボクはシクロロンさんの傍を離れるわけにはいかないのでねぇ。」
ほい、と吸っていた葉筒を渡すとスナロアに連れられるシクロロンの後ろへぴたりとつける。
「おいよ。・・・で、ほれナマイキツンツン、呼ばれたんだからあんさんも行きなっつの。
ナス麿は父ちゃんなんだろ? じゃー従いな。あんさんはまだ子どもなんだからよ。」
消せばいい、そう思ったシーヤは壁の縁で葉筒の火を消しルマの背中をぽんと叩く。
「ったくあんたは何なんだよ耳長先生っ! ニポである程度は慣れてたつもりだけどあんたのはもう、なんだもう、なんなんだよもうっ!
・・・はぁ。えへんっ、おほんっ。うん。
さ、君は君の責任を果たしてくるんだルマくん。
耳長先生の言うように「子ども」なのか、君が思うような「大人」なのか自分で確かめてくるといい。
傍若無人の独善論説で恥をかいて親の顔に泥を塗るのか、この場にいる者たちから拍手喝采が贈られる決断を下すのかをスナロア大師は君に委ねているのだからね。」
目の前にいるのは「英雄」でもなければ『フロラ』の総代でもない、ただの自惚れた青年だった。
勿論その大きな肩書きは取り外せないものの、「ファウナを憎め」「ファウナを倒せ」と教えられ続けてきた哀れな青年にすぎないのだ。
フロラ系人種への蔑視を覆したい、そう希求する大志はかけがえのないものであっても、「ユクジモ人独立」や「統府・『ファウナ』討伐」という漠然とした目標へ走らされせた、いわば権力坊ちゃんでしかない。
それが判り、そして利害に関わらないボロウとシーヤだからルマの背を押してやることができる。
「・・・フンっ。」
にしゃ、にしゃ、にしゃと、だからルマは一人歩く。
ユクジモ人に伝わる伝統的な草織靴もずいぶんくたびれてしまっていた。
「え、スナロアさま?」
ことのほか雪山で傷んだのだろう。寒かったが、よく耐えてくれた。
「最上段は貴公らのためにあるべきだ。・・・そう思わぬか、シクボ、カセイン。」
シオンで散った兵たち。彼らは雪山を越えて、忍んで、ハイミンの下で息をやめたのだ。
「だからあなたは面白いのですよスナロア。また会えて、ふふ、よかった。」
忘れてはいけないものは、今もここにある。
「ならばワタシも倣うだけですな。言われるまでもない。」
でも、わからない。
にしゃ。
「さ、ルマさん。私の隣へ。」
そう言って差し出される手。
翅の発達しすぎたハルトの手。
仇敵『ファウナ』の総長の手。
にしゃ。
「・・・。」
でもそれは、
武器を知らぬやわらかな手。
諦めず伸ばされた小さな手。
「ルマさん。」
苦しくさせる、やさしい手。
争いを望まぬとある娘の手。
だから。
「・・・」
打ち払うことができなかった。
したくなかった。
「・・・握手は、」
この場にいる者たちから罵られても辛くなどない。
ここで誰かに命を奪われても悔いることなどない。
「握手は・・・待ってくれ。」
なのに、できない。
突っぱねることが、できない。
「はい。・・・・・・いつまでも。」
だから、困る。
「・・・ああ。」
そんな声に、そんな言葉に、困る。
「くししし、ナマイキツンツンもカドが取れたなー。今度からありゃナマツンに格上げだっぺな。」
静まり返る教会は、だから呟くルマの声さえ響かせる。
「それで格上げか。ま、あれでも成長した方じゃないかな。たぶん、これまでが知らなさすぎたんだ。」
そんな二人が腕を組んで見上げた先にいるのは、シム人少女とユクジモ人青年。
そしてそれは統府と対峙する二大組織の、「勇者」の総長と「英雄」の総代。
その二人がいま、同じ最上段に並んで立っている。
片方は苦い顔でうつむきながら、
片方は見守るように微笑みながら。
何もない冒頭挨拶。
何も言わない大演説。
拍手さえためらわれる
同盟とも和解ともつかぬ小さな結びつきがあたたかな視線の中
そこで静かに決着した。
地下や隣の屋敷を用いれば収容できたのでひとまず志願者たちには休んでもらい、主要な者だけでその夜会議が開かれた。
新生『ファウナ』同様、新たに班や部を編成し長を登用する必要があるし、名前も『ファウナ革命戦線』と区別しなければならないから。
そして何よりこのユクジモ人保守層・イモーハ教・『ファウナ』残党の統合組織の指針をまとめなければならないから。
「うふ、でもルマさんが同盟してくれて本当によかったです。」
1:2:2:2:2:1の六角形テーブルで最も上座にあたる場所にはシクロロンがいる。
「フンっ、勘違いするな。俺は貴様らなどと手を組んだ覚えはない。」
向かい席の一人席でふて腐れるルマも問答無用で拒絶するつもりはないようだ。その席はいわゆる下座となるが、最も目を見て話すべき相手、として座ってもらったため他意はない。
「手を焼かせるな、シクロロン。
だがルマの他はすべて貴公の信念に従う者。無論、私もその一人だ。」
一人席の上座にシクロロンを座らせたスナロアが六角形の斜辺から語りかける。
同じく斜辺部には教会代表の神徒・シクボと今なお枢老院に太いパイプを持つユクジモ人保守穏健派・カセイン、そして組織の長を守り続けたハクがいる。
「ふふ、スナロアがいれば私たちも心強いですね。
そうそう、ルマくんと手を取り合えて良かったところなのですが、「知の根」によれば『フロラ』はキビジという代理を立てて動いているそうですよ。
私個人の考えを率直に言わせていただきますと我々・・・えっと、名前は何にしましょうか、まぁ、我々はこうしてスナロアやカセインさん、そしてルマくんをはじめ一部とはいえユクジモ人からの信を得ました。
統府との協議は継続して模索する必要がありますけど、まず先に枢老院や『フロラ木の契約団』との会合を目指すべきではないでしょうか。」
なるったけ「ルマ取り込み」の既成事実を作ろうとする曲者シクボ。
ただ、提案していることはまっとうだった。
「フンっ、だから協力するなど一言も――――」
「ワタシもシクボ殿に賛成ですな。少なくとも枢老院との和解、というのか同盟はスナロアとワタシ、シクボ殿がいれば会談の道筋は今すぐにでも立てられるはず。
ただスナロアにはより大きな使命を担ってもらうため我々・・・ええと、なんという名前に・・・ええと、我々の組織には属させぬ「中立の立場」を通してもらうつもりだが、それでも枢老院の説得はほぼ確実でしょうな。」
ルマを遮りカセインが同調する。
シクボやスナロアからして何か強い情報源を持っているらしいが、カセインはカセインで独自の情報網があるのだろう。
しかしメトマの新生『ファウナ』が持っていない新鮮で豊富な情報と知識とカリスマが揃っていても、組織の大きさや知名度はまだ足元にも及んでいない。
統府や『フロラ』と対峙するには取り込めるところから取り込んで支持拡大を見込む方が建設的で合理的だった。
「しかし頼りになるヒトがごろごろしてますねぇ。ブっ飛んだ知名度の参謀が三人もいればひとまず安泰でしょう。くくく。
さて、ボクの肩書きがどうなるのか判りませんが組織内部の編成はとりあえずまとめておきますよ。今は新たに加わってくれたユクジモの彼らの能力が把握できていないし、枢老院からの賛同者が入ることも勘案すると任命が遅れてしまうのでね。悪いですが元『ファウナ』系を暫定的に各班各部の長に挙げておきます。正式な任命はシクロロンさ・・・えっと総長? に委ねますからボクによる独裁や独走はありませんのでご安心を。
・・・ところであの、ボロウ君の出席はわかるっ! だがな、敢えて言わなかったけどどうしてキミがここにいるんだっ!」
席にはまだいた。
真ん中にルマ、監視の意味も込めて近い席にボロウ、そして。
「知るかっつんだ! やることねーから来たんだっぺな。なんだ、だったらさっさとケガ人か病人連れて来いっつの、ったくよー。
それよりなんだ、こんだけ集まってなんかしようってのに名前もねーのか?
トロっくせーなー。アレだろ、そこの、シク、四苦八苦ローン? がやりてーのはみんなで仲良くっつーことだっぺ?
したらば『なかよし組合』にでもしといたらよがっぺな。」
ザ・テキトー女のシーヤがいろんなものを踏み倒して声を上げる。
「なっ・・」
「はい?」
「おま・・」
「いいっ! すごくいいですシーヤさんっ!」
絶句する一同が今度は上座にぐいんと目を向け直して絶句する。
「ちょ・・」
「いい?」
「・・・。」
参謀クラスの三人もびっくり。
提案したシーヤにもだが、呑んでしまったシクロロンにもだ。
「おーわかってんじゃねーのか四苦八苦。
あれだな、んじゃあんさんは『なかよし組合』の組合長ってトコだな、くっくっく。
ハクラ、あんさんは連絡係だな。おいらは保健係ってとこか? くあっはっはっはい。」
そして肩書きが元気いっぱい崩れ落ちてゆく。
難を逃れたスナロアたちはといえばカラまれないよう目をそらす始末。
「おいちょっと待てシーヤっ! なんでキミが人事を仕切るんだっ! それに総長が組合長ってなんか地位が下がってないか? シクロロンさんもなん、か、言って・・・」
勝手なことするなよ、と怒鳴るハクがシクロロンを見遣るも、なにかこう、平和な顔でニコニコしているだけだった。
女子同士の通じる何かを分かち合ったらしいが分かち合ってしまったのだなと思うしかない。
「え? なーに、ハク連絡係長?
・・・うふ、組合長って素敵ですね。総長っていうとおカタくて好きじゃなかったんですよ。ふふ。
それに連絡係は必要だと思うわ。
私はハクほど組織構造に詳しくないけど、内側で見ていて「あっちの連絡がこっちに入っていたらわざわざ会議しなくていいのに」って思ったこともあるの。
だから連絡係は横断的な権限を持って様々な係を行き来すればいいんじゃないかしら。
どこにどの情報をどれくらい配ればいいかはハク、あなたなら責任をもって判断できるはずよ?」
うふふ、組合長なんて呼びかけられたら私、なんじゃおりゃー、とか言うのかしら、と一足先にワンダーランドへ旅立つシクロロン。
もはや『なかよし組合』と「係」は決定事項のようだ。
「ふふ、あなたの負けだねハクさん。あ、違った、ハク連絡長か。ふふ。
でもどう? 組合長の言っていることは満更でもないんじゃない? そしてたぶん前組織でいう「総監」の役どころを与えてもらったってことだろう? 誇りに思っていいんじゃないかな。
それにこういう柔らかい名前もシクロロンさん、おっと、組合長の、そしてそこに在られるお三方の理念にのっとっているとおれは思う。
戦うための組織ではなく、話し合う組織。
突っぱねられたから刃を向ける「力」の組織ではなく、諦めずに手を伸ばし続ける「心」の組織。
おれはとても素晴らしいと思うよ。大師の護衛が必要なくなったら混ぜてもらいたいくらいさ。
あ、それより先に言っておくべきでしたね。シクボ様は無用かもしれませんがカセイン殿、『ヲメデ党』という組織はご存知でしょうか。
・・・ええ。ここ『なかよし組合』よりずっと少数人の集まりながらも強力な魅力を持った集団です。ふふ。
それから、詳細は割愛しますが兵団とも渡り合える力を持っています。
しかし組合長や大師、わたしたちとも関わりがある者たちですので仲間になりこそすれ敵とはなりません。
事情を知らないメトマ『ファウナ』やキビジ『フロラ』からすれば新興勢力となるはずですので、この場で誤解を解いておかねば、と。」
話が長くなるので〔ろぼ〕については省略したものの、おぺれったのニポとテンプだけでなく、完全血聖のパシェ、解古学に詳しいベゼル、広範的な知識を持つダジュボイ、そしていつも渦の中にいる青年・キぺが『ヲメデ党』にはいる。
その上この高密度の少数精鋭はキぺを軸に様々な者たちへと繋がりを持っているためにとても「矮小集団」と切って捨てることのできない存在だった。
「そうだな。確かに世間でいう「盗人集団」ではモクの名が立たぬ。
また・・・今は多くを語れぬがダジュボイを遣いにやって確認させていることもある。
ただ、その中心点にいる者がすべてを覆すこととて頭に入れておかねばならぬのだ。
おそらく、歴史という切り取られた時間に名を残すのは『なかよし組合』や『フロラ』『ファウナ』となろう。
しかし歴史そのものを動かし手繰っているのは・・・『ヲメデ党』の黒ヌイ、シペだ。」
一度はぼかしてみたもののやはり思うところがあってスナロアはその名を口に出す。
「んにぇ? ニポさんではないのですかスナロアさま?
・・・あ、いえ、キペさんも優しくて素敵なヒトではありますけど・・・」
風の神殿以降、行動力や決断力で魅かれたのがアヒオとニポだ。
キぺの朗らかな人となりはシクロロンも好きだったが、ダジュボイをすら「遣い」扱いにする中で彼の名を挙げたことが不思議に思えたのだろう。
「フンっ、シペだと?・・・あぁ、あの弱そうな腰抜けファウナか。
くく、父上が目を掛けるようなタマでないことなどこの俺でなくとも証明できるというもの。とうとう呆けてしまったか?」
ルマに限らず、どこか連れられているようなキぺへは期待よりも親しみや同情を抱く者がほとんどだった。
「ルマくん、言葉が過ぎるぞ。
・・・とは言うものの、その、おれもよく分かりません大師。
キぺくんを敵視する者がないのはあの朴訥とした性格や穏やかな物腰に由来しますけど、彼の場合、弟のハユくんを探す旅の途上で『ファウナ』や『ヲメデ党』などと接触したに過ぎないはずです。
ジラウ博師の義子である他は《オールド・ハート》を未だに刻んでいるくらいで・・・《オールド・ハート》ならばおれにもありますし・・・」
すべてを覆し歴史を手繰る者、とまでキペを膳立てる理由が事情を知っているボロウにも掴めない。
「ったくあんさんらナニ見てたんだっつの! 地下から引っ張り出されてきたあのおんつぁの体なんかどー考えたって普通じゃなかっぺな!
異常発達して膨張した右半身、それが引き起こしたんか石レンガくれぇも握り潰しちまうベラボーな筋力、毛細血管ばっかのはずなのに鼻の上まで走ってる顔面の図太い血管の配置、腫れが引いてからの驚異的な回復力。
こんなモン、やろうと思ったって体はそんなにゆーこと聞きゃしねーっつの。
防衛反応を操作して己の体を傷つけねぇよう制御してる統御本能を押し込めりゃ、そりゃ本気で作った握り拳は常識ハズレな破壊力になんべな。
んでも握っただけで骨は砕け散るわ肉も潰れるわ血管なんぞ破裂しちまうってんだぞ?
ほいでもあのおんつぁはわずかな休憩と保存食だけで何事もなかったみてぇにケロっとしてんだ。
いつもあんななのかは知らねーけんちょもな、アレが普通であるわけねーってんだよ。」
なんてこった、こいつちゃんと役割果たしてるじゃないか、みたいに目を丸くする一同。
キぺの体がどうとかそういう話よりもこのテキトー女がテキトーじゃなかった事に度肝を抜かれた形だ。
「ふぅ。スナロア、そろそろ潮時ではないのですか?
彼とは一度会ったことはありますがダジュボイに言われるまで気に留めようとも思わなかった青年でしたよ。
スナロア・・・あなたは罪を犯したからコロナィに行ったのではなく、罪を犯すからその身と心を閉ざしたのですね?」
シクボの投げかけた問いは大きな、とても大きな波紋になる。
「ダジュボイが推すのも道理だなシクボ。だがどうか今は目を背けてくれぬか。モクが神徒を棄てた理由もそこにある。
私も自分を貴公と比肩する神徒だなどとは思っていない。
これが赦されることなのかも解らぬ。
だが、シペに直接会って心は揺れた。
そしてシクロロン組合長に目を覚まされた。
私が私に罪の名を与えるなど驕りではないのかと気付かされた。
生前モクは私に言ってくれたのだ。
ヒトが裁くヒトの罪など神の前では茶番にすぎん、と。
神が罪だと裁くのなら甘受しよう。
しかしまだそうと決まっていない今、罪を恐れて手をこまねいていては何も進みはしないのだ。すべてを白状するのは、おそらく事が済むか途絶えるかした時となるだろう。」
三人並んで神徒です、とやっていた頃には見られなかった光景なのだろう。
熱をもって弁を揮うスナロアに、シクボは困ったように笑うだけだった。
「もほん。・・・それが見つけた「答え」というわけかスナロア。
まぁよいわ、そなたが見初めたのはシクロロン組合長も同じであろ? ならば今はこの『なかよし組合』に与してもらわねばな。
さ、方針は決まったようだ。あとはそれを決定するのみ。
指揮を頼みますぞ、シクロロン組合長。」
だんだん慣れてきたのだろう、カセインも恥ずかしがることなく組合だの組合長だのと言葉を並べる。
確かにキぺの話に興味は尽きなかったもののいま置かれている立場とその責任は果たさなければならない。
だからシクロロンは立ち上がり、皆にそれを促した。
「これより我が『なかよし組合』はユクジモ人自治州の枢老院へと向かいますっ!
ハク連絡長、シーヤ保健長は残り私たちの方針と信条を皆に伝え当座の組織を構築してくださいっ!
スナロア御意見役とカセイン・シクボ両相談番、それからルマなかよし組合員は同行していただきますっ! ボロウお手伝い係長は自由な行動を許しますっ!
ここにはフロラもファウナもシム人もいますっ!
私たちこそが私たちの目指す世界の見本とならなくてどうして誰かを振り向かせられましょうっ!
私たちが描き、私たちが作り、私たちが歩き、私たちが導くっ!
私とあなたが、あなたと私がなかよくなって世界がひとつに繋がっていくっ!
もう誰も悲しませないっ! 誰も争わせないっ! 誰も憎ませないっ! 誰にも血を流させないっ!
行きましょうっ! 終わらせ、そして始めるためにっ!」
ばーん、と小気味よく心意気を謳い上げてみたものの、いつのまにやら命名されていた肩書きを一同はいかんともしがたい気持ちで受け取っていたそうな。
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