④ 信念の燈火と編まれ続けた撚糸

 




「うわーすごいっ! 村のみなさん、これすごいおいしふぉうふぇふふぉ。」


 寝ざめに見た大量の料理を褒めたかったけど食べたかったキぺは迷うことなく後者を優先して突き進む。ニポやパシェもそれに続いてもしゃもしゃと食べ始めた。


「やっはっは、作った甲斐があるねぇ。おかわりなら言ってくんな。大盛りよそってきてあげんからね。」


 料理を担当していた気立てのいいおばちゃんがやっはっはと笑いながら話すもキぺもニポもパシェも聞いてない。保存食では使われていなかった香辛料や湯気を上げるスープが拍車をかけているのだろう。


「何から何まで世話になりっぱなしだな。シペへの思いは聞いたがここまで手を掛けてもらうとさすがに悪いなサーラキ。」


 せっかくだからと今日は村のみんなで一緒に外で食べることにしたらしい。広場の真ん中の炎に彩られたそこは、まるで本物のお祭りのようだ。


「いいんだ。おらはまだこんなんでも足りないって思ってんだから。普通になれて、そして素晴らしい体験もさせてもらったしね。

 そういえば星はどうなったのニペ。それに、キポと引っ掴み合ってたハチウのキバは一緒じゃないの?」


 そう尋ねたサムラキも、その一瞬の静寂に嫌な予感を読み取ってしまう。

 ニポもパシェもダジュボイもスープをベゼルに飲ませるテンプも村の民もすべてが一点、キぺに視線を注いでいたから。


 でも、


「うん、一緒だったんですけどね。死んじゃった。・・・僕が、守れなかったから。


 ・・・でもね、だから、僕らはこういう悲しいことが起こらないように、起こさせないようにしよう、って集まったんです。

 あ、ごめんなさい、なんか暗くしちゃって。


 でもね、それで僕の心は決まったんです。

 同じようなことが今度は僕に、ニポに、パシェに降りかかるかもしれない。

 だけどニポもパシェも退かないって言うんです。ふふ。

 本当は誰のためなのか、何のためなのかはよく分かりません。

 だけど僕に役割があるのなら、それをやらなきゃダメだって思えたんです。


 これまではそうしなきゃならない状況が僕を歩かせていたんですけど、今は違う。

 僕が僕の意志で歩くと決めたんです。

 ふふ。僕も変わってきたみたいなんですよ。きっと、良い方へ。昨日よりも良い方へ。

 ・・・ねぇニポ、どさくさに紛れて僕の皿に虫の揚げ煮を盛りつけないで。」


 よし、今のチぺなら大丈夫だな、と思ったニポはうんうんと頷きながらキぺの皿に取り分けてやる。ノーサンキューなチペなんてノーサンキューだぜ?みたいに。


「くくく、良い方へ、か。オレにも信じさせてもらいたいモンだな。

 よし、まぁとりあえずオマエら昼寝組は水でも浴びてこい。オレたちは先に失敬したからな。

 そしてそれが済んだら作戦会議だ。それまではカタいこと考えずに今を楽しめ。楽しませてもらえ。

 くくく・・・いやいや、こ、ササは、え? いや、オレはほら構わんが、え? いやまぁ、そこまで言うならせっかくだしな。くあっはっはっは。」


 と言って呑んじゃうダジュボイ。

 それを目ざとく見ていたニポはこそっとサムラキを呼んでササを持ってこさせる。


「ねぇニポ、僕さ、揚げたやつなら食べられるようになったんだよ、サクっとしてるから。でもさ、煮るとなんかムニュってなるでしょ、それがさ、あ、ねぇ聞いてるニポ?

 ・・・あっ、ニポっ! なに飲んで・・・ダメだよサムラキさん、ニポ弱いんだから。」


 そんな注意をみなまで聞かずにぐいぐいぐいっと飲み干すニポ。村の民はヒューヒュー言いながらその飲みっぷりを讃えている。一方あっちでは遅れてなるかと負けず嫌いがササをあおる。そしてやぁやぁと観客に手を振りだす。そうなるとニポも、となり、ダメな信者とダメな女の飲み比べ大会が勃発する。


「あーあ。・・・パシェ、あんな大人になっちゃダメだよ。」


 へ?と飲み残しの木瓶に手を伸ばしていたパシェが振り見る。


「ねえニペ。おらにはニペたちが何を背負って何をしようとしてるのかは分からないけど、見てよ。

 みんなキポたちと笑ってるでしょ? おら、これだけでも尊いなって思うんだ。

 もちろん毎日はできないしみんな仕事や悩みはあるけどね、ヤーカたち学術団ではこうはならなかったんだよ。


 ・・・星やキバが死んでしまったのは残念だけど、遺してくれた縁っていうのか、絆っていうのか、そういうものがあるからできるんだ。


 ニペ。ニペたちはおらだけじゃなく、おらたちを変えていったんだよ。

 それが何かはわからないけど、何かを、変えてくれたんだよ。良い方にね。」


 いけーっ、じゃあおれもだーっ、などと周りを巻き込み呑んだくれ選手権は笑顔と共に大きく広がってゆく。


 ひとときの安らぎ、ひとときのウサ晴らし。

 生きる者はみな何かを背負い、何かの役割を担い進んでゆく。 

 投げ出す者も中にはいるだろうが、疎まれることでその役回りを説明する。

 損か得か、重いか軽いかなど、気の持ちようで変わるものなのかもしれない。

 あるいは、変えてゆくものなのかも。


「さーさーそれくらいにしてくださいね。ほら、ニポちゃ・・・シペくん、先にちょっとこの子水浴びさせてきちゃうわね。あ、大丈夫。ベゼルも一緒だけど目は利かないから安心して。」


 ローセイ人の簡素な服に身を包んだテンプがキぺを察してベゼルの事情を伝えてやる。

 村の民はといえば「どこまでやったー?」だの「くっつくと思ってたんだよなー」だの好き勝手を言ってひやかす。キぺはうつむくばっかりだ。


「ぬぉうっ、なんだコラ。ニポはどこ行ったコンニャロー。お? シペだな? オマエはタウロの息子のシペだなっ! 付き合えコノヤローっ!」


 ともうイヤな上司ナンバーワンに名乗り出ちゃうダジュボイがクダを巻く。


「あーもうダジュボイさんも飲み過ぎですって。それにタウロはおじいさんです。もう。」


 げひひひ、おまんじゅうっつのはな、おまんじゅうってゆうからおまんじゅうなんだバカヤロウ、と新世界で演説を始めるダメじーさんをなだめながらキぺは空を見上げる。


 こんなにうるさくて楽しくて切ない夜空に、

 あと何度出会えるのだろう。

 そんなことを思いながら。



「あ、洗濯手伝ってくれてありがとうございま・・・なにこれっ!」


 ニポたちが出たあと水浴びと洗濯をしてキペが戻ってくるとそこには累々と死体のようなものが散乱していた。

 いうまでもない、全員よっぱらいだ。


「ふふふ、ほんと素敵な方たちですね。あ、気をつけてシペくん。パシェちゃんは寝ちゃったみたいだから。」


 これで全員ローセイ人服に身を包んだということなのだがニポとダジュボイがずぶ濡れになっている。理由はなんとなく、聞きたくもない。


「おーチペ戻ったかい。んあ? これは気にすんな。酔い覚ましにちょっと水ぶっ掛け合っただけだからね。」


 明らかにガタガタと震えながら強がるニポ。確かにその効果はあったらしい。

 ついでに言うと向こうで悪魔みたいな顔になっているダジュボイも寒さと酔いの狭間で自分を保ててはいるようだ。


「ふぇんふ・・・」


 そのにこやかな祭りの後を切り裂くのは、ジラウに託されたラグモのアマチュア解古学者・ベゼルだ。


「うん。・・・えっと、息子さん。アンタの記憶だけが頼りだってことを先に言わせてもらうな。スナロアさんやダジュボイさん、もちろんモクさんや赤目の話を俺も掻き集めて繋いだことはある。

 でも、肝心なところが欠けてるんだ。知ってると思ってたスナロアさんやモクさんでも解らなかった部分、そしてきっと先生だけが掴んでしまった大切な部分だ。


 全民衆の常識をひっくり返しちまうかもしれない、ユニローグへの道筋さ。


 それが具体的な地図を指しているのか、何かの暗示なのかもさっぱりなんだ。

 息子さん、アンタが最後の砦なんだってこと、理解してくれるな?」


 テンプの声を借りて出てきた「ユニローグ」にさすがのダジュボイも目を覚ます。


「はい。・・・でも、いったい何を思い出せばいいのか判りません。

 少なくとも父さんが僕にユニローグの話をしたことはなかったですし、それっぽい事を言っていたような記憶もないんです。」


 ふぅ、とやるベゼルだがそう安易に解決できないことなど織り込み済みだ。


「ふぇ。」

「だろうな、構わないさ。ひとクセもふたクセもあるのが先生だったからな。


 あ、そうそう、俺が憶えている中で唯一どうにも腑に落ちない話があってよ。そこまでは「大変な話」としてしゃべっていた先生が違和感だらけの文脈で妙なコト言い出して。


 それがナコハさんだ。


 正確には「ナコハさんの作品」についてなんだが何か知らないか? こんな漠然とした所からしか始められないのがもどかしいけどよ。」


 眠るパシェを膝に抱くニポも、難しい顔で押し黙るダジュボイも見届けるだけだ。

 この何もない地平から奇跡の城が立ち現れる、その瞬間を。


「うーん。母さんの作品、って言われるとちょっと。

 たとえば小さな背負い袋とかお財布とか食器とかはずっと作ってましたけど、いわゆる「作品」っていう像状のものは・・・確か真正「鉄打ち」になってからは父さんと一緒になるまでしか作ってないって聞きました。


 どんな作品をどこへ納品したかを記した帳簿も、・・・もう灰になっていると思います。」


 それでもベゼルは落胆しない。

 探さねばならないのだ。恩師の遺した最後の希望を。


「にぇ。」

「作品・・・あっ! そうだっ! 「ロクリエの像」とかどうだ息子さんっ? 

 先生は確か「ロクリエの魔法使いの像」を見せたいって言ってたんだっ!

 何か、なんでもいい、心当たりはないかっ?」


 拍動する脈に潰されそうな興奮を抑え、その答えに託す。

 もう、もう、本当にヒントはこれで尽きてしまうから。


「・・・ベゼルさん。

 ・・・すみません。ロクリエの像なんて、そんな複雑で難しい大作をいつ作ったのかもわからないし、どこに売ったのかも・・・・」


 削ったり磨いたりせず、叩き締めるだけの[打鉄]にとって髪や服といった鋭利な突起や表情を描く細やかな作業はとにかく大変だった。

 そのためよほどの特注が入らない限りは獣や木の癖を活かした芸術作品に終始するのがお決まりのパターンとなる。

 どう考えても間尺に合わないし、そもそも挑もうとすること自体が稀有だろう。

 名工と呼ばれた先祖の鉄打ちも、もちろん祖父・タウロも「ロクリエの像」などという彫刻用にデザインされたそれを[打鉄]で作ったなんて話はついぞ聞いたこともない。


「りょ。」

「そうか・・・・くっ、息子さん・・・・・・そうか。」


 でも、


「あ。・・・待って、・・・ちょっと、待ってください。」


 だから。


「えっと、「ロクリエの像」ですよね?」


 など、聞いたこともない。


「にょ?」

「・・・ああ。そう、だが?」


 でも、それをはある。


「僕、知ってます。」


 ナコハの作品なのかは判らない。


「僕、[打鉄]でできたロクリエの像、知ってます。」


 繋げて考えたことなどなかった。


「どういうことだシペっ!」


 が作ったことは分かっていても、


「みょ!」

「息子さんっ!」


 作ったかなんて考えもしなかった。


「見つけたのは、この先のカーチモネさんの屋敷の中でした。」


 もう偶然だなんて、言わせない。


「・・・くっ、けけけっ! また行けってかいっ?」


 始まっているんだ。


「ふふ、そういうことになるね。」


 続いていくんだ。


「ひょ!」

「よっしゃああああああっ!」

「うおおおおおおおおしっ! 上出来だシペっ!」


 奇跡というものが。


「ふぁ? オカシラ・・・? あ、なんだちがうのか。」


 叫び出すダジュボイとテンプに目を覚ますパシェ。

 因みにベゼルはダジュボイたちとおんなじポーズをとっていたが声は出ていなかった。


「でも間違っていたらもう、僕にはわかりません。

 過去に「ロクリエの像」を作った職人がいないと聞いた話と、母さんが作ったことがあるという話を合わせただけですから。

 実はずっと昔にいた他の鉄打ちの作品かもしれないし、母さんが2体作ったうちの1つかもしれません。」


 そう告げてベゼルたちを見回す。

 カーチモネ邸にあるその像がナコハのものでなくとも、誰も責めることはないだろう。

 だがキぺの口から聞きたいのはそんな但し書きではない。


「さ、音頭を取りなチペ。こっからはあんたの時間なんだよ。」


 けけけと笑うニポが片目を瞑ってみせる。

 キぺはそれを受けるとやおら立ち上がりひとつ息を整える。


「うん。・・・ベゼルさんと僕の記憶から導き出せるたったひとつの答えはカーチモネ邸の「ロクリエの像」にあります。

 明朝それを確かめに行きましょう。


 この大陸の今後は大きすぎて僕にはわからないです。だけど、僕は父さんの遺したものが何なのか知りたい。

 これほどまでに、ベゼルさんと僕を引き合わせなくちゃ、僕がカーチモネさんの家に行くか帳簿を見つけなくちゃ解けない場所へ隠したものを見つけてみたい。


 そしてこうなったら、僕もユニローグがなんなのかを突き止めたい。それが罪でも、誰か悪いヒトに奪われてしまう前に、知られてしまうその前に僕らが手に入れるなきゃダメだと思うんです。物なのか事なのかわからないそれを。


 というわけで今夜は寝ましょう。・・・・以上です。」


 ちーん、と何かが終わる音の響き渡るキぺ・アワー。

 シクロロンの演説と比べてなんと抑揚のないことかと寝ぼけ眼のパシェは思い、そして寝た。

 昂ぶるものがこれっぽっちもなかったから。


「チペ・・・あんたやっぱ三下だね。」

「シペ、もう少ししゃべっててくれ。眠れそうだ。」

「ふぉふぁふぇーふぉ。」

「そりゃねーよ、だそうよ。シペくん。」


 そう残して皆はそそくさと寝床のある酋長の屋敷へ引き上げていった。

 取り残されたキぺはひとり、涙をぬぐって天を仰ぐ。


「・・・きっついなぁ。」


 それは本格的にどうでもいい感想だった。  

 

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