第8話 カレン送還

その頃、ジュリーは、まってあった扇風機せんぷうきを出しに倉庫に入っていた。

「なんか今年も暑そうね。もう扇風機がいるのね」

 倉庫に入ったジュリーの目に入ったのは、渡辺の開発した懐かしい瞬間転送機しゅんかんてんそうきだった。

「何よこれ、渡辺の転送機じゃない。何でここにあるのよ。さては、カレンの奴、これで京都まで行ったな。こんなものに頼っていると身体がなまってえらいことになるのよね。よっしゃ強制送還きょうせいそうかんじゃ」

 ジュリーは、そう言うと送還のキーを叩いた。

 次の瞬間、倉庫には青白い光の塊が現れ、やがてそれが消えると、そこには、カレン、竜一の他に男3人とおばはん一人が転がっていた。


「カレン、この人たち何なのよ?」

 ジュリーは、突然飛び込んできた見知らぬ四人を見て驚いて問う。

 カレンは、間一髪かんいっぱつのところで助かったことに胸をなでおろしながら、

「この人たちはね、、、、まぁそのー何ていうか、有名人なのよ」

 と答える。

「有名人? どこが? 誰一人知らないわよ」

「この人なんか、相当有名よ」

 浴衣を着て倒れている中年の男を指さしてカレンが言う。

「見たことないわね。テレビにも出てないじゃない」

「テレビ出てるよ。この人自身じゃないけど。この前なんか、福山正秋ふくやままさあきがやってたよ」

 その時、竜一が叫んだ。

「ぎゃあー、すごい血だ。早く、早く、救急車!」

 信長の浴衣は血で染まり始めていた。

「救急車、まって、この転送機で直接送ったら」

「ダメ、六人も送った後だから充電に十分はかかるよ」

 カレンがダメ出しをした。

「仕方ないわね。電話するわ。119よね」

 ジュリーが電話をしている間に、竜一と男二人が太股と腕をタオルで縛り応急措置をする。

「上様、お気を確かに」

 若い男が、信長を励ます。

「うーん、ここは何処じゃ」

「分かりませぬが、本能寺でないことは確かです」

「わしらは、俘虜ふりょの身になったのか」

「いえ、この者たちは明智の手の者ではないようにござりまする」

 てなことを言っているうちに、サイレンの音が近付き救急車が止まった。

 救急隊員が倉庫に入ってきて手際てぎわよく応急措置おうきゅうそちを施す。

「どうなんですか?」

 ジュリーが訊くと、

「そうですね、出血がひどいので何とも言えませんが、応急措置がよかったので何とか一命は助かるかもしれません。でも、危ない状態であることは確かです」

 救急隊員の一人はそう言うと、信長を移動ベッドに乗せ救急車まで運ぼうとした。だが、その時、

「上様を何処いずこに」

 若い男と黒人の大男が行く手を拒んだ。

「多分、北武蔵野台総合病院きたむさしのそうごうびょういん外科病棟げかびょうとうになると思いますが、たらい回しされたら分かりませんね」

 救急隊員の一人がそう言うと、

「何、上様をたらい回しだと、けしからん」

 二人は、救急隊員に迫ってきた。

「あんたたち、邪魔じゃま一刻いっこくを争うんだからね、どいたどいた。あんたらのご主人様が死んじゃってもかまわないの」

 ジュリーの言葉に加えて、

「左様、早よう道を開けよ。これは帰蝶きちょうの命ぞ」

 との、おばはんの一言で二人は素直に引っ込んだ。

「近親者、関係者の方、いらっしゃったら後同乗どうじょう願います」

 信長を救急車に運び込んだ後、救急隊員が声を掛ける。

「あなた、この人の奥さんでしょ。早く乗って」

 ジュリーは、帰蝶を急かすが、おばはんは、

「何じゃ、この奇妙なる乗り物は? 輿こしにしては大きいのう。それに、屋根に朱色に光るものが付いてくるくる回っておるわ。わらわは、初めてこのような輿を見たぞえ」

 救急車を眺めながら、何やら独り言を言っている。

「どうでもいいから早く乗りなさい」

 ジュリーは、帰蝶を無理やり押し込むと、

「よろしくお願いします」

と、救急隊員に頭を下げた。

 救急車は、またけたたましいサイレンを鳴らしながら去って行った。若い男と黒人の大男は、その後姿をぽかんと見つめながら、

「動いたぎゃなー」

と同時に声を発した。


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