第5話 本能寺2

「本能寺? いくらなんでも早すぎる。大人をからかうんじゃないぞ」

「からかってなんかないよ。本当に本能寺よ。それも、天正10年のね」

「・・・・・・・」

「パパには説明してなかったっけ。あの機械はね、タイムマシンなの。で、タイムマシンで天正10年6月2日に来たわけなのよ」

「やっぱりからかっているだろ。もしかしたら新手のドッキリか?」

「話せば長くなるから後でね。あっ誰か来たわ」

 縁側の廊下を誰かが歩いてくる。暗闇くらやみ灯篭とうろうの光がわずかに漏れ、黒い影が大きく揺らぐ。二人は慌てて縁下えんのしたに隠れた。

「ジョボジョボジョボ・・・」

 縁側に立って小便を始めた。二人の前を灯篭とうろうの光を反射した飛沫しぶきが勢いよく落ちてゆく。

「・・・・・・」

 やがて、男は廊下をまた帰って行った。

「しかし、男って野郎は、昔も今もやること同じね。下品!」

 カレンは、を多少飛沫しぶきが浴びたのか怒っている。

「すまん」

 関係はないが、竜一は思わず謝った。

「それにしても、この闇は半端じゃないわね。灯篭とうろうあかりがなかったら自分の手も見えないし。そうだ、今日は旧暦の2日ってことは新月しんげつね。なるほど、明智光秀、この新月の夜を狙ったのかもね」

「ところで、さっきの話、タイムマシンがどうのこうのって、どういうことなんだ?」

 竜一は、話の続きを求めた。

「だからね、ここは天正10年の6月2日の本能寺なの。私の作ったタイムマシンで来たわけ。ドッキリでも何でもないの。とにかく、私から離れないで。帰れなくなっちゃうよ」


 カレンの言葉にうなづきはしたがまだ信じられない。確かに、ドッキリにしたら少々り過ぎている。それに、小さな中華料理屋の店主をドッキリにかけたとしても視聴率は取れないだろう。こういうのは、上島竜平あたりが適役だ。

 そうこうしているうちに、塀の向こうが騒がしくなってきた。金属がこすれ合うような物音が何百何千と静かに響き渡っている。

「明智軍よ。囲まれたようね。そろそろね」

 カレンが耳元で囁く。

 白々と夜が明けてきた。夜明けの太陽が東の空を染め始めた時だった。

「うおー!」

 ときの声が響いた。

「始まったようね。パパ、これから次元のはざまに入るからね。離れないでね」

 そう言うとカレンはパネルを操作し始めた。

 

 縁下えんのしたからカレンが出てゆく。

「おい見つかったらどうするんだ」

 カレンに声を掛けたが、

゛そうか、ドッキリの撮影これでしまいか゛

 と思って竜一も縁下えんのしたを出た。

 だが、そこで見る光景に固唾たたずんだ。

 切り合っているのだ。弓が飛び交い、銃声が鳴ると同時に何人もが倒れている。血しぶきが上がり、怒号が交差する。今まで見たどんな映画でもこの迫力に勝るものはない。どう見ても、

「本物だ!」

 竜一はただ立ちすくむだけだった。

「パパ、大丈夫。そろそろ行くよ」

 カレンが声を掛けてきた。

「行くって、何処にだよ」

「決まってるじゃない。信長のいる部屋よ」

 カレンはすたすた歩き始め、寺の奥深く入って行った。傍らでは、武者どおしが壮絶な殺し合いをしている。

「おい、ちょっと待てよ。お前、平気なのかよ」

 竜一はカレンの手を取って引き戻そうとする。

「大丈夫、私たちはね、異次元にいるの。次元のあいだね。この人たちから私たちは見えないし、私たちに触ることもできないのよ」

「・・・・・・」

 カレンは、傍らの切り合いには全く興味がないようで、奥へ奥へと入りながら辺りをきょろきょろ見回している。まだここまでは明智の軍勢は迫っていない。やがて、

「ここね」

と言うと、ふすまを通り抜けた。竜一も後に続く。竜一はこれは夢であると確信している。戦国時代にはまりり過ぎたためにこんな変な夢を見てしまうのだ。だが、こんな面白い夢はめったに見ることはない。しばらく付き合ってみることにした。

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