第3話 カレンのタイムマシン

 カレンはこのところ忙しい。使われることなく渡辺の研究室の倉庫に放り込まれていたワープ装置を引っ張り出してきて何かしている。

 カレン・N・ワシントン、この春小学校を卒業して中学校に上がった。サッカーとピアノは続けている。中学からは女子サッカー部はないので、地域のクラブチームに属している。ピアノはミッキー初音はつねのスパルタレッスンに少々辟易へきえきしながらも続けている。そして、今、一番熱心なのが歴史研究である。歴史研究部に入って部員二人の副代表になった。顧問は、義理の父の竜一になってもらった。特に、戦国時代に興味を持っている。


「パパ、戦国時代に行けるんだったら何処に行ってみたい?」

 竜一に訊くと、

「そりぁー・・・やっぱり」

「本能寺!」

 二人の口から同時に発した。

「行ってみない?」

「・・・・・・・」

 竜一はどういう意味か分からず、とりあえず、

「そりぁ、行ってみたいさ。実際、どんな状況だったのか見てみたいよな」

 と答えた。

「行ってみようか」

「・・・・・・」

「あと一週間ほど待ってね」

 カレンはそう言うと、いたずらな目をしてニコッと笑った。


 渡辺が開発した転送装置を改良し、時空転送機能じくうてんそうきのうを加えようとしている。要するに、タイムマシンを作ろうとしているのだ。歴史にまり過ぎて、実際に過去に起こった歴史上の事件を自分の目で見たくなったのだ。

 時空転送機能を加えることは、ジュリーも試みたことがあるが、クリアーする課題が多く諦めた。車椅子の天才ホーキング博士の時間順序保護仮説、つまり、因果律を破る過去への時間旅行は不可能という理論に解答することができなかった。

 タイムスリップをすることに何の意味があるのかという自問自答にも答えられなかったのだ。だが、カレンの場合は違った。歴史に興味があるものなら誰でもその現場に遭遇したいものだ。カレンはその誘惑に負けた。カレンの300を超える人類史上最高の知能指数は、200そこそこのホーキング博士の理論を簡単にクリアーした。


「パパ、明日の日曜日、忙しい?」

「別に、ほゞほゞ暇だよ」

「じゃあ、明日、本能寺行ってみようか」

 カレンは、ニヤリと笑った。

「本能寺は京都だぞ。結構運賃掛かるし。ちょっと待ってくれよ」

 竜一は、新幹線の二人分の往復代の事を思った。中学生になったら子供料金じゃないから、新幹線代だけで五~六万円はかかる。

「お金いらないよ」

「どういうこと?」

「特急券持ってるから」

 カレンは平然と言う。

「特急券って、高かっただろう」

「只よ」

「・・・・・・」

「いや、只ってことはないか。渡辺のおっちゃんにおごってやった牛丼代350円があるからね」

 渡辺のおっちゃんというのは、この物語の初めの方の主人公らしき学者、渡辺太郎の事である。カレンは、渡辺太郎が開発した現在倉庫に放り込まれている物体瞬間移動装置に目を付けこれを譲ってもらった。倉庫でほこりをかぶっていたわりには状態は良かった。渡辺は、いつものごとく金欠病で、住んでいる学生寮の朝飯と晩飯だけの生活が続いているところに、

「お昼、牛丼奢ってあげるから、あの装置ちょうだい」

というカレンの誘惑に簡単に乗ってしまった。その上、装置を例の愛車スバルサンバーに乗せて、ジュリーとカレンの住む家の倉庫まで運ばされたのだ。

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