第4話 奇才の演技

 妹らしからぬいただけないセリフを放つ真宇につい流されてしまったが、本題の悩みをまだ解消し切れていない。


 中一の妹の尻ではなく、高校二年生の金髪ギャル大岡さんの尻だ。


「──そうですね、もし仮に真宇の目の前にそのギャルのお尻があっても叩くなんてことはしません」


「自分は叩かれたいのに人の尻を叩くことはしないんだな……」


「勘違いしないでください、私がお尻を叩かれたいのはお兄だけに対する思いであって誰でもいいわけではありません。そのようなことを言われるのは心外ですよ」


「お、おう……ごめん」


 至って真面目な顔で嬉しいことを言ってくれる真宇に心から謝罪しつつも、複雑な心情になる。


 叩かなければいけない時が来たのなら迷いなく叩く覚悟はあるが、できることならもう二度と妹の尻なんて叩きたくないぞ。


「まず真宇の目の前で無様にも出してあるそのお尻に対して、軽蔑の目を向けます。そして次に罵倒します。真宇にその汚いお尻を出して何様のつもりですか、あなたのお尻など叩く価値もない、という風にです」


 実際に軽蔑の目を向けながら、罵倒のセリフをさもそこにギャルの尻があるかのように吐き捨てた。


「最後に、真宇の目の前にお尻を差し出した罰として、両手の人差し指を重ね合わせて下から股にかけて突き上げます」


「それは叩かれるよりも強力な罰だな……」


「当然です。人前でお尻を出すという、躾のなっていない行為をしたのですからお仕置きをしなければいけません」


 言ってしまえば尻叩きは序の口、カンチョーは最終奥義ほどの威力がある。


 下手をすれば肛門破壊をしかねない、極めて危険な技だ。


 そんなものを浴びせようというのだから我が妹は恐ろしい。


 俺にそこまでの厳しい目はないため、さすがに大岡さんにカンチョーはできなかった。


 パンツを履いていたとはいえ、下着の薄さでは実質無防備と何ら変わらない。


 威力を諸に受けて悶絶する彼女の姿が不本意にも想像できてしまう。


 穴に突き刺さり、食い込んで、終いには下半身が上へ持ち上がってしまうだろう。


 カンチョーをした方は、指先の皮膚と爪の間にまで感触が伝わってくること間違いない。


 こう、人差し指を完璧に揃い合わせて寸分のズレもない状態でカンチョーを成功させたときは絶対に気持ちいいと思う。


「お兄、いったい何を想像されているのですか?」


 気がつけば俺の人差し指に真宇の股がチョコンと触れていた。


 ちょうど真宇の股下の高さに俺の両手の人差し指があり、きれいに真宇の太ももの間に収まっている。


「……何をしているんだ真宇。何度も言っているが俺は妹を───」


「あんっ、そこ気持ちいいです。あっ、ダメお兄、それ以上は……!」


 自らの腰を上下左右に動かして勝手に感じている。


 しかし俺はそこから手を退かすことも、組んで重ね合わせた指を解くこともしないでいる。


 心のどこかで、このままの手を上へ突き上げたらどうなるのかが気になってしまっている。


 今も目の前で行為に勤しみ喘ぎ声をあげている真宇をよそに、俺は自らの天使と悪魔の論争に悩んでいる。


『その手を全力で上へ突き上げてみろよ、きっと目の前で最っ高の光景を見られるぜ?』


『そんなことをしてはダメ!自分の妹のお股を突き刺すなんて、そんなの……破廉恥だよ』


 下ネタに耐性がないのか少し恥ずかしがる天使ちゃん、ピュアだ。


『何言ってんだよ、妹をその指のひと突きで犯せるんだぜ?オ◯◯ーなんて甘ったるいことしてるメスガキを分からせてやるんだよ』


『そんなことをしたら妹ちゃんが悲しむわ!実の兄の指で……感じているのに、………激しく突き上げられたら、いったいどれだけ気持ち良いのかしら……』


 天使と悪魔の論争が無駄に下ネタ寄りになったところで俺は聞くのをやめた。


 論争は悪魔の勝ちで終わってしまった。


 これまで微動だにしていなかったこの指が、僅かに上へ突き上がろうと震えている。


「あっ//……ダメお兄、それ…───」


 ピコンっ


 そんな時にスマホの通知音が鳴り響いた。


 理性を取り戻し、手を真宇の股から退けてスマホを取った。


 画面を開いてみれば大岡さんからだった。


『本日は誠に失礼をいたしました。つきましては明日にお詫びをしたいのですが…』


 その文章の後に続けて、変顔をしながら土下座をするおじさんのスタンプが送られてきた。


「謝罪文だ……」


 たったの一文だが、あの人がこんな文章を送ってきたことに驚いているのだ。


 スタンプの後には何も送られて来ず、文末が点々で終わっていることからも、俺の返信を待っているように見える。


『それなら明日の昼にどこかで待ち合わせでどう?』


 ごく自然な返信を送ると、ものの数秒で既読がついた。


 送ってから気がついたが、大岡さんはいつも昼休みにクラスの友達と集まって談笑しながら昼食をとっている。


 それを邪魔するのは悪いと思い、変更しようとしたら向こうから返信が来た。


『おっけー!じゃあ明日のお昼休みにお弁当を持って屋上に集合ね!』


 軽い口調を想像させるそんな文章が送られてきた。


 それなら俺も気を遣う必要はない。


 了解の一言を送り、大岡さんとの最初のメッセージのやり取りは終了した。


「終わりましたか、その大岡さんという方とのメッセージは?」


 俺の肩からスマホの画面を躊躇いなく覗く真宇の顔があった。


「せっかく同級生の女の子と連絡先を交換したというのにいちいち名前を変更して自分の呼び名にしているお兄は、とても陰の質が高いです」


「きれいに言う必要はない、しっかり陰キャと言っていいんだ妹よ」


「………もしかしてその方が、お尻を出したギャルなのですか?昨夜のアイスの買い出しの帰りが遅れたのは、その方と遭遇してお尻を叩いていたからなんですか?」


 辻褄が合ったように全てを見切った真宇の目は、とても中一とは思えないほど闇で染まっている。


 俺の不手際で尻出しギャルを妹に特定されたことは、明日彼女と会った際に謝ろう。


「無言の肯定……そうですか、お兄にお尻を叩かれた大岡さん……」


 薄ら笑みを浮かべながら自室へ向かって去っていった。


 ふと自らの人差し指を見つめてみるも、全く濡れた様子はない。


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