第3話 いただけない

「じゃ、じゃあ……俺が大岡さんの尻を叩いたことは許してくれるんだね」


「う、うん………」


 彼女がどこまでも優しい人なおかげで、本当に俺の学校生活は救われた。


「それじゃあ、俺はこれで」


 許してもらえたのは幸いだったが、これ以上関わってはいけないような気がした。


 下校するために再び下駄箱の方へと向かう。


「待って佐伯くん」


 離れようとした俺の腕を掴み制止してきた。


「な、なに……?」


「ここで別れるのは違うんじゃないかな佐伯くん。私たちはもう尻を見せ尻を叩いた仲になったんだから」


 どこでスイッチがオンになったのか、調子が変わった大岡さんは尻の仲になったと訳の分からないことを言い始めた。


「私もお尻を誰かに見せたのはあれが初めてなんだよ。佐伯くんだって人のお尻を叩いたことないでしょ!」


 若干興奮気味にそう尋ねてきた。


「そりゃ、あるわけないじゃないか……」


「それってつまり、お互いに初めてを経験した仲ってことでもあるよね!」


 すでに大岡さんの突然のペースについて行けずに困惑状態に陥った。


 まさに理想を体現していた、優しくピュアな金髪ギャルのイメージはどこにもなく、変態金髪ギャルそのものだ。


「ねっ、佐伯くん」


 背中をこちらに向けて腰を少し折った体勢の大岡さんに呼ばれた。


「もう一回お尻を叩いてみてよ」


 自らの尻をパンッと一発叩いてから、俺に叩くよう促してきた。


 俺が叩いたことで目覚めてしまったか、ドMなのか、それとも発情するサルなのか。


 何れにしても知りたくなかった大岡さんの内面が見えてしまったことで、言いようのない虚無を感じる。


「えっと、今日のところはもう帰りませんか?」


「ちぇ、分かった」


 その醜い体勢から直ってくれただけでもひとまず良しとしたい。


「そんじゃさ、そういうわけだから連絡先交換しようよ」


「どういうわけですか」


 どうしようもない状況から脱することができて、帰路につきながらじっくりと熟考する。


 なんせギャルに尻を突き出されて「叩いて」と言われたことが今まであったことないだけに、困惑せずにはいられないからだ。


 俺のせいなのか、やはりそうなのか。


 あの夜の公園で俺が目覚めさせてしまったのだとしたら、やはり責任を取るしかないのか。


 一人で悩んだところで答えが出るはずもない。


「なぁ真宇、もし突然ギャルが尻を差し出してきたら、真宇ならどうする?」


 帰宅し、リビングでバッグを持ったまま開口一番でそう言った。


 ソファで寝転がってスマホを見ていた真宇は、突然の兄の奇行な言動に対して警戒することなくソファから降りて歩き寄ってきた。


「ちょっといいですかお兄」


「お、おう……どうした」


 バッグを置き、真宇に手を引かれてソファへと連れて行かれた。


 そうして俺をソファに座らせた真宇は、俺の前に立って腰を少し屈めた。


 まさに尻を差し出した体勢をしている。


「この状況でお兄は何をしますか?」


 目の前には可愛らしいお尻が見えている。


 大岡さんほどの肉感が増した迫力あるサイズではないにしろ、まん丸とした形が強調されている。


 ソファに座って妹が突き出した尻を間近で眺めているこの状況を客観的に見た場合に、己の不甲斐なさに叩きのめされる───尻を叩くだけに……。


「妹のお尻を前にしてまじまじと見つめているお兄は気持ちが悪いです」


「ごめん………つい見入ってしまった」


「構いません。お兄がそういう人だというのは真宇が一番よく分かっていますから。むしろ見るなり何なりしてもいいですよ?てっきり、お兄は真宇のお尻を叩くと予想していたのですが……叩かないんですか?」


 今もなお、尻を突き出した状態でそう言ってくる真宇だが、いくらなんでも妹の尻を叩くような真似はできない。


 そしてなぜ俺が尻を叩くと真宇に予想されたのかは言及する必要はない。


 俺の性質は真宇に全て筒抜けのようだから、むしろ俺よりも俺について知っているかもしれない。


「じゃ、じゃあ………」


 さも当たり前のように言われては、引き下がるものも引き下がれない。


 サイズと肉感に相応の力量で、俺は実の妹の尻を手のひらで叩いた。


「ん、あっ」


 叩いたと同時に小さく声を上げて反応した真宇。


「もっと叩いていいんですよ。………妹のお尻は叩き放題です」


 さらに強調するように尻を俺の方へ突き出しておかわりを要求してくる。


 その表情は、笑みを浮かべて快感に浸っているように見える。


「んっ」


「あぁっ」


「あぁんっ//」


 少し叩く力を強めてみればそれだけ反応も大きくなる。


 妹の尻を叩いている俺もそうだが、実の兄の目の前で尻を叩かれて喘ぎ声を発している真宇も大概ヤバい。


「っ………もう終わりだ。これ以上は叩けない」


「えっ、なんでですか。もっと真宇のお尻をめちゃくちゃに叩いてくださいっ!」


 少々演技っぽくドM発言をした真宇だが、表情は本当に楽しそうにしている。


 一方で俺は楽しいはずもなく、無の感情の中にいる。


「……そうですか。でもまた真宇のお尻を叩きたくなったらいつでも言ってくださいね。真宇のお尻はお兄専用器ですからっ」


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