1549年 家操16歳 田植え 信用

「家操様、新しい農法をやると言いましたが、どのように?」


 小麦も大豊作といえ、農民達に俺の言う新しい農法を拒否するという選択肢は無かったが、どんな農法をやるのか皆気になっていた。


「まずは米の選別だ」


「米の選別ですか?」


「ああ、このために塩を量産した。まず真水で種籾を壺の中に入れる。それで浮いている種籾を取り除き、沈んでいる種籾を今度は生卵が浮かぶくらいの塩度の水の中に入れる……するとこうなる」


「おお、先ほどは沈んだ種籾が浮かんだ」


「でここで浮いた種籾も取り除き、もう一度真水で今度は先ほど塩水に漬けたから洗い流す意味で漬ける。これをしないと稲が塩害でやられてしまうから必ずしてくれ」


「で、選別した種籾は薄く水を張った木の桶の中で発芽するのを待つ。この木の桶は村の分は用意したから安心してくれ」


 俺は種籾を水を張った桶の中に入れて発芽しやすいように撒いておく。


 その間に田んぼの方の整備を始める。


「今年は金肥を買ってきたが、来年からは今作っている肥料や魚肥を田んぼに撒いて地面を深く耕して雑草が育たないように管理しておいて、畔はなるべく硬く固める。こうするとイナゴの発生を抑えることができる」


 土作りを行いその日は解散となる。


 各々自分の田んぼの土作りや言われた通り種籾の選別を行い桶の中で発芽を行った。


「発芽したら四角い木の入れ物の中に田んぼの土を入れて苗を育てる。種籾をそのまま蒔くより苗にしてしまえば鳥に食べられる心配が無いからな」


 苗代で苗を育てる。倉庫等の薄暗い小屋で弱い光を当てながら育てて苗が苗代にしっかり根を張ったら田んぼに水を入れて田植えを開始する。


「田植えもなるべく田んぼに均等に植えると根がよく根づき、病気に強く倒れにくくなる」


 村人達はあまりの手順の多さに混乱し始めていたが、言う事を聞いてくれれば今年の年貢は3公にすると言うと従ってくれた。


 田植えが終わったら俺は買ってきた鯉を放流した。


 合鴨と鯉どちらが良いか賛否あるが俺は鯉のほうが良いと思っていた。


 まず飼育が合鴨よりも楽だ。


 水を抜く時はため池に誘導し、ため池で毎日餌を与えておけば冬を越すことができるし、放流する時は網ですくって田んぼに入れれば良いので合鴨よりも管理が楽だし、増えてきたら合鴨と同じく食べれば良い。


 しかも合鴨と違い稔った稲穂を食べることがないので水抜きギリギリまで田んぼで育てることができる。


 合鴨と同じく田んぼに住む虫を食べて泳ぐことで根っこに空気を送ることができる。


 地面を攪拌することで雑草が育つのを抑制もしてくれる。


 まぁ合鴨も鯉も最初は買う必要があるのである程度の初期投資は必要だ。


 俺も生きている鯉を集めるのに村の子供達を動員して川で釣り大会を開き、足りない分は金の力で各地から集めたが……。


「ふう、終わりましたな」


「そうだね。これであとは雑草の除去をしたりするんだけど均等に植えたことで足場ができたろ」


「本当だ! これなら雑草の除去がしやすいだ!」


「そうそう。除去をするのにこれでやりやすくなったろ。収穫の時も踏み倒す事が減るはずだ。何より稲もこの方が根っこが張りやすいんだ」


「でもこうなると田んぼが各々の大きさでグネグネした形だとやりにくいだ」


「それはそうだが……」


「田んぼの大きさは均一にして割り振るしかないだろ。損が出るようなら俺が補填してやる」


「領主様いいだか?」


「そう言う仲裁をするのが領主の仕事だろ。田んぼの大きさは一反を測っていくからな。紙を使ってしっかり話し合うぞ」


 今年は夏の間に村人達が俺の屋敷に集まり、連日話し合いが行われた。


 話し合い自体は1週間程度で終わったが、俺が村で稼ぐための講義を行うと自然と村人達が集まった。


 決して料理が出るからではないだろう……ちなみに勉強意欲のある者は自由に参加して良いと言ったので兵達や中村から足軽になったメンバーや武士として取り上げている者達も参加していた。


 あまりに人数が多くなったので屋敷の横に公民館を作り、壁には俺が作った黒板を設置した。


「俺が作った果樹園の果実が実れば村の大きな利益になる。米は税として取られるが果実を奪うような税の仕組みは無いからな。蜜柑は1個10文で売れる。1つの木からは600から700個の蜜柑が成る。これだけで6貫から7貫になる。米だと500文で1石分の米が買えるから米を買うよりも蜜柑を作ったほうが金になることもある。こういう作物を換金作物という」


「そうなると米を作るよりも蜜柑を育てたほうが沢山食えるのか?」


「はい、で全ての田んぼを果樹園にしたとします。こうなると病気かなんかで蜜柑が不作の時に食うに困ることになります。そうならないために地域での協力が必要になります。ある家は米を作り、ある家は蜜柑を作り、米を作るところが蜜柑の作っているところの分の年貢を支払う代わりに蜜柑のところはその分の代金を支払う。そうなると一蓮托生となり、1年2年不作はなんとかなったります」


「しかし、それだけでは食っていくのが厳しい……そういう時にこの芋が出てきます! この薩摩芋は甘く、米と一緒に炊いて食べることで米に味がついて美味しく食べることができますし、痩せた土地でも沢山育つので他の作物が不作でも育つことが多いです。で、この芋は上手く加工すると美味い酒にもなりますし、蔓や葉っぱ、皮まで食べられる。小さい畑に植えていたおかげでその家だけ飢餓を耐えられたという逸話もあります」


「「「おお!」」」


「じゃあその芋を今度あいた場所に植えればいいのか?」


「そうなりますね。今から植えても冬前に収穫できるでしょう」


 こんな講義を沢山し、金になる作物はなんなのか、飢餓に備えるために救民植物を教えたり、パンの作り方を教えたりした。


「いや、最初は凄い若い領主様になると心配したが、蓋を開けてみれば博識の民に優しい領主様だったからな」


「税も低いし、色々な作物の育て方を教えてくれるだ」


「梅を使った酒なんてあるんだな。領主様が梅酒を作るとなったら梅が売れるようになるんかねぇ」


「すごいだろ家操様は中村でも神童って言われて一目置かれていたんだぜ」


「鉄砲の腕も凄くて博識……本当は仙人とかなんじゃないよな?」


「でも領主様のおかげで近くに市場ができて色々買えるようになっただ」


「娼家もできて若いのが遊ぶ場所ができて喜んでたな。俺はおっかぁが居るからいかねぇが息子とかも火傷するよりは娼婦で勉強したほうが良いだろう」


「漁業の拡大して美味い魚が沢山食えるようになったもんな!」


「鶏の料理ってあんなに美味いんだな。昔のお偉いさんが自分達の食い分を守るために禁止したって領主様が言ってたもんな」


「鶏くらいなら家でも飼えるな。鳥小屋建てて秋に米が沢山収穫できれば数羽飼えるかな」


 領民と兵の仲を取り持つことにも繋がり、更に領民の次男や三男達が足軽に志願し、兵士の数も増員となる。


 兵士になれば安いながら賃金も貰えるので穀潰しにならなくて済むと飛びついていく。


 そしてどんどん鉄砲や弓(コンパウンドボウ)が配られ兵士の質が尾張兵とは思えないほどの練度になっていく。


 農民兵ではなく職業兵なので時間が経過すればするほど練度が上がっていく。


 流民等も吸収して兵員が250名まで増え、鉄砲兵150名、弓兵50名長槍兵50名と部隊が徐々に出来上がるのだった。






「いやぁ! 家操様に仕えて正解でしたわ! 忍びの俺達を人として見てくれてるし報酬も高いですし!」


「多聞丸の情報は本当に助かるかな!」


 忍び衆も拡張をし、50人規模にまで増えていたし、中忍は家庭が持てるくらいの金を支払っていた。


 一部人員で堆肥や肥料を作ってもらい、きつい作業をさせているからと特別報酬を支払い更に忠義が上がるし、怪我をしても工場で働ける、亡くなっても親族を優先して雇用すると約束し、その契約を守り続けていたので更に信頼が上がる好循環に陥っていた。


「望月様から家操様がもっと大領の領主なら甲賀衆全員移住するのにと言っているくらいですよ」


「そうなれるように頑張らねぇとな。……今川の米価と皮の値段が上がったんだよな」


「はい、恐らく戦の準備をしているかと」


「遠江の騒乱が半年で沈静化したとはいえもうこちらを殴ってくるか」


「緩衝地帯が消えたので今川も必死なのでしょうな」


「引き続き情報を頼む」


「は!」


 シュタっと多聞丸は消えていった。


 多聞丸を中心に忍びによるネットワークを構築して各地の相場情報がタイムラグがあるとは言え知ることができたし、ある程度の工作はしてくれるようになったので相場に干渉することができそうである。


「次の米転がしは本気でいく」


 俺はそう決めるのだった。

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