1549年 家操16歳 近所付き合い 豊川の戦い

 収穫期となると、一面に黄金の稲穂が埋め尽くしていた。


「すっげぇ! こんな大豊作見たことないだ!」


「これが新しい農法の力か」


「これ1反4石くらいあるんでねぇか?」


「万歳! 万歳!」


 村人達は大喜び収穫に入る。


 今まで1反から2石穫れれば万々歳だったのが今回の大豊作である。


 兵達も総出で収穫の手伝いをし、脱穀、精米を行う。


 藁や米ぬかも牛の餌や米油精製に使うからと買い取り、農民達に多くの金が入る。


 税の徴収も行われ、検地で前まで800石程度の生産量だったが、2倍の1600石の収穫となり、今年は新農法の普及で3割を税としたため480石が村から徴税されることとなる。


 もし800石の6割の旧来の税の場合でも480石分の徴税となるので税自体は変わってない。


 村人の取り分が多くなった為村人が米を売って様々な物を買うようになり、市場に金が回り、市場が活性化すると場所代や俺直営の商品が売れるようになり、結果俺に更に金が入ってくる。


 その金で更に投資をしと良い循環が出来上がるのだ。


「これでおっ母に新しいべべ(服)を買ってやれるだ」


「うちは鉄製の農具を買うだ」


「うちは牛を領主様から買うだ」


 早速村の人達が何に金を使うかの話をしている。


 で、米の収穫だけでは終わらない。


 薩摩芋やじゃがいも、綿花の収穫時期となり収穫していく。


 農民達は大量に収穫できた芋に大興奮で、夏の間に掘った芋を保管する芋蔵に藁を敷き詰めて入れていくが直ぐにパンパンになる。


 薩摩芋もじゃがいももまだ商人達もどのような芋なのかわかっておらず普及には時間がかかりそうなので、俺が農民から買い取って、それを兵士達にボーナスとして配っていった。


 商人達にも挨拶として薩摩芋やじゃがいもを渡し、腹に溜まるし、味噌汁の具としても使えると好評で、徐々に広まることとなる。


 綿花は全部俺が買い取って、新しく建築した紡績工場で糸巻き機を使って人力で糸を作っていく。


 多くの人手がいるので流民や甲賀の女衆を招集して糸作り要員として雇用し、糸を作る、それを編んで布を作るまでセットで仕事をさせた。


 勿論出来上がったのはまず俺が全て買い取って、商人に卸すので、俺にも利益が転がり込むし、村人達は商人から安く布を買え、商人達は薄利多売で利益を確保できる。


 雇用も産まれて最高である。


 出た利益で農具を作る鍛冶屋の誘致にも成功したし、言うことは無い。


 で、今回の新しい米作り等を纏めた本を執筆し、字が書ける者で何冊も複製し、信長様や重臣の皆さん、ご近所の水野氏や知多半島を大半領有している佐治為景さん(後々息子が信長の妹のお犬の方と結婚する人、俺が大野村を領有したことで代替え地を貰って織田家とは良好な付き合いをしている)に新農法の手引書を贈るのだった。


 大野村の大豊作は各地で噂になっており、信長様の耳にも入っていたらしく


「流石鶴だな。農法までわかるとは! いや! 元が農民だからわかるのか!」


 と大笑いされたりもした。


 この頃になると信秀の病状が悪化したためか、信長が尾張の政務の大部分を任されることになり、家臣の整理や愚連隊のメンバーを親衛隊(母衣衆)に昇進した上で役職に組み込む、他国の政策の吟味として六角氏の近代的な政策に強い刺激を受けていたりする。


 で、部分的な関所の廃止により物流がどのように変化するのか等の社会実験を行ったりもしていた。


「あー、笑った笑った。そうそう今川が攻めてくる。規模は1万くらいだろうな。家操も後詰めで岡崎城に入れ。総指揮は信広、補佐は柴田勝家が入る」


 信長様の情報収集能力は忍びを使っている俺と同等とかやべぇと思いながらも、俺は敵兵力まで把握はできていなかったので更に先を読んでいることに信長様の能力の高さがわかる。


「わかりました。負けない戦いに徹します」


「うむ、頼んだぞ」








「いやぁ家操殿から良い物を貰えましたわ。近所としてこれからも仲良くいきましょうや」


 佐治為景がそう言う。


 佐治為景は佐治水軍という独自の水軍を有しており、知多半島に東から入ってくる船に道案内と称して税を取り立てたりしていた。


 所領的にも5万から7万石を保有する国人である。


「佐治様と仲良くやりたいですし、どうでしょう領地の間は水不足になりやすいですしため池を作るのは」


「うむ、それは良いな。農法も教えてもらったし、水不足は由々しき問題だからな。川の拡張とため池を作ろうか」


 流石に互いに現場指揮はしないが、人夫を雇って工事を冬の農閑期に行うことが決まるのだった。


「それと海藻を大量に買いたいのですが」


「海藻か? 別に良いがどれぐらい欲しいんだ?」


「あればあるだけうれしいです。1俵500文出しましょう」


「うむ、金にならない海藻がその値段で買ってもらえるなら喜んで出そう」


「ありがとうございます」


 ちなみに海藻の買い取りは熱田だけでなく水野氏とも契約を結んで集めていたりする。


 石鹸やガラスの材料なので集められるだけ集め、燃やしてソーダ灰を入手していた。


 水野さんも同じく喜んでいた。


「しっかし家操さんも城の整備はしておいた方がいいぞ。屋敷でも十分と思うかもしれないが、何があるかわからないからな」


「大野村にはもう城を作るような場所はないですからねぇ……」


「何か武功をあげれば隣の大草の土地は荒廃しているからそこを開発する権利をもらった方が良いんじゃないか? 水の便も大野よりも良いだろう」


「そうですねぇ、できれば隣の織田家直轄地の小倉村も吸収したいですが」


「小倉は500石程度だったな。確かに矢田川の対岸を抑えれば水利権を抑えることができるからな」


「代官の人とも仲良くやっていますが……」


「まぁ小倉の村人達も家操殿の領地に組み込まれたいという話はよく聞きますからな。武功をあげれば案外いけるかもしれませんよ」


 そんな話をして農法の他にガラス食器を贈ったりして親睦を深めるのであった。









 農閑期になり、本当に今川が出陣したという報が入り、織田信広(信秀の長男)の命令で招集がかかり、250名の兵を引き連れて出陣した。


 岡崎城に集まったのは5000名程で、重臣の方々が籠城か野戦かの話し合いが行われていた。


 末席に座ることが許されたが、発言権はまだ無い。


 とりあえず岡崎城よりも川があり防衛がしやすい豊川近くの野田城に前線を移し、川を挟んで対峙するのが良いとされた。


 兵を纏め、豊川で陣を張る。


 重臣達は野田城に入ったが、野田城は砦を延長した城であり、2000名程度しか入ることができないので3000名の兵は川付近で陣を張ることになった。


「家操殿、この度も鉄砲が活躍しますかね」


「どうだろうな。小豆坂の一戦で相手も学習していると思う。そう上手くはいかないんじゃないか……大丈夫、その為に弓があるんだ。今回の戦の為に特殊な矢を開発したからな」


「特殊な矢ですか?」


「火吹矢と言って火縄の付いた弓で、破裂すると中にある鉄片が辺りに散らばって負傷させる兵器だね。恐らく盾兵が増えると思うから、それの後ろに矢を飛ばせば盾兵を倒せるからね」


「なるほど」


 龍次郎の問いに俺はそう答える。


 今川も馬鹿じゃないから鉄砲の対策をしていると思ったのでその対策である。


 織田家でも徐々に鉄砲兵が増えてはいるが、予算の都合で大々的には踏み切れてないし、基本武器は織田家ではなく家来が勝手に持ち寄るものであり、史実では信長が長さの揃えた長槍隊を編成する時まで武器は各々が持ち寄って部隊を作っていた。


 逆に武器の統一を進めるのが早かったのは武田、今川、北条の方であり、それが彼らの強さの原動力でもあった。


 織田家は金があるから家臣達が各々持ち寄っても武器余りが起きる程武器があった事が武器の統一を遅らせ、それが尾張兵は弱兵と呼ばれるのに繋がっていたりする。


 まぁ尾張兵が弱兵は他にも複合的な理由があるのだが……。


 双眼鏡で遠くを見ると対岸の山の中に今川の旗が見える。


「旗の数では部隊を分けた感じはしないが、伏兵を用意しているかもしれないなぁ」


 そのまま今川も川を挟んで対峙した。


 鉄砲で撃とうと思えば撃てる距離ではある。


 今川でも鉄砲兵がちらほら見えるので慌てて揃えたのだろうが、本当にごく少数に留まっている。


 その代わり竹の盾が多く先鋒の兵に持たされていた。


 重そうにしている兵の顔を見るに砂を詰めたのだろう。


 鉄砲の対策としては満点である。


 ただ狙撃が可能な俺の兵達には余り効果が無いがな。


「柴田様我が鉄砲隊は準備できております。柴田様の号令で撃ち始めますが」


「うむ、鉄砲家操の力見せてもらおうか」


「は!」


 俺は自分の部隊に戻り、狙撃開始の号令をした。


「なるべく武具が豪華な者を狙え、弓隊は鉄砲隊が撃った時に隊列が崩れた先鋒衆に火吹矢を放て」


 今回は掃射ではなく狙撃であるためまばらに発砲が始まるが、俺の部隊の前面に展開していた敵部隊の足軽大将クラスが次々に狙撃し始め、それをわかった兵達は竹の盾に隠れるが、そこに火吹矢……矢に火薬で破裂する小さな爆弾を乗っけた物が放たれた。


 コンパウンドボウにより射程が普通の弓よりも長いので対岸に次々に放たれ、パンパンと破裂していく。


 川辺ということで下は砂利だ。


 爆弾が破裂すると鉄片だけでなく、下の砂利も吹き飛んで散弾の様に辺りに散らばり相手を殺傷していく。


 盾隊がそれにより崩れたので、そこに集中して鉄砲隊の掃射が始まり、3回の掃射で前面にいた部隊は散り散りに逃げ始めた。


「突撃!」


 柴田勝家はその隙を逃すことなく渡河を開始し、敵兵に突っ込み始めた。


 俺の部隊は川下の方に移動して位置を変えて今川右翼に対して斜めから射撃を続ける。


 今川兵も鉄砲で応戦するが、数と射程が全く違う、殺傷範囲外なので弾丸がこちらに飛んできても小石が当たった程度で防具で殆どダメージは入らず、逆に無防備になった所に10発以上の弾丸による報復で蜂の巣になってしまう。


 今川の部隊が崩れると控えていた織田兵が突っ込んで更に傷口を広げる戦法で数的劣勢の中優位に戦うが、今川の総大将の太原雪斎の巧みな部隊運用で部隊を立て直し、柴田勝家の突撃から一刻後には弾き返して対岸まで部隊を押し返すという離れ業をやってのける。


 その都度俺の部隊を動かして出血を強いるが、致命傷までは持っていけない。


 2日ほどその様な戦いが続いたが、鉄砲は夜間になると命中率が低下することを太原雪斎は理解していたためか、夜襲を仕掛けたが、川を渡る音で柴田勝家が夜襲部隊を奇襲するなど高次元の部隊運用が続けられ、俺の部隊の持ってきた弾薬が無くなった3日目に今川軍が撤退して三河防衛に成功するのだった。


 一番手柄は夜襲を奇襲したり川を渡って今川軍に奮闘した柴田勝家様だったが、次点で足軽大将や多くの兵を討ち取った俺が大手柄として褒められることになるのだった。

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