第1章・目覚め 4ー②

十九の春に、エドガーは無事卒業を迎えた。

明日からは早速、ロミルダの城で護衛兼、側近として働く事になる。

不定期に休みは貰えるが、ほぼ付きっきりとなる為、これからはロミルダの城に住む事が決まっていた。


既に荷物は殆ど、ロミルダの城に送ってある。

あとは身一つで、向かうだけだ。

今日は、家族が多く卒業式に参列する中、一際目立つ男がエドガーの前に現れた。


どうして、ここに家族でもないヴェンデルが?という疑問が湧いたが、「卒業、おめでとう」と言われては、笑顔を向けるしかなかった。


「……ありがとう、ヴェンデル」


「お前の名前が、新入隊員の中になかったが」


今、ここで「ヴェンデルの婚約者のロミルダ大公女に雇われた」と言って良いものか悩んだ。

二人が結婚する時には、自分は職を辞しているし、その後は警備隊に就職するつもりだった。

まるで避けるようにしてヴェンデルから離れるのには、好意を寄せられているのが分かっているだけに、何と説明すれば良いかと言葉を選ぶ。


「ごめん。実はあの後、別口の就職先が決まって」


「別口って……」


「私だよ、ヴェンデル」


圧のある、自信に満ちた声。

すらりと長い手を腰に当て、胸を突き出すように立つ姿は、支配者の威厳に満ちている。

燃え立つような赤い髪は腰にまで届き、眼力のある赤い瞳も、その猛々しさで周りを威圧する。

咄嗟にエドガーも、新しい主へ無意識に跪いた。


「卒業おめでとう、エドガー。無理を言って済まなかったな。この国で一番の猛者と言えば、お前の父を除けばエドガーしかいないと思ったのだ」


「勿体ないお言葉でございます。ご期待に添えますよう、これからは誠心誠意、ロミルダ様に尽くす所存です」


「精々、頼むぞ。私とこの男が結婚するまではな。まぁ、本当に結婚するのかどうかは怪しいものだが」


そこへ、ヴェンデルが口を挟んだ。


「どういう意味ですか?私とロミルダ様との結婚は、生まれた時から決められているのでしょう。本人の意思に関係なく」


「そなたにしてみれば、いい迷惑だっただろうな。物心がつく前だったとはいえ」


とても婚約者同士とは思えない二人の殺伐とした雰囲気に、エドガーも息を呑んだ。


「貴女も、いきなり赤子と婚約させられたんですから、面白くはなかったでしょうが、だからといって私に当たらないで頂きたい」


「そんなつもりはないのだよ。ウェンデル。ただ私としては、そなたには侯爵夫人という年増・・の恋人がいたのに、邪魔立てして悪かったという罪悪感でいっぱいなんだ」


「その年増と、貴女はさして年齢が変わらないと思いますが」


「確かにそうだな。年増から年増に鞍替えか。お前は、相当に熟女とばかり縁があるらしい。ご愁傷様とでも言っておくか」


「少なくとも私は、ロミルダ様のそんな豪快なところは、好ましく思っていますよ」


「私だって、お前のそのふてぶてしさを好ましく思っているさ」


この二人は、本当に婚約者同士なのだろうか。

互いに「好ましく思っている」とは言っても、その口調はまるで互いを罵り合っているかのようだった。

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