第1章・目覚め 4ー①

その日は珍しく、平日に父のギュンダーが帰宅していた。


エドガーの父である『シュテファニエ公国の英雄』は、壮年と言える年齢であるにも関わらず、その肌は異様なまでに瑞々しい。

息子とよく似てはいたが、精錬な印象の息子よりも男の色気に満ちている。

ギュンダーのそれは、まるで今まで倒して来た剣士達の、生気を吸い取って来たかのような若々しさだった。


「エドガー。何故、騎士養成校であれだけの成績を収めておきながら、騎士団に入隊しようとしない?」


「俺は父さん程に統率力はないですよ。なのに俺が入隊したら、恐らく若輩者がいきなり幹部候補生になってしまうでしょう」


英雄の子にして、天才的なセンスを持つ剣士であるエドガーが、他の新人剣士と同列に並ぶ筈がない。

騎士団が何たるかを学ぶ前に、小隊長程度にはなっているだろう想像がつく。


「なまじ、父が騎士団長の地位にいるから、意固地になったか」


「それもあるけど」


「だが、どちらにしてもお前の警備隊入りは却下された。騎士団にいれば、まだ私が何とか差し止めてやれたが、さる御方が「警備隊に配属される位ならば、こちらへ寄越して欲しい」と望まれたのだ」


「誰にですか?」


「大公女閣下だ」

 

「はぁ?!」


「ロミルダ・フリーデン大公女が、自らお前を護衛にしたいと申し出られたのだ。国王陛下を通じてな」


ロミルダは、女性でありながら大公の地位を、二十歳の時に継いだ女傑だった。

まさに男勝りなその苛烈な気性と、政治的手腕で、閣議でも国王より発言力があり、今のシュテファニエ公国では彼女がいなければ政治が回らないとまで言われている。


ギュンダーは戦争を終わらせた立役者ではあったが、戦後、シュテファニエ公国を劇的に豊かな国へと導いたのは、ロミルダの力によるものだった。


「どうしてロミルダ様は、俺みたいな剣士の卵を傍に置きたいなんて思ったんだろう」


「お前は、自分が思っている以上に有名人だぞ?警備隊を希望したら、あちこちから止められただろう」


「まぁ、先生や騎士団から止められたのは分かりますけど、希望する警備隊から「止めておいた方が良くないですか?」って言われたのには驚きました」


「そりゃ、英雄の息子に雑用はさせられないだろうしな。来られても扱いに困ると思ったんだろう」


「全然やるのに、雑用なんて」


「とにかく、ロミルダ様は結婚式まででも良いから、来て欲しいらしい」


国の実権を握っているに等しいロミルダには、政敵も多い。

近頃はそういった手合いから、命を脅かすような事件も起きたという。


「そうまで言われると、断れないですね」


「お前が騎士団に入るというなら、私が何とか抗ってみるが?」


ロミルダはヴェンデルの婚約者でもある。

それを思えば、あまりお近付きになりたくはないと思う自分がいる。

そこまで考えて、何が何でもヴェンデルから離れたいと思う自分がいるのに気が付く。


ヴェンデルには好感を持っているし、尊敬もしている。

年下の自分を友人のように、弟のように扱ってくれ、大切にされて来たのに対して感謝の気持ちもある。


確かに一度、道を踏み外し兼ねない関係になりかけはしたが、それでも『婚約者がいる』『恋人がいる』という以上に、ヴェンデルから離れたいと思う感情が自分の中にある。

そこまでの忌避感が何なのか、エドガーには分からなかった。

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