第1章・目覚め 3ー③

「貴方、確かアーデルベルト子爵の御子息だったわね」


「お初にお目に掛かります。エドガー・アーデルベルトです」


「ヴェンデルが大層、目を掛けているようだけど。剣の腕前も、お父上に勝るとも劣らないとか」


「滅相もございません。父にはまだまだ敵いません」


「当然、騎士団に入るのでしょうね」


それには答えなかった。

たとえ身分が上の人間だからといって、初代面の、しかも騎士団とは無関係である人間に告げる必要はない。

だが、その無言は肯定と取ったのか、ベッティーナは更に高圧的に言い放った。


「いくらお父上がこの国の英雄で、ヴェンデルのお墨付きだからと言って、騎士団で我が物顔にならないようにね」


「は?」


「ヴェンデルの隊に入隊するのはお止めなさい。あそこは、由緒正しい血筋の者のみが、入るのを許される隊だから」


所詮、成り上がりの子爵程度が、伯爵以上の子息しか入れないような、高貴なる第五部隊には相応しくないという事か。

エドガーの何がベッティーナの気分を害したのかは分からなかったが、その見下すような言いから、好かれていないのだけは十二分に伝わって来た。


ここでどう返答すれば、ベッティーナに気分良く帰って貰えるだろうかと思案していたところに、ヴェンデルが帰って来た。


「ベッティーナ。どうして、ここへ?」


「あら?ここに、あたくしが来てはいけないとでも?この店は、品位ある者であれば入店を拒まれない筈よ?」


「いや、珍しく若い男を連れてないから、不思議に思っただけですよ」


「……酷いのね。貴方といる時は、誰も傍に近寄らせてはいないでしょう?貴方は、私にとって特別なひとなのに」


「公の場で、あまり失言なさらない方が良い。侯爵夫人としての品位を落しますよ」

 

そう言われて、ベッティーナは真っ白な頬に朱を散らした。

 周りの客達は聞き耳を立てているのか、店内は静まり返っている。

ベッティーナとヴェンデルは、皆が知る暗黙の関係ではあったが、こんな艷話を真っ昼間のカフェでするのには、あまりにも赤裸々過ぎた。


「エドガー、場所を変えよう。最近出来た、料理の美味い店があるんだ」


「え?……あ、うん」

 

「ヴェンデル!あたくしをエスコートしないと言うの?!」


「私にとって、貴女は何の関係もない他人でしかありませんが?騎士として、お守りしている主人でもなければ、実家の家業とも何の繋がりもない。まぁ、過去に皇后陛下にお目通りするのには、口添えしては下さいましたが」


それによって早々に、騎士団の部隊長にまでのし上がった。

だが今は剣の腕と、元よりのカリスマ性もあって、それに異議を唱える者はいない。

故にヴェンデルは、ベッティーナの他の恋人達のように便宜を図って貰ったという恩義を感じてはいなかった。


「さぁ、行こう。エドガー」


ヴェンデルは、まるでエドガーを女性のパートナーであるかのように手を取って、腰を引き寄せて去って行った。

ベッティーナへ、別れの言葉も告げずに。


置き去りにされたかのようなその状況に、ベッティーナは憤怒に駆られていた。

アイスブルーの瞳を釣り上がらせ、眉間には深い皺を寄せる。

そして血が滲まんばかりに、その下唇を噛み締めていた。

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