第1章・目覚め 3ー②
エドガーが警備隊を希望しているという話は、本人の想像を超える勢いで広まり、今、こうしてヴェンデルにまで呼び出されていた。
日中のカフェで、向かい側に座るヴェンデルは腕を組んで、目を座らせている。
「確かに以前、エドガーは『別に警備隊でも構わない』と言っていたが、まさか本当に希望まで出してしまうとは」
「だから、俺は俺の力を必要としてくれるところなら、どこでも良いんだって言っただろ」
「お前は後々には子爵になるんだぞ?それなのに……」
「だから、そう言うのは気にしないんだよ。俺の家はそんなに土地もないし、格式もない。元々は平民だったんだし、父さんが戦争で活躍したから、それなりの資産はあるけど」
「そのアーデルベルト子爵は、国王の側近でもあるんだぞ?その息子が下町で働くなんて」
「俺は剣士の仕事に貴賤はあってはならないと思ってるけど。警備隊だって、国民を守る立派な仕事だ」
「それはそうだが……」
ヴェンデルは、黙り込んでしまった。
他種業を貶すような事をしてしまったのを、恥ずかしく思っているのだろう。
彼は、誇り高い高潔なる騎士だ。
エドガーの言う事が尤もだとも思っているのか、それ以上、蔑むような事は言えなくなっていた。
「ちょっと頭を冷やして来る。すぐ戻るから」
「お、おう」
ヴェンデルは、あの日の事を何も言っては来なかった。
しょせん、男同士が発散するだけに致した程度だったのだと割り切ったのか。
そんな些末な一夜の過ちなどに比べたら、エドガーが騎士団を希望しなかった事の方が、ショックだったのかも知れない。
もしくは、流されるようにして欲望に駆られてしまったのを、今になって後悔しているのだろう。
ロミルダ大公女との婚姻も控えている身で、醜聞になるような真似は控えた方が良いのは明らかだし、エドガーも気にしていない振りをした。
ふと、背後から妙に艶めかしい声色の女に、名を呼ばれる。
振り返ると、そこには一際きらびやかな女が立っていた。
輝く銀の長い髪を緩やかに巻き、銀糸と水色のビーズを縫い付けた豪奢なドレスは、いくらこのカフェが平民の踏み入れない高級飲食店であっても、群を抜いて高位であるのを知らしめる。
ヴァージン・スノーのようなツルリとした肌に、澄んだアイスブルーの瞳は女の美しさを際立たせてはいたが、同時に凍えるような冷たさも感じさせる。
ベッティーナ・ビルキッド侯爵夫人。
社交界で強大なる権力を持ち、金と力に物を言わせて、若く美しい男達を侍らす美貌の女。
己が目に適った、才能のある青年を一人前に育てる為に、ベッティーナは進んで金を出す。
その中でも、最もお気に入りとされていたのは、ヴェンデルだった。
騎士養成校に入った頃からベッティーナと恋人関係になり、ヴェンデルが傍にいる時は、他の恋人達も近寄らせなかった程だ。
現在、齢三十になろうという年になっても、ベッティーナはまるで少女のように初々しく美しかった。
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