第1章・目覚め 1ー③

シュテファニエ公国は、何事に於いても自由な風潮がある。

自由恋愛を認め、同性婚や年の差婚などに関してもおおらかだ。

平民ならば同性同士の夫婦は十組に一組はいたし、別段、珍しくもない。

王族や貴族でも、後継ぎに選ばれた子は致し方ないが、それ以外の兄弟ともなれば、同性での結婚も認められている。


ヴェンデルは、貴族でも最高位の公爵家の子ではあったが、三男だったのでそういう意味でのしがらみは全くない。

だから、エドガーにもこうして好意を顕にするのも分かる。

だが、エドガーはそれをまともには受け取らなかった。


それらしい雰囲気になっても、それから逃れるかのように話題を変えたり、他の人間も誘って、そんな話題にはならないようにした。

何故なら、ヴェンデルには婚約者がいたからだ。

それも相手は、『大公女』という国王の次に権力を持ち、この国の鉱山を多く所有する、鉱石や資源の流通実権を握る女傑だった。

近い内にヴェンデルは、その大公女ロミルダ・フリーデンに婿入りすると言われている。


それだけではない。

ヴェンデルには、学生時代からベッティーナ・ビルキッド侯爵夫人という恋人がいる。

ベッティーナは既婚者ではあったが、ヴェンデルとの密やかな恋は『青年騎士と夫人の儚い悲恋』として、下町ではオペラや劇の題材にされる程、国民からも注目を集めていた。


真面目で紳士なヴェンデルのことだ。

ロミルダ大公女との結婚を破談にしても、ベッティーナ侯爵夫人との愛を貫くだろう。

そう、エドガーも信じて疑わなかった。

だから、どれだけ熱い視線を送られようとも、自分へ向けられるのは恋情ではないと思っていた。


あちこちの店に連れて行ってくれるのにも、プレゼントしてくれたり、自らの周りの有識者を紹介してくれるのも、兄のように目を掛けてくれているのだと。

どれだけ特別な感情を向けられているように感じても、それは熱い友情でしかないのだと。

だからこそ、ヴェンデルに惹かれてしまいそうになる自分を、エドガーは必死になって引き止めた。


過剰に思える誘いは、適度にいなして失礼のないようにした。

だがその日、誘われた食事では、いつものヴェンデルとは違っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る