第1章・目覚め 1ー①

シュテファニエ公国は、今まさにこの世の春とばかりの天下泰平だった。

五十年以上続いた、三国が泥沼化した大戦に圧勝したシュテファニエ公国に、立ち向かおうという近隣諸国は、今では皆無だ。


肥沃な農地を所有し、南側を海岸に面した土地では海の産物にも恵まれ、山々は多くの鉱物を保有している。

様々な物資に恵まれたシュテファニエ公国は、商業的にも発達しており、都心部の市場では小国の国家資産程の金が動く。


そうした富んだ国に導いた立役者とも言える、先の大戦の英雄ギュンダー・アーデルベルトの一人息子として、エドガーは生まれた。


父親譲りの精悍な男らしい顔立ちに、引き締まった長身と肉体美。

青みがかった黒髪、琥珀の瞳は、まるで猛獣のように獰猛だ。

エドガーは幼少時から、天才的な剣技の才能がある上に、父親から英才教育を受ける。

爵位は子爵と決して高くはなかったが、大戦を終わらせた騎士団長でもある父は、国王からも厚い信頼を得ていた。


その息子であるエドガーも天賦の才に恵まれ、ご多分に漏れず騎士育成校でも圧倒的な成績でトップを誇る。

エドガーは入学時から学内の武闘会では圧勝し、先輩からも一目置かれていた。

当然、卒業すれば騎士団に入り、ゆくゆくは父の右腕となって、この国を守るだろうと誰もが思っていた。

父子で、この国の誉れになるであろうと。


だが、エドガー本人は、若くしてそれだけの知名度がありながら、全く驕ったところはなかった。

近寄り難い雄々しい見た目とは真逆に、快活で、竹を割ったような性格は、老若男女問わずの人気者だ。

体が不自由な老婆には家まで背負って連れ帰り、騎士を目指すという少年達には無償で剣を教えてやり。

王宮で働く洗濯女達を手伝って、シーツを干してやったり、厨房では芋の皮剥く。


だが、そんな誰に対しても公平で、気さくであっても、エドガーには特別なる存在がいなかった。

それだけ好感度が高い分、男女問わず誘われる事が多かったが、恋愛にまで発展しない。

それはエドガー自身が、色恋には全くの無関心だったからだ。


そんな色気とは縁遠いエドガーへ、頻繁に声を掛ける男がいた。

騎士育成校の二年先輩になる、公爵家の三男坊ヴェンデル・バルタザール。

ヴェンデルは、エドガーと違った意味で有名だった。


その神々しいまでに美しいかんばせは、街中で姿絵が売られる程だ。

毛足の長い黄金の前髪を掻き上げるだけで、周りの女達は嬌声を上げる。

澄んだ翠玉の瞳に覆い被さる長い睫毛は、甘い色を帯びていて、騎士というよりは役者のようですらあり。

その立ち姿は、絵本や童話の中から現れた王子のような品格すらあった。

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